「それじゃいくよぉ〜!」
「おう、かかってこんかーいっ!!」
はっけよーい…
「のこったぁあああ!!!」
ドンッ!!!
「え?」
にとりの鋭い張り手が腹に決まったと同時、体が浮遊感に満ちていた。
痛みすら忘れ、目の前で起きた現象を理解できないまま後方へ飛翔し…。
ドッポーン!!!
「あ、あちゃー…、人様相手にゃ随分ご無沙汰だったからなぁ…加減を間違ったようだ。」
「ぶはぁっ!!!に、にとりっ!!何だ今の張り手!!?」
「よ、よし、『押し出し』で私の勝ちだね!!」
「『張り飛ばし*1』の間違いだよ!?」
「なんだい盟友。そんなに負けを認めたくないのかい?嘆かわしいねぇ…。」
「いや、力量を見誤ったのはこっちだし、認めはするけどさ、張り手の一瞬、にとりの眼光凄かったぞ?」
「あー、それは申し訳なかった。人間と相撲が取れる機会なんざ、最近はめっきり減ってさぁ、気合が入り過ぎちまったんだ。ごめんよ盟友。」
「まぁ、幸い深いところに落ちたっぽいから、無傷ではあるんだけどな。でもやっぱり力は妖怪級か…。」
「むむ、確かに河童は妖怪だけど、人間とは上手くやっていこうとしてるんだよ?これでも。」
「妖怪の山に引きこもって機械いじりしたり、いたずらで尻子玉抜いたりしなけりゃな。」
リュックの蓋から飛び出た金属製の部品が見え隠れしてるのも、やはり印象として驚異の対象になってるんだけども。
「尻子玉に関しちゃ言い訳できないが、機械いじりには物申すよ!技術というのは日々の研鑽により進化を続けるものなのだ!!その一片を見て理解できないからと恐怖を抱くのは早計というものだろう!?いいか、例えばこの基盤の電子回路に見られる配線の役割は…」
「そんなに熱くなると皿が乾くぞっと!」バシャッ
「ひゅいっ!?」パシャン
暴走し始めたにとりの頭めがけて川の水を掛け、頭を冷やさせる。
「そんなんだから人間には怖がられるんだっつの。」
「むぅ…しかしなぁ…。」
ポタポタと髪の先から雫を垂らしながら、ウンウンと唸るにとり。
(気持ちはわからなくもないけどな…。)
技術開発を進め、人間に勧めようとする河童たちのそれは少なくとも本人達は善意のつもりでやっているのだろうが、里の人間はそう思うものは少ない。
もちろん、河童の技術力を問答無用で突っぱねている訳ではない。その技術の導入によって生活体型が変わることを恐れている節が、少なからずあるからである。
要するに人間は今のままの生活を続けていく事を望む保守派であり、技術の導入という変化をもたらす河童は革新派なのだ。
だから、今の人間と河童は水と油状態だったりする。
「というか、俺のスマホを無言で盗って逃走した奴が目の前にいるんだから、信用は置けないだろうよ!!」
「技術の発展に犠牲はつきものなのさ!!」
「何それっぽい事言って正当化しようとしてんだ!?」
「珍しい機械があったら興味がそそられるだろ?」
「…そりゃ、まぁ。」
「触ってみたくならないか?」
「確かになぁ…。」
「だろう!だからちょいと拝借してしまうのも無理は…」
「あるわっ!!」
「ひゅいあぁっ!?」
初めてにとりと遭遇したきっかけは、妖怪の山を登る途中で充電切れのスマホを袖から地面に落としたのを見られ、それを掻っ攫われたというものだ。
それから追いかけ回したものの、地の利はにとりの方にあるので、結局捕まえきれず、後で守谷の方達に特徴を話したら『それはにとりだね。』と教えてもらっていたのだ。
「な、なぁ、トオルは外の世界の人間なんだろう?早苗達が住んでた機械に満ちたところ出身なんだろう?どうか少しだけこの所業に理解を示しちゃくれないか?」
「…まぁ、盗みは駄目だが、技術に関しては少しなら…」
「おお!!やはり持つべきものは盟友だな!!」
「うおっ!?」
機嫌がいいのか、にとりは川に飛び込んで俺の腕を引っ張り上げていく。
「さぁさ盟友、君の濡れた体を乾かす間に、盟友の知る技術について聞かせてくれ!なんでも早苗達より後に来た盟友だからな!実を言うと盟友に合うのを楽しみにしていたんだ!」
そういうや、にとりはリュックから巨大なプロペラを取り出し、こちらに風を送り始めた。
「…まぁ、いいか。」
マッドな笑みの中に見えた、無邪気な笑顔の発見は、俺の気を引くのには十分すぎるものだった。
青年&少女会話中…
「はえー。ぶいあーるなんてものが生み出されているのか。」
「そのスマホの液晶を使って人間の視覚野に合わせるような映像を見せて、まるで別空間に居るみたいに見せかけるんだ。」
「ふむ…幻覚を見せるようなものか。」
「ま、そうだな。」
「しかし、これが紫の言っていたスマホというやつだったのか。」
「紫さんが?」
「あぁ、まぁな。毒にも薬にもなるとか言っていたが、イマイチよくわからなんだ。」
「…。」
(紫さんって、結構頻繁に外の世界へ行ったりしてるのかもな…。幽々子さんにも外の世界の話してるみたいだし…。)
「まぁ、それは置いといて。俺の居た時のスマホってのは、かなり一般に普及してるレベルのものになってたから、まだまだ高性能なのはゴロゴロあるんじゃないかなぁ。」
「ほほぅ、これの解析にやたら時間がかかったのに、それ以上のものがあるとは…まだまだ研究の余地がありそうだ!話を聞いて正解だったな!」
ふんっと息巻くにとり。どうやら彼女の研究意欲の火をつけてしまったようだ。
(ってか、十中八九スマホ分解されてるよな…。もう使えなくなってるかもなぁ…。)
そもそも幻想郷に電波は届いてこないし、電力の供給も無いしで、電卓叩くか写真撮るかくらいしか使い道ないから、必要かと問われれば微妙なところだが。
「あ、そうだ盟友。これ返すよ。」ポス
と、にとりが帽子から取り出して俺の手に置いたのは、盗られていたスマホだった。
「え?いいのか?」
「盗っといて言うのも何だけど、元は盟友のものだから当然だ。というより、もう研究し尽くしたからね。ぶっちゃけもう必要ないんだよ。」
「うわぁ、可哀想に。」
「なぁに、詫びに少しサービスをしてるんだ。それで許しておくれよ。」
「サービス?」
「そ。太陽光発電パネルの取り付けと、河童ネットワークの会員証をプレゼントしてるよ。」
「あ、ありがたいが…河童ネットワーク?」
「平たく言えば電話の使用が可能な状態って訳だ。ま、多少の制限はあるがね。」
「お、おう。」
「しかも完全防水、防塵処理を施しているからね。簡単には壊れないよ。」
「…なんだろう、湖にオノ落とす話が実現したみたいだ。」
「あっはっは!それなら今度河童の住処にでも来てみるといいよ。多分、スマホが鳴り止まなくなるだろうさ。」
「いやー、遠慮しとく。」
「賢明な判断で助かるよ盟友…さて、そろそろ乾いたかな?」
「おっ、そうだな。」
気がつくと服は乾燥していた。かなり夢中になって話していたのか気づいていなかったようだ。
「それじゃ私は基地へ戻るよ。有益な情報も得たことだ。さらなる発展のため研究に時間を使わなければいけないからな!」
「ま、楽しみにしてるよ。」
「おう。できたら一番に知らせるよ盟友!!では、また会おう!!」
そう言って俺の落ちた川の方へ飛び込んでいき、にとりは姿を消したのであった。
■■■
「うーむ。久々に手にしたなスマホ…。」
なんだか時代錯誤な機械を手に入れてしまったなぁ。と、何故か感じてしまった。
(だいぶ幻想郷の雰囲気になれてしまったのかもな…。)
ほとんど電子機器の無い人里で暮らすようになって一年が経過し、その生活にもう適応しきっていたようだ。
だからだろう。ついここに来る前までは当たり前のように持っていたモノですら、違和感を覚えてしまうようになったのは。
「使う機会は少なそうだけど、せっかく修理してもらったし、ちゃんと持っておくかぁ…。」
また別の河童に盗られたらたまらないので、しっかり懐に入れておく。
「さて、今の時間は…あぁ、うん。もうそんな時間かぁ…。」
空を見上げると、ちょうど太陽と目があった。真上にあるように感じる。
「やばいなコレ。夕方につくかなぁ…。」
今から走って登れば余裕でつくだろう。が、
「まだ一つやる事があるしな。」
と、脇に置いていた酒を見下…
「あれ?」
さっきまで置いてあった場所から、綺麗さっぱり一升瓶の影が消えている。
そしてその場所に何やらメモ紙が置いてあり…。
『尻子玉は抜かないでおいてあげるから、代わりにこのお酒貰って行くよ盟友♪ にとり』
「…。」
(あのカッパァァァ!!!)
やはり人間には友好的な反面、妖怪の性質の一つであるいたずら好きという点は変わらないようだった。
(使うことなんて無いと思っていたが、もう使うことになるとはな…。)
そっとスマホの電源を入れ、電話帳を開く。
案の定にとりの電話番号が載っていたため、さっそくコールをかける。
prrrrrrr…
『おお!早速使ってくれるとは!同志である盟友は河童の技術について興味津々のよう…』
「にとり、その酒、ある人に渡すために持ってきたんだが…。」
『それは私のことだろう?言わなくともわか…』
「今すぐ返さないとその人ににとりの事不幸にするようお願いするが…いいか?」
『ひゅ、ひゅいっ!?ま、まさかその人って…。』
「あ、知り合いなのか?なら話は早い。では早速お願いしま…。」
『おおおおおおお待ちたまえ盟友ぅぅぅ!!!』
ドパァン!!!
「お、もうあんな所まで泳いでいたのか…流石は河童か。」
遠くの方で水飛沫が上がる音が聞こえた。恐らく急速Uターンでもかましたのだろう。
そして待つこと10秒…。
「め、盟友。か、返しに来たぞ…。」
「いたずら好きで酒好きなのはわかるが、やっていいことと駄目なことがあるからな。盟友。」
「むむ、わかった。が、本当にあの方に会いにいくのか?ただでは済まないぞ盟友?」
「でも出来た縁だし、切ろうとも思わなくてな。」
「おお…流石外の世界の盟友…命知らずだな…。」
「恩知らずになるよりはマシだと思うが?」
「そうか…。生きろよ、盟友。さらばだっ!!」
そう言い残してにとりは帰って行った。
「よし、んじゃ最後の用事、済ませてきますか…っ!!」
目の前に続く山道から、脇に逸れた小道の方へと進んでいくのであった…。