「おはようさんトオル!!今日も一日張り切っていくぜぇ!!」
「…。」
「…んぁ?おいおいどうしたトオル?元気ねぇみてぇだが?何かあったか?」
「親父のせいだよ!?」
「はぁっ!?俺だぁ!?俺が何やったってんだ!?」
「よーし、親父、自分の胸に手を当てて、よーく思い出してみろ。きっと思い当たる節が…」
「無いな。」
「即答かよ!?もう少し考えろよ!?」
「俺ァ過去は振り返らない主義なんでな!」
「この巾着が目に入らぬかぁ!?なんなら目に入れたろうか親父ィ!!?」
「おっ?博麗さんとこの巾着変えたのか?」
「えっ?」
「おっ?」
どうもおかしい。親父の顔が本気である。冗談は言ってないようだ。
「…もしかして親父、守矢神社の賽銭奉納士の件覚えてないのか…?」
「んぁ?そんな話聞いちゃいねぇが…。」
「えーっと、なら親父よ。昨日の夜の事思い出せるか?」
「…いや、昨日は酒が入り過ぎてよ、途中から記憶がなくってなぁ、気づいたら朝だったぜ!!あっはっは!!」
「宴会のノリで俺の仕事増やされてたのかよ!?」
どうも親父に昨日の夜についての記憶は無いらしいので、事細かに教えてやることにした。
青年説明中…
「あー、それが本当なら無理な話だなぁ…守矢はちと距離があり過ぎる。」
「だよな。無理だよな…」
守谷神社といえば、妖怪の山に社を設けている神社で、『人間』からの信仰を糧にしている神様がそこにご住まいなのだ。
実際、人間の里に技術開発の提案や、妖怪退治の依頼受付、祭事の出席など、人からの信頼を得るための事を積極的に行っている。
それもあって、守谷の信者は人里に少なからず存在する。が、なかなか神社まで参拝に向かうことはない。その理由は…
「妖怪の山登るの危険すぎるんだよなぁ…。」
そう、妖怪の山という場所が問題なのだ。
聞屋さんが言うには、あそこは昔、鬼が上司として君臨し、天狗や河童を使役していたというが、今は鬼の姿は無く、それぞれの頭首が管理していると言う山。
平たく言えば、妖怪の巣窟なのだ。命の保証など皆無である。
他の場所と比べれば人に友好的な妖怪や神様が多いと噂されているものの、やはり好き好んで行く者はいない。
それでも年に数回、守矢神社は信者を安全に参拝させるために道を開けているらしいが、登り下りで半日かかってしまう上、体力も持っていかれる。
だから元日ぐらいにしか足を運ぶ人間がいないと言うのが現状だった。
「だがトオルならやってくれ…」
「無理だよっ!!」
□□□
「と、言うわけで、この件は断っとけよ?いくら酔ってたからって受けていい仕事じゃないからな?」
「おぅ、俺の不始末みたいだしな。ケジメはちゃんとつけてくらぁ。」
「おう、そうしてくれ。」
「あー、だが場の勢いとはいえ賽銭が集まってやがるからな…。誰からいくら貰ったかも覚えちゃいねぇから返すのも面倒だ。今日だけでも行ってくんねぇか?」
「行くのは構わないけど…仕事は大丈夫だろうな?春だから客も多いんだろ?」
「なぁに、これは俺の不始末だ。それに、今日の仕事が駄目になろうが、ここの住人は気にゃしねぇよ!どうせ宴会絡みで酒がキマってやがるからな!」
「それはそれでどうなんだ親父…。」
春の幻想郷を体験仕切っていない俺にとって、今の季節の人々がどんな状態なのかわからないので、なんだか不安になってきた。
「ま、今日のところは任せとけって話だ。ほれ、さっさと行かねぇと、日が暮れちまうぜ?」
どうやら今日は一日開けてでも賽銭を入れに行ってほしいらしい。ま、酔っていたとはいえ引き受けた仕事に変わりない。そういうのはきちんとこなすのが親父だ。たとえ俺を使ってでもなのが気がかりではあるが…。
(しかし…日帰りか…。)
守矢神社に行くにあたって、必ず通る妖怪の山の事を思い浮かべて、親父に傳える。
「…いや、今日は泊まりになるな。明日の開店準備は任せたぜ親父。」
「あぁ?」
「それと、霊夢さんとこにはクシナを寄越してくれ。多分、今から寄ると泊まるどころか野宿になりそうだかんな。」
「お、おい、たかが賽銭入れて帰って来るだけじゃねぇのか?日帰りで十分だろ?」
そう、ただ賽銭を入れて帰るだけなら日帰りも余裕だ。だが…
「そうは行かねぇのさ親父…。」
「お、おいおい、俺ァトオルをそんな軟弱に育てた覚えはねぇぞ?」
「育てられた覚えはねぇよ!?」
と、これ以上話を続けていると拉致があかないので、捨て台詞のように言葉を掛けて玄関に手をかけた。
「ちょっと準備しなきゃいけないんだよ。んじゃ、行きまーす!!」
■■■
「さて、ようやく着いたか…。」
目の先に見えるは妖怪の山、山道入口。現在時刻はだいたい朝の終わり位か。人里ではちょうど寺子屋の授業が始まる頃だろう。
太陽も目覚めたばかりの早朝から歩いてきてこの時間帯までかかる。流石に毎日やってたら仕事どころじゃなくなるだろう。
「確かに体力つけるならもってこいだけどな…。」
軟弱と言われたのをちょっとだけ気にしつつ、入り口に差し掛かった辺りで気づく。
「あれ?今日はいないのか?」
(この前ここを通る際に居た妖怪がいないな。四六時中警備をやっていると聞いていたんだが…。)
妖怪の山は身内を贔屓する傾向があり、部外者に対する風当たりは強いらしい。
というわけで、この入り口付近にはいつも妖怪の警備さんがいるのだが…。
(今日はお休みなのかな?せっかく練習して来たんだが…。)
と、少し残念に思っていると…
「お待ちしておりました。棋士、トオル様。それでは一局参りましょう。」
入り口の木陰に将棋盤を置き、正座をしてこちらに頭を下げる白狼天狗…犬走椛さんが居た。
「あ、やっぱりいらしたんですか椛さん。」
「えぇ。遠くにトオルさんの姿が見えましたので、急いでコレを持ってきたんですよ♪」
ニコニコと頬を緩めながら将棋盤に両手の指を添える椛さん。その盤上には既に将棋の駒が並べられていた。
「え?でも来る途中からここらを見てましたけど、椛さんの姿は見えませんでしたが…?」
「あぁ、それは私の能力ですね。かなり遠くまで"視る"事ができるんですよ。」
「あー。だから先に準備して席に着いてたという訳ですか。」
「そうです!…じゃ、じゃあ…約束通り、対局をしましょう!」
その言葉を言った途端、椛さんの目の色が変わる。まさに勝負師の眼光。真剣そのものだ。
「次合ったらもう一度、って約束でしたもんね。今日は勝ちますから。」
「そう簡単に勝ちはあげませんよ?私の目は景色を見通すだけじゃなく、勝ち筋も読み通しますから。」
そうニヒルに笑う椛さんに、対抗心をメラメラと燃やしつつ、一手目を打ち込んだ。
□□□
「うーむ。前回同様、手も足も出なかったなぁ…。」ナデナデ
「はぁ〜、気持ちいいですねぇ〜♪」
結果は完敗。遊ばれたわけでも無く、ストレートに負けた。まさに勝利へ最小限の労力で勝たれたようだった。
「まだまだ実力差があるなぁ〜。埋めるのは大変そうだ。」
というのも、最初に妖怪の山を訪れた時に、椛さんと対局した時が将棋の初体験だったのだ。対して椛さんは何年も将棋をしている。しかも対戦回数は然ることながら、一人で黙々と打ち続ける事もしょっちゅうらしい。
(まぁ、それを仕事中にやるのはどうかと思うが…。)
ともあれ、積んできた経験値が違いすぎるのだ。適う相手では無いとわかっていた。
(…でも、椛さんは真剣に勝負をする。馬鹿にしたり遊んだりせず、どんな手を打とうが真剣に返してくる。)
だからこそ、完膚なきまでに負けようと、変な気にならず負けを受け入れられる。そしてもう一度挑みたくなる。
(…んだけど…。)
「はぁ〜♪」
「あ、あのー、椛さん?そろそろいいですかね?」ナデナデ
「もうちょっとお願いしますぅ…。」
「はぁ…。」ナデナデ
何故か椛さんの頭や尻尾を撫で回し続ける事になっていた。
いや、理由は勝利した椛さんの要求によって行使している義務行為なんだが、もう将棋の対戦時間を超えているのではないか?というくらい撫でている。
(うーむ。でも飽きないさわり心地なのは確かなんだよなぁ…。)
止めようと言ったのは撫でるのに飽きたからではなく、単に座った姿勢が辛くなってきたからなのだ。むしろ撫でるだけなら一日中撫でていたい。
(あれだろうか。白い系の人は撫でると喜ぶという共通点があるのだろうか?)
白いのといい、椛さんといい、やはり…。
(いや、そんなわけ無いか…。)
白髪の人を思い浮かべて見たが、妹紅を撫でようものなら炭にされそうだし、妖夢さんなら細切れにされそうだと気付き、やっぱり気のせいだという結論を出す。
「ふふ…やっぱり私の目に狂いはありませんでした。」
「そういえば最初からそんなこと言ってましたね。『その手は撫でるためにあります!さぁ私を撫でて!!』とかなんとか。」
「いやぁ…どうしてかわかりませんけど、ピン!と来たんですよね…。」
さっきまでの真剣な表情はどこへやら、すっかり崩した表情で話す椛さん。
(でも髪の毛とか尻尾限定なんだよな…。)
撫でているうちに犬っぽく思えて、ふとお腹に手を伸ばすと思いっきり噛みつかれた。理由は『私は狼です。』らしい。よくわからなかったが、椛さんも本能的にやった事らしいので、うまい説明はもらえなかった。
「はふ…。もう満足しました。ありがとうございます。」
と、正座をしていた太ももの上から、寝かせた頭をあげた椛さんが、スッキリした表情で言った。
「じゃあ、次合った時も対戦お願いしますね!」
「いいですけど、次はもう少し食らいつきますから、覚悟してくださいね?椛さん。」
「ふふん。確かに今日は以前より一手一手に乗せる思惑が深くなった気がしますけど、まだ見破られるレベルです。焦らず上達していきましょう!」
「ありがとうございました。では、私はこれで。椛さん、仕事頑張ってください。」
「それはもちろん。っと、その前に気になってたんですが…そのお酒、私にくれるんじゃなかったんですか?」
「えっ!?あ、あー、これはですね〜…。」
「むぅ、私宛のものじゃないんですか?でも、少しくらいなら分けてもいいじゃないですか!」
「勤務中の酒、ダメ、絶対。」
「ぐむむ、ならもう一局して私が勝ったらそのお酒を…!!」
「もう撫でてあげませんからね!!」
「そんなぁ〜!!」
駄々をこね始めた椛さんを仕事場に置いていき、山道を歩きはじめる。
(…まだ昼にはなっていないか…。)
空を見上げ、太陽の位置から大体の時間を計算する。
(予定よりちょっと長引いたけど…、まだ大丈夫だろう。)
そう、今日は泊りがけの賽銭奉納になるとわかっていたのは、この椛さんの約束の他にも、色々と用事があるからである。
(さて、じゃあ次はあの方のところへ…)
と、進路を定めて歩を進めようとした時…。
「おっ!!あの時の盟友じゃないか!!久しぶりだねぇ!!」
(げぇっ!?アイツは…っ!!)
道の脇の林から、のっそりと現れたのは、大きなリュックを背負った河童、河城にとりだった。
「おいにとり!!アレ返せ!!」
以前にとりに不意を突かれて取られたものの返却を迫る。するとにとりは、
「ふむ、やはりそうきたか…なら。」
と、にとりは背中のリュックを地面へ降ろし、次に腰をぐっと落として、こちらに真っ直ぐ視線を寄越し、言った。
「私と相撲で勝負だ!!盟友!!」
今日の用事の2つ目の火蓋が、今切って落とされたのだった。