「五条君はいかがですか?」
「俺はパス」
「え……」
断られることは予想していたがまさか即答されるとは思っていなかった真由美は引きつった顔になる。
その真由美の姿を哀れに思った摩利は助け船を出した。
「少し考えてから答えを出しても問題はないはずだ」
「そうですね。時間はまだありますから――」
「絶対無理!」
真由美の言葉が終わる前に話し始めた。そして五条は断固として入る気はないという姿勢を貫いた。
「理由を聞いてもいいですか?」
真由美に問われた五条はニカッと笑いながら言い放った
「事務作業とか絶対やりたくない!」
五条は雑務が嫌いだ。
できるか、できないかで問われればできると答える。
だがやりたいか、やりたくないかは全く違うのだ。
まさかの理由で断る五条に皆が唖然とする中、いち早く真由美が表情を戻した。
「…そ、そう、わかりました。気が向いたらいつでも声をかけてね。悟君なら大歓迎だから」
真由美は軽くウィンクをする。
きっとそれは入会のハードルを下げるためにわざと崩した態度で接してくれたのだろう。
五条は断ったにも関わらず、そう接してくれる真由美に目を見開く。そして少し笑った。
「だから、無理」
「待ってるからね?」
五条の言葉に念を押すように圧を掛けつつ言うと深雪の方へ向き直った。
「では、深雪さん。具体的な仕事はあーちゃんから聞いてくださいね」
「ですから会長……あーちゃんはやめてくださいと……」
「もし差し支えなければ、今日の放課後から来ていただいてもいいですか?」
泣きそうな抗議にも取り合わず、自分のペースで話を進める真由美の言葉に対して深雪は兄の方をチラッと確認した後、頷いた。
「分かりました。放課後は、こちらに伺えばよろしいでしょうか?」
「えぇ、お待ちしていますよ、深雪さん」
「あの~どうして私が『あーちゃん』で、司波さんが『深雪さん』なのでしょうか……?」
「まぁいいじゃん。あーちゃんで」
五条は励ましと揶揄いの意味を込めて肩にポンと手を置いたが逆にあずさの気分は落ち込んでしまったようだ。
まさか後輩に慰められるとは思っていなかったからだ。ちなみに揶揄い半分であるということには気が付いていない。
「そういえば五条君はなんで包帯をつけているんですか?」
思い出したかのように出た問に対して五条は応えた。
「やっぱ、あーちゃん先輩も気になる?」
「ちょっといいかな?」
再び摩利が手をあげる。
「風紀委員生徒会選任枠の内、前年度卒業生の一枠がまだ埋まっていない」
「摩利……それは今、人選中だと言っているじゃない。まだ新年度が始まって一週間も経っていないでしょう?そんなに急かさないで」
「確か風紀委員の生徒会選任枠は、二科の生徒を選んでも規定違反にはならない……だったよな?」
真由美が摩利の性急さを不満げにたしなめるが摩利はそれに取り合わなかった。
「確か、生徒会役員の選任規定は、生徒会長を除き、第一科生徒を任命しなければならない、だったよな?」
「そうよ」
「つまり、風紀委員の生徒会枠に、二科の生徒を選んでも規定違反にはならないわけだ」
「摩利、貴方……」
真由美が大きく目を見開いた。鈴音、あずさも呆然としている。
要は摩利が言いたいことはこうだ。
『達也は生徒会には入れない。だが風紀委員会になら入れるんじゃないか?』
それに対して真由美は――
「ナイスよ摩利!そう!それよ!!」
――予想外の歓声をあげた。
「はぁ?」
達也の口から間の抜けた声が出た。
意外と人間らしい一面を見せる達也に五条は少なからず驚いていた。
「摩利、生徒会は達也くんを風紀委員に推薦します」
とんとん拍子で話が決まっていくことに焦りを感じた達也は待ったをかけた。
「ちょっと待って下さい!俺の意志はどうなるんですか?大体、風紀委員が何をする委員なのかも説明を受けていませんよ」
「妹さんにも具体的な仕事の説明はまだしていませんが?」
「……いや、それはそうですが……」
鈴音によって達也は出鼻を挫かれてしまった。
しかし普通に考えれば暴論だ。
仕事内容もわからずに仕事をするなどありえない。
仕事内容を知った上でやるか、やらないかを決めるというのが一般的、というよりも社会常識だ。
「ククッ」
五条は津波に流されそうな達也の手を掴むことにした。
突然笑った五条に全員の目線が集まった。
「なーに丸め込まれてるんだよ、達也」
達也の見開かれた目を見ながら席を立った。
そして語る。
「そもそもさ、風紀委員やるか、やらないかって論争。達也が風紀委員会の活動内容について知っていることが前提としてあるべきだよね」
普段おちゃらけている五条が正論を放っていた。故に全員が耳を疑った。
「その前提を破棄してる意見なんて聞く意味ないでしょ」
この場にいる全員が目を見開いた。
「――お前、そういうことも言えるんだな」
「……は?」
摩利の失礼すぎる言葉に五条は呆気を取られた。
「意外と理知的なことも言えるのですね」
「びっくりです……」
鈴音とあずさも摩利と凡そ同じ感想を言った。
深雪も口は開かないものの顔が驚きの二文字を書いていた。
「あ“ぁ”ん?」
忘れがちだが、五条は実技だけの男ではない。
五条の頭は決して悪くない。
むしろ現在生徒会室にいるメンバーで五条よりも頭がいいものなどいない。
ただ普段の振る舞いがその事実を忘れさせてしまう。
「確かに、悟君の言う通りですね。達也くん、風紀委員は学校の風紀を維持する委員です」
恐らく真由美の性別が男であったなら、間違いなくコブラツイストをかけていたであろう。それくらいふざけている回答の仕方だった。
五条の言葉を全く意に介していないとしか思えない。
「達也、アイツ殴っていいか?」
指先をプルプルと震わせ、明らかにキレている五条に達也はなんとも言えない感情で止めた。
「気持ちはわかるが止めろ」
それは本心だった。
感情の起伏に差はあるだろうが同じ感情になっていたことは容易の想像がつく。
とはいえ手を上げるのは問題だ。
「あ、あの…風紀委員会は校則違反者を取り締まる組織です」
見かねたあずさが風紀委員会の活動内容について説明した。
「風紀と言っても遅刻とか、服装違反とか、そういうのは自治委員会の週番が担当します」
あずさの説明で風紀委員の活動内容が漸く見えてきた。
「つまり魔法使って校則違反したヤツを取り締まるってこと?」
「そ、そうです」
「ふ~ん、つまり風紀委員会っていうのは警察みたいなものなんだ」
五条の言葉に鈴音は首を横に振った。
「いえ、それだけではありません。風紀委員長は違反者の罰則の決定にあたり、生徒側の代表として生徒会長と共に、懲罰委員会に出席し、意見を述べることができます」
「検察の仕事も兼ねているのか」
話を聞けば聞くほど面倒かつ危険が伴う仕事だとわかってくる。
現に達也の表情は話が進むにつれて引きつっている。
「……念のために確認させてもらいますが」
「なんだ?」
「今のご説明ですと、風紀委員は喧嘩が起こったら、それを力ずくで止めなければならない、ということですね?」
「まあ、そうだな」
「そして、魔法が使用された場合も同様である、と」
「できれば使用前に止めさせる方が望ましい」
「あのですね!俺は、実技の成績が悪かったから二科生なんですが!」
達也はとうとう大声を出す。
ただ五条は疑問に思った。
達也ほどの実力があれば喧嘩を止めるなど容易いはずだ。
喧嘩を引き起こしているのが五条であった場合は話が変わってくるがそれ以外の場合であれば十分に対応できるはずだ。
「構わんよ」
「何がですっ?」
「力比べなら、私がいる」
そのとき学校のチャイムが鳴る。
「続きは放課後にしたいんだが、構わないか?」
「……分かりました」
「ドンマイ、達也」
明らかにテンションが落ちている達也とは裏腹に深雪は喜びを押し隠せずにいた。