「へっくしっ!!いぃっぷしっ!!」
「いやー、ごめんね。あたいのせいで。」
お燐の猫車に乗せてもらい、人里までの地獄道と洒落こんだはいいが、生者を死者に変えてしまわんばかりの速度で走るもんだから、地獄までの冷却道となってしまった。
ものの見事に凍った俺は、親父たちからお湯をかけられて解凍され、今はお燐の炎で暖を取っている。
お燐はというと、はしゃぎ過ぎて俺を凍らせた事を申し訳なく思っているのか、明るく振る舞っているものの、表情はぎこちなく、暗い。
(まったく…。こっちは寒さで顔を青くして、あっちは自責の念でしょんぼり丸か。)
お燐の炎で俺の顔色は徐々に良くなっている。なら、お燐の表情を明るくするのは誰の役目だ?
(…はぁ。)
「ま、案外楽しかったよ、地獄道。」
「あはは、慰めのつもりかい?いいよ。今回はあたいが悪いんだから。」
「うーん。もちろんその意味もあるんだが、なんだろな?お燐の生き生きとした表情が見れて良かったなーと。」
「あたいのかい?」
「そーそ。」
例えば、人間を驚かすことに成功した時の、小傘の表情のような、妖怪としての本命を全うした時の、達成感に満ちている時の表情だ。
「あの時のお燐はいい表情してたよ。心の底から楽しんでるような感じだった。」
「まぁね!あたいは猫車で死体を運んでいる時が一番幸せさ!」
「なんと!俺が死の縁に追いやられる事も想定内だったのか!」
「あっ!いや、それはたまたま偶然だよ!あの時はそんな事考えきれてなくて、ただ猫車を押したくてだね…。」
「ま、そんなこったろうと思ったよ。んじゃ、次は春にでも頼むわ。」
「へ?」
俺の言葉が意外だったのか、キョトンとした表情になるお燐。
「今は冬だからな。あんな速度じゃまた凍っちまう。夏だと発火しそうだかんな。なら、春にでも運ばれようと思った訳だ。」
「…ほほう♪それは、トオルの死体を春になら好きに運び回していいということかい?」
「勝手に殺すな!」ポカッ
「あだっ!」
「あくまで俺は生きたままでだ!なんだ?あの猫車は生者を死者に変えるのか!?」
「いや?そんな事はないよ?でも、死体を運ぶ為のもので、生者を運ぶ為のものじゃ無いからね。本来の使い方じゃ無いのは確かさ。」
「うーん。となると、乗るのは危険か…?」
「いやいや!遠慮せずに乗っとくれよ!お詫びとしちゃ何だけど、春の旧地獄の桜道は、冥界に勝るとも劣らない美しささ!是非、そこにトオルを運ばせておくれよ!」
「そりゃ楽しみだ。是非、運び回してくれや。」
「ふふん♪あたいに任せておくれ♪旧地獄の桜街道、楽しんでおくれよ?」
そう、自信満々に言うお燐の表情には、さっきまであった暗さなど、もうどこにも無かった。
「…って、ちょっと待て。もしかして今日みたいな速度で運ぶのか?」
「もちろんさ!旧地獄の桜並木道は物凄く長いんだ。ゆったり行ってたら、それこそ日が2度暮れちまうよ。それに、あの速さで見るからこその趣があるんだよ!」
「…ま、そういうことなら、運転手は任せるよ。お燐さん。」
若干、地獄ドライブに不安があったが、お燐の顔を見ていたら、そんな事どうでも良くなるのだった。
■■■
「俺、復活!!」
「おっ!ようやく冬眠から覚めたか!」
「親父、まだ冬は続いてるぞ?冬の間寝てていいか?」
「んなことしたら、山の土に穴ほってそこで寝てもらうから覚悟しやがれ。」
「俺は熊じゃねぇよ!!凍死するわ!!」
「もしそうなったら、必ず見つけ出して回収しに来るから、安心しとくれよ♪」
「できるかっ!!」
「あっ、トオルさん、無事生き返ったんですね!」
「死んでないよ!?」
「いやー、いい感じに凍ってて、氷嘗めたら美味しそうだなーって思ってたんですけど、死体まで嘗める趣味は無かったので…。」
「一生その感性を大事にしてくれクシナ…というか、んなことされたら涎まみれになるわっ!!」
「あっ、想像したら涎が…。」
「出すなっ!!…って、そういや、接客クシナに任せっきりだったな。悪かった。」
「あぁ、それならご心配なく!私一人でも全然やれましたから!」
「そ、そうか…ちなみに親父、今日クシナが湯呑を落とした回数は?」
「7回だな。」
「くっ!!湯呑が勝手に落ちるんですよ!!これは湯呑に魂が入ってるに違いありません!!」
「そんなわけあるかっ!!精々お茶が入ってるくらいだよっ!!」
「くうっ!!せめてお茶さえ入って無ければ…っ!!」
「親父、ちなみに空の湯呑を落とした回数は?」
「2回だな。」
「クシナ、アウト。」
「ぐはぁっ!!」
「お燐、クシナを冷却地獄道へ案内して差し上げて。」
「へえ?お客さん、今日は冷やしますぜ?ささ、猫車へお乗りなよ♪」
「ではお言葉に甘えて…って、死んじゃいますよぉ!!誰が乗るんですかこんなの!!」
「クシナ。」
「いやぁっ!!」
□□□
「で、何があったんですか?トオルさん。」
冷却地獄道への切符を放り投げたクシナが、お燐についての話を切り出す。
「えっと、俺が神社から戻ってるときに、ばったりお燐と会って…」
「そして二人は恋に落ちたのさ…///」
「ついに二人は愛の逃避行を…ってちげぇよ!」
「それを知らずに、毎日団子を作りながらトオルを待つ俺と…」
「叶わなくなった恋という苦渋を嘗める私…っ!!」
「話をあらぬ方向に広げるな!!で、お燐が主人の機嫌を損ねちゃったから、その解決策を一緒に考えてたってわけ。」
「で、結局思いつかなくて仕事に戻ろうとしたら、お燐さんがついて来ちゃったと。」
「その通りだ。親父、お燐をしばらくここに居させていいか?」
「俺ァ構わねぇぜ。ゆっくりしていきな、嬢ちゃん。」
「恩に着るよ…でもねぇ、あんまりゆっくりもしてられないんだよ。」
「ん?お燐も仕事があるのか?」
「そうさ、あたいは旧地獄で怨霊の管理とか死体運びとかやってるのさ。少しの間なら部下達がやってくれるけど、あんまり長く離れると統率が無くなりそうでね。」
「思ったより重要な仕事じゃねぇか!?」
「おぅ、てか嬢ちゃん、あの大穴の住人だったのか。」
「そうさ。あんまり地上には来ないからね。ましてや人里なんて、そうそう来やしないさ。」
「そうなのかー。んで、お燐はこれからどうするんだ?」
「どうするも何も、解決策を思いつかないとねぇ…って、トオルも考えておくれよ。一蓮托生の仲じゃないか。」
「そんな仲だったっけ!?」
「大穴…旧地獄…。」
「んあ?どうしたんだ親父?」
「決めたぜ!トオル、嬢ちゃんと解決策とやらを探してこい!」
「えっ!いいのか!」
「おうよ!ただ、ちと嬢ちゃんに頼みがある。」
「あたいにかい?」
「あぁ、しばらくトオルを貸すから、その代わりに俺の団子を旧地獄とやらに持ってってくんねぇかい?」
「親父…どこまでお客を増やすつもりだよ…。」
「俺の団子がどこまで通用するか、試してぇんだよ。それで、どうだい?」
「それくらいお安い御用さ!地獄の隅々まで運んであげるよ!」
「交渉成立だな。トオル、嬢ちゃんの事は任せたぜ。団子屋は俺とクシナに任せて行きな。」
「ありがとよ親父。正直、ここでウンウン模索するよか、外に出たほうがいいと思ってたんだよ。お言葉に甘えてそうさせてもらうわ。」
「おう、行ってこい!」
「ここは私に任せてくださいっ!!やりきってトオルさんをギャフンと言わせます!!」
「…不安だ。」
「ふふ、そう思うのも今のうちですよ?」
「杞憂だったと思いたいね。」
「そうと決まれば、行くよトオル!」
「んじゃ、解決策模索の旅に出ますかねっと…!」
□□□
「おや?団子屋の兄ちゃんじゃないか!」
「ご無沙汰してます。八百屋のおっちゃん。」
「なんだいなんだい?また違う女の子連れてるのかい?若いっていいねぇ!」
「女をとっかえひっかえしてるような男のように言うな!!」
「そうなのかい親父さん?」
「おうそうさ!合う度見かける度に、隣にいる女が変わってるんだぜ?どんな浮気者だってんだ!」
「ふぅん…。」
「あのなぁ、皆と仲良くさせてもらってるってだけだかんな?おっちゃん。」
「カーッ!!ペッ!!」
「ツバ吐くんじゃねぇ!!納得しろや!!」
「へいへい。でも、いざとなったらちゃんと一途でいろよ?でねぇと背中刺されちまうぜ?」
「経験がおありで?」
「ああ、大アリだね!100箇所ぐらい刺されてらぁ!!」
「早く成仏してくれよな、おっちゃん。」
「はいよー。またなー兄ちゃん。お嬢ちゃんも兄ちゃんには気をつけなよー!」
「大丈夫さ。いつでも刺す準備はできてるよ♪」
「こえぇよ!?」
「兄ちゃん、骨と女は拾ってやるぜ?」
「早くくたばれ!!」
□□□
「悪かったなお燐。」
「へ?何かあったかい?」
「いや、おっちゃんに絡ませちゃってさ。気を悪くしたか?」
「いやいや、あんなの、旧地獄街道の骸骨共に比べたら、大したことないよ。」
「そうなのか?」
「あぁ、そうだね。あいつらの下世話さは地獄級だよ。」
「底辺なんだか頂点なんだか…。」
「それはそうと、トオルはそんなに女の子を連れ回してるのかい?」
「お燐まで…たまたまだよ、たまたま。今日お燐と会ったのも偶然だったろ?そんな日が何回かあっただけだ。」
「へぇー。そうなのかーい。」
「…絶対からかってるよな?」
「そんなことないさ♪それで?これからどこに行くか当てはあるのかい?」
「まあな。団子の事は団子屋、小説の事は小説家にだ。」
「ほう!知り合いに物書きがいるのかい?」
「いや、いないから小説に聞く。」
「小説に?」
「そ。と言う訳で、『
青年&少女入店中…
「こんにちはー。」
「おや?その声は…トオルさんですね!!」
「正解。新しい本は入荷したか?小鈴さん。」
「うーん。最近はイマイチですねぇ…って、今日はお連れ様がいるので?」
「あぁ。」
「…なんだいここは?本屋にしてはやけに妖気が漂ってるじゃないか。」
「ここは普通の本と少数の妖魔本や外来本を取り扱ってる貸本屋だ。で、こちらが店番やってる小鈴さん。」
「どうもこんにちは。
「そうだよ。"火車"で伝わるかい?」
「えぇえぇ、伝わりますとも!!それでそれで!?今日は何の御用ですか!?入荷ですか!?新しい妖魔本の入荷ですか!?」
「いや、違うねぇ。小説をちょっと嗜みに来たのさ。トオルの提案でね。」
「なぁんだぁ…妖魔本じゃ無いのかぁ…。」
「明らかにやる気なくしたね…。大丈夫なのかい?」
「小鈴さんはいつもこんなだから。」
「こんなとはなんですかこんなとはっ!!…まあいいです。自他ともに認める妖魔本コレクターですからね。貸本屋はついでですから。」
「あっさりしてるねぇ。」
「まぁ、本に対する情熱は確かだから。それで、今日はいくつか小説を見繕って欲しいんだが。」
「いいですよ。どんな本をお探しで?」
「『人の気持ちが美しく表現されてる』本…か?」
「…ついにトオルさんに青い春が…っ!!」
「俺のはまだ冬眠してるからそっとしといてくれ。」
「…そうですか。まぁいいです。心当たりならありますので、是非ご一読を…。」
「いや、できれば解説付きで教えてくれたらなーと。あんまり時間がなくてな。」
「ふぅむ。そこまでご所望なら、ちょっと理由をお聞かせ願えますか?」
「それはかくかくしかじか…。」
「はあはあなるほど。猫又さんのご主人様が、執筆活動でお悩みと…。」
「そうなんだ。あと、お燐と呼んでくれていいよ。」
「はい!ではお二人を愛情のもつれと血みどろの世界へ案内しましょう!!」
「できれば純愛でお願いします。」
そんな訳で、小鈴と小説の世界を旅することにした俺たちだった。