「防衛陸軍兵器開発部の真田です」
五条を基地で出迎えた軍人は丁寧に名乗った。
階級は中尉。
士官クラスの人間が派遣されるとは思わなかったので内心驚いてはいたが全く態度に出さなかった。
「俺は……って知ってるか」
「えぇ、五条悟くんですね。噂は聞いています」
口元を綻ばせながらそう言った。少し態度に親密さが加わった気がした。
整った顔立ちとは言えないが愛嬌のある顔立ちをしているため、それも相まって親近感を抱きやすい人なのだろう。
ただ軍人に対してあまり良い印象を抱いていない五条は少し身構えてしまった。
(基地とか興味ねぇ~。第一、俺魔法使えねぇし)
五条は基地に行くつもりなどなかった。
ただ昨日母と喧嘩してからホテルに行くのが気まずくなった。
深雪には向き合うことを約束したがそんなことできなかった。
いざホテルに近くなると足が止まってしまい、結局そのまま野宿だ。
今日も本当なら行く予定の場所があったが母がいる可能性があったので行けなかった。
それに今日は生憎の天気だ。
とても屋外にいることはできない。
金銭の類を持ち合わせていなかった五条は消去法で基地に来ることを選んだ。
(深雪や達也も呼べばよかった)
昨日、深雪と会ったときに誘っておけばよかったと後悔した。
「では、着いてきて下さい」
真田に案内された先は体育館のような施設だった。
ような、というのはあくまでも体育館に似ているというだけで体育館ではないからこの表現になった。
ビル五階建てくらいの高さの天井から何本もロープがぶら下がっていて、そこで大勢の軍人がロープを登り、飛び降りる、という一連の動作を繰り返していた。
中々の高さから飛び降りているが皆、無傷で着地している。
(減速か、なるほどね。やっぱ六眼は魔法も見抜けるのか)
達也の分解・再生の魔法式を看破できたのでもしかしたらと思ったがやはり六眼は魔法をも見抜いた。
(全員減速の術式を……ここにいる全員魔法師か)
おそらく五十人前後。
それら全員が魔法師だった。
魔法師として彼らがどれほどの実力があるかはわからないが五条からしたらこんなものお遊びだ。
無下限呪術を使えば減速速度は思いのままだし、空中に停止することもできる。
「おぉ、よく来てくれた!」
背後から声を掛けられた。
風間だ。
風間は五条のことを待っていた。
「ここにいるということは軍に興味を持ってもらっていると解釈してもいいかな」
風間は厳つい顔に不器用な笑みを浮かべて話しかけた。
「軍人のアンタらが使う魔法に多少な。言っとくけど軍人になる気はないから」
「まぁそうでしょうな。まだ中学生でしたか?」
昨日とは明らかに異なる言葉遣いに下心のようなものが見え隠れする。
「あぁ、中一だ」
「ふむ、ということは13歳ですかな?」
「今年な、まだ12だ……聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
今度は五条から尋ねた。
「なんで昨日司波の屋敷にいた?」
ジョーと呼ばれた上等兵の反応から達也や深雪がいるのは知らない様子だった。
ならばなぜ軍人が家を訪問する必要があったのだろうか。
「残念ながらそれは話せない。我々軍人には守秘義務というものがありますから」
「……あっそ。ならいい」
気になったが風間に答える気がないなら聞くだけ無駄だ。
そう思った五条は訓練中の軍人に目を移した。
(俺にも魔法は使えるのか?)
五条も想子を保有しているので可能性はある。
ただ如何せん魔法というものを今まで見たことがなかったので魔法というものがどういうものかわからなかったが視た今ならわかる。
五条も魔法は使える。
「五条君、この訓練に参加してみないか?」
「パス。てかなんで俺が魔法師だって思った?」
風間が魔法を使うことを条件とした訓練を打診してきたのは五条が魔法師であると判断したからだろう。
「……なんとなく、ですかな」
真面目な顔とは裏腹にあまり真剣味の感じられない答えを返した。
「何となく、ね」
だが五条はその感覚をバカにはできなかった。
五条が六眼を使わずとも非術師と術師の見分けがつくように、風間にもなんとなくわかるのかもしれない。
「何百人も魔法師を見ていると、雰囲気でわかるようになるのですよ。魔法師か、そうでないか。強い魔法師か、弱い魔法師か」
風間と話している内にいつの間にかロープ訓練は終了していた。
次の訓練は組手らしい。
軍人たちが各々準備している最中に風間が話かけてきた。
「五条君、どうやら友人も来たみたいだ」
「は?」
言っている意味がわからず、困惑していたが振り返るとその困惑はなくなった。
「五条君!」
ただし別の困惑が生まれたのは致し方ないことだった。
「深雪!それに達也も……」
二人がなぜ来たのかわからなかった。
確かにいい天気ではないがショッピングなど、屋内でできることはあったはずだ。
「お前ら、なんでここに?」
「ここに来れば五条君に会えると思って」
「僕は深雪の付き添いに」
達也の一人称に違和感を拭いきれなかったが五条はそれ以上に『お嬢様』ではなく『深雪』と呼んでいることに驚いた。
「深雪、お前……」
「はい、私なりに向き合ってみました」
まだまだ、兄妹と言えるほどの絆を築けていなくとも、その一歩を踏み出した。
きっと勇気のいる行動だった。
10年以上そうあった関係を壊すことは中々できることではない。
(達也の方は……ま、言うまでもないか)
無機質な眼だが深雪を見る眼だけは暖かかった。
深雪は達也のことを得体のしれない機械のように思っているかもしれないがそんなことはない。
達也は人間だ。
きっと妹が歩み寄ってくれたことに戸惑いはあるだろうが喜びも感じているはずだ。
「そっか…達也もよかったな」
「??」
五条の意図は伝わっていないようだが別に構わなかった。
「じゃ、三人で組手見学しようぜ」
「そのことですが少しいいですかな?」
「ん?」
風間は五条達、否、五条のみを見て言った。
「ただ観ているだけではつまらないだろう。組手に参加してみないか?」
風間に誘いを掛けられ、五条はチラリと二人のほうを見た。
深雪はどこか期待するような眼差しだった。
達也も興味深いものを見るような目をしていた。
その二人の視線に答えたくなった。
「いいね、丁度退屈してたところだ。参加しようか」
最初に呼ばれたのは中肉中背の青年軍曹だ。
「遠慮はいらないぞ、五条君。渡久地軍曹は学生時代にボクシングで国体に出た実力者だ」
魔法抜きでも十分強い、ということらしい。
「お手柔らかにな」
「あぁ、手加減してやるよ」
「言うねぇ」
渡久地は嬉しそうに笑った。
五条のような生意気な人間が好きなのかもしれない。
「お?」
ステップを踏まずに足先を滑らせた。
小刻みに距離を詰める動作は剣道や躰道などに用いられる抜き足と呼ばれる技術だ。
起こりの少ない動作で予備動作を最小限に動く古武術を用いつつ五条に攻撃を仕掛けていく。
五条は回避しつつ感心していた。
(流石に軍人。中々いい動きしてるじゃん)
「ま、俺の敵じゃないけどな」
「な!?」
五条は指一本で渡久地の拳を止めて見せた。
それに司波兄妹が驚いているのがわかった。
達也のリアクションが思ったより小さいことが若干不満だったが観客を沸かせることはできたので概ね満足だ。
五条は指を弾き、渡久地の腕を上げた。
隙だらけの腹に拳を一閃。
渡久地は口から、腹から、体の中にあった空気を吐き出すとその場で蹲ってしまった。
「渡久地!!」
見物していた軍人たちがあわてて駆け寄った。
脂汗を流す渡久地に応急処置を始めた。
五条は最初に立っていた位置まで下がった。
「ほら、次は」
軍人たちに来いよと指を動かす。
「これはこれは……」
風間は感心するように呟く。
真田は目を丸くし絶句していた。
「南風原伍長!」
「ハッ!」
二十代半ばくらいの軍人が威勢のいい声を上げながら前に出た。
先程の渡久地よりも細身だ。
しかしこのタイミングで指名されたことを考慮すれば確実に実力は上だ。
「手加減などいらん。全力で行け!」
「ハッ!」
答えると同時に南風原は五条に襲い掛かる。
先程よりも速く、キレのある猛攻。
五条はそれを余裕を持って躱している。
しかも両手をポケットに突っ込んでだ。
「お……!」
「ッ!」
振られる拳を首を反らしながら避ける。
南風原は振るった拳を戻すと同時に五条と距離を取る。
「中々やるじゃん」
「は……どこにッ」
五条の感心するような声は残像ともに霧散した。
目の前にいた少年を見失った南風原。ありえない事態に呆気に取られる。
次の瞬間、右首に衝撃が走った。
五条は目の前から消えたのではない。
膝抜きを使ったのだ。
膝抜きとは古武術において予備動作を消す技術。膝だけではなく、股関節から肩にかけて抜いていく。倒れるように、そして滑らかに南風原の足元に移動。勢いを殺さずに低い姿勢から繰り出されるのは躰道の変技。
地面に手をつき、手を軸に足を大きく振る。
軌道は南風原の側頭部を捉えていた。
後はその軌道に沿って蹴り抜くだけだ。
「ぐぁっ!」
うめき声を上げて二歩、三歩とよろめく。
「そこまで!」
それと同時に風間から終了の合図が掛かった。
「南風原伍長にまで勝利してしまうとは……信じられません」
真田は驚愕していた。
まさか隊でも指折りの実力者がまだ中学生になったばかりの少年に負けるとは思っていなかったようだ。
「まさかここまでの腕とは思わなかった。何か、特殊な訓練でも受けているのですかな?」
見定めるような目つきは五条に向けられていた。
「そうだって言ったら納得すんの?」
どうせどんな回答をしたって信じ切るわけがない。
つまりここで五条が真実を答えようと嘘を言おうと無意味なのだ。
「なるほど、これは一本取られましたな……しかしこのままでは恩納空挺隊の面目は丸潰れですな。もう一手、お付き合い願えませんか?」
かなり身勝手な願いだ。
自分から誘ったくせに部下がやられると面目が立たないとぬかす。
そんな願いに五条が付き合う義務は全くない。
「いいよ、ただし条件がある」
しかし五条は意外にも承諾した。
「条件とは?」
「それが終わったら達也と組手やりたいから場所、貸してよ」
意外な条件に驚いたような顔をしたのは達也だった。
あの無表情の達也が深雪よりも驚いた顔をしていた。
その反応を見られただけで五条は嬉しかった。
「な、ちょっと待――」
すぐに抗議の声を上げるが五条は肩を組みながら話を遮った。
「達也~、これはお前と深雪のためにやるんだぜ」
しかし達也は悪い顔をしながらそう宣う五条の言葉を信用できなかった。
「お前、一体なにを言って……」
「きっかけだよ」
「なに?」
「深雪はお前のことを知らな過ぎる。そんな状態で歩み寄るとか無理だろ」
五条は深雪や達也にきっかけを作りたかった。
何年も一緒にいたのに何も知らない人間に対して歩み寄っていくのは簡単なことではない。
だがそれでもやろうとするならば、まずはお互いに知り合う必要があると考えた。
「お前が強いってこと、深雪は知らないんじゃねぇの?」
戦いの中に身を置く五条は達也が強いということはすぐにわかったが深雪は戦いとは離れた場所にいるお嬢様。気が付かないはずだし、知らないはずだ。
「まずお前らはお互いを知らなきゃいけない。だから戦おう。俺のためじゃない。深雪の勇気に応えてやるためだ」
(まぁぶっちゃけどれくらい強いか気になるってのもあるけど)
「……わかった」
達也は少し迷ったようだが深雪のためならばと了承した。
達也のその言葉に満足した五条は風間の方へ向き直った。
「ってことでこの条件でどうかな?」
「ふむ、いいでしょう」
「なら、誰がやる?」
五条の挑戦的な態度に応えるものがいた。
「自分にやらせてください!」
それは聞き覚えのある声だった。
「桧垣上等兵――報復のつもりなら、認めることはできないぞ」
「報復ではありません、雪辱であります!」
報復も雪辱も意味はほとんど変わらない。
言い方が違うだけだ
深雪もそれをわかっているのだろう。
桧垣を非難の目で見ていた。
「五条君、本人はああ言っているが付き合ってもらえないだろうか?桧垣上等兵は若いながら南風原に劣らぬ猛者だ」
「誰でもいいよ、早く来な」
五条は既に位置についていた。
桧垣は舐めた態度を取る五条にかなり苛立った様子だった。
位置に着くと腰を下ろし、両手を前に掲げて窺い見るような格好で相対する。
腰を落とした体勢でも、桧垣の視点は五条よりも上にある。
熊に襲われようとしている少年――そんなことを連想させる構図だ。
見ているだけで押しつぶされそうなプレッシャーに当てられながらも余裕の様子だった。
「どうした?かかってこいよ」
火蓋が切られた。
巨体が一個の砲弾と化して襲い掛かってきた。
しかし標的に当たることはなかった。
「どこにッ――!?」
トンっと軽やかな音が鳴った。
それと同時に桧垣は背中に重みを感じた。
「深雪と達也の前だからね――カッコつけさせてもらうよ」
五条は桧垣の背中に寄りかかりながら楽しそうに笑った。