不幸とは、幸福の裏返しである。
何事にも裏と表、表裏一体の関係があり、それは天秤のように釣り合いの取れたものであるとされる。
幸福が続けば不幸が、不幸が続けば幸福が、気が付けば人生の終わりが訪れて、思い返せば結局のところ1:1の比率であったと納得する。
が、それはあくまでも天秤であるが故の理論である。そも、天秤が傾いたまま人生を終えることなど往々にしてあるわけで、その傾きが無いのならば、天や地獄などの輪廻転生に必要とされる死の世界の機構は不要なのである。
いうなれば、幸や不幸はただの現象だ。それをどう捉えるかが人徳となり、閻魔が生を審判する材料の最もとするものになるのである。
さて、人生には幸も不幸もなく、天秤など無いと説いてみた訳だが…
「やっぱり不幸なことは味わいたくないよなぁ…。」
と、そんなことを呟きながらも、不幸の元へ嬉々として足を運ぶ自分に、自嘲の笑みを浮かべずにはいられなかった。
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「地獄の大穴…ここがそうだったのか。」
整備された山道を外れた、草木生い茂る林を分け入った先に、ぽっかり空いた穴がある。試しに覗いても底に光が届いておらず、見えるのは闇に潰された空洞のみ。
「改めて来ると、雰囲気が異様だなぁ。」
旧地獄と揶揄される世界がこの先にあり、そこには人間のみならず、地上の存在から嫌われたものが集まるとされる場所。迫害されたのか、それとも地上に合わなかったのか、それらの存在の心中こそ図れねど、地上に対する怨念が大穴から湧き出ているのを肌に感じた。
「ま、実際には怨霊が湧いて出てたって話らしいがな。」
とある異変により、博麗神社の近くに間欠泉が出来て、そこから怨霊が溢れ出て来ていたとか。それでこの穴から旧地獄へ突入を決行したと、霊夢が話してくれたことを思い出す。
「さって…ここに来れば会えると思ったんだけど…。」
以前、にとりにスマホを取られて追いかけ回した果てに、ここへ落ちそうになった。そんなときに助けてくれた人が居たのだが…。
(そんなに都合よくいかないか…。)
と、踵を返そうとしたとき、
「妖怪の山は人間の入るべきではないところ。なのにわざわざ立ち入って、しかも地獄の大穴の縁に足をかけている。」
聞き覚えのある声に、はっと顔をあげる。
「地上の不幸に揉まれて苦しんだ末の決断かもしれません。でも、一度私に貴方の厄災を引き受けさせてもらえませんか?」
優しく語りかけてくるその人に、変な勘違いをさせて申し訳ないと思いつつ、声をかける。
「いや、そんな必要ないですよ。俺はお礼を言いに来たんです。鍵山雛さん、あなたに。」
振り向いた先にいたのは、赤黒い生地のドレスと頭に付けたリボンの髪飾りが特徴的な厄神様、鍵山雛さんであった。
少し驚いた様子を見せたものの、ほっと一息ついて、雛さんは続けた。
「私にまた会いたいだなんて、本当に変な人ね、トオルさん♪」
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とりあえず大穴の近くは何かと危険だということで、山道へと戻り、お礼の一升瓶を渡して守矢神社へ向かおうと思ったのだが…。
「あの…どうして着いてくるんですか!?さっきから道の端が崩れたりしてるんですけど!!」
お礼を渡して『あのときはありがとうございました。』と言って別れた筈なのに、気がつけば隣を雛さんが歩いている。
おかげでさっきから不幸になりそうなことが立て続けに起きている。決定的な不幸にまでは至ってないが、そのうち隕石が頭を直撃しないかと気が気でならない。
「そう?私が離れるといつ妖怪が襲ってきてもおかしくないから、護衛のつもりでついてきているのだけど。」
そう、雛さんは周りに不幸を撒き散らしてしまう体質らしく、それ故に妖怪ですら手出ししようとはしないらしい。故に護衛を買って出たというらしいが…。
「それ以外の不幸で死にそうなんですけどね!?」
先程も滝の近くを通っていた際に、滝の中から岩がこちらへ向かって跳ね跳んできたのだ。
「まぁまぁ、その時は私が助けますから、安心してください。」
「ひどいマッチポンプである。」
大穴に落ちかけたのも雛さんのせいじゃないかと守矢の人達に言われたが、助けてくれたのも事実だし、今もこうして生きているから大丈夫なのだろう…と、思う。
「それと、貴方の厄災を引き受ける為に付いてきたんですから、感謝こそすれど、迷惑がられるのは筋違いですよ?」
「え?厄災?俺に?」
「そうです。結構な厄災が溜まってたのよ?だからあの大穴の前で立ってたのを見たとき、内心かなり焦ってたんだから。しかも一升瓶まで持ってたし…。」
そう言って雛さんは胸に抱いたそれを一層強く抱き締めた。
「そりゃ、目の前で人が地獄に落ちていくのは寝覚めが悪いか…。」
「ほんと、顔は素面そのものだったから、心底安心したわ。やめてね?次からはこういうことするの。」
「はい。すみませんでした…。」
「いい?厄災を溜め込んで絶望に暮れたら、山の入り口で待ってるといいわ。そしたら私が感づいて厄を取りに降りてくるから。」
「いや、そもそも厄を溜め込んだ覚えが無いんですが…?」
ある意味、守矢神社まで賽銭を取りに行く羽目になったという点では不幸なのかもしれないが、言ってしまえばそれだけなので、さほど不幸ばかりだったわけではない。
「あら?おかしいわね?普通の人が抱えるには重すぎるくらいの厄が付いているのよ?自覚なかったの?」
「え"っ!?ほ、本当に!?」
「ええ。最近不幸の元にでも抱き締められたみたいに、ベットリとついていたから…何か思い当たることはなかった?」
「うーん…、いや、そんなことは…。」
『トオルさん!布団ありがとう!』
「あ"っ…!!」
「あ、思い当たることあった?」
「そういえば貧乏神に抱き着かれた事があったなぁ…と。」
「び、貧乏神!?」
「え、ええ、疫病神の妹さんを持つ貧乏神に。」
「それは大変だわ!!」
雛さんはそう叫んだかと思うと、酒瓶を地面に置いて抱きついてきた。
「えっ!!?雛さん何を!?」
「…じっとしてて。今その厄災全部奪い取るから。」
「は…はい…。」
しばらく雛さんに抱き着かれていたのだが…。
(なんだろう…ものすごく変な気分だ…。)
この現状に嬉しさを感じているのは事実だ。温かい気分になって心地良い。が、その裏で雛さんの厄に当てられているのか身の毛がよだち、背筋が凍る。腹の底が渦巻いている感触を同時に得ているので、なんとも微妙な気分なのだ。
「…ふぅ、もう大丈夫よ。これであなたの厄災の全てを私が引き受けました。どう?少しは楽になったかしら?」
「…う~ん、実感はあまり無いですね。肩が軽くなったとかわかりやすい効果は何も。」
「そう?まぁ厄のスペシャリストである私がちゃんと綺麗さっぱり拭い取ったんだから、心配いらないわ。」
「そ、そうです…かっ!?」
安心したのと同時、地面が崩れて崖へ滑り出す。
「と、トオルさん!!」
雛さんが腕を伸ばすが、届かない。
「ぐ…お、おおぉっ!!」
厄を取られてから、雛さんから溢れる厄に当てられたのか、不幸が殺しにかかる。
(ここで死んだら…雛さんの寝覚めが最悪になるってのに…っ!!)
でも、人間である俺には何もできない。
(くそっ…ここまでか…。)
雛さんが点にまで小さくなるほど見えなくなる。もはや諦めかけたその時。
シュン!!
「んあっ!?」
いきなり肩を掴まれ、体の重心を揺さぶられた。
「な、何だ何だ!?」
いきなりのことに混乱していると、頭上の方から声がした。
「あー、えんがちょえんがちょ。一応つけててよかったわ。」
俺の事を片手で掴み、もう片手で何やら雛さんの方に仕草をしつつ、安心したのか一息入れていた。
「あ、あのー、助けてくれてありがとうございます。その…どちら様ですか?」
「あー、私?私は姫海棠はたて、よろしくね♪」