転生者から死にゆく人々へ、どうか貴方の転生がより善きものでありますように 作:アりーふ
10
結局、俺はリーネを土塊に返すことはできなかった。
死が終わりだと、散々言った口で何様だと思うかもしれないが、リーネの死を俺は受け入れることができなかったんだ。せめて、あの静かな禊守の墓場ではなく。リーネが美しいと伝えたかったものの下で眠ってほしい。
あそこを死に場所に選んだリーネにとっては、それは本意ではないかもしれないけれど。
後に残ったものとして、生きるものが前を向くためにそれは必要なことだと、俺は思いたかった。
「リーネの親父さんたちが生きていたら、どうしたんだろうな」
あの静謐な場所で眠りにつくのが、この村の禊守の風習だとして、この村の人々はどう思うのだろう。俺なんかよりもよっぽどリーネの事を知っていて、リーネを慮っている人たちならば――
……いや、無駄な過程だ。
もしもそうなった時は、きっとリーネは禊守としての役割を全うしたときなのだから。
現実のように、禊守自体が役目を失った今とは、意味合いが違いすぎる。
――俺は、眠りについたリーネに手を合わせながら、ぽつりぽつりとこぼす。
「リーネは言っていたよな。伝わってほしいんじゃなくて、伝えたいって」
絢爛魔法を俺に見せてくれたあの少女は、確かに俺にそう言っていた。
何気ない会話だったけれど、アレは言ってしまえばリーネの信条だったのだろう。
「それは
残したいという思いは、万人にあって然るべきものだ。
生きた証、成し遂げた栄光、血の継承、全ては人が未来に何かを繋いでいくために必要なことで、だからこそ、俺はその終わりにも救いがあってほしいと思う。
けどさ、だったらなおのこと――
「――だったら、これはちょっとひどいぞ、リーネ」
――リーネは、少しでかいものを俺に遺しすぎたんだ。
合わせた手を地面に置いて、うなだれる。ああ、本当にこんなことなら、俺の方こそリーネに、伝えるべきことを伝えておくべきだったんだ。
「……リーネ、君の家族は俺が弔った。ここに来る前に、みんな。だから、安心してくれ。俺が君と、君の家族の分まで……生きていくから」
そう、リーネに出会った時、本当なら最初に伝えるべきだったこと。伝えようとしたときに、どうしてもあのときの光景を思い出してしまって、伝えられなかったこと。
俺が、リーネのように「伝える」ことをもっと大事にしていたら。
「そうやって、言っておければ――よかったんだろうなぁ」
そう、思わずにはいられなかった。
だから、こうしてそれを後悔する俺に、
「だから、ごめんて言ったじゃない……」
――見覚えのある少女が、俺の顔を覗き込んでそういった。
「――――――――――――――――――――――――――――リーネ?」
思わず、問いかけながら顔を上げる。
「そうよ? 貴方の知ってるリーネよ?」
先程までと変わらず、意志の強い笑みを浮かべるリーネの姿が、そこにはあった。
「――――――――――――――――――――――――――――何で?」
「何って……魔法よ。貴方、私が幽霊かなにかかと思ってる?」
「いてもおかしくは……ないかと」
「いるわけ無いでしょ! 人は死んだら魂がなくなって、死体だけになるの、魔法を学ぶなら常識でしょ!?」
……まぁ、たしかに。
思い返してみれば、そうだ。浄滅魔法を学ぶ上で、どうしてもその理論は知らないといけなくなる。最初に言ったが、浄滅魔法は死者を弔う魔法と言われているが、実際には死して魂の抜けた体を土塊に返す魔法だ。
これを誤解していると、浄滅魔法は正確に発動しないのである。
逆に言えば、この世界において魂が世界に留まることはないわけだ。死んだ時点で転生してしまうから。まぁここは他の世界も一緒かもしれないけれど。
「いやだったら、尚の事リーネはあの場所で死んでたはずだ!」
「
「……それこそ、君は幽霊ってことにならないか?」
「幽霊の定義はいいの! 説明させて!」
――曰く。
「これはねー、複数の魔法を使って、魂を肉体から取り出して周りにそれを見せてるのよ。魂だけだと人間はそれを認識できないからね」
「やっぱり幽霊」
「それはいいから」
複数の魔法、すなわちそれは彼女が開発した四つの魔法ということだろう。
「絢爛魔法、正確には伝達の魔法。私の意思を周りに伝える。これがないと魔法が使えないから、本当に幽霊になっちゃうのよね」
「発見魔法は、リーネを“見つけて”貰うための魔法か」
「接触魔法も似たような感じね、ほらっ」
そう言って、リーネが俺の手を掴み、自分の体に触れさせる。ちょっと驚いたが、結果は想像できたので止めなかった。
リーネの体を、俺の手がすり抜けたのだ。
つまり今、リーネは自分から周りに干渉することはできるが、周りが自分に干渉することはできないらしい。
「ちょっとドキドキした?」
「あんまり」
「ぺいっ!」
リーネが俺の手をふっとばした。ちょっとバランスを崩すが、座り込んでいるので倒れたりはしない。そうむくれないでくれよ。まだ話が終わってないんだから。
「最後が――転換魔法っていうの。何かと何かを入れ替えるっていう、言うだけなら単純な魔法よ?」
「……転換魔法? まさか、それって」
一つ心当たりがあった。これまで何度か、リーネは脈絡なく俺の目の前から消えていた。発見魔法を切ったとも考えられるが、消えた直後に出現した方法を考えると、おそらくそれは転換魔法を使ったものだ。
「あら、妙に鋭いわね。転換魔法は、当然私を入れ替えることもできる。空気ってさ、目には見えないけどたしかに存在するのよ。だから、空気と私を入れ替えたら、瞬間移動だって可能なの」
天才の発想ってのは、時折予想を超える飛躍を見せる。空気は目に見えないけど存在するっていうのは、この世界ではまだ認識されていない考えだ。
多分、俺でなかったら何を言っているかちんぷんかんぷんだっただろう。
ともあれ、今のリーネの絡繰は理解できた。
「――転換魔法で、魂だけを入れ替えたんだな」
「正解。他の人に話しても、何を言っているのか理解できないって感じだったから、理解されてびっくりよ」
リーネは、四つの魔法を開発した。それらはすべて、今のリーネを“造る”ためのものだったのだろう。
「何となく、リーネがここにいる理由はわかったよ。……なんでごめんって言って消えた?」
「いや、だって……死んでる私を見られるの、恥ずかしくって」
「恥ずかしがる基準がそこか!? …………はぁあああ」
明確に、コレまでよりも照れた様子で視線を逸らすリーネ。本気でそこを恥ずかしがっているのが解って、けれども同時に、あの対応に明確な理由があることが解って。
……少し、いや、だいぶ安心した。肩から荷が降りて、一気に力が抜ける。そのままどかっと、花を踏み潰さないように俺は腰をおろした。
「本当に……本気で心配したんだからな!?」
「いや、えっと……その、ほんとにごめん」
少し視線を逸したリーネは、申し訳無さそうに視線を落とす。いやまぁ、そりゃあ心配したけれども、あの空間で眠るリーネの顔は、ちょっと心にくるものがあったけれども。
だが、それを踏まえた上でも、今こうして目の前にリーネがいるという事実を、
「でも、本当に……本当に、君が生きててよかった。リーネ」
俺は、心の底からそうつぶやいて。
「――
リーネもまた、今度こそ俺にそう言ってくれた。
だからまぁ、俺の勘違いも、リーネの照れもこれでおしまいだ。
故に、今度は俺が気まずくなる番だ。ある意味、お互い様……というと、変な話だが。
「あーと、それで……話さなきゃいけないことがある」
「…………うん」
既に、俺の独り言は聞いていたとしても、聞いたいたからこそ。リーネはそれに姿勢を正す。俺も、同じように居住まいを正して、告げた。
「魔物……恨刺狼の呪いで、村の人達は全滅していた。ここにくる前に、それを俺が浄滅魔法で弔ったよ」
「……ありがとう、伝えてくれて」
わかっていたことだとしても、お互いの確認、口にだすことは大事だ。今回は、お互いに敢えて口に出していなかったことが多かったとは言え、これはそれとは別の話。
……話すべきだった、一番最初に。そういう後悔は、今もある。
「でもね? 私はダウアが話してくれたのが今で善かったと思っているのよ?」
「……どうして?」
「
――リーネは、死者として生者に、思いを伝えることこそが救いなのだと言った。
村の人達が亡くなった時、そして自分の体が朽ちゆくのを見送った時、多くのことを思っただろう。それが今のリーネになっていて、リーネはそれを胸にこれからを過ごすのだ。
だからこそ、それと同じ死者の思いが、俺に伝わってほしいとリーネは思ったわけだ。
弔いが救いになるのなら、それに越したことはない。死者は語らない、生者は死者の来世を祈るしか無い。いや、それができるのも俺が転生者だからで、多くの人は祈ることすら許されない。
その中で、見送られる側と見送る側、死者と生者の間にたったリーネだからこそ、伝えるという救いに至ったわけで。
「――父さんは言っていたわ。もしも私が自由になれたら、村のことなんて気にせず好きに生きなさいって。勉強も、冒険も、趣味も、友情もなんだって応援するって」
「……そうか」
「恋愛だけは……絶対に見極めてやるって息巻いてたけどね?」
「大変そうだな」
「他人事みたいに!」
ぱんっ、と俺の頭を撫でるように叩いて、それからリーネはくすくすと笑う。そんなに俺に惚れてほしいのか? 多分それは惚れてちやほやされたいというだけの感情で、恋愛感情じゃないぞ?
ともあれ、リーネとのこういうやり取りは割りと好ましいやり取りだ。口に出すと、今度はそういう反応を想定していなかったリーネが照れそうなので言わないが。
「だからさ……だからね?」
「うん?」
そんなリーネが、俺が言葉を投げかけていないんも拘わらず照れている。
何となく、その内容は想像がついた。ついた上で、言葉なくそれを待つ。
「……私も、ダウアについていっていい?」
「――もちろん」
願ってもないことだ。
リーネがこうなってしまった以上、一人で置いていくわけにはいかない。彼女の特性を考えれば、文字通り一人で好きに生きていくこともできるだろうが。
彼女は“生きたい”といった。それは、人が人として当然の権利として有する、誰かと関わって生きるということを指しているのだからして。
彼女を“見送った”俺には、その義務があった。
「魔法も、冒険も、勉強も、俺が伝えることができることは何だって伝える。流行のファッションや、恋愛に友情……そういうのはちと難しいかもしれないが……」
「もう、子供じゃないのよ? 私は貴方の仲間として貴方の隣にいたいの、だめ?」
「…………何か照れるな」
「そこで照れないでよ!」
隣にいたい、というのは随分と直球な言葉だった。
友人や仲間と呼べる知り合いはいる。それでも、こうしてこれから共に旅をしようという相手はこれが初めてだ。多分、二度とこんな出会いはないんじゃないかってくらい。
だから――
「――よろしくな、リーネ」
「……こちらこそ、ダウア」
俺たちは、そう言って握手をした。これから共に旅をする仲間として、パートナーとして……後は、共に“死”を知っている同士として。
まぁ、最後のは俺の一方的な親近感だけど。
「――そうだ」
ふと、そこでリーネが立ち上がる。
それまで座り込んでいたから、彼女が俺を見下ろす形になった。
そのまま、軽いステップで花畑の中心へと駆けていく。楽しげに、しかしどこか、寂しげに。それは、別れを告げているかのようでもあった。
そうして、ゆっくりと足を止めると。
「ねぇ、知ってる?」
俺に、振り返りながら呼びかける。その姿は、まるで月下に咲いた美しい花のようで。
「――絢爛魔法は夜のほうが映えるのよ」
空は、すっかり夕暮れをすぎて、夜の闇に染まりつつあった。
光が――空へ向かって飛んでいく。花びらが風に巻かれていくかのように。
人々の魂が、未来へと向かって飛び立っていくように。
俺とリーネは、それを眺めながら祈る。
きっと彼らには、また違う人生が待っていて、それを覚えてはいないかもしれないけれど、俺はその先に次があることを知っている。
リーネはそうではないけれど、死をしって、死者の“伝えたいこと”を世界の誰よりも知っている
それはきっと、とても貴重なことで……けれども決して特別ではないことだ。
死者に祈りを捧げることは、生者ならば誰でもできる。明日を生きていくのだと伝えることは、誰にでもできる。
生者の未来を祈ることは、死者ならば誰でもできる。どうか自分の分まで生きてほしいと伝えることは、誰にでもできる。
それでも、もし。
もしも俺たちにしかできないことがあるのなら。
俺にしか祈りを言葉に出来ないのなら。
何度だって言おう、何度だって祈ろう。
それが、俺がこの世界に生まれ“治した”意義であり、“俺”から人生を引き継いだ理由でもあるのだから。
だから、俺は――
転生者から死にゆく人々へ、どうか貴方の転生がより善きものでありますように。
そう、祈らざるにはいられないのだ。
以上になります。お読みいただきありがとうございました。