「あ、そうだ」
学校が近くなったタイミングで真由美はなにかを思い出したのか、口を開いた。
「今日のお昼なんだけど深雪さんも誘っておいてくれないかしら」
「いいけど、断られるかもよ?」
なぜ呼んで欲しいといったかは想像がつく。
真由美はまだ深雪と生徒会についての話ができていないのだろう。
昨日は深雪と行動を共にしているが真由美とは放課後の一悶着でしか会っていない。
とはいえ、深雪は重度のブラコンだ。五条は、誘ったとしても兄との食事を優先する可能性が高いと考えていた。
「そうなったら悟くん一人で生徒会室に来てください」
「でも俺弁当とか持ってないんだけど」
「大丈夫よ。生徒会室にはダイニングサーバーがあるから」
「は?何それ?」
ダイニングサーバーは空港の無人食堂や長距離列車の食堂車両などに置かれている自動配膳機だ。
「え、知らないの?」
ダイニングサーバーを利用したことがないというのは珍しくないが知らないというのは聞いたことがなかった。
「ま、いいや。とにかくそれで飯はなんとかなるんでしょ?」
「え、えぇ」
「おっけー。じゃあね」
五条は自分の昼食の保証を確認すると踵を返した。
その後ろ姿を見ながら真由美はしばらく動けなかった。
◇◇◇◇
「――ってわけで今日昼来てくれない?」
「……」
深雪は五条にどう接すればいいかわからなかった。
クラスメイトなので話す機会というのは絶対に生まれる。
五条がなにかしたわけでもないのに無視したり避けたりするのはあまりにも失礼だ。
「深雪?」
「え、あ、はい!」
「お前大丈夫か?さっきからぼーっとしてるけど。寝不足か?」
はしたない姿を見せてしまったことが恥ずかしかったのか、頬を染めながらパタパタと手をあおがせる。
「も、申し訳ありません、はしたないところをお見せしました」
「え、いや、そんなかしこまんなくてもいいんだけど」
少し気を抜いていたことですら恥じるとは、お嬢さまというのはなんとも堅苦しいものだと五条は感じた。
ただ雫とほのかは淑女然としている深雪に好印象を抱いていた。
「深雪、無理に行かなくてもいい」
「そうだよ。嫌なら断ってもいいんだよ」
そんな雫とほのかは深雪に助け船を出した。
二人も五条に誘われたが断った。魑魅魍魎が跋扈する(勝手な偏見)生徒会室になど行きたくなかった。
そんなところで昼ご飯など食べられるわけがない。
「いやでも深雪は総代だから生徒会についての説明を受けるのは早いほうがいいでしょ」
総代は生徒会に入る。これは別に規則でもないが一校の伝統のようなものだ。
深雪に生徒会に入る気があるかどうかは五条の知らぬ領域だが断るなら断るで早い方がいい。
「友達も呼んでいいっていってるし、達也と来れば?」
「……わかりました」
深雪は生徒会に所属しようと考えていたため、早めに話をしたほうがよかった。そのため今回の話を断るという選択肢はなかった。それに兄のことを生徒会に売り込めるいい機会だ。
しかし五条と一緒にいると調子が狂ってしまうため、あまり積極的に関わりたくないというのが本音だ。
「では、お昼は兄と共にご一緒させて頂きます」
「えーっと……ここか」
深雪、達也、五条の三人は扉の前で止まった。
四階の廊下、突き当りの目的地。
見た目は普通の教室となんら変わりはない合板の引き戸。
違いは中央に埋め込まれた木彫りのプレートと壁のインターホン、そして巧妙に隠された無数のセキュリティ機器。
プレートには生徒会室と書かれていた。
五条は表札を確認すると扉に手をかけた。
しかしそれを達也が手で制した。
「なんだよ達也」
抗議してくる五条に達也は呆れ気味に言った。
「入室するのはインターホン越しに入室の許可を取ってからだ」
「え~、めんどくさ。就活の時の面接かよ」
お堅いやつだと思いながらも素直に従った。
あまり抵抗すると後ろに控えるブラコンが何をするかわかったもんじゃない。
まぁ、危害を加えようとしても触れることすらできないのだが。
「では、私が最初に入ります」
「えぇ……なんか子供扱いされてね?」
「ふふ、そんなことはありませんよ」
深雪は口元を隠しながら笑った。
そして笑った自分に気が付いた時、深雪はふと我に返った。
(普通に喋れている?)
少し緊張気味だった自分がバカらしくなってしまった。
なぜ既視感があるのか、そこからくる感情に振り回されているのかは深雪には未だにわからなかった。だがだからと言って意識し過ぎていたかもしれない、深雪はそう思った。
「『深雪?どうかした?』」
「――いえ、なんでもありません」
五条は深雪の様子を妙に感じたが嫌な感じはしなかったため素直に前を譲った。
深雪は五条の前に立つとインターホンを鳴らした。
淑やかに入室を請う深雪の声に、明るい歓迎の辞がインターホンのスピーカーから返された。
耳を傍立てていないと気が付かない程の小さな作動音が鳴った。
すると達也は引き戸の取っ手に指を掛け、深雪をかばうように体を傾けながら戸を開く。
(全く、達也はビビりだな。たかが生徒会室に入るだけでそんな臨戦態勢取らなくてよくね?)
五条は心の中で達也の警戒する体勢に疑問を持ちつつそのまま入室した。
「いらっしゃい。遠慮しないで入って」
正面の奥から声を掛けられた。
朝と変わらない笑顔で手招きをする真由美。
深雪と達也はドアから一、二歩の位置で止まった。五条もそれに倣い深雪の隣に立った。
深雪は手を揃え、目を伏せ、礼儀作法の手本になるようなお辞儀をする。
かなり洗練された仕草に五条は驚くと同時に納得した。
深雪の出す雰囲気は浮世離れした上品さを醸し出している。
「えーっと……ご丁寧にどうも」
宮中でも通用しそうな所作を見せられ、真由美も少したじろいでいる様子だった。
他にも2名の役員が同席していたが、すっかり雰囲気に呑まれてしまったらしい。
もう一人、生徒会役員ではないものの、同席していた風紀委員長は平静な顔を保っていた。
最も少し無理のあるポーカーフェイスではあったが。
「どうぞ掛けて。お話は食事をしながらにしましょう」
深雪にペースを崩されたのか、真由美の馴れ馴れしい口調が影を潜めていた。
指し示されたのは飲食用の長机。
学校の備品にしては珍しい重厚な木製の方卓。
五条は適当に腰をかける。
達也は深雪の椅子を引いて座らせていた。
(過保護すぎでしょ。どんだけシスコン拗らせればこんな風になるんだ?)
シスコンを拗らせている達也に若干の寒気を覚えつつ、全員が着席した。
「お肉とお魚と精進、どれがいいですか?」
「あれ?お前……」
どのメニューがいいか聞いてくる女生徒に五条は見覚えがあった。
「お前入学式のときの!」
「……あ!」
お互いに気がついたらしい。
「あの時は助かったよ。ありがとな」
「え、あの、どういたしまして」
あずさは若干困惑気味にお礼を受け取った。
「え、なになに、悟くんはあーちゃんと知り合いなの?」
真由美は興味津々といった様子で五条に尋ねた。
まさか二人が顔見知りだなんて思いもしなかったからだ。
「入学式の時にちょっとね。……あーちゃん?」
五条はあーちゃんと呼ばれた自分を助けた女生徒を見る。
頭の上からつま先まで見ると頷いた。
「これはあーちゃんだわ」
「……!?」
五条は笑った。
後輩に笑われたことにショックを受けたあずさは涙目になっていた。
「ごめん、ごめん。からかい過ぎた。俺は肉料理で」
達也は精進、深雪は魚を選んだ。
全員が席についたタイミングで真由美は口を開いた。
「入学式で紹介しましたけど、念の為、もう一度紹介しておきますね。私の隣が会計の市原鈴音、通称リンちゃん」
「……私のことをそう呼ぶのは会長だけです」
鈴音はきつめの印象ではあるが、顔は整っており、背が高く手足も長い。美人という表現にふさわしい容姿の持ち主だ。
「その隣は知ってますよね?風紀委員長の渡辺摩利」
「よろしくな」
摩利は一瞥してから軽めのウィンクをする。
「それから書記の中条あずさ、通称あーちゃん」
「会長……お願いですから下級生の前で『あーちゃん』は止めてください。私にも立場というものがあるんです」
あずさは真由美より小柄であり、童顔で上目遣いの潤んだ瞳は、泣き出しそうな子供に見える。
「ククッ、よろしくあーちゃん」
「!?」
五条はこれから先もあずさはあーちゃんと呼ぼうと決めた。その方が面白いからだ。
一方のあずさは意地悪かつ長身な後輩にからかわれ、ご立腹の様子だ。
「もう一人、副会長のはんぞーくんを加えたメンバーが、今期の生徒会役員です」
「私は違うがな」
「そうね。摩利は別だけど。あ、できたみたいよ」
全員に食事が行き渡ったところで会食はスタートした。
最初は当たり障りのない会話から始まった。
学年がバラバラな彼らには共通の話題が少ない。
そのため、会話自然と今食べている料理についてになった。
「渡辺先輩、そのお弁当はご自分でお作りになられたのですか?」
「そうだが……意外か?」
深雪の質問は場の流れに合わせたごく自然と発せられたものだった。
しかし摩利は深雪に問われ、頷いた後、少し意地の悪い口調で答えにくい質問をした。
「いえ、少しも」
本気で嫌味を言ったわけではなく、出来過ぎに見える後輩をからかっただけなのだが、深雪を狼狽させる前に達也が間髪を容れず否定の言葉を打ち返す。
「普段から料理をしているかどうかはその手を見れば分かりますから」
「うっ……そうか」
全てを見透かされているような気分になり、摩利は気恥ずかしさを覚えた。
「わたしたちも、明日からお弁当に致しましょうか?」
深雪のさり気ない一言で達也も自然と視線を外す。
「深雪の弁当はとても魅力的だが食べる場所がね……」
「あ、そうですね……まずはそれを探さなければ……」
二人の出す雰囲気は兄妹というにはあまりにも近く、甘かった。
五条は胸やけのような感覚に襲われた。
「ゲロ甘すぎでしょ」
「……兄妹というより恋人同士の会話ですね」
五条と鈴音の言葉に司波兄妹を除いたここにいる全員が同じ事を思っていた。
「そうですか?まぁ、確かに考えたことはあります。血の繋がりがなければ……恋人にしたいと――」
「え、キモ!?」
司波兄妹のやり取りを見た五条はあまりの光景に我慢できず、ストレートに言ってしまった。
気持ちが悪い。
あまりにも気持ちが悪すぎる。
これではまるで恋人のような会話だ。
とても血の繋がった兄妹の会話とは思えない。
(いや、でも兄妹にしてはあんまし似てねぇよな……もしかして義兄妹とか?ならおかしくない……のか?)
五条が二人の関係性について考察している横で達也は無表情だがどこか疲れたような雰囲気で口を開いた。
「……もちろん冗談だ」
五条の引きっぷりに流石にまずいと思ったのか達也は訂正した。
冗談で言ったとはいえ、あそこまでストレートにドン引きされると達也としても心にくるものがあった。
「「え!?」」
あずさと深雪が声をあげる。
「ん?」
達也はそんな深雪の様子を一瞥する。
深雪は顔を赤くさせながら静かに俯いた。
「な、なんでもありません」
(なにその満更でもありませんみたいな態度……もしかして深雪って結構ガチで達也好きなの?俺が思ってるよりブラコン拗らせまくってる?)
完璧に見えた深雪の思わぬ欠点。
やはり完璧超人というものは存在し得ないのだと思った。
「そろそろ本題に入りましょうか」
真由美の切り出し方は唐突だった。しかし学生の昼休みは長くない。時間帯的に言えばそろそろ話さないといけない時間だった。
フォーマルな口調になった真由美に司波兄妹は頷いた。
ちなみに五条は黙って真由美の方を見るだけで特に頷きはしなかった。
「当校は生徒の自治を重視しており、生徒会は学校内で大きな権限が与えられています。これは当校だけではなく、公立高校では一般的な傾向です」
「生徒会役員ってのは学校内でできることが多いってことね。その分メンドクサイ仕事多そうだけど」
「その通りです。当校の生徒会は伝統的に、生徒会役員、特に生徒会長に権限が集められています。大統領型、一極集中型と言ってもいいかもしれません。反面、五条君の言うように事務作業や行事関連の仕事は少なくありません。」
五条はその言葉でこの学校は大丈夫なのかと思った。
真由美を無能だとは思っていないがこの人に権力を集中させるのは色々と問題があるのでは、と感じてしまう。
「当校の生徒会長は選挙で選ばれますが、他の役員は生徒会長に選任・解任が委ねられています。各委員会の委員長も一部を除いて会長に任免権があります」
「私が務める風紀委員長はその例外の一つだ。風紀委員は生徒会、部活連、教職員会の三者が三名ずつ選任するが、その内部選挙によって風紀委員長は選ばれる」
「つまり摩利はある意味ほぼ同格の権限を持っているということです。この仕組上、生徒会長には任期が定められていますが他の役員には任期が定められていません。生徒会長の任期は十月一日から翌年の九月三十日までです。その間、私は生徒会役員を自由に任免できます」
「なるほどね」
五条は真由美の言いたいことを完全に理解した。
深雪だけでなく、自分も来るようにと言った理由を。
「これは毎年の恒例なのですが新入生総代を務めた一年生は生徒会の役員になってもらっています。趣旨としては後継者育成ですね。そうして役員になった一年生が全員生徒会長に選ばれる、というわけではありませんが、ここ五年間はこのパターンが続いています」
「会長は首席入学だったんですね?さすがです」
「あ~、まぁそうです」
目を泳がせ、僅かに頬を染め、歯切れ悪く答える様は意外な姿だった。
立場上褒められることには慣れているはずなのに真由美は律儀に照れてみせた。
「ンッ、ですが、今年は異例の事態となりました」
「異例?」
達也の問いに真由美は答える。
「それは五条君のことです」
「……やっぱ?」
五条はこうなるとわかっていた。
そのため反応も驚いたというよりやはりか、というものになった。
「本来入試首席は総代を勤めることになります。これは一高始まって以来の伝統であり、例外はありませんでした。しかし今年は違いました」
「ハハ、そうだね」
全員から視線を受けた五条は笑ってしまった。
「ですから私は深雪さん、そして五条君、両名に生徒会に入ってもらうことを希望します。引き受けてくれますか?」
真由美は五条と深雪の目を真っ直ぐに見て言う。
深雪は手元を見たあと、達也へ視線を向ける。
この場合の生徒会に入るということは言うまでもなく生徒会の役員になるということだ。
達也は深雪の背中を押す意味も込めて、小さく頷いた。深雪も小さく頷くがなぜか思い詰めた瞳をしていた。
「会長は兄の入試の成績をご存知ですか?」
「!!」
「えぇ、知っていますよ!すごいですよねぇ……正直言いますと先生にこっそり答案を見せてもらったときは自信を失くしました」
「成績優秀者や有能な人材を生徒会に迎え入れるのなら、私よりも兄の方がふさわしいと思います!」
そして深雪は勢い良く立ち上がる。
「私を生徒会に加えていただけるというお話についてはとても光栄に思います。喜んで末席に加わらせていただきたいと存じますが、兄も一緒というわけには参りませんでしょうか?」
「おい深雪!?」
達也は深雪に声をかけるが深雪は止まらず最後まで言い切った。
「残念ながら、それはできません」
だがその回答は問われた真由美ではなく、鈴音によってもたらされた。
「生徒会の役員は第一科の生徒から選ばれます。これは不文律ではなく、規則です。この規則は生徒会長に与えられた任免権に課せられる唯一の制限事項として、生徒会の制度が現在のものとなった時に定められたものです。これを覆すためには全校生徒が参加する生徒総会で制度の改定が決議される必要があります。決議に必要な票数は在校生徒の三分の二以上です。しかし一科生と二科生の数がほぼ同数の現状では制度改定は事実上不可能です」
淡々としかし申し訳なさそうに鈴音は告げる。彼女も一科と二科で生まれる差別に対してネガティブな考え方を持っているということだろう。
「……申し訳ありません。分を弁わきまえぬ差し出口、お許しください」
「いえ、デスクワークなら成績優秀者はむしろ適材なので本来なら欲しいところなのですが……生徒会が規則を破る訳にも参りませんので」
それを深雪も分かっているのか素直に謝罪し、深々と頭を下げる。
「ええと、それでは、深雪さんには書記として、今期の生徒会に加わっていただくということでよろしいですね?」
「はい、精一杯務めさせていただきますので、よろしくお願い致します」
再び頭を下げた深雪に、真由美は満面の笑顔で頷いた。
真由美は深雪から五条に視線を移した。
「五条君はいかがですか?」
「俺はパス」
「え……」
了承した深雪とは違い、五条は即断った。