転生者から死にゆく人々へ、どうか貴方の転生がより善きものでありますように   作:アりーふ

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 結局、俺はリーネを土塊に返すことはできなかった。

 死が終わりだと、散々言った口で何様だと思うかもしれないが、リーネの死を俺は受け入れることができなかったんだ。せめて、あの静かな禊守の墓場ではなく。リーネが美しいと伝えたかったものの下で眠ってほしい。

 あそこを死に場所に選んだリーネにとっては、それは本意ではないかもしれないけれど。

 

 後に残ったものとして、生きるものが前を向くためにそれは必要なことだと、俺は思いたかった。

 

「リーネの親父さんたちが生きていたら、どうしたんだろうな」

 

 あの静謐な場所で眠りにつくのが、この村の禊守の風習だとして、この村の人々はどう思うのだろう。俺なんかよりもよっぽどリーネの事を知っていて、リーネを慮っている人たちならば――

 ……いや、無駄な過程だ。

 もしもそうなった時は、きっとリーネは禊守としての役割を全うしたときなのだから。

 

 現実のように、禊守自体が役目を失った今とは、意味合いが違いすぎる。

 

 ――俺は、眠りについたリーネに手を合わせながら、ぽつりぽつりとこぼす。

 

「リーネは言っていたよな。伝わってほしいんじゃなくて、伝えたいって」

 

 絢爛魔法を俺に見せてくれたあの少女は、確かに俺にそう言っていた。

 何気ない会話だったけれど、アレは言ってしまえばリーネの信条だったのだろう。

 

「それは()()()()()()の理論だよ。リーネは死ぬときに誰かに見送られたかったのか? それとも、伝わらなくたって、何かを残したかったのか?」

 

 残したいという思いは、万人にあって然るべきものだ。

 生きた証、成し遂げた栄光、血の継承、全ては人が未来に何かを繋いでいくために必要なことで、だからこそ、俺はその終わりにも救いがあってほしいと思う。

 

 けどさ、だったらなおのこと――

 

「――だったら、これはちょっとひどいぞ、リーネ」

 

 ――リーネは、少しでかいものを俺に遺しすぎたんだ。

 合わせた手を地面に置いて、うなだれる。ああ、本当にこんなことなら、俺の方こそリーネに、伝えるべきことを伝えておくべきだったんだ。

 

「……リーネ、君の家族は俺が弔った。ここに来る前に、みんな。だから、安心してくれ。俺が君と、君の家族の分まで……生きていくから」

 

 そう、リーネに出会った時、本当なら最初に伝えるべきだったこと。伝えようとしたときに、どうしてもあのときの光景を思い出してしまって、伝えられなかったこと。

 俺が、リーネのように「伝える」ことをもっと大事にしていたら。

 

 

「そうやって、言っておければ――よかったんだろうなぁ」

 

 

 そう、思わずにはいられなかった。

 

 だから、こうしてそれを後悔する俺に、

 

 

 

 

 

 

「だから、ごめんて言ったじゃない……」

 

 

 

 

 

 ――見覚えのある少女が、俺の顔を覗き込んでそういった。

 

「――――――――――――――――――――――――――――リーネ?」

 

 思わず、問いかけながら顔を上げる。

 

「そうよ? 貴方の知ってるリーネよ?」

 

 先程までと変わらず、意志の強い笑みを浮かべるリーネの姿が、そこにはあった。

 

「――――――――――――――――――――――――――――何で?」

「何って……魔法よ。貴方、私が幽霊かなにかかと思ってる?」

「いてもおかしくは……ないかと」

「いるわけ無いでしょ! 人は死んだら魂がなくなって、死体だけになるの、魔法を学ぶなら常識でしょ!?」

 

 ……まぁ、たしかに。

 思い返してみれば、そうだ。浄滅魔法を学ぶ上で、どうしてもその理論は知らないといけなくなる。最初に言ったが、浄滅魔法は死者を弔う魔法と言われているが、実際には死して魂の抜けた体を土塊に返す魔法だ。

 これを誤解していると、浄滅魔法は正確に発動しないのである。

 

 逆に言えば、この世界において魂が世界に留まることはないわけだ。死んだ時点で転生してしまうから。まぁここは他の世界も一緒かもしれないけれど。

 

「いやだったら、尚の事リーネはあの場所で死んでたはずだ!」

()()()。今の私は、魂だけの存在なのよ」

「……それこそ、君は幽霊ってことにならないか?」

「幽霊の定義はいいの! 説明させて!」

 

 ――曰く。

 

「これはねー、複数の魔法を使って、魂を肉体から取り出して周りにそれを見せてるのよ。魂だけだと人間はそれを認識できないからね」

「やっぱり幽霊」

「それはいいから」

 

 複数の魔法、すなわちそれは彼女が開発した四つの魔法ということだろう。

 

「絢爛魔法、正確には伝達の魔法。私の意思を周りに伝える。これがないと魔法が使えないから、本当に幽霊になっちゃうのよね」

「発見魔法は、リーネを“見つけて”貰うための魔法か」

「接触魔法も似たような感じね、ほらっ」

 

 そう言って、リーネが俺の手を掴み、自分の体に触れさせる。ちょっと驚いたが、結果は想像できたので止めなかった。

 リーネの体を、俺の手がすり抜けたのだ。

 

 つまり今、リーネは自分から周りに干渉することはできるが、周りが自分に干渉することはできないらしい。

 

「ちょっとドキドキした?」

「あんまり」

「ぺいっ!」

 

 リーネが俺の手をふっとばした。ちょっとバランスを崩すが、座り込んでいるので倒れたりはしない。そうむくれないでくれよ。まだ話が終わってないんだから。

 

「最後が――転換魔法っていうの。何かと何かを入れ替えるっていう、言うだけなら単純な魔法よ?」

「……転換魔法? まさか、それって」

 

 一つ心当たりがあった。これまで何度か、リーネは脈絡なく俺の目の前から消えていた。発見魔法を切ったとも考えられるが、消えた直後に出現した方法を考えると、おそらくそれは転換魔法を使ったものだ。

 

「あら、妙に鋭いわね。転換魔法は、当然私を入れ替えることもできる。空気ってさ、目には見えないけどたしかに存在するのよ。だから、空気と私を入れ替えたら、瞬間移動だって可能なの」

 

 天才の発想ってのは、時折予想を超える飛躍を見せる。空気は目に見えないけど存在するっていうのは、この世界ではまだ認識されていない考えだ。

 多分、俺でなかったら何を言っているかちんぷんかんぷんだっただろう。

 ともあれ、今のリーネの絡繰は理解できた。

 

「――転換魔法で、魂だけを入れ替えたんだな」

「正解。他の人に話しても、何を言っているのか理解できないって感じだったから、理解されてびっくりよ」

 

 リーネは、四つの魔法を開発した。それらはすべて、今のリーネを“造る”ためのものだったのだろう。

 

「何となく、リーネがここにいる理由はわかったよ。……なんでごめんって言って消えた?」

「いや、だって……死んでる私を見られるの、恥ずかしくって」

「恥ずかしがる基準がそこか!? …………はぁあああ」

 

 明確に、コレまでよりも照れた様子で視線を逸らすリーネ。本気でそこを恥ずかしがっているのが解って、けれども同時に、あの対応に明確な理由があることが解って。

 

 ……少し、いや、だいぶ安心した。肩から荷が降りて、一気に力が抜ける。そのままどかっと、花を踏み潰さないように俺は腰をおろした。

 

「本当に……本気で心配したんだからな!?」

「いや、えっと……その、ほんとにごめん」

 

 少し視線を逸したリーネは、申し訳無さそうに視線を落とす。いやまぁ、そりゃあ心配したけれども、あの空間で眠るリーネの顔は、ちょっと心にくるものがあったけれども。

 だが、それを踏まえた上でも、今こうして目の前にリーネがいるという事実を、

 

 

「でも、本当に……本当に、君が生きててよかった。リーネ」

 

 

 俺は、心の底からそうつぶやいて。

 

 

「――()()()()()、ダウア」

 

 

 リーネもまた、今度こそ俺にそう言ってくれた。

 だからまぁ、俺の勘違いも、リーネの照れもこれでおしまいだ。

 

 故に、今度は俺が気まずくなる番だ。ある意味、お互い様……というと、変な話だが。

 

「あーと、それで……話さなきゃいけないことがある」

「…………うん」

 

 既に、俺の独り言は聞いていたとしても、聞いたいたからこそ。リーネはそれに姿勢を正す。俺も、同じように居住まいを正して、告げた。

 

「魔物……恨刺狼の呪いで、村の人達は全滅していた。ここにくる前に、それを俺が浄滅魔法で弔ったよ」

「……ありがとう、伝えてくれて」

 

 わかっていたことだとしても、お互いの確認、口にだすことは大事だ。今回は、お互いに敢えて口に出していなかったことが多かったとは言え、これはそれとは別の話。

 ……話すべきだった、一番最初に。そういう後悔は、今もある。

 

「でもね? 私はダウアが話してくれたのが今で善かったと思っているのよ?」

「……どうして?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私は本当に死んだわけじゃないけれど、身体はあそこで眠ってた。……全員の死をダウアが受け止めてくれた今だから、その時が来たからこそ伝えてくれてよかったと思ってる」

 

 ――リーネは、死者として生者に、思いを伝えることこそが救いなのだと言った。

 村の人達が亡くなった時、そして自分の体が朽ちゆくのを見送った時、多くのことを思っただろう。それが今のリーネになっていて、リーネはそれを胸にこれからを過ごすのだ。

 だからこそ、それと同じ死者の思いが、俺に伝わってほしいとリーネは思ったわけだ。

 

 弔いが救いになるのなら、それに越したことはない。死者は語らない、生者は死者の来世を祈るしか無い。いや、それができるのも俺が転生者だからで、多くの人は祈ることすら許されない。

 その中で、見送られる側と見送る側、死者と生者の間にたったリーネだからこそ、伝えるという救いに至ったわけで。

 

「――父さんは言っていたわ。もしも私が自由になれたら、村のことなんて気にせず好きに生きなさいって。勉強も、冒険も、趣味も、友情もなんだって応援するって」

「……そうか」

「恋愛だけは……絶対に見極めてやるって息巻いてたけどね?」

「大変そうだな」

「他人事みたいに!」

 

 ぱんっ、と俺の頭を撫でるように叩いて、それからリーネはくすくすと笑う。そんなに俺に惚れてほしいのか? 多分それは惚れてちやほやされたいというだけの感情で、恋愛感情じゃないぞ?

 ともあれ、リーネとのこういうやり取りは割りと好ましいやり取りだ。口に出すと、今度はそういう反応を想定していなかったリーネが照れそうなので言わないが。

 

「だからさ……だからね?」

「うん?」

 

 そんなリーネが、俺が言葉を投げかけていないんも拘わらず照れている。

 何となく、その内容は想像がついた。ついた上で、言葉なくそれを待つ。

 

 

「……私も、ダウアについていっていい?」

 

 

「――もちろん」

 

 願ってもないことだ。

 リーネがこうなってしまった以上、一人で置いていくわけにはいかない。彼女の特性を考えれば、文字通り一人で好きに生きていくこともできるだろうが。

 彼女は“生きたい”といった。それは、人が人として当然の権利として有する、誰かと関わって生きるということを指しているのだからして。

 

 彼女を“見送った”俺には、その義務があった。

 

「魔法も、冒険も、勉強も、俺が伝えることができることは何だって伝える。流行のファッションや、恋愛に友情……そういうのはちと難しいかもしれないが……」

「もう、子供じゃないのよ? 私は貴方の仲間として貴方の隣にいたいの、だめ?」

「…………何か照れるな」

「そこで照れないでよ!」

 

 隣にいたい、というのは随分と直球な言葉だった。

 友人や仲間と呼べる知り合いはいる。それでも、こうしてこれから共に旅をしようという相手はこれが初めてだ。多分、二度とこんな出会いはないんじゃないかってくらい。

 

 だから――

 

 

「――よろしくな、リーネ」

「……こちらこそ、ダウア」

 

 

 俺たちは、そう言って握手をした。これから共に旅をする仲間として、パートナーとして……後は、共に“死”を知っている同士として。

 まぁ、最後のは俺の一方的な親近感だけど。

 

「――そうだ」

 

 ふと、そこでリーネが立ち上がる。

 それまで座り込んでいたから、彼女が俺を見下ろす形になった。

 

 そのまま、軽いステップで花畑の中心へと駆けていく。楽しげに、しかしどこか、寂しげに。それは、別れを告げているかのようでもあった。

 

 そうして、ゆっくりと足を止めると。

 

「ねぇ、知ってる?」

 

 俺に、振り返りながら呼びかける。その姿は、まるで月下に咲いた美しい花のようで。

 

 

「――絢爛魔法は夜のほうが映えるのよ」

 

 

 空は、すっかり夕暮れをすぎて、夜の闇に染まりつつあった。

 

 

 光が――空へ向かって飛んでいく。花びらが風に巻かれていくかのように。

 

 人々の魂が、未来へと向かって飛び立っていくように。

 

 俺とリーネは、それを眺めながら祈る。

 

 きっと彼らには、また違う人生が待っていて、それを覚えてはいないかもしれないけれど、俺はその先に次があることを知っている。

 リーネはそうではないけれど、死をしって、死者の“伝えたいこと”を世界の誰よりも知っている

 それはきっと、とても貴重なことで……けれども決して特別ではないことだ。

 

 死者に祈りを捧げることは、生者ならば誰でもできる。明日を生きていくのだと伝えることは、誰にでもできる。

 生者の未来を祈ることは、死者ならば誰でもできる。どうか自分の分まで生きてほしいと伝えることは、誰にでもできる。

 

 それでも、もし。

 もしも俺たちにしかできないことがあるのなら。

 

 俺にしか祈りを言葉に出来ないのなら。

 

 何度だって言おう、何度だって祈ろう。

 

 それが、俺がこの世界に生まれ“治した”意義であり、“俺”から人生を引き継いだ理由でもあるのだから。

 

 だから、俺は――

 

 

 転生者から死にゆく人々へ、どうか貴方の転生がより善きものでありますように。

 

 

 そう、祈らざるにはいられないのだ。




以上になります。お読みいただきありがとうございました。
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