魔法科高校の五条悟   作:YUTO1247

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己が傷ついて尚他者を護ろうとする者は愚者ではない
愚かなのはその身を顧みずに他者を護ろうとしたその者たちではなく、彼らを護らない世界の方だ


五条悟と五条カサネ

 「ただいま~」

 

 泊まっていたホテルに帰ってきた。

 時刻は夕食時だった。

 

 「母さん?」

 

 部屋の明かりはついていた。

 中に入ると母は背を向けて座っていた。

 

 「ただいま」

 「……悟ちゃん今までなにしてたの?」

 

 振り返ることもなく、問いかけてくる。

 いつもとは明らかに雰囲気の違う母に戸惑いつつも答えていく。

 

 「首里城の中に呪霊がいたんだよ。しかも特級の」

 「なんですって!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間母は血相を変えて息子の元へ駆け寄った。

 

 「この怪我……」

 「相手が思ったより強くて祓えなくってさぁ。でも大丈夫。明日祓うから」

 

 バチンと乾いた音が響いた。

 何をされたのかわからなかった。

 ただ気が付くと五条は右頬に触れていた。

 手から感じるのは冷たさだったのに、頬は熱く感じた。

 

 「貴方は一体何を考えてるの!?」

 

 母が自分のことを叩いたのだと気が付いたのはしばらくしてからだった。

 

 「単身で特級に挑むなんて…貴方はまだ一級術師なのよ!」

 「ッどうせ一週間後には特級になるだろ!それに目の前に呪霊がいてほっとけってか?」

 「だからって……」

 

 母は頭を抱えながら五条に向き合った。

 

 「貴方は呪術師だから呪霊と戦わなきゃいけないことはわかっているわ。でも貴方は戦いたいから戦ったんじゃないの?」

 「!?」

 

 否定できなかった。

 五条は今まで呪霊と何度も戦ってきた。

 特級とも戦った経験がある。

 だが五条はその戦いの中で負けたことがなかった為、戦いを軽視していた。

 今回も暇潰し程度になるだろうと思って戦いに挑んだ。

 

 「いい?」

 「ッ、どうぞ」

 

 五条は苛立ちを隠さずに続きを促した。

 

 「悟ちゃんは父さんによく似ているわ。本当に。それはいいことよ」

 

 五条の父は物心つく前にいなくなった。

 死亡ではなく失踪。

 無論、母から聞いた話であるため事実であるかどうかはわからない。

 

 「でも父さんには信念があった。父さんは人のために何かできるならそれをする責任があると信じていたわ。それが人としての責任よ」

 

 呪術師としてではない。

 それは人としての責任だ。

 しかし五条はそれを放棄して自分勝手な理由で戦った。

 万全を期すなら他の呪術師にも協力を求めるべきだった。非術師のことを思うなら確実に倒す手段を確立すべきだった。

 母からそういわれた五条は俯いた。

 母が一般的には正しいことはわかる。

 五条は聡明だ。

 正しいことと間違っていることの区別くらいはつく。

 だが五条は母が自分の力を信じていないように感じた。

 

 「誰が来たって変わんねーよ!俺より強い呪術師なんていねぇじゃん!増援が来たって無駄死にだろ!!」

 「いいえ、呪術師はそんなに軟じゃないわ。悟ちゃんよりも強い術師だっているわよ」

 「ッ!?」

 

 五条にとって自分の力は疑う余地なく最強であった。

 故に一般的に正しい『一級術師が特級呪霊と対峙する際は他の呪術師にも協力を求める』という考え方は通用しないと考えていた。

 しかし母はそれを否定した。

それが引き金だった。

張っていたピアノ線が鋭利な刃物で切り裂かれたように心の中でなにかがキレる音がした。

 

 「すごいね。立派だよ」

 

 喉から出たのは自分でも驚くほどの冷たい声色だった。

 

 「なら父さんはどこ?」

 「それは…」

 「父さんはどこにいる?」

 

 常日頃から母から父の輝かしい話を聞かされていた五条は父に対して憧れのような感情を持っていた。

 だがその父はいつまで経っても帰ってこない。

 

 「自分でそれを伝える責任を放棄したんだ!」

 

 五条は声を荒げた。

 父が死んでいるとは思っていない。

 むしろ父は生きていると確信している。

 嘘をつかない母が父は生きていると断言したのだ。

 そこを疑ってはいない。

 だからこそ五条は父に対して複雑な気持ちを抱いていた。

 憧れと同時に母や自分を置いていったことに対しての憎悪を。

 

 「何てことを……」

 「どっちがだ!」

 

 五条は吠えるとそのままドアノブに手をかけた。

 勢いよく開けると部屋から出ていってしまった。

 

 「どこに行くの?悟ちゃん、戻ってきなさい!」

 

 母の言葉は聞こえたが五条は止まらなかった。

 

◇◇◇◇

 

 「……」

 

 五条は行く当てもなくただ歩き回っていた。

 五条は自分の間違いに気が付けていなかった。

 

 「なんで雑魚ども呼ばなくちゃいけないんだよ。どうせ俺よりも弱い奴が何人来てたって殺されてただけだろ」

 

 五条は自分以外の呪術師を見下していた。

 それは圧倒的な才能と幼くして一級を勤める逸脱した実力が原因だった。

 実際五条よりも強い術師は片手で数える程度しかいない。

 

 「ッ、むかつく!」

 

 頭を乱暴に掻きながら今日の寝床をどうするか考えていた。

 するとズボンの中の携帯に着信が入った。

 画面を見て誰からの着信かわかった。

 五条は無言で電話を切るとそのままポケットに携帯を突っ込んだ。

 

 「ハァ……どっか泊まる場所ねぇかな……」

 

 ダメ元で深雪と達也に頼んでみようかと考えた。

 非常識であることはわかっていたが金を持ち歩いていない五条は今から宿を取ることはできない。

 

 「ダメ元で行ってみるか」

 

 五条はその場から跳んだ。

 

◇◇◇◇

 

 屋敷では事情聴取が行われていた。

 軍人は風間玄信と名乗った。

 階級は大尉。

 お互いに一通り自己紹介を済ませると風間はすぐに本題に入った。

 

 「……ではもう一度確認します」

 

 質疑応答は全て風間と穂波の間で行われていた。

 深夜は全てを穂波に任せており、達也と深雪はその場にいるだけで口は開かなかった。

 

 「潜水艦から魚雷を撃たれたそうですが、なにか心当たりはありませんか?」

 「何度も申し上げていますがそんなものはありません!」

 

 穂波はかなりイラついているようだった。

 穂波自身、最初から風間を含めた国防軍の対応に不満を持っていた上に、そちらに原因があるのだろうと言わんばかりの質問だ。

 

 「…大尉さん、そろそろよろしいのではなくて?私たちに大尉さんのお役に立てる話はできないと思いますよ」

 

 自己紹介をしたきり、ずっと沈黙を貫いていた深夜が退屈そうな声で言った。

 退屈そうで、それでいて抗い難い声色。

 その意図に気が付けないほど風間は鈍くはなかった。

 

 「そうですか…ご協力感謝します」

 

 見送りに達也と深雪が出た。

 

 「え……」

 「これは、一体何事だ?」

 

◇◇◇◇

 

 先程見た黒い車だった。

 その車は屋敷前の表通りに駐車していた。

 その付近には白い海兵服を着た男が二人待機していた。

 

 「アイツ……」

 

 五条はその内の一人に見覚えがあった。

 

 (深雪と達也に絡んでたレフトブラッドか、なんでアイツがここに……まさか!)

 

 地上へと降りた五条はゆっくりと歩いていく。

 

 「よぉ、また会うなんて奇遇だな」

 

 わざとらしくヘラヘラと笑いながら話しかけた。

 だが内心では全く笑ってなどいなかった。

 

 「なんだ、君は?」

 

 見知らぬ子どもの登場に困惑する者。

 

 「ッ!?」

 

 思わぬ再会に目を見開く者。

 反応があまりにも違い過ぎる二人。

 だが五条としてはそんなことどうでもよかった。

 

 「お前ら、なんでここに来た?まさか報復か?」

 

 達也と深雪に手を出すつもりなら容赦をする気はなかった。

 その心情が声色に乗ったのだろう。

 五条の発する声は凍てつく風のように冷たかった。

  

 「おい、これは一体何事だ?」

 

 男の声が聞こえた。

 五条がそちらの方を向くと白い軍人と司波兄妹だった。

 

 「お前、誰だ?」

 「そちらこそ誰かね?」

 「あ?」

 

 質問に答えない風間に青筋を浮かべる。

 

 「人に名乗って欲しい時はまず自分から名乗りたまえ」

 「……五条悟だ」

 

 風間の態度に腹は立ったがそれを飲み込んだ。

 もしもこの場に達也と深雪がいなかったら抑えてはいなかっただろう。

 

 「私は風間玄信だ。そうか…君が五条くんか」

 「俺を知ってるのか?気持ち悪ぃ」

 「報告を受けてね。なんでもウチの部下が少年に揉まれてしまったと。その少年は白い容姿に青い瞳を持っていたそうだ」

 

 風間は楽しげに笑っていた。

 

 「コイツお前の部下なのか?大人が三人掛りで子供相手に絡むとか、野良犬より躾がなってねぇな」

 「ハハハ、それは申し訳ないことをしたな」

 「ここに来た理由はなんだ?もし二人に手出すなら――」

 「そのつもりはない。とはいえ、昼間、君たちにしたことは許されないことだ。改めて謝罪したい」

 

 五条の言葉を遮って風間は答えた。

 すぐには信じられなかったが真っすぐと自分の目を見て話す男に嘘の色は見られなかったため、ひとまずは信じることにした。

 達也や深雪に怪我などの異常が見られなかったことも風間を信じる理由に加担していた。

 

 「俺はいい。ただ達也と深雪には謝れ」

 「そうだな」

 

 笑顔から一変して真剣な表情を作った。

 

 「桧垣上等兵!」

 

 怒鳴りつけるように大声で呼ばれて体を震わせていた。

 鋭い視線を向けられ、慌てて風間の元まで駆ける。

 敬礼して直立不動で固まった上等兵に風間は一瞥した。

 そして達也と深雪の方へ向き直り、頭を下げた。

 

 「昨日は部下が失礼をした。謝罪を申し上げたい」

 

 腕を後ろに組み、足を開いて、頭を軽く下げただけの謝罪。

 作法の観点からみたらかなりぞんざいな頭の下げた方だが、大人が子供に潔く謝罪する姿は意外だった。

 

 「桧垣ジョセフ上等兵であります!昨日は大変失礼いたしました!」

 

 大尉の言葉に続けて深々と頭を下げた。

 昨日とは打って変わった態度だ。

 しかし五条は元々悪い人間ではないのかもしれないとは思わなかった。

 ただ風間を恐れているだけ、そうみえた。

 

 「――謝罪を受け入れます」

 「ありがとうございます!」

 

 しかしあの兄妹が許すというならそれ以上に何かを言う気はなかった。

 

 「さっきもいったけど俺にはいらねぇからな」

 

 シッシッと手で払うように謝罪は不要だと言った。

 

 「そうか。しかしウチの部下は決して弱くない。それを不意打ち気味だったとはいえ三人も撃退するとは恐れ入った」

 

 感心するような視線を向けてきたが五条からしたら大人三人撃退など大したことではない。

 

 「不意打ちじゃなくても倒せてたわ。それに勘違いすんなよ。お前の部下三人を伸したことは全然大したことじゃねぇ。目の前にいる鬱陶しい蠅を叩いたようなもんだ」

 

 不遜にもそう言い放った五条に風間はますます上機嫌になっていく。

 

 「そうか、そうか。五条君、自分は現在、恩納基地で空挺魔法師部隊の教官を兼務している。都合がついたら是非、基地を訪れてくれ。お友達と一緒に来ても構わない」

 

 そういうと五条から達也と深雪の視線を向けた。

 

 「きっと興味を持ってもらえると思う」

 

 風間はそう言い残して部下を従えて車に乗り込み、その場を後にした。

 風間とその部下たちが去った後、五条は達也に手を振った。

 

 「よう、達也。昨日ぶり」

 「あぁ」

 

 達也は短い言葉で返す。

 それ以上は喋らなかった。

 五条はそれを少し残念に思いつつも深雪に目線を移した。

 

 「それと深雪はさっきぶり」

 「はい、それで五条君はなぜここに?」

 

 まさかこんなに短いスパンでまた会うとは思っていなかった深雪は尋ねた。

 

 「え、あーそれは…」

 

 五条はここで言い淀んだ。

 先程は怒りで冷静ではなかったが冷静な今ならわかる。

 出会って二日の人間の家に泊まらせて欲しいと頼むのは正気の沙汰ではない。

 とても『泊めてくれ』なんて言えなかった。

 

 (あ、そうだ!)

 

 「服を返してもらおうと思ってさ、洗濯してくれたやつだよ」

 

 五条はそれらしい理由を見つけて咄嗟に嘘をついた。

 我ながら名案だと自賛したのは言うまでもないだろう。

 

 「それならもう乾いてるはずです。今持ってきます」

 

 深雪はそれに何の疑いも持たずに五条の服を取りに行こうとする。だがそれに待ったをかける人物がいた。

 

 「お嬢様、お待ちください」

 

 達也だ。

 色のない声で深雪を制止した。

 

 「……なんですか?」

 「私がお持ちします。お嬢様はここでお待ちください」

 

 達也はそういうと深雪に頭を下げ、そのまま屋敷の中に戻っていた。

 その様子を見た五条は口を開いた。

 

 「……なぁ深雪、なんで達也はお前のこと『お嬢様』って呼んでるんだ?」

 

 明らかに普通ではない呼び方に五条は思わず突っ込んでしまった。

 兄弟を持たない身ではあるが達也と深雪の関係性が一般的な兄妹のそれとは違うことはわかる。

 

 「それは……」

 

 深雪は答えづらそうに黙る。

 しかし五条はその沈黙に気づいてなお、追及を止めなかった。

 

 「達也は深雪の兄貴だろ?なら深雪って呼べばいいのに、あれじゃあ、まるで召使みたいだ」

 

 あまりに他人行儀する接し方だ。

 あれでは本当に兄妹であるのか、そもそも家族であるのかすら、わからない。

 

 「!!」

 

 深雪自身もそう思っているし、同時に今の関係性に疑問を抱いている。

 だが、その状況に甘んじているという自覚もあるため何もいえなかった。

 

 「……悪い。訊かれたくないこと聞いちまったな」

 

 引き際を誤った。

 自身の疑問に対する答えを優先させ過ぎてしまった。

 

 「いえ、大丈夫です……」

 

 深雪は許してくれたがその言葉とは裏腹に顔色は優れなかった。

 二人の気まずい沈黙の中、その空気を破るように達也が現れた。

 

 「お待たせしました」

 

 深雪にそう言った後、五条に服を渡した。

 

 「達也、お前……」

 

 まるで使用人のような立場をよしとするような態度を取る達也に聞きたかった。

 

 『達也、お前、本当にそれでいいのか?』

 

 だが結局言えなかった。

 他人が他所の家の事情に首を突っ込んでいいのか、と考えてしまったからだ。

 

 「いや、なんでもない。ありがとう」

 「いえ」

 「じゃあ俺帰るわ。またな二人とも」

 

 五条はそれだけ言うと踵を返し、その場を後にした。

 達也のことが気になったが深雪は触れてほしくなさそうだった。

 それに達也自身があまり気にしていなさそうだった。

 だから干渉しない、放っておく。それは正しいのだろうか。

 五条はそうは思えなかった。

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