青のように冷たく
赤のような情熱はなく
紫のような華はない
白のような美しさは持たず
桃のような欲望は奪われ
水のような自由を求めない
黄のような光は放たず
橙のような温もりは持ちえない
緑のような静けさと
黒のような強さで
金のような花を守る
「ん~……おかしいな」
放課後。
五条は都内にある廃墟に来ていた。
目的は肝試しではなく呪霊であった。
「いないのはまだわかるけど…残穢すらないなんて」
呪霊とは恨みや後悔、恥辱など、人間の身体から流れた負の感情が具現し意思をもった異形の存在。
呪いであるため、一部の例外を除きコミュニケーションは不可能。総じて人間を容赦なく殺しに来る。
日本国内での怪死者・行方不明者は年平均1万人を超えており、その殆どが呪霊による被害だと言われている。
学校や病院のような大勢の思い出に残る場所、または廃墟や心霊スポットなどは負の感情の受け皿となり、呪霊が発生しやすい。
呪力のない一般人には見ることも触れることも出来ない。そのため呪霊を視認し呪術を使う才能を持つ呪術師が呪霊を祓うために暗躍する。
但し、五条の中にある知識上では、という前提がつく。
「繁忙期じゃあないけど一体もいないなんて考えらんないなぁ」
(そもそも呪霊なんて本当にいんのか?)
五条の知識上では呪いという存在はある。
だが呪いに関する物証は今のところ自分の『無下限呪術』だけだ。
それに自身が有する知識と現実は差異があった。
「呪霊はいない。呪力を宿す人間もいない……どうなってるんだ?」
五条は包帯を巻き直しながら廃墟から出ていく。
「いよいよ不味いな。唯一の手掛かりの知識すら当てにならない可能性が出てきたぞ」
包帯の締め具合を確認した五条は歩き始めた。
(となるとやっぱ魔法かな?)
もしかすれば記憶を取り戻せる魔法があるかもしれない。
ただ五条の予想が正しければそれは強力かつ危険な魔法だ。
そんなものが簡単に人目に触れられる場所にあるとは思えなかった。
故にあるとしたら『特別閲覧室』。
しかし五条にはそこに入る手段がなかった。
(頼んでみるしかないな)
現状、知り合いの中で特別閲覧室に入ることができる可能性がある人間は生徒会長の真由美だけだ。
「また学校に戻るのは面倒だけどしょうがないか」
五条はその場から跳び学校に着くと寄り道せずに生徒会室に行った。
しかし――
「誰もいない…確か放課後まで生徒会は活動してるはず……」
五条は真由美が帰ってしまった可能性も考えたが放課後に達也を呼び出したことからその可能性は低いと踏んだ。
「さぁて、どこにいるんだ?」
五条は巻き直した包帯を取り、辺りを見回した。
(生徒会メンバーの想子は昨日見て覚えた……ここか)
五条の六眼が真由美のいる場所を捉えた。
どうやら近くに生徒会のメンバーに加えて摩利と司波兄妹もいるようだ。
五条は足早にその場所へ向かった。
しばらく歩き、真由美がいるであろう第三演習室の前に到着した。
特にノックなどすることなく、五条は演習室の扉を開けた。
「あー……なにこの状況?」
真っ先に目に入ったのは向い合う達也と入学式の時に見た男子生徒、恐らく最後の生徒会メンバーである服部だろう。
そして会場の外で両者を見守る生徒会役員たち。
まるでこれから達也と服部が決闘をするかのような雰囲気だった。
「五条くん?」
「あら?……!」
五条が入ってきたことに気が付いた面々は五条の方を見た。
目に映ったのは素顔を晒した五条。
神に愛された美貌を持つ少年だった。
「ん?……あぁそういうことね。あーちゃんと深雪以外は初めてか」
たかが顔を見た程度でそこまで惚けられるとおかしくて笑ってしまう。
「それより、これどういう状況?」
「え、あ、これから達也君とはんぞーくんが模擬戦をするの」
五条の問いかけで我に返った真由美は現在の状況について説明した。
「要は二科生の達也が風紀委員なんて務まるわけないだろ派のはんぞーくんとお兄様は強いから務まります派の深雪が対立して結果的に達也と服部が戦っていると」
「言葉選びに些か問題はありますが概ねその通りです」
鈴音は首肯した。
しかしこの兄妹は相も変わらずブラコンとシスコンを拗らせているらしい。
ただ今回は深雪が正しいと確信した。
「なるほどね。じゃあ俺も折角だし、観ていこうかな」
五条は対立両者に目を向けた。
丁度摩利によるルール説明が終わったようだ。
「ちなみに五条くんはどっちが勝つと思う?」
試合開始直前に問う真由美に五条は簡潔に答えた。
「勿論達也でしょ」
五条の口から兄の名前が出たことに驚き、深雪は五条へと視線を移した。
それと同時に摩利の右手は振り下ろされた。
「始め!」
決着は一瞬。
そして勝者は五条の言った通りとなった。
「……勝者、司波達也」
五条と深雪以外の面々は唖然。
深雪は興奮と誇らしさを。
五条は予想通りの展開だが不敵な笑みを浮かべた。
勝者である達也に喜悦はない。
ただ淡々と為すべきことを為したという顔だった。
軽く一礼をしてCADのケースが置かれた机に向かう。
本心で自分の勝利に微塵も興味ない、という風だった。
「五条?なぜお前がここに?」
「野暮用かな」
そうか、と一言。その後、無言でCADを仕舞い始めた。
「待て」
摩利が達也を呼び止めた。
「今の動きは……自己加速術式を予め展開していたのか?」
試合開始の合図と同時に、達也の体は服部の目前まで移動。そして次の瞬間には服部の右側面数メートルの位置にあった。
瞬間移動と見間違うほどの速力。生身の肉体には為し得ない動きに見えた。
「そんな訳がないことは、審判をしていた渡辺先輩が一番良くお分かりだと思いますが」
だが達也はそんな可能性を一蹴する。
これでも摩利は審判として、CADがフライングで起動されていないかどうか、それだけでなく達也が別のCADを隠し持っていないかも想定して、両者の想子の流れを注意深く観察していた。
「しかし……あれは」
「魔法ではありません。正真正銘、身体的な技術ですよ」
「私も証言します。お兄様は忍術使い・九重八雲先生の弟子なんですよ」
「じゃあ、あの攻撃に使った魔法も忍術ですか?私には、想子の波動そのものを放ったようにしか見えなかったのですが」
真由美は射撃魔法を得意としている。当然想子を直接打ち出す弾丸も撃つことができる。
想子は物理的な作用を持たないため物理的な効果は望めない。
だが服部はその魔法を受けて気絶してしまった。
真由美は想子そのものを武器のように扱った達也の使った魔法のメカニズムが気になって仕方ないらしい。
「酔ったんだよ」
五条が口を開いた。
「酔った?一体なにに?」
「魔法師って想子を、光とか音みたいに体で感じるわけ。だから予期してなかった想子の波動に曝されると身体が揺さぶられたって感じるんだ。だから今のはんぞーくんは船酔い状態ってとこだね」
「流石だな、五条」
達也の短い称賛が五条の回答が正しいということを示していた。
「そんな、信じられない……。魔法師は普段、日常生活でも常に想子の波動に曝されて、想子波に慣れているはずよ?無系統魔法はもちろん、起動式や魔法式だって想子波動の一種ですもの。その魔法師が立っていられないほどの強い想子波を一体どうやって……?」
「波の合成、ですね」
「リンちゃん?」
鈴音は説明する。
「振動波の異なる想子波を三連続で作り出し、三つの波がちょうど服部君と重なる位置で合成して、三角波のような強い波動を作り出したんでしょう。よくもそんな精密な計算ができるものですね」
「お見事です、市原先輩」
鈴音が達也の演算能力の凄さに呆れていたが、五条は鈴音の分析能力の高さにも驚いていた。六眼を持つ自分がタネを見抜くのと持たない者がタネを見抜くのでは、意味合いが変わってくる。
「それにしても、あの短時間でどうやって?それだけの処理速度があれば、実技の評価が低いはずがありませんが」
達也の処理速度は一科生としてのラインを十分クリアしているにも関わらず、何故達也が二科生なのかと首を傾げる鈴音だったが、ひょっこりと現れたあずさのおかげでこの疑問は解決した。
「あの~、もしかして、司波君のCADは『シルバー・ホーン』じゃありませんか?」
「シルバー・ホーン?あの謎の天才魔工師トーラス・シルバーのシルバー?」
(あー誰だっけ、それ?)
真由美の問いにあずさは元気良く答える。
「そうです!フォア・リーブス・テクノロジー専属、その本名、姿、プロフィールの全てが謎に包まれた奇跡のCADエンジニア!」
あずさが達也の周りをチョロチョロと動き回りながら説明する。
五条は内心であずさの解説に感謝した。
「世界で初めてループ・キャスト・システムを実現した天才プログラマ!」
そしてテンション高めに語る。
「シルバー・ホーンというのは、そのトーラス・シルバーがフルカスタマイズした特化型CADのモデル名で、ループ・キャストに最適化されているんです!」
ちなみにループ・キャストとは同一の魔法を連続発動させる為のシステムである。
簡単に言うと、同じ系統の魔法であればすぐに使えるのだ。
今までのシステムでは一度使った魔法は再度展開しなおさなければならなかったが、ループ・キャストのおかげでその時間が短縮される。
「司波君の持っているものは銃身が長い限定モデルですよねっ!どこで手に入れたんですか!」
あずさは達也にフラフラと近寄ってシルバーホーンに触れようとする。だが、達也は触らせまいとして華麗に避けていた。
まるで小動物がじゃれているようである。
「でもリンちゃん。それっておかしくない?」
「ええ、おかしいですね。ループ・キャストはあくまでも全く同一の魔法を連続発動させるためのもの。それでは振動数の異なる波動を作り出すことはできないはずです」
鈴音は説明を続ける。
「振動数を定義する部分を変数にしておけば可能でしょうけど、座標・強度・持続時間に加えて、振動数まで変化するとなると……」
そして鈴音は目を見開く。
「……まさか、それを実行しているというのですか?」
鈴音の独り言のようなこのセリフは、演習室に居た全員が息をのむような内容だった。
だが聞かれた達也だけは苦笑いのような笑みを浮かべながら淡々と答えた。
「多変数化は処理速度としても、演算規模としても、干渉強度としても……この学校では評価されない項目ですからね」
「……実技試験における魔法力の評価は、魔法を発動する速度、魔法式の規模、対象物の情報を書き換える強度で決まる。……なるほど、テストが本当の力を示していないとはこういうことか……」
服部がうめき声をあげながら呟く。
すると真由美が服部の顔をのぞきこむように身を乗り出す。人差し指を顔につけて。
「はんぞーくん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
すると服部は顔を赤くさせ、慌てて立ち上がった。
「大丈夫そうで良かった。どうやら話もずっと聞いていたようですし」
「いえ、最初は本当に意識がなかったんです!」
すると服部は真由美の言葉の意味に気付いたのか、慌てて訂正する。
「意識を取り戻した後も朦朧としていて……身体を動かせるようになったのはたった今なんです!」
「そうですか……?それにしては、私達が話していたことをしっかり理解しているようですけど?」
つまり真由美はこういいたいのだ。
『はんぞーくん?実はずっと起きてたんでしょ?』と。
「……ええと、それはですね!こう、朦朧としながらも、耳に入って来たと言いますか……」
(あーなげー)
一体何を見せられているのか。
ただ少し羨ましく思った。
(青春だな)
服部は軽く頭を振った後、深雪の前まで歩いていって頭を下げた。
「司波さん」
「はい」
「さっきは、その身贔屓などと失礼なことを言いました」
素直に謝罪する服部を見て皆が驚く。だが、そこで達也にではなく深雪に謝る辺り、理解はしても感情が追い付かないのだろう。
「目が曇っていたのは自分の方でした。赦して欲しい」
「いえ、私の方こそ生意気なことを申しました。お許しください」
互いに謝罪をしたところで、今回の件は終結する。
そして漸く五条の本来の目的が果たせそうだ。
「ったく、ようやっと目的が果たせそうだよ」
「目的ですか?」
五条の独り言は深雪に聞かれていたらしい。
「そう。『はんぞーくん』を弄り倒してた生徒会長に用があるんだよね」
「もう。弄り倒しているなんて人聞きが悪いわ。ちょっとからかっただけよ」
「それ一緒だから。明日の昼休みにちょっと話したいことがある」
五条の真剣な表情を見て真由美も真面目な顔を作った。
「悟くん、私たちはまだ知り合って数日よ。そういうのは早いと思うわ」
「…このお子様は何言ってるんだ?」
「ふふふ、冗談です。明日の昼休みなら丁度空いているわよ」
五条が話す内容はあまり人に聞かれていい内容ではなかったため、とりあえずアポを取るだけにした。
「なら――」
「あ、でもお話聞く条件があるわ」
「あ?」
高評価ありがとうございます。