魔法科高校の五条悟   作:YUTO1247

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戦え
そして証明しろ


五条悟と〇〇〇

 五条は疲れきった様子でベッドに倒れ込んだ。

 ホテルに帰った後、五条は母から計二時間の説教を食らった。

 散々動き回った後の説教は中々堪え、精神的に疲れていた。

 ニコニコと笑顔かついつも通りの悠長な話し方で怒られるのはつらい。

 五条は聡い。何が正論で何が間違っているかはわかっている。

 だからこそ、自分の母の説教は嫌いだった。

 なぜなら母が怒る時は絶対に自分に非があるときだけだから。

 

 (……もう寝よ)

 

 いつもよりも深く濃い疲れを蓄積していた五条。

 初の沖縄旅行ではしゃぎ過ぎたということも重なった。

 急速に瞼が重くなるのを感じながら意識を手放した。

 

 ◇◇◇

 

 沖縄旅行二日目。

 今日は沖縄観光において絶対にかかせない場所に行く。

 琉球王朝の栄華を物語る、沖縄のシンボル。

 首里城だ。

 首里城は沖縄の歴史・文化を象徴する城だ。

 歴史学者によっては首里城の歴史は琉球王国の歴史そのものであると唱える人もいる。

 首里城は小高い丘の上に立地し、曲線を描く城壁で取り囲まれ、その中に多くの施設が建てられている。

 その建物の中で最も有名なものとして挙げられるのが首里城正殿だろう。

 赤を基調とした建物が多い首里城の中でも正殿の赤は最も美しい赤だとされている。

 五条の母が沖縄旅行において最も楽しみにしていた場所だがその息子は退屈していた。

 確かに最初は圧倒された。

 深く明るい赤、今にも動き出しそうな金の龍。

 しかし30分も観れば飽きてしまうものだ。

 

 「ハァ…つまんねー……」

 

 五条は日陰に座って足をぶらぶらさせながら時間を潰していた。

 母はまだ正殿を観ていた。この様子ではもうしばらくかかりそうだ。

 

 「……ん?」

 

 五条はそこで違和感に気が付いた。

 今までは首里城に目を取られていた為、気がつかなかった。

 だが五条は一歩離れたところで首里城を観始めていた。

 故に『六眼』は捉えたのだ。

 首里城を観光する人たちから少しずつ呪力と生命力を吸うモノが正殿の中にいることに。

 

 (なるほど。『術式』で隠蔽しつつチマチマ吸ってるのか……こすいマネの割に大層な練度だ)

 

 『六眼』を持つ五条ですら気が付くのに時間が掛かった。

 かなり高度な隠蔽だ。

 恐らく相手は特級クラスの呪霊。

 放置するのは危険、そう判断した五条の行動は早かった。

 

 「よっと」

 

 呪力で強化した身体能力を使って素早く正殿の中に入る。

 正殿は一般人立ち入り禁止だ。

 今回はそれが好都合に働いた。

 一般人を守りつつ戦うのはいくら五条でも分が悪いからだ。

 

 「さぁて、どこにいるんだ?」

 

 一見するとどこにも異変はない正殿内部。

 だが『六眼』は奥の壁が普通ではないことを看破していた。

 

 「……なるほどね」

 

 五条の指が壁に触れた。

 すると壁はまるで水面のように波紋を立てた。

 間違いなくこの先に相手がいる。

 五条は迷うことなくその壁の中に入って行った。

 壁を通り抜けるとすぐに開けた空間に出た。

 そこは首里城正殿前だった。

 ただそこは現実の首里城正殿前、というわけではなかった。

 確かに今いる場所はさきほどいた首里城正殿前に酷似している。雰囲気や周りの建物まで全て。

 だが血のように赤い空がここは現実ではないと訴えていた。

 

 「やっぱ領域……じゃあないな。生得領域か」

 

 『生得領域』とは自分の心の中のこと、そしてそれを呪力で外に構築して作った結界のことを指す。呪力による生得領域の展開は非常に高度な技術だ。

 六眼を本気で使えば相手がどこにいるかなど一瞬でわかる。

 つまり呪霊が前方から超高速で迫っていることなどわかっていた。

 

 「おっと」

 

 五条は頭を少し反らすことで呪霊の攻撃を避けた。

 避けた先を視る。

 前半部分しかない馬の背中。背の上に西洋の物語で出てくるような魔人、所々に時計の意匠が見られる全体的に白い西洋風の呪霊だ。

 

 「お前随分と珍しい形してんなー」

 

 呪霊は基本的に和風な造形のものが多い。

 初めて見る型の呪霊に声が出てしまったのは幼さ故だろう。

 

 『何者です、貴方は』

 「へぇ、ここまではっきり喋る呪霊は初めてだ」

 

 呪霊は等級が上がれば上がるほど、知能指数も高くなる傾向にある。

 つまりここまではっきり喋れる時点でこの呪霊の『強さ』も見えてくる。

 五条は両手の指を組み、体の前で伸ばすとニヤリと笑った。

 

 「悪いけど自己紹介はなしだ。速攻で祓う」

 

 その言葉を皮切りに両者は戦闘態勢に入る。

 初めに動いたのは五条だった。

 五条は素早く横に飛んだ。

 

 『ほぅ……反射神経は中々のようですね』

 

 呪霊が関心したような声をあげた。

 同時に床が徐々に罅割れていき、陥没する。

 老朽化や風化などではなく、明らかに目の前の呪霊の術式によるものだ。

 

 (コイツを中心とした半径1m範囲の空間が歪んでる……どういう術式なんだ。コイツ)

 

 歪みによって六眼による相手の術式看破に失敗した。

 五条の短い人生において今まで『六眼』で見通せなかったものなど一度もなかった。

 最強としてのプライドを傷つけられた気分だ。

 

 「出し惜しみしてる場合じゃあねぇな」

 

 【術式順転・蒼】

 

 周りの建物を破壊しながら虚空の渦が呪霊へと迫る。

 当然呪霊はそれを避けるように動くが攻撃は呪霊を追い続ける。

 相手の機動力は特級ということもあり、高いが五条の攻撃を避け続けられるほどではなかった。

 攻撃は呪霊との距離を詰める。

 呪霊は正殿の屋根を駆ける。

 巧みな機動で紙一重に避ける。

 しかし攻撃は遂に呪霊を捉えた。

 当たる。

 仕留められる。

 そう五条が確信した瞬間だった。

 

 「…は?」

 

 呪霊が視界から消えた。

 

 (バカな…目は離してなかった、一瞬も気を逸らさずに相手に集中していたのに…見失っ――)

 

 「ガッ!?」

 

 側頭部から火花のような衝撃。

 その場から弾かれたように吹き飛ぶ。

 地面を二転三転し、転がりながらもなんとか体を起こし、膝をついた。

 

 『咄嗟に飛ぶことで衝撃を逃がしましたか』

 

 感心したような声色。

 それは五条のことを下に見ているが故に出る発言であり、その言葉の端から余裕を感じる。

 

 「クソ……!」

 

 そのことがわかる五条の額に青筋が浮かぶ。

 そして五条の負の感情はそのまま呪力へと変換されていく。

 

 (落ち着け…冷静になれ)

 

 そう。冷静に。

 そうでなければ勝てない。

 

 (機動力を見る限り俺の方が体術は勝ってるはずだ…でも術式勝負はこっちの分が悪い)

 

 無限の壁を纏う五条に触れられたということは相手は『領域展延』を用いた可能性が高い。そして領域展延とは『領域展開』の応用。

 必然的に相手が領域展開を使えるということを表していた。

 

 (俺はまだ領域展開が使えない。領域の中に引きずり込まれれば……)

 

 領域に対抗する術を持たない術師が領域の中に引きずり込まれれば十中八九死ぬ。

 ならば領域展開の間合いに入らないで戦うか、領域展開をさせる隙を与えずに速攻するか。

 五条は後者を選んだ。

 

 「来い、『蔵』」

 

 五条は口の中から小さい塊を出した。

 その塊は調教した4級呪霊、名は蔵。

 この呪霊は体の中が亜空間になっていて物の持ち運びに便利な呪霊だ。

 五条はこの中に着替えやお菓子、呪具など様々なモノを入れていた。

 

 「じゃあ戦法を変えようか」

 

 蔵は大きく口を開ける。

 そこに腕を突っ込み中から呪具を取り出す。

 

 【二級呪具 双蛇】

 

 琉球古武術の武器の一種である双節棍。その双節棍型の呪具。

 術式付与はされておらず、等級は低いが耐久力は一級呪具にも劣らない。

 

 『なるほど、呪具も扱えますか』

 「あぁ、一芸だけじゃあ呪術師は務まらねぇからな!」

 

 地面がひび割れるほど強く蹴り、一気に距離を詰め仕掛ける。

 

 『これは!!』

 

 双節棍による変則的な攻撃。

 呪霊は攻撃を捌いていくが処理能力以上に過密な攻撃で徐々にダメージを与えていく。

 だが呪霊とてやられっぱなしなわけではない。

 反撃もしてくる。

 だがそれも全て五条に躱される。

 柔軟でしなやかな最小限の動きで回避しつつ攻撃に転じられ、文字通り手も足も出ない。

 

 『ッ!?』

 「体術なら俺の方が上みたいだな!」

 

 術式なしの体術勝負なら五条に分があった。

 徐々に呪霊を追い詰めていく。

 

 「!またか!!」 

 

 呪霊の姿が突然消えた。

 先程まで確実に目の前にいたのにも関わらず見失った。

 だが次の動きは予測できていた。

 

 『な!?』

 「後ろだろ?一辺倒でわかりやすいんだよ!」

 

 双蛇を背に構えることで攻撃を防ぐ。

 先程と同じ現象。

 故にその後の動きの予想は容易かった。

 

 「俺に二度も通じるわけねぇだろ。舐めてんのか?」

 

 距離を取る呪霊。

 青い呪力を迸らせながら油断なく構える。

 対する五条は左足を少し後ろに下げた。

 右腕を肩の高さ、左手は脇の下で構えた。

 双混節基本の構え『側方の構え』

 

 『貴方のことを少し侮っていたようです』

 

 呪霊の言葉を皮切りに領域内の建物が少しずつ振動していく。

 

 『月並みな言葉で申し訳ありませんが……ここからは本気でいかせてもらいます』

 

 城壁が崩れ無数の瓦礫へとなった。

 それらがまるで意志を持ったかのように五条へと迫っていく。

 だが五条は動かない。

 そして五条に迫っていた瓦礫も無限の壁に阻まれ五条の近くで止まった。

 そこに違和感を感じた。

 

 (いや待て。アイツだって攻撃が届かないことなんて百も承知なはずだ。わざわざ領域展延を使ったのがその証拠…なのになんでわざわざこんな攻撃を…)

 

 そこまで考えて漸く攻撃の意図がわかった。

 瓦礫で視線を遮ること。それこそが目的だったのだ。そして五条は見事に策に嵌り、呪霊を見失ってしまった。

 

 『言ったはずです。ここからは本気でいかせてもらうと』

 

 どこにいるかもわからない敵は頭に直接語り掛けてくる。

 

 『領域展開』

 

 そして放つは世界を侵す言霊。

 

 『琉想天創(リュウソウテンソウ)

 

 世界は一巡する。

 

 【領域展開】

 

 術式の最終段階であり、呪術戦の極致。

 術師の中にある術式、生得領域を結界という形で体外に創り出し、そこに他人を引きずり込む技。

 大幅に呪力を消費するが、絶大なメリットが2つある。

 1つは環境要因による術者のステータス上昇。

 領域の中はいわば「術者の精神世界」もしくは「術者の術式の中」であるため、術者は自身の能力を遺憾なく発揮できる上、術者が最も行動しやすい、いわばホームグラウンドのような環境になっており、術式の発動が素早く、強力になる。

 そしてもう1つは領域内で発動した術者の術式の絶対命中。

 領域の中にいるということは既に術式が当たっている状態になるため、術式に基づく攻撃は必ず当たる。

 無敵ともいえる防御力を持つ五条の無下限呪術、領域内においてはその無下限呪術の作り出す無限ですらも中和され、五条本人に攻撃を当てることが可能になる。

 領域展開の対処法は主に二つ。

 領域外へ脱出するか自身も領域展開をするかである。

 ただし前者の場合、領域は閉じ込める事に特化した結界術としての側面を持つため内側から壁を壊す事はまず不可能であり、さらに領域内と領域外では空間の体積がまるで違うためそもそも領域の縁を発見する事が難しいなどといった点から領域の対策としてはあまり得策ではない。

 よって本来ならば後者である自身も領域を展開する方が有効だ。

 領域展開を習得した術師であれば、自身も領域を展開する事で必中効果を中和する事ができる。さらに相手との力量に大きな差がある場合には相手の領域を自身の領域で塗り潰す事もできる。

 しかし五条は現在領域展開を習得していない。

 よって五条は前者を選ぶ他なかった。

 先程とあまり変わらない風景。

 琉球王国のシンボルである首里城正殿前。

 だがここは既に相手の掌の上だ。

 先程の戦闘で生まれた瓦礫も瓦礫と化していない建物も、まるで重力に縛られていないような軽快な動きで五条に迫る。

 

 「うおおおおーーッ!!」

 

 五条を守る無限の壁はない。

 ならば攻撃は回避しなくてはいけない。

 上から横から後ろから襲い掛かる凶器たちを縦横無尽に駆けながら避けていく。

 避け切れないモノは双蛇で砕いていく。

 

 「クソ、アイツわざと!」

 

 必中効果のある領域内で攻撃が迫るということはない。

 その気になればもう攻撃が完了している状態に持っていける。

 だが呪霊はそれをしなかった。

 五条を疲弊させ、確実に倒せる状態に持っていくつもりだ。

 さらに呪霊は万が一を考慮して姿を見せない。

 六眼でも捉えられないのはこの場所が呪霊のテリトリーだからだろう。

 

 「な!?」

 

 攻撃は上から横から後ろから前から…そこからしか来ないと錯覚していた。

 故に下からの攻撃への反応に遅れた。

 

 「しまッ――」

 

 体勢を崩した五条に一気に凶器たちが殺到してくる。

 

 「術式順転・蒼!!」

 

 全ての攻撃を収束させ、なんとか猛攻を凌ぎ切った。

 だが全ての攻撃を受けずに凌ぐ、というのは流石の五条にも厳しかった。

 

 『この攻撃を凌ぎますか……』

 

 息も絶え絶えな五条の前に呪霊が現れた。

 五条は確かに軽傷。だがそれ以上にスタミナを削られていた。

 集中力を要する回避を数十分も継続的に行われていたのだ。

 まだ体の完成し切っていない五条の身には酷だった。

 

 「ハァ……ハッ、このくらい楽勝だ…」

 『子供とは思えない戦闘技術、そしてその精神力……あと一年遅く貴方と対峙していれば敗れたのは私でしょう』

 「勝手に勝った気になってるんじゃねぇよ」

 

 五条はニヤリと笑った。

 

 「こっちはわかったぜ。お前の術式がな」

 

 その言葉に呪霊は動きを止めた。

 五条は息を整えつつ答え合わせをしていく。

 

 「最初にお前を見た時、俺は術式を看破出来なかった…お前を中心に空間が歪んでいたからだ」

 

 五条の六眼でも見通せなかったのはその歪みが原因で歪みの中心にいた呪霊を上手く捉えられなかったからである。

 

 『……』

 「その後お前は一瞬の間に俺の攻撃を避けつつ俺の背後に回った。だから空間移動の術式を持ってるんだと予想した」

 

 五条は基礎的な戦闘能力や勘も優れている。

 その五条の背後を気取られずに取るというのは特級クラスでもさらに上位の実力者でしか不可能だ。

 

 「だが違う。そうだろ?」

 

 確信を孕んだ声色に呪霊は興味深そうな雰囲気を醸し出していた。

 

 「それだと無数の瓦礫を操ったり地面をいきなり陥没させたことに説明がつかねぇ」

 

 呪力は万能ではない。呪力を直接ぶつけて相手を害することはできても物を動かしたりすることはできない。

 

 

 

 「重力操作、それがお前の術式だ」

 

 

 

 「空間が歪んでるのは重力操作でアンタを中心とした半径1mの空間に術式による特殊な重力場を作り出したからだ。地面が陥没したのは座標指定での重力圧、そして俺の背後に回ったのは重力操作による擬似的は時間停止」

 

 術式さえわかってしまえば今までの攻撃にも全て説明がつく。

 

 「アインシュタインのおっさんが提唱した相対性理論は重力と時間の密接な関係についての理論。その理論に乗っ取って考えれば重力を操れるアンタなら時間にも干渉できる…違うか?」

 『見事です。人の子よ。よもやその年でここまで正確に私の術式を見破るとは…どうやら才能だけの人間ではないようです』

 

 心の底から感心しているのだろう。

 敵ながら敬意を表す。

 

 「お前に褒められたって嬉しくねぇよ…もう術式開示はできないし、ネタも割れた…勝ち目はねぇぞ」

 『なにをおかしなことを。領域を展開した時点で私の勝ちは揺らぎません』

 「そうかな?」

 

 五条は不敵な笑みを浮かべた。

 その目はまだ死んでいなかった。

 

 「……来い、『蔵』」

 

 五条は蔵の中に双蛇をしまうと中から一振りの刀を取り出した。

 黒い鞘に金色の鍔、黄色の下緒、そして白色の柄。

 一見普通の刀だがこの刀は普通からは最も離れた場所にある呪具だ。

 

 「こいつの銘は【特級禍呪具・閻魔刀】」

 

 五条は刃の切っ先を呪霊に突きつけ、告げた。

 

 「逃げるのはもう飽きた。この刀でアンタを斬る祓う」

 

 異様な呪力を孕んだ呪具に警戒の眼を向ける。

 

 『特級禍呪具?』

 「そうだ。特級に分類される呪具の中でもさらに危険なものは禍呪具に分類される」

 

 呪具とは呪いを宿した武具。

 その威力・効力によって術師と同様に特〜4に分類される。

 等級の高い呪具程呪術戦において大きなアドバンテージとなる。

 だがしかし禍呪具においてその限りではない。

 

 「現在確認されている特級禍呪具は13個。そのどれもが強力かつ求められる代償が高い」

 

 使う時間に応じて寿命を奪われる。

 60秒以内に対象を倒さなければ死ぬ。

 呪力量が自分の二倍以上の相手にしか効果を発揮しない。

 など、通常の呪具からは考えられない強力な縛りが存在している。

 

 「場合によっては使用者がやられかねない。故に『禍』呪具」

 『私を倒すためにその禍呪具を使うと?狂っているのですか?』

 「呪術師に狂ってないヤツなんていねぇよ。お喋りは終わりだ…死ね」

 

 居合の構え。

 そして抜刀。

 

 『!!』

 

 振り抜かれた神速の刃。

 音を置き去りに無拍子で放たれた斬撃。

 

 「…避けたか。やっぱその時間操作は厄介だな」

 

 (な、なんだ今の斬撃は!?早過ぎる…時間操作を使わなければ、死んでいた…!)

 

 時間操作、正確に言うと時間のずれを発生させることで限定的に再現させる時間停止。

 呪霊は咄嗟の判断でそれを用いて回避した。

 それは反射神経などではなく、長年生きてきた呪いとしての勘が働いてのことだった。

 あと一瞬でも行動が遅ければ間違いなく殺されていただろう。

 

 「次は逃さない」

 

 それは剣戟の極致にして居合の絶技。

 距離など関係ない。その斬撃は次元さえも斬り裂き空間を歪ませる神速の抜刀術。

 『斬る』という行為に対して特化した呪具、閻魔刀だからこそできる芸当。

 

 『な!?』

 

 空間に走る亀裂と共に呪霊は体を斬られる。

 

 『なんて、デタラメな…』

 「言ったはずだぜ…逃さないって!」

 

 次元斬は終わらない。

 空間もろとも切り裂いていく。

 飛ばされようとその飛ばされた先で斬り、避けようと避けた先で斬る。

 

 『ッ!?』

 

 呪霊は畳み掛けてくる次元斬に戦慄した。

 今まで数百年生きてきた中で最も命の危機に瀕している。

 しかもそれを成し遂げているのがまだ成長し切っていない子供だから尚更だ。

 一方の五条は次の一撃で仕留められるという確信を持っていた。

 しつこく追い続ける次元斬に体勢を崩した呪霊には避ける術はない。

 しかし忘れてはならない。

 ここは呪霊のテリトリー。

 空間の支配者である呪霊が逃げることは容易かった。

 

 「クソ!また時間を…!」

 

 五条はすぐに辺りを警戒するが呪霊の気配はない。

 

 (来るなら来い!ぶった斬ってやる!)

 

 五条はどこから来ても対応できるよう、周囲に最大限の警戒をしつつ抜刀の姿勢を崩さなかった。

 しかし次の瞬間、五条はそれを崩されることになる。

 

 「ハァ!?」

 

 五条は横に落ちていった。

 

 

 (重力ベクトルだって自由自在か、ふざけた術式だ!)

 

 地面と並行に落ちていく五条は術式で止まろうとするが領域の中にいるため、上手く無限を張ることができない。

 空中では体勢を整えられず、足場がないため攻撃も避けることが地上に比べると格段に難しくなる。

 

 「……クソッ!」

 

 そこを見逃す理由などない。

 先程とは違い、鋭利に研磨された岩群が360度、全ての方向から五条の命を刈り取ろうと迫ってくる。

 しかし五条の手には今閻魔刀がある。

 特級禍呪具による火力と五条の技術があればそれらは凶器ではなく単なる残骸へと変わる。

 しかしそれが普通の攻撃であれば。

 

 「!!」

 

 (またか!?)

 

 一つの岩が五条の頬を掠めた。

 六眼で読み逃した攻撃が徐々に五条を傷つけていく。

 

 「ッ!」

 

 背後からの攻撃で左脇腹を抉られる。

 領域展開の攻撃は基本的に必中必殺だ。

 しかしこの呪霊は攻撃のいくつからかその効果を消していた。

 普通に考えればそんなことをやる意味などない。

 必中でなくなるならば呪霊はマニュアル操作をしなくてはいけない。

 マニュアル操作では必ず当たるという保証はない。

 相手が高い身体能力を持っていれば避けることが可能だ。

 つまり術者にとってはメリットなどないのだ。

 しかし呪術を扱う者にとって不利とは必ず不利に働くわけでない。

 

 「厄介な縛りだな…!」

 

 縛り。

 利害による「縛り」を設けることで、破ることのできない約束を締結したり、能力強化を得ることができる。

 この攻撃は『特定の攻撃から必中必殺効果を剥奪する代わりに呪力による防御を無効化する』という効果を得ている。

 つまり五条には『必中必殺効果のある呪力防御必須の攻撃』と『呪力防御を無効化する回避必須の攻撃』の二種類の攻撃が行われているのだ。

 片方だけであったなら五条は処理しきれただろう。

 だが高速で迫る凶器を回避するか防御するかを見極めた上でその選択肢選び続けるのは容易ではない。

 

 (さっきと同じ攻撃だ……でも攻撃密度が違い過ぎる!!)

 

 双蛇を握っていた時とは比べ物にならない量の攻撃。

 しかも落ち続けている状態でそれらを捌くのは無理だった。

 術式を使おうにも隙がなさすぎる。

 五条は今その手に持つ閻魔刀と呪力を纏う防御の二つでこの場を切り抜けるしかなかった。

 

 「舐めてんじゃねぇぞ!!」

 

 再び居合の構え。

 五条の呪力を吸い取り、青い光が迸る。

 そして空気が揺れる。

 刀の鍔に指を当てる。

 カチンと、鍔の鳴る音――瞬間、周囲にあった有象無象は跡形もなく砕け散った。

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