錦木千束の夢女   作:映画リコリコ〜ロボ太のプリズンブレイク〜


原作:リコリス・リコイル
タグ:R-15 ガールズラブ オリ主

 これは、社畜が喫茶リコリコ看板娘勘違い夢女となる話

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千束の夢女は多いと思うんです。


喫茶リコリコに通う客の独白

 

 ひょっとしたらこの娘、私に気があるんじゃね?

 

 はじめてそう思ったのは1ヶ月ほど前のことだ。本社から支店への転勤以降、時間が空いたお昼時には必ずこの喫茶リコリコに立ち寄るようにしてる。時にはコーヒーを一杯飲んだり、時にはケーキをじっくりと味わいながら黄昏たり、時には同年代と思われるミズキと呼ばれるウェイターと女子トークをしたり。いつしか私の社畜生活に憩いと潤いを与えてくれるオアシスとなっていたこのお店には、看板娘なるものがいる。

 苗字も綴りも知らないため、あえて片仮名で呼ぶが、名前はチサト。チサトちゃんはとても明るくておしゃべり好き。常に笑顔を絶やさず、それでいて業務はテキパキこなす容量の良さを兼ね備えている。

 やだ、この娘ウチの職場に欲しい。

 齢20にも満たないだろう少女は、誰に対しても明るく対応。男性陣からは娘、もしくは孫のように可愛がられ、女性陣からは妹のように可愛がられ、私はスカウトしようと目ざとく目利きをしていた。

 そんな豊洲市場の目利きの達人の如く目をギラリと光らせているある日、注文していた抹茶のショコラケーキを運んできたチサトちゃんが私に声をかけた。

 

「リンゴさん、今日はお仕事はお休みですか?」

 

 ちなみにこのリンゴというケッタイな単語は私の名前だ。椎名林檎の大ファンである父がそのまんま名付けた。このマイノリティな名前のせいで子供の頃はいじられ続け、英語の授業の際にはアメリカ人の先生からAppleなどと呼ばれた。ジョブズと呼んでくれた方がまだ嬉しかった。

 

「今日は取引先で現地解散なの。時間もちょうどよくて、ここのケーキも食べたかったし。それに、チサトちゃんの笑顔が見たくてね」

 

 これですこれこれ。あくまでもお店のケーキが第一目標、けれどもすかさずチサトちゃんのためと言うことで、「リコリコのケーキが好きで、けれども私のこともよく褒めてくれるお姉さん!」とチサトちゃんの脳に刷り込むのだ。こうすることでチサトちゃんの中での私の評価は鰻上り。「就活の時に頼ってみようかなー?」という潜在意識を埋め込む…という算段である。上手くいってるかは知らん。

 

「ほんとー!?もーリンゴさんったら褒め上手ぅ!」

 

 当然、チサトちゃんは素直なので嬉しかったら素直に言葉に出すし身体をクネクネする。このクネクネがまたかわいい。

 

「褒めてなんかないわよ。チサトちゃんは可愛くて働き者だもの。みんな好きになっちゃうわ」

「やーだリンゴさん!ちょっとミズキー、私リンゴさんに口説かれちゃってるー!」

「リンゴー!私と交わしたあの深い深い接吻はウソだったていうのー!?」

「マジか修羅場に立ち会ってる!」

「そんなことしてないでしょ。いつも好きなハリウッド俳優の名前出し合って話終わるじゃない」

 

 ミズキの口にする冗談は全て悪ノリ。さすが繁忙期を終えると昼間から一升瓶を開け出す女だ、言うことが違う。

 ちなみに彼女が今1番好きなハリウッド俳優はブラッドリー・クーパーらしい。本人曰く一緒にスカイツリーの夜景を眺めたいそうだ。高望みの物件の割に目的のスケールが小さい。

 

「私の言うことは全部ホント。チサトちゃんはモテモテだから、ずっとここにいてほしいけど…」

 

 ここであえて少し距離を置くニュアンスを出す。こうすることで「あれ欲しいって言ってたのに置いてっちゃうの?」と思わせる。やばい、私もしかしたら心理学者になれるかもしれない。

 

「どーですかねー。未来なんてわからないからなー」

「そうね。じゃあチサトちゃんがどっかに嫁ぎに行っちゃう前にいっぱい見とこっと」

「リンゴさん目がやらしい〜」

「あ、セクハラになっちゃうわ」

「この店で事案はやめなさいよね」

 

 ミズキが口を挟むが、年中アルハラしてるあんたには言われたくない。

 

「もー、リンゴさん」

 

 と、チサトちゃんが持っていたお盆をクルリと翻して、私の左頬のすぐ隣で止める。カウンターとミズキの姿が遮られて、視線を戻すと目の前にチサトちゃんの顔が。

 うわっ髪サラッサラ。唇めっちゃ艶出てる。睫毛長くね?ってかメイク薄っ。ほぼ素肌じゃんやばい顔が良いしなんか良い香りしてきた。

 

「私だって本気にしちゃいますよ?」

 

 チサトちゃんの吐息が私の顔にかかるほどの距離で、そっと、私だけにしか聞こえないほどの声量で囁く。

 普段の声とは違う、線の細い繊細で耳がゾワゾワと震えるほどの、魅力的な囁き声。

 

「ヒャ…ッ…」

 

 待って今変な声出たキモッ。

 えっ、私今ドキドキしてる?うんドキドキしてる。

 久しぶりだわこの感覚。人の一挙一動に鼓動が高鳴る。彼女が微笑むと、目線を逸らしてしまう。できる限り視界に入れたくない、でも彼女には私を見ていてほしい。荒唐無稽で、遍く主語述語がぐちゃぐちゃになって、けれどしっかりと繋がってしまうこの感情。

 

「あはは、リンゴさん顔赤い。かわいい」

 

 私、この娘のこと好きになっちゃった?

 

 …1ヶ月ほど前、そんなことがあった。

 待って違うの聞いて。確かに私の回想だと女子高生に口説かれて本気になっちゃった社会人女性(27歳・独身・奨学金未返済)とかいう事案発生一歩手前(もう1歩踏み抜いてるかもしれないけど)イベントになっているのは自覚している。でも私だってまだ27の、人生100年時代の現代においては若者の部類に入る女だ。少しぐらいこのドキドキを味わったっていいじゃないか。1週間は目を瞑ってほしい。

 1週間後、動悸も治まり、仕事の予定でチサトちゃんと顔を合わす機会が減ったことで、冷静に考えれるようにはなった。

 

 私が?

 現役JKに?

 恋?

 

 おいおい冗談はやめてくれ。1週間本気になったけども。

 第一、私の性的嗜好は世間的にいうところのマジョリティ。つまり異性愛者だ。同性から言い寄られても、ドギマギこそすれどそういった性的な目で見ることはできない。

 第二、私は年上派だ。

 第三、背は私より高くあってほしい。

 第四、スーツがめちゃくちゃ似合う。

 以上の四項目が私が相手に求める条件であり。たとえその条件を達成していなくてもそれを基準に妥協点見つけていくのが私のスタイル。チサトちゃんは3つの項目を達成してない(スーツは見たことないけどどうせ似合う)ので、まあ、つまり、そういうことだ。

 

 しかしその一方で、チサトちゃんがどうしてお盆でミズキたちに見られないように私とチサトちゃんを隠して、そして私にあんな挑戦的で魅惑的な台詞を囁いたのだろう。

 遊び?思いつき?ウィスパーボイスの練習?いや、チサトちゃんの性格を鑑みるにこの3つは当てはまらなさそうだ。

 いくつかの証拠と状況を見て、私は結論を出した。

 

 ひょっとしたらこの娘、私に気があるんじゃね?

 

 勘違いも甚だしいことは百も承知。しかしこう勘違いをしないと合理性が取れないのだ。

 だってわざわざあんなんするか!?それも真昼間の!ただの客Aに!あんなのチサトちゃんの顔と声でされたら全人類好きになっちまうが!?

 

 チサトちゃんが私に気があると仮定した上で、これまでのチサトちゃんとの邂逅を思い出して検証する。

 

 検証1

 3ヶ月前。美容院の帰りに立ち寄った。普段は流している前髪を作ってもらい、ストレートパーマを再度かけた際に。

 

「わあリンゴさん髪めちゃめちゃ似合ってます!今回はキレイよりかわいい系ですね!」

 

 検証2

 2ヶ月前。仕事でミスをした日の翌日に立ち寄った際に。

 

「リンゴさん、これどーぞ!」

「えっ、お団子?頼んでないけど…」

「サービスです!元気出してください!元気なリンゴさんが私は大好きなんで!」

 

 検証3

 気になってた人が既婚者だったことを知ってしまいナーバス期間中の頃に立ち寄った際に。

 

「既婚者ならあんな立ち振る舞いすんなっつーの…」

「確かにその人が思わせぶりだったかもしれないですけどー…」

「でしょでしょ?」

「でも、そんな態度をとっちゃうぐらい、リンゴさんが魅力的だったんですよ、きっと」

 

 そして検証4

 

「私だって、本気にしちゃいますよ?」

 

 好きじゃん。絶対私のこと好きじゃんこれ。というかチサトちゃん彼氏力高すぎか?私に理解ありすぎるでしょこの娘。

 というか狙ってた男が実は既婚者でしたとかJKになに愚痴ってんだ私。ミズキとの話に入ってきたからだとはいえアドレセンスしてる少女にハードすぎる話してんじゃねーよ過去の私。というかその話題に対して出す答えが完璧すぎだわよチサトちゃん。

 検証の結果、独断ではあるけど私のことが好き(仮)。

 

 そんな埒の開かない脳内会議を延々と繰り返して、だったら自分の目で確認するまでだと職場の席を立って、仕事の合間を縫って喫茶リコリコに何度か足を運んだ。しかし以前よりも滞在時間が短くなったことと、チサトちゃんが買い出しに行ってたり店長のミカさんからのお使いを頼まれていたりと、チサトちゃんと顔を合わす時間が極端に減った。

 

 そうして時間は流れて、現在に至る。

 今日は仕事が休みなので、早い時間からリコリコに行ける。きっとチサトちゃんとも久し振りに話せる。

 店に入る前に入り口の幾何学的な模様の窓ガラスに反射する自分の顔を見て、至らぬ点が無いか確認。よし、今日の自分は今までで3番目ぐらいに盛れてる。1番は初めて新入社員を出迎えた時、2番は成人式だ。

 意を決して扉を開けると、中には見知った常連客がそれぞれ談笑していた。中には私の顔を見て手を振る者もいる。

 

「いらっしゃいませ〜。あっ、リンゴさん!」

「チサトちゃん久しぶりー」

 

 入店して私を出迎えてくれたのは、念願の人チサトちゃんだ。

 なんかちょいちょい顔は見てるはずなんだけど、こう真っ正面から見るのは久しぶりだからか、いつもより笑顔がキラキラしていて、しかも前よりちょっと顔が大人びて見える。私のためにメイクとか変えたんかな。

 

「それじゃあ席にご案内〜…を、たきなに任せちゃおう!」

「はい、承りました」

 

 と、レジ打ちを終えたらしい青を基調とした着物のツインテールの美少女がチサトちゃんの隣に立つ。

 

「リンゴさん紹介しますね!最近入った新しい娘のたきな!この人はリンゴさんって人で、ここの常連さんだよ」

「井ノ上たきなです。よろしくお願いします」

「よろしくね、たきなちゃん」

 

 えっらい美少女が入ったものだわ。落ち着いた物腰的に真面目系の文学少女かしら。ウチに欲しい。

 

「席にご案内します」

 

 たきなちゃんに案内させられて、厨房を覗ける窓際の席に着く。ホットコーヒーとピターチョコレートケーキを注文して、スマホを片手にチサトちゃんの様子を伺う。

 さあどうだ。私のことチラチラと見てたりしないか?鏡を見て髪とか直したりしてないか?

 私が見ていることがバレないようにとスマホに注視しているように見せかけて、視線だけをチサトちゃんに送る。

 たきなちゃんにちょっかいをかけたり、たきなちゃんに冗談を言ったり、隙を見つけてはたきなちゃんに変顔をしたり、ほつれた襟を直したり……。

 

 あれ、なんか距離近くね?

 っていうかチサトちゃんたきなちゃんに構いすぎじゃね?前まで暇があるとお客さんに絡んでたのに、今はたきなちゃんに付きっきりだ。それもたきなちゃんに絡んでる時のチサトちゃんは、どこか生物としての躍動感を覚える。

 たきなちゃんもたきなちゃんで、冷静にチサトちゃんをいなしてるように見えるけど、口元が少し綻んでるのがわかる。

 は?なにその顔。あって数十分だけどあんたそんな顔するような娘なの?お客さんとかミカさんとか、同性のミズキとかにもザ・業務ですって顔を崩さないのに。

 するとたきなちゃんがビターチョコレートケーキを私の前に差し出す。

 

「お待たせしました。チョコレートのシフォンケーキになります」

「ちょっと待って」

 

 一礼して背を向けるたきなちゃんを呼び止める。

 

「何か追加のご注文でしょうか?」

「あー、違くて」

「ご注文の品ではなかったですか?失礼しました、急いで取り替えます」

「ごめん違う違うそうじゃなくて!」

 

 この娘、すっげー真面目なんだな。接客としての対応は模範的で100点だ。ウチに欲しい。じゃなくて。

 

「たきなちゃん、楽しい?」

「楽しい…とは?」

 

 首を傾げる彼女(かわいい)を見て、抽象的すぎる質問だったと自己反省。

 

「その、このお店というか…チサトちゃんと話しててというか…」

 

 ただ働きにきただけの人間は、あのような形で微笑みをこぼしたりはしない。心の底から、明るい感情が溢れ出してしまった時に出る微笑みと私はみた。

 私の質問に、たきなちゃんはじっくりと考え込んでしまう。しまった、こういう娘にはもっと質問の中身を限定的にして答えを出しやすくするようにするべきだった。

 

「まだ、断言はできませんが」

 

 再び自己反省をする私に、たきなちゃんは心なしか先ほどよりも鈴のように軽やかな声で答える。

 

「千束といると、不思議な浮遊感に見舞われますね。今まで経験したことのない、でも不快なものではないことだけは確かな浮遊感に」

「浮遊感?」

「浮遊感というか……軽くなった気がします。本当はもっと重いものを背負ってなければいけないのに、千束といると、どうしても重かったものが軽くなってしまいます」

 

 そう言いながら呆れたように苦笑いをする。でもそれはどこか嬉しそうで、でも彼女はまだその感情を自覚してなくて、チサトちゃんといる時に抱く感情を持て余している。

 それって、まあ、まごうことなきなさ。

 

「好きなのね、チサトちゃんのこと」

 

 好きの単語を聞いた瞬間、たきなちゃんは一瞬で顔を赤くした。けどすぐにその赤みを鎮めて、バツが悪そうに後ずさる。

 

「…まだ、私には理解できてません」

 

 自分が持ってしまってる感情は理解できてなくても、自分のいる立ち位置と状況は冷静に見ている。

 こりゃあ自覚する日も近いかもな。

 

「たきなー!4番テーブルのお客様に配膳よろしく!」

「はい、ただいま!……では失礼いたします」

「呼び止めちゃってごめんね」

「いえ、ではごゆっくりどうぞ」

 

 そう言って厨房へと向かっていくたきなちゃんの後ろ姿は、まるで好きな人がいる教室に入る少女のようで。

 出迎えるチサトちゃんの笑顔は、今まで見たことがないぐらいキラキラしていて。

 

「おっかしいな。ビターチョコってこんなに苦かったっけ」

 

 27歳にもなって、ビターチョコレートに苦いと言ってしまう自分が不甲斐なくて。

 

「…良い娘と出逢っちゃったね、チサトちゃん」

 

 これはつい先刻まで少女だった私の最後の失恋だ。

 そしてこれからは、2人の少女の愛のやりとりを、やっと大人になった私が見守る最初のイベントだ。

 

 私が打ちひしがれた愛だ。どうせなら2人揃って幸せなれ。

 ミズキに飲みの誘いのメールを打ちながら、私はぬるくなったコーヒーを啜った。

 

 




8話の距離感バグってるたきちさを見て息を呑む夢女になりたい。

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