煌煌と差す暈の如く
されど陰る月の如く
白いユニフォームを纏う集団を見つけた。
おそらくあれが目的の部活だろう。
「あれかな?」
「うわ、女しかいねぇ……バイアスロン部って女性限定なの?」
「そんなことない、でも競技人口は女性に比べると少ないらしい」
下調べはこなしている雫からの情報に五条は感心したように頷いた。
(意外…でもないけど、ちゃんと調べてんだな)
あちらも歩いてくる新入生の集団に気が付いたようだ。
「あれ、もしかして新入生?」
「え、ちょっと待って……あれ――」
騒めく集団に疑問に思いながらも三人はバイアスロン部に声をかけた。
「すみま――」
「ご、五条くんだよね!?」
ショートカットの女生徒に距離を詰められた五条は少したじろいだがすぐにいつもの調子で話始めた。
「そうだけど、なんで俺のこと知ってるの?」
「あ、ごめんなさい!噂の新入生がウチの部に来てくれたから、つい…」
一歩下がって五条との距離を取った女生徒は名乗った。
「私は五十嵐亜実です。バイアスロン部の部長を務めています」
胸に手を当てて名乗った五十嵐は五条の隣にいた雫とほのかを見て目を大きく開いた。
「……光井ほのかに北山雫…さん?」
「あれ?二人のこと知ってんの?」
五条は知らないことだが、実は新入生の入試成績は裏で出回っているのだ。
それは各部活が優秀な人物を得るためにあらかじめ目星をつけておくためである。
しかし多くの部活が行っていることとはいえ、決して褒められた行為ではないため、一高内では暗黙の了解となっている。
「えっ、うん。まぁちょっとね!」
そんな事情を新入生に語るわけにもいかない五十嵐は誤魔化す。
その態度に若干引っかかるものはあったが五条は特に追及はしなかった。
二人も五条と同じスタンスだった。
「ここに来てくれたってことは三人とも入部希望なのかな!?」
成績上位者である三名が自分からバイアスロン部に来てくれた、という事実に若干の興奮を覚えながら五十嵐は三人に質問した。
「いや、雫が気になるっていうから来ただけだよ」
五条がそういうと雫は一歩前に出た。
「すみません。まだ入部を考えているわけではないんですが興味があったので見学したくて」
変に期待させてしまって申し訳ないと頭を下げる雫に五十嵐は慌てるように首を振った。
「そんな、謝らないで。興味を持ってくれただけでも嬉しいよ」
これは本音だ。
まさかこの三名が自分の部活に興味を抱いてくれるなど思ってもいなかった。
だが、その事実は興奮以上に緊張をもたらした。
(上手くいけば将来有望な新入生を3名が入ってくれる!でももしここで勧誘に失敗したら……)
新入生の争奪戦は熾烈を極める。故にこれは絶好かつ一度きりのチャンスだ。
「じゃあ、改めて。私たちはバイアスロン部。正式名称はSSボードバイアスロン部よ」
「SSボード…?」
「正式名称って言ってもSSボード自体が省略語なんだけどね」
スケートボード&スノーボード。それを略してSSボード。
春から秋にかけてはスケートボード、冬はスノーボードを使って移動しながら設置された的を魔法で撃ち抜きつつ林間コースを走破する競技だ。
「まぁ他にも自分の色の的だけしか破壊しちゃいけないとか射撃ゾーンとか、細かいルールは色々あるんだけど大雑把に説明しちゃうとこんな感じかな」
「へぇ……」
五条は少し興味を惹かれた。
「そのボードってここにあんの?」
「あ、ボードはこれだよ」
そう言って五十嵐が持ってきたのは少し大きい車輪が4つ付いたスケートボードだった。
「乗ってみてもいい?」
「勿論!」
意外とノリ気な五条に嬉々として貸した。
受け取った五条はさっそく乗ってみる。
(滑り方は……なるほど、あんな感じね)
バイアスロン部の動きをみて乗り方を把握。
中々どうして面白そうだった。
「雫、ほのか」
五条は振り返って二人を視た。
なにか不穏な雰囲気を出す五条。
二人はなにか嫌な予感がした。
「……まさか」
「ちょっと行ってくる」
ニッと笑って五条はそのまま滑って行ってしまった。
「あ!?」
「やっぱり……」
まさかこんな破天荒な行動に出るとは思っていなかったほのかは固まり、雫は多少は予想していたのか、呆れていた。
同時に五十嵐も予想外の事態に思考が停止してしまった。
「お、追い掛けないと!」
「うん、でもあの速さは無理」
いつの間にか視界から消えてしまった五条。
その状況を見るだけで移動速度がどれだけ速いかわかる。
「い、五十嵐先輩!本当にすみません」
「悟がすみません」
残された二人にできるのは謝ることくらいだった。
「さいっこぉーーーーーっ!」
風になった気分だった。
一瞬で後ろへと流れる景色。
体で受ける風。
縦横無尽に校内を滑っていく五条に気分は爽快だった。
「よぉ!お前ら!」
「え、五条君!?」
「……勘弁してくれ」
驚きの声をあげるエリカと疲れた声を出す達也。それを後目に五条はさらに加速していく。
「ほ!よっと!」
壁も段差も全てを使って滑っていく。
「止まれ!五条!」
「ん?」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「風紀委員長じゃん」
校舎を滑り回る五条の目撃者は多かった。
その目撃者の中には風紀委員も含まれていたため、風紀委員長に報告されるのは自明の理だった。
すぐに止めるようにと指示が下ったが、速過ぎる五条を誰も捕らえることはできなかった。
そこで重い腰をあげたのが摩利だ。
彼女は自身もスケートボードに乗ることでスピード差を埋めた。
「いいね。鬼ごっこか」
五条に止まる気などない。
むしろこの状況を楽しんでいた。
「悪いけど、止める気はないから!じゃあな!」
自己加速術式でさらに加速していく。
そんな五条に舌打ちをしながら摩利も追っていく。
(クソ!自己加速術式を使ったとしても速過ぎるぞ!)
さらに平面を移動する二次元的な移動ではなく、縦の動きもある立体的な機動に翻弄されていた。
(あんな複雑な機動で速度を維持するどころかドンドン速くなっている。五条、やはりただ者じゃないな)
「止まれ!」
摩利の腕輪に光が灯る。
魔法が発動する合図だ。
流石の五条も魔法を直接撃ち込まれるとは想像していなかったが――
(いくらなんでも魔法はやりすぎじゃない?まぁ――)
「な!?」
(――発動しないんだけどさ)
どんな次元にも距離という概念がある。
それは情報体においても例外ではない。
五条の無下限は情報距離においても効果を発揮する。
イデアを経由して投射することにより、投射対象のエイドスに干渉、書き換えることで、一時的に現実世界の事象が改変されるのが魔法だ。
無下限は投射対象との情報距離を無限にしてしまうため、結果的に事象は改変されない。
今回は五条に対して直接減速の魔法を使用しようとしたため、キャンセルされたのだ。
「じゃあな!」
摩利は魔法が途中まで発動していたにも関わらず発動しなかった、という予想していなかった事態に戸惑った。
それも無理のないことだろう。
確かに彼女の魔法は五条を捉えていたのだ。にも関わらず届かなかった。
届かなかったという事実さえ認識できていない摩利に一瞬の思考の空白が生まれる。
その隙に五条は去ってしまった。
「――あ~楽しかった」
屋上まで逃げた五条は漸くボードから降りた。
「バイアスロン部か……」
中々悪くない乗り心地だった。
しかし入りたいかと言われるとそんなことはなかった。
さっきまでの走行でわかった。
五条がこの競技に真面目に取り組めば、誰も敵わないと。
そもそも魔法競技において五条に挑むことは無謀だ。
軽自動車でF1レースカーにレースを挑むようなものだ。
そんな張り合いのないものに、五条は惹かれない。
「……ふぅ」
腰を下ろし、部活勧誘で活発になっている校内を見た。
「いいなぁ、青春じゃん」
力も知識も容姿も、人が望むものは全て持っているはずなのに、多くの人が謳歌するそれに手が届かないというのはなんともどかしいことか。
「あら?五条君?」
「ん?」
屋上で一人黄昏る五条、後ろを振り返るとそこには真由美がいた。
「お前、なんでここに?」
「五条君こそ……って言いたいところだけど、なんとなく理由はわかるわ」
真由美はそのまま五条の方に歩くと隣に腰かけた。
少し驚いた五条だったがあまり反応を示すと負けたような気分になるので意図的に気にしないようにした。
その態度が気に食わなかった真由美は腰を浮かせてさらに五条に接近。
肩が触れてしまいそうなくらいに近づいた二人はしばらく黙ったまま景色を眺めるが沈黙に耐えられなくなった五条が口を開く。
「なんでわかったんだよ?」
「摩利から報告が来てたからね」
あぁ、と納得した。
摩利は五条を取り逃がしたあと、すぐに情報を伝達したのだ。風紀委員だけではなく、生徒会も含めてだ。
「摩利から逃げ切るなんてすごいじゃない」
「正直楽勝だったね」
「でも校内を滑り回るなんてダメよ。それに報告によると自己加速術式も使っていたそうね?校則で魔法の使用は禁止されているのは知っているでしょ?」
「ハァ…うるせー」
五条はわざとらしく耳を塞いで顔を背けた。
五条は聡い。何が正論で何が間違っているかはわかっている。
故に真由美の正論な説教はすごく気に障った。
「成績だけで言うなら間違いなく優等生なんだけどねぇ」
困ったような声で真由美は呟いた。
「優等生…ね」
過去の自分は優等生だったのだろうか。
頭の良さから考えてもありえなくはないが、優等生な自分を想像すると虫唾が走った。
「ねぇ、俺ってそんなにすごいの?」
「……そうね、魔法師としての資質だけでいうなら間違いなく世界一よ」
干渉能力、処理速度、その他含め全てが理論上出せる限界値。
そんな魔法師は後にも先にも五条だけだろう。
「…そっか」
「なんでそんなことを聞くの?」
「なんか…つまんねーなって」
「つまらない?」
五条の瞳から光が少しだけ消え失せたような気がした。
年相応な様子の年下の後輩の背中がとても小さく感じた。
真由美は何も言わずにそっと五条の隣に座った。
「ここ数日でわかったよ。魔法で俺に敵う奴はいないんだって」
授業を通して五条が感じたのは他者との圧倒的な差。
彼ら彼女らが一点突破の努力をしようと絶対に自分の領域に立ち入ることはないとわかった。
ジャンプして宇宙に行けないことと同じくらい絶対不可能だ。
魔法を使ったスポーツも同様だと先程わかった。
「言ってもわかんないか」
「えぇ。確かに共感はできないわ」
真由美の解答にやっぱりなと感じた。
しかし真由美の言葉は終わっていなかった。
「でも理解はできる」
「…え?」
「私は五条君ほど優秀ではないから、他者に対してそんな感情を抱いたことはないけど、五条君が寂しいんだってことはわかるわ」
最強であることの侘しさはわからない、だが特別であるための淋しさは知っていた。
十師族である七草家の長女、国立魔法大学附属第一高校生徒会長、三巨頭、妖精姫、自分を特別たらしめる肩書や事実や異名は真由美を畏怖の眼で見る者を増やした。
話す時に感じるのは壁。分厚く、透明な壁がどれだけ他者と自分を隔てているかがわかる。
それに淋しく感じたことはある。
自分の隣に誰もいない感覚は孤独を強く感じさせる。
「でも、大丈夫よ。あなたよりすごい子なんていっぱいいるわ!」
五条は見誤っている。確かに六眼が写す情報は間違っていないが、全ては見えていない。経験や技術といった目に見えないものが五条を下すこともある。
「だから、勝手に失望しちゃダメよ。あなたの高校生活は始まったばかりなんだから」
「……そっか、じゃあもうちょっと待ってみようかな」
真由美の想いの全てが伝わったわけではない。
きっと心の中に諦めの感情が残っている。
しかし少しだけ期待してみることにした。
真由美の言った通り、高校生活は始まったばかりなのだ。
もしかしたら自分が知らないだけで自分を越えてくる人間がいるかもしれない。
流れ変更しました。