転生者から死にゆく人々へ、どうか貴方の転生がより善きものでありますように 作:アりーふ
5
「ダウアは社に用があって来たのよね。封印された魔物の資料がほしいのかしら!」
やがて、そんなことを切り出したリーネにうなずいて、彼女の案内で俺は彼女の住むログハウスを訪れていた。花畑を進んださらに奥にある、木陰の下の静かな住まいだ。
おそらく、禊守は全員ここで生活を送るのだろう。
家の中は非常によく整頓されていて、生活感はあまり感じられない。禊守の食事や身の回りの世話は村人の仕事なので当然と言えば当然だが、数日放置されていたにしてはかなりキレイだ。
リーネは明らかにマメな性格なので、村人がなにもしなくたって掃除のたぐいはきちんとするのだろうが。
家にはいくつかの部屋があって、食事をするらしいリビングと、おそらくリーネの私室になっているだろう部屋。リーネが魔術の研究や開発、勉強をするための部屋。そして魔物に関する資料庫があった。
ぶっちゃけ資料庫が家の過半を締めている。一人で暮らすには、それでも広すぎるくらいの家だ。禊守の生活空間としては、ありふれたものと言える。
まぁ、ありふれるほど世界に禊守はいないのだけど。
「私の部屋は見ちゃだめよ! 絶対ぜーったい見ちゃダメだからね! 解ってる!?」
「俺、そんなにデリカシーが無いように見えるか?」
「私ほどじゃないけど、顔は悪くないから、口説き落として部屋の中で私を押し倒したりとかしそう」
「デリカシー以前にひどい評価だぞそれは!?」
なんて会話をするんだ、自分の家で。警戒しているといえばそうだが、むしろ逆に無防備とも言えるような会話内容だ。ちなみに、特に今のところ俺は身を固めるつもりはない。
冒険者としては肉体的にこれからが最盛期。落ち着くのは、肉体が衰えてからだって遅くはないのだ。
「しかし資料庫…………広いな」
「魔物の資料以外にも、色々入ってるからね」
村の資料庫としても使われているらしいそこは、雑多な書物やら、骨董品やらも乱雑に置かれている。骨董品に関しては、見立てによれば今から百五十年ほど前に、儀礼用に作られたモノと一致する。
おそらくこの村が発足した直後に、儀礼道具の一種として持ち込まれ、村から宗教色が抜けていくと同時に倉庫にしまわれたのだ。
埃をかぶっている。結構な高級品なのに、もったいない。
「何? 骨董品が欲しいなら上げるけど」
「いやいらないよ、そんなに金には困ってない」
特に今回、単独で事件を解決すれば人が一生遊んで暮らせるくらいの金が入ってくるからな。まぁ、殆どは知り合いにぶん投げるのだが。
ともかく。
「ここから探すのか……? 日が暮れるぞこれは」
「ふふん」
明らかに一日仕事になるだろう量だった。背表紙からある程度分類するだけでも重労働だろうに。なんて思っていると、隣から三度誇らしげに胸を張るリーネの姿が。
「ダウアは鈍いなぁ、私がこうして横にいるってことは、解決策があるってことなのよ」
「なければ手伝ってくれんのか」
「まぁねぇ、埃臭いから嫌いなのよここ。魔法の資料は作業部屋に全部置いてあるし」
そうはいっても、定期的に村人が清掃しているからかなりキレイな方だと思うが。ひどいところはもっとひどいぞ。俺の知っているところなんて、無造作に呪物が放り出されてたりするからな。
なんて話はどうでもいい。解決策ってことはつまり、リーネが開発した魔法の一つがここで有効だということだ。
「じゃじゃん、その名も“発見魔法”ー!」
「そのまんまだな」
「魔法は基本的にシンプルな名付けのほうがいいのは、魔術師の常識なんでしょ?」
まぁそのとおりだが。
伝達の魔法に、絢爛魔法なんておしゃれな名前を付けるセンスの持ち主が、常識を語るとは思わなかった。そもそも禊守なんて箱入りの究極系だ。外の常識なんて語る方がある意味非常識まである。
「まぁいいや、便利には違いないからね。……“発見魔法”!」
リーネの掛け声とともに、ぽわ……と淡い光が倉庫の一角で灯る。パタパタとかけていくリーネの後を追うとそこには案の定目的のモノが眠っていた。
『呪深魔物史観』。呪深村ならどこにでもある、その村で封印された魔物の詳細と、封印の際に何があったかを記した資料だ。
基本的には、これ一冊あれば魔物のことが概ね分かるのだが、逆に言えばこれだけある資料の中から、魔物に対して有効なのはこれしかないということでもある。
いやなんとも、発見魔法。便利なものだ。今まで開発されていなかったことが不思議である。
「この魔法すごいのよー? こんなこともできちゃうの」
俺がパラパラと魔物史観をめくっていると不意に声がした。隣からではなく、遠くから。いつの間に? と思う暇すら無いほどあっという間に俺から距離を取ったリーネから、光が発せられているのが見えた。
いや、正確には遠くに光が灯っているのが見えて、行ってみたらリーネが光っていたというのが正しいのだけど。
「探したいモノを見つけるだけじゃなくて、見つけてほしいものを見つけて貰うことだってできちゃうんだから」
「……一緒じゃないか?」
「違うのよ!!」
素直に感想を述べたら、むくれられてしまった。
機嫌を直してもらおうと魔法の理論を聞いてみたが、多少なりとも魔法をかじっているはずの俺ですらちんぷんかんぷんな理論が展開されて、すぐに諦めてしまった。
リーネが余計むくれてしまうわけだけど、流石に理論の半分がオノマトペで埋まっていると理解するのは絶対に無理だ。
「とりあえず……助かったよ、ありがとうな」
「むう……感謝されるのは嬉しいわ、新鮮だもの」
新鮮……ね。
禊守ってのは、敬われる存在であって感謝される存在ではない。お互いに、極端に踏み込みたくないのだからしょうがないけれど。
とにかく、まずは魔物史観だ。
俺は早速、リビングを使わせてもらって、中を拝読してみることにした。内容は……あまり面白いものではないだろうけれど。
――そもそも、魔物は「呪い」を操る生物だ。呪いというのは多岐に渡るが、その字面に相応しい相手を“呪っている”としか言いようがないモノから、物理的な破壊をもたらす呪いまで存在する。
基本的に、後者の方が厄介だ。前者なら呪いを防ぐ魔法の効果対象だが、後者はそもそも物理法則にも寄っているため呪いだけ弾いてもその
今回、俺は魔物が村人を殺したのは呪いか毒と判断したが、両者の違いはこの物理的な影響が関わってくる。ただの呪いか、呪いを毒に変換しているかの二択。
効果は同じでも、厄介度は後者のほうが段違いだ。
幸いなことに今回の魔物は前者の力を操る魔物だった。
名前は「
この呪い、物理的な影響はないが他の魔物と違って「指向性」が存在するらしい。具体的に言うと、呪いを針のように発射してくるらしい。
厄介なことは、これに射程が存在しないということ。無限に飛んでいってしまうのだ。
呪われてしまえば即座に毒に侵されたような状態に至り死に至る。そんな厄介な代物が、世界の裏側にいても届いてしまうのである。
ただし、これが効果を発揮するのには条件があり、それは恨刺狼が相手を“恨まなければ”効果がないというもの。殺意を抱いたり、憎悪したり。どちらにせよ、
今回の場合、村人たちはバッチリこの狼の“恨み”の対象だった。狼が封印を解いた時点で即座に呪いを発動して村人たちを刺殺した。
――が、そこまでだ。狼が他に知っている人間は、楔守であるリーネだけ。俺のように外からやってきた人間は、
そういえば、どうして楔守であるリーネに対して狼は呪いを使わないのか、という疑問はあることだろう。これはとても単純で、狼がリーネを“恨んでいない”というだけのこと。
何故か。狼にとってリーネ――というか楔守は“同類”である。自分と同じように一つの場所に囚われ自由を奪われた存在だからな。ただ封じられているだけの自分と違って、楔守はいい生活を送っているだろうって? むしろ、魔物的にはその“いい生活を送っている”という免罪符が人間の傲慢に見えて面白いのだとか。
つまり、同族意識も完全な上から目線。そりゃそうだ、何かあったら簡単に殺せるからな、単体の人間なんて。なんとも自分勝手な奴らである。
話を戻すと、恨刺狼の特性上対処法は単純だ。相手がこちらを恨む前に対処すればいい。ただ相対したくらいの呪いなら俺は弾けるので、攻撃を仕掛けたと相手に認識させるまえに倒せばそれで終いだ。
相性勝負。封印が施されるような魔物は、最悪の場合国一つを滅ぼす可能性のある厄介な魔物だ。恨刺狼はその特性上相対した時点で即死の可能性がある敵。
群体相手にも高い効果を発揮する広範囲型の呪いを振りまくが、範囲こそ強大だが効果は一定の水準を越えないという特性を有する。
要するに郡にも個にも同じだけの効果を発揮することしかできないのだ。こういう相手は、強い力を持つ“個”が単体で挑み撃破するのがセオリー。そして幸いなことに俺には、それが可能となるだけの能力があった。ある意味、転生チートというやつか。
――方針は決まった。後は実行に移すのみ。
窓の外から、洞窟らしきものが見える。そこには封印が施されていただろうそこには、きっと魔物が今も待っている。ここまで来て魔物に出くわさなかった以上、その可能性は濃厚だ。
向こうから仕掛けてこないのは不思議に思うかもしれないが、まぁ理由は色々ある。細かいことは魔物と実際に相対したときに確認するとして、一番の理由は向こうが俺を呪えない状態だから様子をみている、というのが大きい。
ともあれ、そこまで決まれば少し肩の荷が下りる。ここまで手探りだったものが一気に鮮明となるわけだから、実際にはここからが危険なのだとしても、先が見えないよりはずっと気が楽だった。
そんな折――
「――――終わった?」
リーネに声をかけられた。
お互い無言で、リビングにて本を読んでいる状態。向こうは慣れ親しんだ魔術教本を読んでいるからか、随分とリラックスしているが、こちらはここに来るまで結構集中していたから、少し疲れている。
少し考えて、荷物から飲み物を取り出して飲むことにした。
うん、スッキリしていて飲みやすい。旅のお供はいつだってコレだな。魔法のかかった水筒に入れておけば一ヶ月傷まないってのもいいんだよ。
「…………飲むか?」
「……いらない」
さっきから、一口も食べ物を口にしていない家主に問いかける。
返事はノー。すげなく断られてしまった。
……まぁ、本題はそこではない。
「これからどうするの?」
聞きたいのは、俺の今後の行動だろうことは解っていたが、実際に口に出された。口にした飲み物を荷物の中に戻して、俺は端的に言った。
「――俺が倒すよ」
パタン。
本の閉じる音がした。見れば、リーネが読んでいた本を閉じて机に置く。その視線は、まっすぐこちらへ向いていた。
「どうして?」
「相手は複数でかかるより、一人のほうが安全だ。俺はちょっと訳あって呪いに強いから、物理攻撃をしてこないタイプの魔物相手に相性がいい。それに――」
「ちがうわ」
ぴしゃり、と理論立てて説明する俺をリーネは否定した。
「
「同じだろ、できることをしてるだけだ」
「違うのよ。できることとすることは違う」
リーネの言わんとしていることはわかる。論理的な話ではなく、感情的な話。もっと言えば動機を聞きたいんだろう。俺は完全に
何度も言うが、封印された魔物は国一つすら滅ぼすことのできる存在で、それ相手に単独で戦いを挑むのは正気じゃない。
「逆に聞くが、できるってことを疑ったりはしないのか」
「それは……解らない。私は貴方のことを知らないのよ、貴方が強いのかも、本当に魔物を討伐できるのかも解らない」
「だから、方法じゃなくって動機を聞きたいってことか」
――リーネは子供ながらに聡い。多分、俺が魔物を倒す方法を教えれば理論的にそれを理解できるだろう。しかし、それを敢えてせずに動機を問う。
なんだか、禅問答をしているようだ。
「私、貴方の事を知りたいの。ダウア、貴方は私の
「一から……か、と言っても、一から話せることなんてそうないぞ」
「ダウアが“一”だと思うことから話してくれれば、それでいい」
リーネが俺を知らないように、俺もリーネのことを知らない。禊守で、魔法の天才。快活で、理知的な才媛。大人びている中に、子供っぽさを同居させた、可愛らしい言い方をすれば“マセた”女の子。
その内面を、俺は何も知らない。
じゃあ、そんな相手に、俺は内面を吐露すればいいのか?
いや、もっとなにか……俺が、“一”だと思うこと。それは、一つしかない。
「――俺の故郷は、魔物の先触れで滅ぼされた」
「……っ!」
目を見開いたリーネの顔が、わかりやすく動揺に揺れる。俺の“一”、つまり原点は非常に単純で分かりやすいものだ。語れば相手を萎縮させてしまうことに違いはない。
とはいえ、リーネの場合もまた、先触れによって村を滅ぼされたのだが――そこに、俺が踏み込むことはできない。そのことは、自分自身が一番良くわかっている。
「えっと、その、……ごめんなさい」
「いや、大丈夫だよ。昔のことだからな」
客観的に見れば、魔物に故郷を滅ぼされたという事実は、魔物を倒さなくてはならないという俺の行動を説明するのに十分な説得力を持つ。
とはいえ、それはあくまで自分を俯瞰して見た場合の話。逆に言うと、言ってしまえば深掘りの必要がないくら重い事実でもあるということ。
「……魔物が倒されたら、禊守は自由になるのよね?」
「…………そうだな」
確かに、封印される魔物がいなければ楔守は役割を果たす必要はない。でもそれは、魔物に寄って村が滅びるなどの副次的な事態を引き起こしているということでもある。
先触れで故郷が滅びた俺は、それに生き方が囚われている……と、いえなくもない。
「外には、大きな魔法の学校があるって聞いたわ」
「リーネなら、学生じゃなくて教師待遇で迎え入れてもらえるだろうな」
「私は学生がやってみたいのよ」
「学ぶことは多分、無いと思うけどなぁ」
よっぽど専門的に学ばない限り、魔法の学校といってもやることは基礎的な魔法の学習だ。多分、研究職に進まないなら俺はそこの卒業生とそう変わらないくらいに魔法が扱える。
眼の前の天才は、行ったらそれこそ蹂躙にしかならないぞ? チートするのは俺じゃなくてリーネだな。
「学びって、魔法だけじゃないでしょ。そりゃ魔法が一番好きだから私は魔法の学校行きたいけど、それ以外もしたいの!」
「それ以外?」
「おしゃれ、ごちそう、友達、それから……恋愛!」
「ははは、頑張れ」
「恋愛をスルーしないでよ!?」
流石にそこを突っ込むにはお互いに関係性が足りないだろう。リーネは随分と俺を信用しているようだけど、この距離感の近さは彼女の素なのか信用のせいなのか。
どちらにせよ警戒心が薄いのは、禊守なら普通のことだが。
「でも、そうよね……禊守は……自由になれるのよね」
そんなリーネが、ふとそんなことをつぶやく。感慨深い、もしくは現実感のない。そんな呟き。一瞬、俺の中に衝動が浮かぶ。
――言ってはダメだ。そんな俺の客観性を無視してでかかった言葉。
「なあ、リーネ」
「ねえ、ダウア」
――――それは、リーネと言葉が重なったことで、停止する。
「…………」
沈黙が満ちる。先程魔物史観を読みふけっていたときのような、ページをめくる音すら聞こえない沈黙。気まずい、という感情よりも言葉の続きが出てこないという感情がまさる。
とはいえ、冷静にはなれた。
「……悪い、なんでも無い」
「何よ」
「そっちは?」
「こっちも、なんでも無い」
お互いにそうだったのだろう。俺もリーネも、互いにそれ以上の言葉はなく。暫く、そうした後に俺は立ち上がった。
「……行くの?」
「ああ」
「……死なないでね?」
「それだけはない、大丈夫だ」
――それだけ言葉を交わして、家を出る。最後の方は、自分でも何を言ってるんだかと呆れるしかないほど、ぎこちない返事をしてしまった。
何だよ、それだけはないって。たしかに俺の生存力は他人とは段違いだが、絶対はないんだぞ? 相手の“恨み”を正面から受けたら、流石にひとたまりもないだろう。
ああ、とはいえ。
そうやってごまかさないと、どうしても聞いてしまいそうだったのだ。
理知的で、快活で
あれだけ聡明で、はっきりとした自我のある少女が、果たして気付かないなんてことがあるだろうか。いや、そんなことはない。
リーネは、村の人々の末路を察しているはずだ。
それでも、聞けないだろそれは。
聞けるはずないだろ、リーネはそれを理解しているのか、なんて。
――でも、聞かずにはいられなかった。あの時リーネが言葉を被せてくれなかったら、俺はリーネに聞いていた。
かつて、魔物に村を滅ぼされたものとして。
――――リーネの
次回は18時頃予定