転生者から死にゆく人々へ、どうか貴方の転生がより善きものでありますように 作:アりーふ
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楔守。
その存在を語る前に、この世界の魔物について少しばかり補足がいるだろう。魔物、すなわちそれは人類の敵だ。古今東西様々な創作に登場するが、その性質は様々。
この世界における魔物の特性は「人間を殺す」ことに特化しているというもの。
まるで、人間がこの世界に生きることを許さないと言わんばかりに執拗に人間を殺そうとしてくる。これが現代的な世界なら、地球の防衛本能とかそういうお題目だったんだろうがこの世界はそういった文明的な世界ではないので違うと俺は考える。
思うに奴らは、
生粋のサディスト、ただ自身の快楽のためだけに殺人を襲う怪物。それが魔物であるというのが俺の結論だった。
何故そんな結論に至ったか?
その最もたる要因が「楔守」だ。楔守には魔物の封印の効果を高めるという能力がある。そして楔守は人間でなければならないという制約がある。
その役割は端的に言って生きた人柱だ。
「楔守」に選ばれた人間は幼い頃から、魔物の封印の直ぐ側にある“社”に住むことを強制され、外に出ることを許されない。一生をその社で過ごすのだ。
何故それが魔物の封印に効果があるのか。
一応、楔守だからと虐げられることは殆どない。殆どの場合は目の前の彼女――リーネのように大切に育てられ、外の世界を見ることができないという不自由以外は、何一つ不自由なく生活することができる。
たとえ飢饉などで村に食べるものがなくたって、楔守への食事を欠かす村はそうないだろう。ここのように、警戒心が薄れた呪深村であってそれは変わらない。
しかし、そうする時点で村人には罪悪感が発生し、楔守は表面上不満はなくとも寂しさを感じることもある。これが魔物を悦ばせるというわけだ。
本当にくそったれなシステム――だが、それ以外に魔物の封印を
その魔物を、討伐できてしまえれば問題はないのだが……今回のように、目を覚ますだけで村一つを全滅させる存在だ、被害なしでの討伐よりも、被害を先延ばしにする封印の方を選ぶのは人間的に間違っている選択と言えるだろうか。
いや、どう考えても倫理的には“間違っている”のだが――じゃあ対案を用意しろと言われて、用意できる人間がこの世界にはいないのである。
で、本題を眼の前の楔守、リーネに戻すと。
「この花畑も、リーネの社なのか?」
「うん、そうよ? この花畑までなら私は自由に行き来できるわ。素敵な場所でしょ? 私、ここで一日中遊んでいても怒られないのよ」
ふふん、と自慢げに花畑でステップを踏みながら言う彼女は、それを苦に思っている様子はない。
その様子は、言い方は悪いけれど典型的な楔守……というやつだった。それだけ村人から大事にされていたという証明でもあるが……そして、こういうタイプは大抵距離感が近い。
ずずい、と俺の目と鼻の先まで顔を近づけてきた。
「ねぇ! 父さんや皆はどうしたの!? 何日も来ないことはたまにあったけど、知らない人が来たことなんてなかったわ。知らない人は父さんたちが連れてくるもの!」
「ああ、それは……」
警戒心が薄い。
俺がこの世界の基準で成人した男性で、彼女が未成熟の少女であるという自覚が足りない――とはいえ、まさかそれでひどいことをするなんて発想が俺にあるかといえば、あるわけがないのだが。
……この時、俺が感じたのは罪悪感。魔物が見ていれば嘲笑ってしまうくらいに、気まずいという感情だった。
「……今は、来れないみたいだ」
既に呪いか毒で死んでいて、俺が土塊に返しましたなんて言えるはずもない。
言葉少なになる。何かをごまかすときに変に言葉を重ねるとボロが出るという前世からの処世術だが……それが逆に怪しいという場合もある。
とはいえ彼女は。
「そうなのね……残念」
無邪気に、そう返すだけだった。
不思議な少女だ。どこか浮世離れしたような、けれども理知的な瞳をしている。この齢にして、相応に深い知識を有しているのだろうことが伺えた。
そしてその推測は、すぐに肯定されることになる。
「――そうだ! ねぇダウア! 貴方に見てほしいものがあるの」
「見てほしいもの?」
言い方からして、それは間違いなく喜ばしいものだ。彼女の口からいつ、この村で起きた真実が語られるのではないかというヒヤヒヤする感覚があるものの、おそらく今彼女が言っていることは、そういうこととは縁遠い話である。
つまるところ、
「私の開発した魔法よ!」
それは、彼女が“天才”であるということの証明だ。
――楔守には、ある特徴がある。それは、楔守には例外なく特別な才能があるということだ。その才能は多岐に渡り、リーネのような知識にまつわる才能から、一種の異能じみた才能まで存在する。
俺が知る限りでは、具体的には「呪いの制御」、「怪力無双」、「相手の考えていることを直感的に察する」などの才能がある。
大抵の場合は、社から外に出られないためにその才能を活かすことなく亡くなる禊守が大半だが――中にはリーネのように後世に功績を残せる才能もある。
「……魔法を開発する禊守か、初めて会ったな。どんな魔法を使うんだ?」
「魔法を開発できることには驚かないのね……」
まぁ、禊守ってのはそういうものだからな。
普通う、魔法の開発っていうのは歴史に残るような大事業だ。一つの魔法を開発するのに百年近い時間がかかると言うし、開発すればそれだけで歴史に名が残る。
だが、禊守の天才っていうのはそんな常識を簡単にひっくり返してくる。彼女は開発した魔法を見てほしいといった。この幼い年齢で、魔法を開発できてしまうのは天才としか言いようがない。
「でも、これを聞けばさらに驚くわよ」
「何だ?」
「私が開発した魔法は――
――――。
一瞬、何を言っているかわからなかった。
一つや二つなら、禊守なら十分有り得る範囲だ。しかし、四つ。それはそう、単なる天才の域を越えた異才とすら言えるほどの域に達した才能である。
流石にそれは、俺も想像できなかった。肩をすくめて負けを認めると、リーネはとてもうれしそうに胸を張った。
そうしてから、花畑の方へとかけていく。はて、何をするのか――そう思っていた俺の視界が、
一息。リーネが息を吸うと同時。
「――――絢爛魔法」
囀るような、囁くような言葉と共に。
花畑に、淡い光が灯る。
「な――」
絢爛。
その言葉に違わないその光景に、俺は思わず呼吸を忘れてしまうかと思った。溢れ出た光が、花々を照らし、まるで花びらが浮かび上がったかのように宙へ浮かぶ。
今の時刻は昼前、空に照らす太陽へ溶けていく光は、夜ならばさらに幻想的な光景になることが想像できるがしかし。
美しい。そう思った光景が、綺羅びやかな芸術へと変化した。
何よりも、その中央に立つ少女が美しい。
リーネは、手を広げて光を浴びるようにくるくると踊る。そうしていることが何よりも楽しいのだと体全体で訴えかけるように。
ああ、これは――
「これは……すごいな」
思わず拍手してしまった。パチパチと、光と花畑の空間に乾いた音が響く。それを聞いてリーネが足を止めると、どこか満足気にニッと子供っぽい笑みを浮かべた。
「でしょう」
年相応。
どこか大人びたリーネの、子供らしい表情を俺は初めて見た。
こうしてみると彼女もどこにでもいる、快活で可愛らしい子供だ。
「絢爛魔法は、私の中にあるイメージを相手に“伝える”魔法なの。本当は伝達とか、通信とかそういう単語が相応しいと思うんだけど……」
ぽつりとこぼすように語りながら、リーネは俺の側で腰を下ろす。その視線は、光を帯びて揺れる美しい花へとむけられていた。
そして――
「……伝えるなら、美しくて善いものであってほしいと思ったの。だから、これは――絢爛魔法なのよ」
そうつぶやく彼女は、どこか儚いものに見えた。
なぜかは解らない。けれども、それを見ていると俺は一言返さずにはいられない。
「こんなに美しいなら、絶対にはっきりと伝わるさ。俺が保証する」
「貴方が? ふふふ、ありがとう。――でも、どうして? このイメージは私のものだから、貴方が保証する必要なんて、どこにもないのに」
まるで、俺の言葉が慰めのように感じられたからだろうか。
リーネは不思議そうに俺を見上げてきた。ああ、少し言葉に困る。意図があって付け加えたものではないのだから、理由は後から考える必要があるのだ。
「ああ、えっと……なんだ。俺はよそ者だろ? 知らない人間にも、リーネの美しいって思いは伝わるってことだよ」
「…………そっか」
思い出したのは、ここに来るまでに弔ってきた村の人々だった。
彼らは、この魔法を見た時果たしてどう思うだろう。美しいと思うだろうか。少なくとも俺は美しいと思ったのだから、彼らが善良ならば、同じように美しいと思って欲しい。
もちろん、それを死者に伝える方法はない。
それでも――伝わると思った。来世でもしもコレと同じ光景を見ることがアレば、彼らはきっと美しいと言うはずなんだから。
……いや、それは単なる生者の言い訳にすぎないのだけど。
「私は……伝わってほしいというよりも……伝えたいの。それが相手にどう思われたって、私が美しいと思ったことに嘘はないと思いたいから」
「たとえ、相手が美しいと思わなくても……?」
「そうよ? ダメかしら」
ダメ……ということはないが。
「共感を求めないのは、いささか寂しくないか?」
同じ生きとし生けるものとして、相手と感情を共有したいという欲求は普通の欲求だ。それを諦めるというのは流石に――“善いもの”を伝えたいという少女の言葉が、どこか寂しく映ってしまう。
いや……
「……悪い、それは俺の個人的な感情だったな」
しかし、口にしてすぐに否定する。リーネの態度に不満が浮かんだわけではないけれど、流石に踏み込みすぎた言葉だったと反省する。
リーネは、ううんと首を横に振る。
「いいのよ。そういう考えもあるっていうのは解ってるし」
どうやら、リーネが機嫌を損ねることはなかったようだ。リーネが大人だったというよりは、本気でそう考えている感じの雰囲気。
どちらにせよ、そこで話題が尽きた。
決して気まずい沈黙ではない。ただ、お互いに相手の事を理解してそれを飲み込んでいる。そんな不思議な沈黙だ。
絢爛魔法の光だけが、俺たちを祝福するように照らしていた。
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