『怪奇恋歌』
(一部抜粋)
「…。」
飲むツバもなく、口は乾き切り、紡ぐ言葉は見つからぬ。目の前に置いた妖狐こそ、言葉は要らぬと微笑むが、これは私のケジメであるが故、宣誓せねばならぬのだ。
「…。」
それを悟りし妖狐は、ただ静かに我を待つ。薄く微笑み、けして動かぬ。
(我は、お主に全てを奪われた身。金も、権力も、我が心も。)
妖狐は人を謀りて、金や家具を盗み去る妖怪たるが、人の心を持ち去ったとは到底考えつかぬだろう。
「我は…。」
あゝ、一言の重みがこれ程とは、息が続かぬ。肺が潰れる。恋情とは、かように我が身を蝕むか。
だが、
「我は、お主の時間を奪いに来たりけり。」
その言葉を言うや、妖狐は我が身にその身を寄せにけり。
あゝ、奪い奪われ行き着く先に、与え与うるものがあるとは。
二人の心は、今、
□□□
「はい。『怪奇恋歌』からは以上です。どうでしたか?」
小鈴が本を閉じて、俺達に感想を促した。
「いや、よく言った『我』。ちょっとキザ過ぎる気もするけど、盗人に言う言葉だからこそって感じなんだろうな。」
「…あのさ、さっきから指摘してるけど、注目する言葉はそこじゃないよトオル。言葉を言うまでの、『我』の気持ちが、ご主人様に必要な部分だって、さっきから言ってるじゃないか。」
「はい。私もそう思って、『怪奇恋歌』のこの部分を紹介したんです!」
「ううむ、なんだか二人に遅れをとってる気がする…。」
「それで、どうして『我』はこの妖狐に恋をしたんだい?」
「あぁ、それはですね…。」
「ふぅ…。」
小鈴が紹介した本はこれが5作目。告白するシーンや心理描写の多いところを注釈付きで紹介するというやり方だ。
お燐には時間があまりないとのことで、その紹介方法を用いたのだが…。
「それで、次はその妖狐についてだけどさ、どうしてその男に気を持ったんだい?」
「あぁ、それはこの場面の…。」
「はーい、ストップストップ!」
「なんだいトオル?ここからが面白いんじゃないか。」
「そうですよ。ここからが本番ですから…。」
俺に水を差されたのが気に食わなかったのか、二人はちょっと不機嫌な顔で見てくる。
「うん。二人とも、気持ちはわかるんだけどさ、もう既に4作品やってるじゃん?」
「あぁ、そうだね。どれも面白かったよ。」
「そうですね…私の好きな本を紹介するのって、なんかこう、きますよね!!」
「…小鈴の事はほっといて、お燐。その作品の詳細を聞こうとして、小鈴に質問するあまり、失念していることがあるんだが?」
「んぇ?なんだい?」
「日が暮れた。」
「ええっ!?ほんとかいトオル!?」
「空を見てみろ。夕焼けの色が消えかけてるの見えるから。」
「ど、どれどれ…あー、これは参ったねぇ…。」
「あわー。こんなに経ってたんですね…。」
まるで、恋話に花を咲かせているように話す二人だったが、楽しい時間というのは過ぎやすいもので、昼過ぎに始まった小説談義は、夜間近まで続いていた。
「よし、時間もそう無いことだし、まとめるとするか。まずは、ご主人への解決策を思いついた人…挙手っ!!」
「「「…。」」」
静寂が訪れてしまった…。
「お、おいお燐。何か思いつかなかったのか?」
「い、いや、それがだね…面白い部分だけをポンッと与えられると、つい細部まで聞きたくなっちゃってさ…。」
「それで、その結果は?」
「…楽しかったねー♪」
「ねー♪」
「『ねー♪』じゃねぇよ!?この時間は何だったんだ!?」
「じゃあそう言うトオルはどうなんだい!?あたいたちが話してる間、一人でウンウン悩んでたじゃないか!」
「そうですよ!私達が盛り上がっているのに、トオルさんは入ろうともして来なかったじゃないですか!!」
「目的を忘れて話してるとは思わなかったわ!!俺だって、一人で考えてたよ!」
「それで、その結果は?」
「まったく見当もつかなかったぜ☆」
「有罪。」
「黒です。」
「お前らも同罪だからな!?」
□□□
「…と、とりあえず、俺の意見を聞いてくれるか?」
「わ、わかったよ。」
「わかりました…。」
なんやかんや言い合っている内に、夜の
「まず、恋愛物の小説に限らず、心の声なんてもんは普通見透かせないんだ。」
「まぁ、そうだね。」
「今、トオルさんは『疲れた』って思ってますよね?」
「よくわかったな。さすが天才の小鈴さんだ。」
「バカにしてますよね?」
「それはさておき、小説だからこそ心の葛藤が見え、読者はそれに共感したり没入し、心の機敏を体験するんだ。」
「確かに、読んでる時は胸が踊るようだったよ。」
「それが小説の醍醐味でもありますからね!」
「そ。しかし、ご主人はそうはいかない。心が読めるのだから。」
「あー。なるほどね。駆け引きとか、声に出すまでの気持ちとか、そういう過程を見抜いているからかい。」
「ですねぇ。本なら疑似体験できるものの、実際は見えてしまいますもんね。相手の気持ちが。」
「そうなんだ。もし、相手がご主人の事を知ってたら、駆け引きなんて成立しない。ご主人が一方的に相手の気を知ってるから。例えご主人が恋に落ちても、駆け引きする必要がないからな。」
「ご主人の事を知らない人が相手なら尚更だね…。」
「…む?ちょっと待ってください?」
「おっ!!『ちょっと待ったコール』だと!?はいどうぞ小鈴さん!!」
「今トオルさんが仰ってるのは、ご主人さんの悩み…
『人の気持ちを美しく表現できない』
↓
『小説の醍醐味をかけない』
↓
『それはご主人の能力故に、実体験が無いからである』
↓
『実体験させるのが解決策ではないか?』
↓
『その解決策とは?』
…ということですよね?」
「まぁ、そうだな。でも、実際に恋愛してなくても、そういう小説は想像で補えるから、小説は読まれると同時に書かれていると思うんだ。」
「なら、疑似体験でもいいのかい?」
「そうなんだが…その方法がなぁ…。」
「あっ!!それなら良い方法がありますよ!!」
「「本当!?」」
「あー、でもちょっと準備が必要なんですよね…。今日はもう遅いですし、明日来てくれますか?」
「えっと…どうするお燐?」
「あたいは構わないよ。それじゃあ小鈴、任せたよ。」
「はいっ!是非、期待して待っててください!」
「あっ、そうだ、お燐は小鈴の家に泊まって…」
「どうしたんだいトオル!早く行くよ!」グイーッ
「あっ!?えっ!?ちょっとお燐さん!?」
青年少女帰宅中…
「あのー、お燐さん?」
「ん?どうしたんだいトオル?」
「いや、なんで引っ張ってまで連れ出したのかと思ってな。そのまま小鈴の家に泊めてもらえばよかったのに。」
「あー、それはだね、トオルを夜の中帰らせたくなかったのと、聞きたいことが1つあったのさ。」
「それってなんだ?」
「なんで小鈴との会話を止めなかったんだい?流石に4回も続けてたら、時間がなくなっていくのは目に見えていただろう?」
「うーん。これは俺の勘違いかもしれないけど、小鈴と話してる時のお燐が楽しそうだったからかな。」
「おや?地獄道の時と似たような理由だね?あたいってそんなに不幸な女に見えるかい?」
「そりゃないが、あの時のお燐の尻尾、穏やかに動いてたからな。」
「…猫又の尻尾をジロジロ見るのは失礼だと思うよ?」
「見えてたし、そもそも猫又のルールなんて知らないからな。ま、だから邪魔しないように、頃合いを見計らって解決策を言おうと思ってたんだが…。」
「結局思い浮かばなかったと言う訳かい。」
「面目ない。」
「…トオルって、結構なお人好しだね。」
「かもなー。」
「ま、トオルが悩んでいたから、こうして地上の月夜を散歩できたと考えれば、良かったのかもね。」
「そりゃどうも。悩んだかいがあったもんだ。」
「いやー、しかし、地上の月は綺麗だね。」
「…。」
「あれ?どうしたんだいトオル?」
「いや、地獄の月はどんなのかなぁ…とね。」
■■■
お燐が出て行ってから丸1日が経過した。
(お燐ったら、もしかしてまだ探してくれてるのかしら?)
私が言うのも何だが、解決策など期待していなかった。本を読み聞かせることはあっても、読むことを勧めた事はないから、お燐にあの手の要求には応えられないとわかっていたのだ。
(だからすぐに帰ってくると思ったのだけど…。まぁ、かわいいお燐が一生懸命探してきてくれてると言うのなら、私は信じなくてはね。)
と、お燐の仕事を代わりにしようと椅子から立とうとした時。
ガチャン!
「あら?戻ってきたのね。お燐。」
「いやー、待たせちゃったね。さとり様。」
お燐が帰ってきた。無事だったようで何よりである。
「確かに。本当に出ていって、丸1日帰って来ないなんて、思ってなかったわ。」
「あはは、すみません…。」
「それで?『今の私に必要なモノ』を持ってきてくれたの?」
「はい!…あ、その前に、さとり様はその答えって見つけましたか?」
「…いいえ。確信を持って言えるものは見つからなかったわ。」
もともとダメ元だったし、結局私はわからなかったけど、お燐は何かを見つけてくれたらしい。
「それならこれを読むといいよ!これがあたい
お燐が自信満々に見せてきたもの、それは…
「…これは…封書?」
「そうさ。さ、早く読んでみなよ。」
「まぁまぁ、そう急かさないで…。」シャキン!…スッ
「…。」
お燐が前屈みになって内容を覗こうとする。どうやらお燐本人も何が書いてあるか知らないようだ。
「…ふぅん…。」
『お燐のご主人様へ』
『今回、お燐の相談に乗っていた串田通です。』
『そしてその相談、ご主人様の『人物の気持ちを美しく表現できない』という悩みの解決策として、この手紙を始めとした、文通を提案します。文通相手は…一応私です。』
『とにかく、これがお燐と考えた解決策です。』
『どうでしょうか?では、ご返事を待ってます。』
「もしかして…これが?」
「そうだよ!」
「…。」
「あ、あのー、お気に召さなかったかい?」
「ふふ♪いやね?随分と楽しんできたんだなぁと。」
「え?」
「今のお燐、いつもより明るいもの。羽は伸ばせたかしら?」
「い、いやいや、毎日の仕事が辛いとかは思って無いよ!?」
「そうじゃないけど…そうね。文通のことは考えておくとして、ご褒美は何がいいかしら?」
「それなら…春に休暇が欲しいね!」
「春に?」
「あぁそうさ。春の旧地獄、桜街道ツアーの予約があるんだよ♪」
■■■
「ふいーっ。今日もお疲れ親父。」
「お疲れさん。後片付けは任したぜぇ。トオル。」
「あいよー。」
お燐の事があってから数日が経ったが、特に音沙汰もなく過ごしていた。
(あの提案、蹴られたのかねぇ?)
小鈴の提案した解決策、それは『文通』。小鈴曰く、
『だったら、お互いに心の読めないコミュニケーションを取ればいいんですよ!例えば手紙とかで!それなら、擬似的にですが、人らしい関係ができるでしょう?』
…ということらしい。確かにお互いがその場で会話しなければ、心なんて読みようもないが…。
(俺が文通相手なのが気に入らなかったのかもな。)
お燐はともかく、小鈴が相手をしたほうが良いと思ったのだが、
『ここは、お燐さんの相談相手であるトオルさんがやるべきです!』
とかなんとか言って、断固として拒否した。
(ま、もし駄目だったらまたこっちに駆け込むだろうし、なんとかなったんだろうな。)
そんなことを考えていると…。
「トオルさーん?いますかー?」コンコン
「んぁ?小鈴か?どうしたんだ一体?」
今日も終わろうとしていた頃に、小鈴が訪れてきた。
「いやー、あの後どうなったのか気になりまして。で、どうです?文通はうまく行ってますか?」
「どうもこうも、まだ返事すらもらってねーよ。」
「あらー。ま、そっちの方は別にいいんです。」
「はいぃ?」
「それより、お燐さんとはどうなんですか?せっかく人間と妖怪の恋物語を中心に話したんですから、なんかこう…ね?」
「『ね?』じゃねぇよ!?あれはお燐が妖怪だから気を使ってあの物語にしたのかと…。」
「あー、確かにその気もありましたが、どうもお燐さんの食いつきが良くてですね?もしかしたらー…と、思ったんですが。」
「物語の出来が良かったんだろ。あと、ご主人の事を考えてたからじゃないか?」
「あー、その節があったような…。」
「そうそう。それで納得しとけ。」
「…はぁ…ま、そういうのは人によりけりですからね…。でも、遅れると色々悲惨だとか…。」
「余計なお世話だっ!!なんだ!?煽りに来ただけなら帰れ!!」
「あー、はいはい。帰りますよっと…ん?」
ガララッ!!
「おや?小鈴も居たのかい?」
「あぁ!噂をすればお燐さん!!お久しぶりです!」
「久しぶりだね小鈴。」
「妖魔本は!?妖魔本はありますかっ!?」
「あいにく、持ってきたのは手紙だけだよ。ごめんね。」
「えー、なぁんだぁ…って、手紙?」
「ってことは…?」
「そうさ!ご主人が手紙を書いてくれたみたいだよ!ほら、受け取っておくれよ!」
「おう。受け取っとくわ。それで?なんだかやけに上機嫌じゃないか?お燐。」
「ふふん♪それがね?正式に旧地獄ツアーができるんだよ。それを伝えに来たのさ。」
「あぁ、春の桜街道の。楽しみにしてるよ。」
「それでそれで、どんな内容なんですか!?い、一回目くらい私達が見てもいいですよね!?」
「そ、そんなもんなのか?」
「まぁ実際、続けるか続けないかの答えは、そこに書いてるって言ってたからねぇ。あたいもそれを確認しないと帰れないよ。」
「はぁ、それじゃ、見てみますかね…。」
旧地獄花見ツアーの切符が切られるのを楽しみにしつつ、まずは手紙の封を切る事にしたのであった…。
短編:『火車が運ぶは心なり』編 ―解決ッ!―