「あれは……」
日本人では珍しい長身、何色にも染まっていない無垢な色の白髪。
後ろ姿だけだが特徴的な格好はそれが誰なのかをすぐに教えてくれる。
「悟く〜ん!!」
「??……はッ!?」
いきなり名前を呼ばれた五条は反射的に振り返る。
包帯越しにその人物を視た。
フワフワした黒髪巻き毛ロングにトランジスタグラマーが特徴的な少女。
生徒会長の七草真由美だった。
だが五条には自分の方へ駆け寄ってくるこの少女が昨日話した人と同一人物であると信じられなかった。
昨日話した時の七草真由美は『良家のお嬢様』といった感じで所作も言葉遣いも上品で美しかった。
だが今の姿はどうだろうか。
確かに品はあるがとても『良家のお嬢様』とは言えない。
「おはよう、悟くん!」
見る人を魅了するような笑顔。
きっとこれを向けられた人は老若男女問わず虜にされてしまうだろう。
五条はそんなことはなかったが。
「悟くん?」
反応のない五条に首を傾げる。
「え、おはよう」
五条が思案している間にいつの間にか傍にいた真由美。
その真由美の挨拶に思ったように返せなかったのは目の前の少女が昨日会った七草真由美なのか若干疑っていたからだ。
「どうしたの、悟くん。朝から元気がないわよ」
首を傾げながら首を傾げながら問うその姿は可憐だった。
一般人がやれば痛々しいだけかもしれないが美少女がやればそこに華が生まれる。
「いや、元気はあるんだけど」
「けど?」
「昨日と違いすぎるでしょ」
「え?」
五条の思わぬ問いかけに真由美は目を丸くした。
「昨日はお嬢様って感じだったのに今日はお転婆娘って感じだし」
「……」
肩を揺らす真由美。
五条にはなぜ真由美がそんな反応をするのかわからなかった。
「え、なに?」
五条の本気でわからないと言う雰囲気で真由美はとうとう耐えきれなくなってしまった。
「フフ、アハハハハハ!」
「は?何笑ってんだよ?」
「ううん、なんでもないわ」
十師族は、日本最強の魔法師の家系。
その中でも四葉と七草は別格とされている。
真由美はその七草家の長女。
幼少期より皆から畏怖の目で見られてきた。
そのため、これほどフランクに接してくる人間は限られていて、男性では父以外にはいないだろう。
恐れ知らずともいえる五条の行動が真由美にとっては新鮮だった。
「フフ、行きましょうか」
「あ、おい!引っ張るなって!」
五条の手を引きながら真由美は歩き出した。
突然引っ張られて混乱する五条。
だが真由美の楽しそうな表情を見ると悪くない気分だった。
◇◇◇
五条悟。
彼は奇妙な生徒だった。
まず彼はものスゴク優秀だ。
天才といってもいいかもしれない。
事実入試成績は筆記、実技ともに司波兄妹をも上回る高得点を叩き出した。
そんな五条を真由美は十師族の一員として調べないわけにはいかなかった。
そして調べた結果わかったのは『五条悟は一般家庭出の魔法師』ということだ。
無論、そんなはずがないことは重々承知だ。
十師族に匹敵するほどの実技成績を収めた司波深雪。その彼女すら凌駕する成績を出すのは普通ではない。
にも関わらず、七草家の力を持ってしてもそれ以上の情報が全く手に入らないというのはそれほど完璧に情報が隠されているということだ。
(それに彼の苗字『五条』……確かに魔法師ではない一般家庭でも漢数字を使う苗字はあるけど……)
「今日のお昼、少し話せないかしら?」
真由美は立場上、接触しないわけにはいかないのだ。
五条悟という人物について知らなければならない。
「いや、話すのは全然いいんだよ。別に昼に用はないから。けどさ、とりあえず離して?」
手を引っ張られていたのがいつの間にか腕に抱きつくような形になっていた。
「え~、どうしよっかなあ~」
真由美に離す気はなさそうだった。
学校も近くなり、登校中の一校生徒も見受けられた。
そのせいでかなり注目されていたのだが真由美はお構いなしだ。
「ん?」
ふと、五条が左前方を見ると先日助けたおばあちゃんがいた。
歩道を歩いているがその足取りはおぼつかなく、危なげだった。
それを観た五条の行動は早かった。
「――ごめん、ちょっと行ってくる」
「え?」
真由美から腕を一瞬で解放すると足早にその場から離れ、おばあちゃんの方へと向かった。
「お~い」
「あぁ、あの時のお兄さん」
五条は傍に駆け寄ると背中に手をやった。
「大丈夫か?ふらふらしてるけど」
「実は散歩中に足が悪くなっちゃってね」
シワシワな顔を歪ませながら言った。
「ったく、しょうがないな」
五条はおばあちゃんの前に立つと背を向けて屈んだ。
「ほら、乗りなよ」
「いいのかい?」
五条は首を縦に振った。
おばあちゃんは申し訳なさそうな顔をしながらゆっくりと五条に体重をかけていく。
ある程度身を任せてくれた段階で立ち上がった。
五条はそのまま学校とは反対側のおばあちゃんの家へと向かう。
「やっぱ病院行っといたほうがいいよ」
「そうかねぇ?」
また湿布でなんとかしようとしているおばあちゃんに五条は若干呆れていた。
このおばあちゃんは湿布を万能薬かなにかと勘違いしているのだろうか。
「そうでしょ。てかさ、この前はカフェありがとな」
入学式が終わり、皆で食事をしたカフェ。
そこのオーナーがこのおばあちゃんだった。
まさか朝助けた老人が経営する店だとは知らなかった五条は驚いた。
その時にお礼としてご飯を御馳走してもらった。
最初は断っていたのだが中々折れなかったのだ。
ちなみに味は高評だった。
「いいんだよ、別に。あんなしがれた店に来てくれたんだから、サービスしなくちゃ」
「いやいや、レトロでいいじゃん。女子チームには好評だったよ」
小綺麗でレトロ感じる内装は女子からは『おしゃれ』という評価を受けていた。
ちなみに五条も口には出さなかったが女子と概ね同じ意見だった。
「それはよかったよ。また来てね」
「ま、時間があればな」
遅刻しそうな人間が『時間があれば』というのも奇妙だが、五条はまた今度行こうと思った。
「あ、そういえばあの店って魔法OKなの?」
「本当はダメなんだけどね。お兄さんは特別よ」
◇◇◇◇
五条に突然腕を振り解かれた真由美は少し驚いた後、違ったベクトルでまた驚くことになった。
「お人よしが過ぎるわね……」
五条はおばあちゃんを背負って学校とは反対方向に歩き始めた。
まだ時間はあるとはいえ、あの様子では一限には間に合わないだろう。
自己を犠牲にしてまで誰かを助けようとするその精神、真由美は好ましく思うと同時に行き過ぎているとも感じた。
恐らく、彼と同じ状況に立った時、彼と同じ行動を取れる人間は魔法科高校にいる人間にはいないだろう。
絶対に不利益を被るなら困っている人を無視したほうが利口だ。
そういう人間が魔法科に集まる。若くも一般人とは言い難い少年少女は時に子供とは思えない程冷酷な判断を下す。
だが五条は躊躇もせずに助けに行った。
困っている老人を助ける。
文字面にすれば簡単に見える人助けは、実のところ意外に難しい。
自身と他者とを天秤にかけ、全く知らない人間の方へ比重が傾けることができる人間は少ないだろう。
もしかしたら、五条と老人の関係は親密かもしれない。
そうなれば話は変わるが、真由美はなんとなく『五条君はきっとあそこにいる人間が誰であろうと助けていた』という確信があった。
魔法師とは大なり小なり権謀術数に通ずる者が多い。
十師族の一員である真由美も小さい頃から腹の探り合いをやってきた。
だからその人と話せば、なんとなくその人物がわかる。
「全く、しょうがない子ね」
得体の知れない少年、五条悟。
だが真由美は彼のことをそんなに悪い人間ではないと思った。
確かに遅刻癖や無礼な言動も一部見られるが優しい一面もある。
さっきだって本当なら真由美の腕を無理矢理解くことはできた。
しかし彼は抵抗を見せながらもそれはしなかった。
それに歩くスピードも真由美に合わせていた。
◇◇◇◇
「じゃあ、俺行くから!絶対病院行けよ!」
「気を付けてね」
五条は絶対に病院に行くようにと念を押してからその場を去った。
授業が始まるまでまだ時間はあり、もしかしたら急げば間に合うかもしれないのだが急ぐ気力もないので、ゆっくりと歩いていた。
「ったく、あのばあちゃんのせいで遅刻確定じゃん」
老人は人の話を聞かないという話は本当らしい。
次も足関係で危機に陥っていたら病院に強制連行しようと心に誓った。
「あれ?こんなとこにクレープ屋なんてあったんだ」
学校に行く道の途中。
小さなクレープ屋を発見した。
まだ朝早い時間だが営業しているらしい。
口元が寂しかった五条はなにか甘いものを食べたかったので丁度よかった。
「このイチゴロイヤル一つ」
当店一番のおすすめ!というポップに惹かれた五条は店員にいい笑顔で頼んだ。
ちなみに店員の方は死んで一か月経って腐ってしまった魚の目をしていた。
「あ、じゃあ私もそれを!」
「……は!?」
後ろから声がし、振り返るとそこには先程まで一緒にいた生徒会長の姿があった。
「なんでいんの!?」
「だって五条君話の途中でどこかに行っちゃったじゃない。それに無理矢理腕を解かれてお姉さん悲しかったわ」
わかりやすいウソ泣きだったため、五条は無視した。
「いや、いやいや、待って。授業は?」
「私も遅刻かしら」
ウソ泣きから一転、いい笑顔でそう言い切った。
「えぇ……マジ?」
昼に会う約束をしているのだからそこで聞けばいいものを、なぜ遅刻してまで付いてきたか理解できなかった。
「お前絶対バカだろ」
思わず五条の本音が出てしまった。
「もう!ダメよ、悟くん!女の子にそんなこと言っちゃ!」
真由美は片手で自分のクレープを受け取りつつ、もう片方の手で五条の分まで受け取ってしまった。
「あ、それ俺の!?」
「罰としてこれは没収です~」
「は!?めちゃくちゃ過ぎんだろ!」
いくら生徒会長だからってこんな暴挙許していいのだろうか。否だ。
しかし原因が五条にあるとも言えなくはないので強く出られずにいた。
そんなヤキモキした様子の五条を見て満足したのか、真由美は笑った。
「フフ、冗談よ」
はいとクレープをあっさり渡された。
五条は少し呆気に取られてしまった。
まさかこんなにすぐに返してくれとは思っていなかったからだ。
「一応ありがと」
「えぇ、どういたしまして」
あれ?なんで俺がお礼言ってんの?むしろ謝罪される側じゃね?とも思わなかったわけではないがそんなことを口にすれば絶対に面倒くさいことになるのは目に見えたので口にはしなかった。
「で、なんで来たんだよ?」
クレープを頬張りながら真由美に聞いた。
「ん~そうね……かわいそうだから」
「は?」
「だって悟くんは人を助けたのよ。それって立派なことなのに、誰も労ってあげないなんて可哀そうじゃない」
「……」
「貴方があのおばあちゃんを助けているところ、私は確かに見ていました。よくやったわ、悟くん」
五条は妙な気持ちになった。
別に感謝されたかったから助けたわけじゃない。感謝されずとも助けていた。
おばあちゃんだから助けたわけじゃない。誰であっても助けていた。
労って欲しいから助けたわけじゃない。
ただ、報われたような気持ちになった。
見返りを求めていたわけではないが、真由美の一言は五条の気持ちを楽にしてくれた。
「__そっか」
自然と上がった口角には気が付かずに五条は真由美と共に学校に向かった。
感想は返信できていないものもありますがほぼ全て読んでいます。