ネルギガンテの親となった男の話   作:ムラムリ

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5.

 ある朝、狩人は目を覚ました。

「……ふぁ」

 一人きりの朝。

 取り敢えずと、まずは近くの小川に向かい、顔を洗う。

 ついでに持って来た鍋に水を汲み、寝床へと戻ってきたらそれを吊るして火を焚べる。

 ぱち、ぱちち。

 火の調整が終えると、ぼうっと空を眺めた。

 次第に湯気が立ち上っていくその空には、一つの龍結晶にも遮られてはいなかった。

 

 ナナ・テスカトリを倒してから、およそ百日程が経っていた。

 

*

 

 ナナ・テスカトリの肉体を全てネルギガンテの腹に収める事は出来なかった。

 

 眠らせた調査団の二人が起きてしまえば、他の調査団の人が来てしまえば。ネルギガンテと自分は、良い扱いを受ける可能性は限りなく低かった。

 とりわけ自分は、調査団から何も言わずに消えてしまい、そしてその調査団の人達を眠らせ、観察対象にあったであろう古龍を自らの欲の為だけに殺している。

 狩人としても、調査団としても強く逸脱した行為。

 死罪になる可能性だって十分に有り得るだろう。

 そして何より……交渉するとしても武力が圧倒的に足りなかった。

 驚くほどの勢いで成長しているとは言え、まだ戦闘経験のない、生まれて半年も経たないネルギガンテ一匹。優れているとしても、凡の域を出る事はない狩人一人。

 出会ってしまう事は絶対に避けるべきだった。

 

 満腹になるまでナナ・テスカトリを喰らったネルギガンテに対して、狩人は語りかける。

「もう、ここには居られないからな……お前が食いたい部位だけを持っていくぞ」

 中途半端に砕かれ、食われた角。こじ開けられ、貪られた腹。千切られた尾と翼の片方。

 そこからネルギガンテが好むような部位を見定めて、優先的に解体していく。

 残る角を叩き折ってネルギガンテに咥えさせ、もう片方の翼をネルギガンテの棘に突き刺しておく。それから力の源でありそうな内臓の幾つかと、前脚の一本も。

 また、回復薬の空き瓶に血を詰めて、ネルギガンテに向き直した。

 ネルギガンテも少なからず、もうここには居られない事を察しているようで、名残惜しげにナナ・テスカトリを眺めている。

「じゃあ……帰るか」

 そう言えば、ネルギガンテは身を低くした。

 まるで乗れ、と言っているようで。

「……俺、重いぞ?」

 防具も身につけているし。ただ、そう言ってもネルギガンテは姿勢を変えず。

 背中から長く伸びている棘を幾つか折って、背中に跨った。

 そして深く腰を落ち着けたその瞬間、ネルギガンテが折り畳んでいた翼を勢い良く展開する。

「……おお」

 背中側から見れば、見事な程の黒に染まったその翼は、自分が想像していたよりも大きく、力強く。

 満腹になろうが、ナナ・テスカトリの部位を幾つも咥えて身に突き刺していようが、そして狩人を背中に乗せていようが、容易く飛べそうな説得力があった。

 ぐっ、と四肢に力を籠めた、と体が感じたその直後。

 ネルギガンテは一瞬にして上空まで飛び上がっていた。垂直に掛かる強烈な慣性に、狩人は意識を飛ばされそうになるのを必死に堪えたのも束の間。

 顔を持ち上げれば。

「……おお」

 全く同じ声を上げていた。

 こんな上空から龍結晶の地を眺めた人間は、自分が初めてだろう。

 きっと何百、何千という歳月を掛けて成長したであろう龍結晶の全てよりも高い場所から、それらを見下ろす。

 ネルギガンテの力強い羽ばたきを全身で感じながら見るその光景は、今まで見て来たどの光景よりも狩人に感動を充足感を与えてくれた。

 

 寝床へと戻れば、もう倒れてしまいそうな程の疲労が全身を襲う。

 が、ナナ・テスカトリの蒼炎を浴び続けた体は、倒した後に回復薬や秘薬を使い尽くしてもそう簡単に元通りに戻るものでもなく。

 全身の防具とインナーすらも脱げば、全身の皮膚がボロボロになっていた。

 熱気を浴び、擦れて出血し、回復薬で無理矢理治癒されを繰り返したその痕跡。緊張を解いてしまえば、全身がひしひしと痛んできた。

 余分に作っておいた回復薬や秘薬を片っ端から飲んで噛み砕き、採取してあった薬草を何枚も体に貼り付け、そんな事を何度もやって、やっと少しばかり痛みが和らいでくる。

「あぁ……疲れた」

 そして、そのままばたりと、狩人は倒れ込むと同時に寝てしまっていた。

 ネルギガンテは驚くも、寝ているだけだと分かって心底ほっとし、そのままその隣で体を丸めた。

 

*

 

 そこらに成っていた果物を食べ、干し肉を口の中で何度も咀嚼する。

 水が沸いてくると、干し肉やら乾飯やらを鍋の中に入れて、解れて煮えてくるのを待つ。

「……ふぁ」

 のんびりと欠伸をする。

 ここは、竜結晶の地のみならず、新大陸そのものからも遠く離れた、現大陸のどこか。

 詳しくは狩人も分からない。カムラの里の近辺でのみ確認されているという竜種が近くに居る、という事ばかりは分かっていたが、そのカムラの里がどこにあるかすら狩人には分からなかった。

「今頃、皆は俺の事を何か思っているんだろうか」

 俺とネルギガンテが過ごした、あの龍結晶の地の近くの拠点も見つかったのだろうか。

 そして、俺が何をしていたのかをある程度推察した上で、そして新大陸の至る所を捜索していたりするのかもしれない。

 もう俺は現大陸にまで、人知れずに戻ってきてしまっているのだが。

 そう考えると、少し笑えた。

 

*

 

 ナナ・テスカトリを倒した翌日。

 体を洗って、武器と防具の手入れも丹念に済ませれば、もう昼過ぎになっていた。

 ネルギガンテは先日剥ぎ取ってきたナナ・テスカトリの肉体の半分以上をもうその腹に再び収めており、そのせいか、もう既に昨日よりも大きく強く成長しているように見えて仕方がなかった。

 ……これを食い尽くして、しっかりとその身の栄養とした後には、もう並みの竜種は敵にならないだろう。

 巣立ちの時を迎えるのならば、どのようにして親元から離れていくのだろうか。

 オオナズチやクシャルダオラといった比較的良く知られている古龍も、そこ辺りの事は依然何も分かってはいない。

 どこぞのライダーとやらも、基本モンスターと絆を結ぶのは卵から孵す時からのようで、そこからもう自然とは違う形でモンスターを育てるらしいし。

 ……いや、それを言ったら俺も同じか。

 俺も最初から、自然とは違う形で試行錯誤しながらネルギガンテを育てているし。

 とにかく。

 俺がせめて望むのは、穏やかな巣立ちだ。

 最初、ネルギガンテに至ってはそんな可能性はあまり強くない気もしていたが、ネルギガンテは想像以上に賢く、そんな巣立ちも十分にあり得る気がしていた。

「……さて」

 落ち着いてから、狩人はネルギガンテに語りかけた。

 ネルギガンテは振り向いて、耳を傾ける。

「明日にでも、遠くに行こうか」

 言葉のどの位を理解してくれたのか、それは分からない。

 けれど、何か重要な事だ、とまでは思ってくれたようだった。

 

 そして更にその翌日の深夜。

 海の向こうに向かって飛んでくれ、という事だけは理解してくれて、狩人はネルギガンテに乗って新大陸を去った。

 結局、これから古龍として更に大きく成長していくであろうネルギガンテを、この新大陸で誰にも気付かれずに伸び伸びとさせるのは不可能だと判断した。

 新大陸にはまだまだ未開の地が多いとは言え、現大陸に比べたら比べものにならない位に狭く、そして未知の脅威も多い。

 調査班リーダーには悪いが、アステラ、セリエナといった拠点も含めて、この地ほど子育てに向かない場所もないだろうとさえ思う。

 だから、ネルギガンテが自分をも乗せて空を飛べるようになったのならば、こんな危険な場所からはさっさと去るべきだった。

 空を飛べば、ネルギガンテは名残惜しげに龍結晶の地……ナナ・テスカトリを倒した場所の方を眺める。

「もうあそこは危険だ。ほら、さっさと行ってくれ」

「……グゥ」

 そうして、狩人はネルギガンテと共に新大陸を去った。

 無断で、誰にも気付かれる事もなく。

 

*

 

 暫くすると、ぼうっとしている狩人を唐突に巨大な影が襲った。

 顔を上げれば、早朝の狩りから戻ってきたネルギガンテが鍋の向かいに降りてきた。

 グアア、と大きく欠伸をしてから、生える棘の気に食わないところをバリバリと掻き始める。

 その体躯はもうすっかり並の古龍と同等で、だらけていても古龍としての威厳を感じさせる程だった。

 けれどまだ、巣立ちはしていなかった。

 いや、させていなかった。

 

 狩人が食事を終えて一服すると、ネルギガンテは狩人と共に移動した。

 とある渓流沿いの開けた場所。

 激しい戦闘が幾度となく行われた痕跡の残るその地には、日中にはもう誰も近寄らなくなっていた。

 そこで、ネルギガンテは狩人と距離を取って対峙する。

 但し、狩人の手に持つ武器は愛用の片手剣ではなく、ライトボウガン。しかも狩人になったばかりの人が持つような、強力な弾も込められず、カスタマイズも大して出来ない、訓練用というべきような代物。

 そういう武器は、少しでも狩人が居るような村ならば、簡単に手に入るものだった。

 全ての武器種において。

「じゃあ、今日もやるか」

 構えると、ネルギガンテは殺す勢いで襲い掛かる……が、今まで狩人に触れられた事は、棘を放つ攻撃を含めても一度もなかった。

 狩人は飛び掛かりを避けて、転がりざまに、ネルギガンテの爪先や顔元など、的確に嫌がる場所に軽い弾をポンポンと当てていく。

 それを軽い攻撃だからと翼で防御などしようとすれば、途端に鋭いナイフが飛んできて、それと同時に言われるのだ。

「皮翼を貫くような弾にもお前はそんな事をするのか?」

 鋭い痛みと共に来るその冷淡な声は、幾ら狩人より体が大きくなろうが、ぞっとするには十分なものだった。

 

 愚直な突進をあっさりと避けながらトリガーを引く。癖になっている所作に対して冷徹に隙を突く。連撃が途切れた間にさっとリロードを挟む。

 淡々と、半ば作業のようにネルギガンテに弾を打ち込み続けるが、ネルギガンテはそれにもまだ対応出来ていなかった。

 狩人は、ネルギガンテがその内自分の元を離れる時が来るのは仕方ない事だとしても、死んで欲しくないと願っていた。

 ましてや、ナナ・テスカトリより劣るようなこんな凡の狩人程度に討伐されて死ぬような惨めな最期など、迎えて欲しくない。

 だから、せめて最低限として、自分を全ての武器種で上回ってくれなければ、巣立たせる気にはならなかった。

 また幸いにもネルギガンテは、自身が狩人より劣っていると分かっていたし、学べる事があるとも理解して自分の元から勝手に巣立っていく事もなかった。

 肉体や知性といったものは、狩人が今も驚きを隠せないくらいの瞬く間に成長しきってしまった。

 しかし、技量や経験といったものに関しては、人とそう変わらないようだった。

 ただ……思うところが一つだけ。

 ……この行為は俺の心底からの願いなのだろうか、それとも離れたくないだけの我儘なんだろうか。

 後者も強いんだろうなと思いながらも、手は抜かない。

 自分は親なのだから。親として、自分なりにネルギガンテを育てると決めたのだから。

 

*

 

 太陽が登って来ようとする時間帯に現大陸まで辿り着く。

 これ以上遅くなっていたら、数多の人に見られる事になっていただろうから、心底ほっとした。

 眼下には新大陸に向かう時に訪れた港があったが、そこは避けて人里から遠く離れた場所に降りる。

「疲れてないか?」

 翼の根本を撫でながら降りれば、そんな事全く気にしないように、少し伸びをするばかり。

 やはりと言うべきか、己が肉体だけで古龍を屠ってみせるその力は、持久力であれど並外れたものらしい。

「さて……戻ってきたは良いものの、これからどうするべきかな……」

 悩むように呟けば、ネルギガンテが角を擦り付けてきた。

「おお、何だお前?」

 目と目が合う。

「グゥ」

 まるで、信頼していると言われているようで。

 それはまだ、自身が巣立ちするには力不足だと理解しているようにも思え。はたまた、まだ狩人から離れたくないと言っているようにも思え。

「ま、なんとでもしてみせるさ」

 狩人は前を向き直して、あっけらかんに言った。

 ……嬉しさを隠しながら。

 

*

 

「弾切れだ」

 狩人が言うと、ネルギガンテは悔しげに唸る。

 三十分程は戦っただろうか。今日も狩人の体は最初から最後まで無傷のままで、息を切らしてもいない。

 何十日もそんな、変わらずに成果を出せずにいるネルギガンテは、居た堪れないように体をせわしなく動かしていた。

「他に参考になる動きをする奴でも出てきてくれりゃ、それも良いんだがな」

 視線を感じていた方を向けば、そんな様子を眺めていた竜種達は逃げてしまっていく。

 古龍と狩人という、とても妙な組み合わせ。最初こそはここらに住む竜達も警戒ばかりしていたが、他に縄張りを荒らすような事などネルギガンテが腹を満たすくらいで。

 次第に、自分達のそんな模擬戦闘を眺めるようにもなっていた。

「別に見せ物じゃねえんだけどなあ……」

 タダで見せるくらいなら対価でも払って欲しいところだ。

 特にジンオウガとか、名前の分からない紫色の竜とかなら体格も似てるし、そこあたりに師事してみるのも良いのではないか、と思ったりもする。

 でも、そんな絵空事は放っておいて。

 狩人はネルギガンテの角をぽんぽんと叩きながら言った。

「前にも言ったが、俺は三十年近くは狩人をやってる。

 ま、そんなすぐに追い越されちゃ俺も溜まったもんじゃないが、そうだな、俺が老いてしまう前には超えて来れよ?

 それが俺の一番の願いだからさ」

「グゥゥ……」

 そんな言葉に対し、ネルギガンテは不満気に唸るばかりだった。

 これからきっと、人などとは比べ物にならない歳月を生きる古龍が、親と言えどこんな早くから身を案じるなんて事して欲しくもないのだが。

 ……俺は、これからどのように老いていくのだろうか。どのようにして狩人としての一生を終えるのだろうか。

 時折抱く、そんな漠然とした不安が今となっては微塵もない事もあって、諌める気にはなれなかった。




新しい寝床は、大社跡よりもっともーっと奥。自作の別の話のマガマガ君のリア充マガドの縄張りもそういう設定だけど、それよりももっと遠くのどこか。
後、流石にマガマガ君の変態機動は参考にならないと思います。

まあ、そういう訳で完結です。
今日明日辺り、活動報告で、近況と共に考えていた事やら設定やら妄想やら色々書くと思います。
感想、評価あると喜びます。

活動報告:
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=287746&uid=159026

(健全に)抱き抱えられて眠りたい

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