私だけのモノだから
「俺の使った魔法は『無下限』っていうんだ」
全員が席につき、落ち着いたタイミングで五条は話始めた。
「これは五条家の相伝、しかもその使い手は数百年に一度しか現れないから現状使えるのは世界で俺だけのオンリーワン魔法ってわけ。だからお前らが説明聴いても絶対に使えるようにはならないからな」
「え、そんな凄い魔法について説明しちゃってもいいんですか?」
美月が疑問を口にする。
まさかそんなに大事な魔法だとは思っていなかったのだろう。他の面々も同じ思いだった。
「ぶっちゃけ、結構有名な魔法なんだよね。多分古式魔法を使う家系なら知ってる人も多いと思うよ」
五条の言葉に驚いた者は多かったがその中でも最も大きな驚愕を抱いたのは達也だろう。
(古式魔法【無下限】……聞いたことがない。師匠に聞けばわかるか?)
「じゃあレオ、手、出して」
「は?手?」
「ほら」
意味が分からず一瞬固まったがレオは左手を近づけた。
しかしその手はある程度近づいたところで止まってしまった。
「!?」
五条の方に手を伸ばすが一定の距離以上近づけなかった。
「レオ?」
「いや、止まっちまうんだよ……これ以上五条に近づけねぇ」
どれだけ手を近づけようと思ってもその手は寸前で止まってしまう。
「無限はね、本来至る所にあるんだよ。俺の魔法はただそれを現実に持ってくるだけ」
五条の言っている意味がわからず皆が困惑しているが五条は続ける。
「だから、エリカの攻撃は俺に当たったんじゃなくて『無限』に当たったんだよ。だから手応えを感じた。わかった?」
「いや、わかんねーよ!」
あまりに大雑把な説明に全員が頭の中に?マークを浮かべた。
しかし一人だけ例外がいた。
『無下限っていうのは収束しない無限のことなんだよ』
『無限……』
『そうそう、つっても言葉じゃあわかりにくいよな。う~ん……あ、そうだ』
『手、出して』
『え、手が……』
『止まってるんじゃないよ。遅くなってんの、俺に近づくほどにね』
(これは……)
レオと五条のやり取りに妙な既視感があった。
遠い昔に自分も体験したような、そんな感覚だ。
そんなはずはないと深雪は思った。そもそも五条と出会ったのは昨日で、それ以前に会ったことはないはずだ。
ならば、脳に流れる景色は単なる想像なのだろうか、無下限が一体どういうものかを理解できているのは理解力が高いからだろうか。
「『無下限はさ、収束する無限級数。つまり俺に近づくものはドンドン遅くなって最終的に俺まで辿り着けなくなるの』」
深雪の耳にだけは少し幼い声が混ざって聞こえた気がした。
「えーっと、どういうことだ?」
レオがよくわからないという顔をしていた。ちなみにエリカも。
他の面々はなんとなく理解はしたがまだよくわかっていないといった感じだった。
「言葉じゃあわかりにくいよな」
五条は近くにあったグラスを手に取った。
五条はそれを上に放り投げ、グラス着地点に掌を置いた。
「これは……」
「浮いてる?」
「浮いてるんじゃない。落ちてんの。ただ落ちる速度は限りなく0に近いけど」
グラスは五条の掌で浮いていた。
ただ五条は浮いているという表現は間違っているといった。
「なんとなくわかった?」
「難しくてあんまり……」
エリカやレオには理解できなかったようだがその他の面々は理解できたようだ。
「要はどんな攻撃も届かなくする魔法ってこと。たとえ戦略級魔法であってもそれは例外じゃない」
「「「「「「「は……!?」」」」」」」
戦略級魔法は、戦略兵器として扱われる程の威力を有する魔法である。
一度の発動で人口五万人クラス以上の都市または一艦隊を壊滅させることができる魔法が戦略級魔法と定義される。
発動されれば経済や戦力に大きな損害を与え、場合によっては戦争継続をも困難とさせ得る。
その魔法すら届かないというのが一体どれ程異常であるかは想像に難くない。
もっとも、五条は実際に戦略級魔法など喰らったことがないので多分届かないだろうというのが本音だ。しかし魔法とはあくまで事象改変であり、呪いではない。
呪いを持つ者でない限り、五条の無限バリアを突破することは不可能だ。
「反則すぎるだろ……」
「同感です……」
戦略級魔法の攻撃すら届かなくなるという反則級の魔法に皆が言葉を失う。
「つっても万能ってわけじゃない。弱点だってちゃんとあるよ」
「え、そんなのある?」
一見無敵に見える無下限。しかしそこには明確な弱点がある。
「この魔法は原子レベルの緻密な魔法制御が必要なの。だから常時の発動は脳が負荷に耐え切れなくて最悪の場合、脳が焼き切れる」
「え……」
「そりゃそうでしょ。こんな魔法を何のリスクもなしに使えるわけないじゃん」
絶句した。
原子レベルでの操作とはもはや緻密という言葉で済ませていいレベルではない。
それをほんの一瞬でもできるだけでもはや芸術の域だろう。
「ま、大体こんな感じかな……どうしたの?」
なぜか引いたような様子を見せる皆に困惑する。
「いや……」
「ごめん、ちょっと…じゃなくて大分引いたわ」
「俺もだ」
「悟……」
「悟くんが何で首席かわかりました…」
あまりの引きっぷりに五条が顔を引きつらせていた時だった。
達也は顔を無表情のまま内心穏やかではなかった。
五条が魔法を披露している時、達也はその姿を精霊の目で捉えようとした。
そして五条を見た次の瞬間、達也の魔法【再生】が自動発動していたのだ。
その後、何度か試したが魔法を使用していないと思われる時でさえ精霊の目で五条を視界に捉えるだけで【再生】が発動した。
(恐らく奴は魔法を常時発動している…)
少なくとも達也はそう考えていた。
(視界に捉えただけで脳が焼き切れた。タネはわからないが、これでは五条の情報体を捉えることができない)
達也の持つ最強の矛である【分解】はそもそも情報体を認識できなければ発動することができない。
(分解は使えない。体術も無下限の防御で届かない……)
達也はもしも五条との戦闘が勃発した場合のシミュレーションをしたが勝てるビジョンが浮かばなかった。
しかしそれはあくまでも真正面からの場合だ。
油断している場合なら、あるいは魔法を解いているかも――
(いや、それは楽観的な考えだな)
少なくとも五条は自分が知る限りで魔法を解いているところをみつけられていない。
『常時の発動は脳が負荷に耐え切れなくて最悪の場合、脳が焼き切れる』と言っていたがそれも信憑性の高い情報だとは言えなかった。
(厄介だな)
あまりにも反則が過ぎる存在に達也の中で五条の警戒度が上がっていく。
兄が五条への警戒レベルを上げている中、妹はその逆だった。
(なんでしょう……彼を見ていると――)
『このことは俺と深雪の秘密だぞ』
『えぇ、私たちだけの秘密です』
深雪と五条は昔からの知り合いではない。
だが、五条と出会ってから時々ありえない光景がフラッシュバックするようになった。
まるで昔のことを思い出したかのように脳裏に浮かぶ淡い景色。
それはノイズ混じりだが美しく感じた。
ただ同時に胸に痛みを感じていた。
まるで大事にしまっていた宝物を奪われてしまったような感覚だ。
「どうして――」
「深雪?大丈夫?」
ほのかが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「え、えぇ。大丈夫です。ご心配おかけして――」
「嘘」
雫が言葉を遮った。
「え?」
「だって深雪、泣いてるよ?」
頬を伝う雫が手の甲に落ちた。
その時になって初めて自分が涙を流していることに気が付いた。
なんで私は泣いているのだろうか、自分自身に問いかけるが答えることができなかった。
そして__
『どうして――約束を破ったの?』
__なぜこんなことを言おうとしたのかもわからなかった。
◇◇◇◇
家に辿り着いたのは日が沈みかけている夕方頃だった。
兄妹を出迎える者はいない。
平均を大きく上回る広さのこの家はほぼ深雪と達也の二人暮らしのようなものだ。
達也は自分の部屋に戻り、まず制服を脱ぐ。
わざわざ違いを引き立てるように作られたブレザーを脱ぐと、少し気分が軽くなった気がした。
そんな俗っぽい考えに一度だけ舌打ちして、手早く着替えを済ませる。
リビングで寛いでいると、程なくして部屋着に着替えた深雪が下りて来た。
丈の短いスカートから綺麗な脚線を覗かせながら、深雪が近づいてくる。
「お兄様、何かお飲み物をご用意しましょうか?」
「そうだね、コーヒーを頼む」
「かしこまりました」
キッチンへ向かう華奢な背中の上を緩く一本に編んだ髪が揺れる。
その後ろ姿を見ながら達也はさきほどのことを思い出していた。
(深雪、お前はなぜ涙を流したんだ?)
少なくとも達也の目には突然涙を流したように見えた。
誰かに害されたわけでもなければ、心を動かす大きななにかがあったわけでもない。
にも関わらず、なぜ深雪が静かに泣いていたのかがわからなかった。
(深雪はあの時、五条の方を見ていた。ならば五条に原因が?だが五条が深雪になにかした姿は見ていない)
あの時、ずっと五条を観察しているからこそわかる。
恐らく五条は攻撃に当たる行為はなにもしていない。
(精霊の目を使った際に脳が焼き切れたのも、情報体における無下限の情報量が文字通り無限だったせいで脳が耐え切れなかったためだろう。五条が意図して起こしたものではない)
無下限を情報体で観るということは無量空処の世界に引きずり込まれるということと同義。完結しない膨大な量の情報を強制的に入れ込まれる。
自殺行為だ。
ほぼ半永久的に無限バリアを出し続けている五条と精霊の目の相性は最悪だった。
「お兄様、どうぞ」
深雪に声で達也は思考の海から帰ってきた。
「ありがとう、深雪」
達也はカップを持ち、コーヒーを口に含んだ。
「美味い」
称賛はシンプルで短いものだったが、その一言で深雪は満足だった。
「深雪、すこしいいか?」
深雪が席に着いたタイミングで達也は話を切り出した。
「はい、なんでしょうか?」
達也は少し躊躇ったあと、口火を切った。
「五条となにかあったのか?」
「!?」
五条と深雪は同じAクラスだ。
達也が把握していないだけで二人の間でなにかあったかもしれない。
「何もありません。ただ……」
深雪は言い淀んだ。
「いえ、なんでもありません。心配をおかけして申し訳ありません、お兄様」
結局言わないことを選んだ。
達也を信頼していないわけではない。
ただ、今の自分の状態を正確に言葉にして説明するのが難しかったのだ。
「そうか、ならいいんだ」
深雪が口を閉ざしたなら、無理に聞くことはできない達也は引き下がるしかなかった。
二人の間に沈黙が訪れた。
それはいつものような心地いいものではなく、久方ぶりの気まずいものだった。
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