転生者から死にゆく人々へ、どうか貴方の転生がより善きものでありますように 作:アりーふ
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洞窟の中は、肌寒いとすら言っていい環境にあった。おそらく温度は一桁前半。下手すると氷点下を割っているかもしれない。もともとこの辺りは寒気の強い気候だが、それにしたってここはとにかく肌寒い。
とはいえ、それで体の動きが鈍るほどではない。
封印が解けていたからか、殆ど抵抗なく空いた洞窟の扉から、ゆっくりと中に侵入する。魔物は既に俺がこの村にやってきていること、洞窟に入ってくることを察知しているだろうが、不意を打ってくる様子はない。
魔物の主な攻撃手段が受け身なのだから当然だ。
何より、洞窟は入り口が一つしかなく、中は広く薄暗い。迎え撃つには最適な状況だ。
そもそも魔物は、どうして村人を殺しても外へ出ないのか。
山奥の村は、そこへたどり着く道が一つしかない。その道を逸れれば簡単に遭難してしまうくらいには厄介な山の中にあり、人間の侵入経路は限定される上、道が狭い。
結果少人数で村へ侵入する他なく、各個撃破で対応できてしまうのだ。
この山奥の村は、そんな天然の要塞となっていた。それは、この洞窟においても言える。俺が中へ入ってくることはバレバレで、魔物にはそれに対抗する手段があるとなれば、変に向こうから打って出ることもないわけだ。
そうして、洞窟に侵入した俺はすぐに魔物の姿を確認することができた。
暗視魔法。
それを利用して、薄暗い洞窟の中でも問題なく視界を確保している。とはいえ、洞窟は古くに設置された薄暗い光を放つ魔法具が掲げられているので、完全な暗闇ではない。
魔物がこれを残しているのは、咄嗟のときにこれを壊してこちらの視界を奪うためか、人間には暗視魔法があるために光を奪っても意味がないと理解しているからか。
ともあれ、魔物の姿はすぐに見つかった。
部屋の奥にある扉の前で、待ち受けるように眠りについていた。
威容を誇る黒一色の怪物。目元に、封印される前の古傷が奔る以外はあまりにも無骨な闇とも言える狼の姿が、そこにあった。
その名は、この化け物には名前負けなんてことはありえない。むしろ、ぴったりすぎるほどにぴったりな名前だ。そこにいるだけで何かを刺し殺す狼。
目が見開かれた時、それは実態となってこちらに襲いかかった。
恨み。
ただ、恨めしい。瞳がそれを物語っていた。いや、やつの瞳にはそれ以外がなかった。ただ恨み、恨んで、恨むだけの怪物。
あらゆる感情が、恨みだけで構成されているそれは、もはや感情なんてものを有しているにも拘わらず生物とは呼べないほどに、現象のようだった。
「……っ、ただ、いるだけでか」
それと同時に、俺は体に負荷のようなものを感じる。それは、俺がここに来る前に使用した「防呪魔法」が効果を発揮しているためだった。
つまり奴は、ただ視認しただけでこちらを呪ったのだ。
もちろん、防呪魔法がなければ人はそのまま死に至るだろう。流石に村人のように即死はないだろうが、解呪しなければ数日は持つまい。
それが、ただ相対しただけでこちらにのしかかる。思った以上に、その特性は厄介だ。数百、数千で相対すればただ相対するだけでそれを無力化し、解呪の手が間に合わなければ相当数の被害が出るだろう。
今回はそもそも魔物が迎撃するつもりでこの洞窟にこもっているから、そういう事態にはならないだろうが……封印前の苦労が偲ばれる。
まぁそもそも……
「それは、させないけどな」
どちらにせよこいつはここで倒す。俺は、腰から魔法杖を抜き去って構える。俺のスタイルは基本的に魔法と剣を組み合わせた魔法剣士スタイル。器用貧乏というなかれ、ソロが多いから自然とこうなるのだ。
まぁ、腰に杖は携行していても、剣はそもそも荷物の中にすら無いのだが。
じゃあどこにあるのかって話はともかく。
「……来いよ! 恨めしいんだろ!?」
言いながら、いくつかの攻撃魔法を起動する。
この世界は基本的に耐久性の高い相手へ、攻撃魔法を用いる事が多い。人間相手には過剰火力であり、魔法を使う前に剣で切りかかった方が圧倒的に早い。剣は人間、魔法は魔物というのが分かりやすい使い分け。
自身の身体能力を強化して無理やり硬い装甲を切り裂いたりもするが、俺の場合は基本的に魔法から入る。
「“火炎魔法”! “風刃魔法”!」
火の玉と風の刃。扱いやすい攻撃魔法で、起動にもあまり時間がかからないのも利点。接近戦で咄嗟に使うには向かないが、数メートルの距離があれば向こうが向かってくる間に発射するくらいはできる、
とはいえ――
発射されたそれらを、狼は回避するだけにとどまった。俊敏な動きで、目に見えないはずの風の刃も、見えているかのように避けていく。
物ともしないとはまさにこのこと。
しかし、どちらかといえば回避を面倒くさがって装甲で受ける方にシフトしてほしかった。完全に避けられては相手の装甲がどの程度か測れない。
もちろんそれも計算ずくなのだろうが……狡猾で、やる気のある相手ってのは面倒だ。
魔法が終わると、今度は狼が吠える。恨みを伴ったその咆哮は、それ一つが呪いだった。とはいえ、まだ防呪魔法の効果範囲だ。それは防呪魔法が優秀というより、向こうが本腰を入れていないというのが正しい。
こちらがそうであるように。
だが、そうなると必然的に状況が膠着する。
その後も、何度か魔法を飛ばしては回避される。そのたびに睨まれ、咆哮され、呪いを飛ばされるが防呪魔法の効果は健在だ。呪いに指向性があるということもあって、咆哮ではそれが拡散されすぎて効果が薄く、睨みは視線からはずれれば大きな効果はない。
向こうが本腰を入れて殺しにかかるなら、この呪いも厄介になるだろうが、今のところ俺は無闇矢鱈に魔法を飛ばしてくる得体の知れない敵である。
人間に対して恨みを持つ魔物だとしても、個人を恨むには相応に相手のことを知る必要がある。こちらが殺意をむけなければ向こうは殺意をむけにくい。
牽制とわかりきっている魔法を意味もなく連打されては、恨みようがないというものだ。
とはいえ相手が厄介なのはこちらも同じ。この牽制の間に少しでも攻撃が当たってくれればいいのだが、向こうがそれを許してくれない。当たり前といえば当たり前の話だが、こちらが本格的に攻撃を仕掛けなければこのまま魔物は回避を続けるだろう。
戦況は膠着していて、そして今は我慢比べの様相を呈している。どちらかが焦れるのは明白で、そしてそれは基本的により本能的に動く方だ。
「――来るか!」
零したときには、狼が目の前にせまっていた。こちらが気配を感じる直後には肉薄し、その鋭い爪をこちらへむけている。当たり前といえば当たり前だが、こういう肉弾戦も可能なのが大型魔物の厄介なところ。
ただ呪って恨んで、吠えて睨んでいればそれでいいというのに。
とはいえこちらも、来ることが解って身構えていればその緩急はなんてこともない。伊達に十年近く魔物と切った張ったを続けてきてはいない。元現代のモヤシだからって、後れを取ることは早々ないぞ!
そう思いながら横っ飛び。爪を振るう狼は、こちらを睨んで呪いをかける。そのくらいなら想定内で、俺は視線を爪の方へとむけていたわけだが――
直後、その爪にも呪いが宿った。
「マジかよ!」
見ていれば呪われるという特性上、単純だが攻撃手段に呪いを付与するというのは有効な手段だ。回避しようがない。防呪魔法を貫通し、こちらの動きを阻害する程度に呪いが浸透する。
もちろんその効果は、その場で俺を死に至らしめることはないが、爪を届かせるには十分な威力だ。
――とはいえ、それで俺が傷を負うことはないのだけど。
驚きはしたものの、想定に無いかといえばそうでもない。きちんとそういった不意打ちを加味して俺は回避した。だからその爪は、せいぜい俺の服をかすめる程度。
ただ、その一撃は俺に反撃を意識させるには十分で、そして――――切り裂かれた服から、俺が身につけているものが飛び出すには十分だった。
「……っ!」
それは普段、周囲に見せない用服の中に入れている。どうしたって意識させてしまうくらい特徴的な代物で、けれども外すことはいろいろな理由でできないものだからだ。
だから、久方ぶりに外へ飛び出したそれは――
次回は20時頃予定