転生者から死にゆく人々へ、どうか貴方の転生がより善きものでありますように 作:アりーふ
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因断鬼には、「引き出す」力がある。それは、刀を通して呪いを制御する俺が利用することもできた。すなわち、因断鬼の力を俺は引き出すことができる。
例えばそれは、因断鬼の身体能力。人間のスペックをはるかに超えた速度は、魔法の強化が無ければ即座に肉体が崩壊するほどの強烈な身体強化。
だが、俺はそれを魔法なしで使用している。一つ身体を動かすごとに、体のあちこちが崩壊していくが問題ない。因断鬼にはほかにも特性があった。
再生力だ。つまり俺は、無理な因断鬼の身体強化を、無茶な因断鬼の再生力で補っている。
これの利点は、予備動作が何もいらないということ。刀を取り出して、力を引き出せばノータイムで使用できる。先ほどは相手が警戒していたから悠長に胸元から取り出したが、予備動作なく手元に刀を呼び出すことだってできる。
それは、魔法ならば数秒の準備と、魔力の行使という予兆が必要な工程をすっ飛ばせる。不意打ちには最善ともいえる力だ。
この状況において、ある意味恨刺狼を殺すという一点で特効ともいえる力。
それをもって、俺は狼を切り裂いたのだが――
「まだよダウア――!」
声がする。それと同時に、俺は突如として弾き飛ばされた感覚を受けて、直後。
俺のいた場所を、殺意で構成された恨みの槍が通り抜けた。
「う、おおお!?」
態勢を崩しながらも、吹き飛ばされた勢いを利用して、あえて崩された態勢を遠心力に転がって距離をとる。意識を狼に向けながら、続けて飛ばされる不可視の槍を回避する。
あれは、おそらく村人を殺した呪い。槍というのは俺の感覚がそう訴えているだけだが、とにかく指向性をもってこちらを刺し殺そうとしてくる不可視の遠距離攻撃であることに変わりはない。
――見れば、狼はその体に大きな裂傷を残しながらも、いまだ健在であった。
これは、とても単純に……こいつが堅かったのだ。魔物の膂力でも切り伏せられないなんてのはふざけた話だが。
いや、今はそんなことよりも……
「――リーネ!? どうしてここに!?」
叫びながら、とびかかってくる狼を刀で受け止める。間近の咆哮とともに襲い掛かる呪いの槍を、顔を横にそらして回避。狼をとびかかってきた勢いを利用して弾いた。
そのまま、攻撃を仕掛けてくる狼をやり過ごしながら、洞窟の中にいる少女――リーネの元へ駆け寄った。
そうすると同時に、狼も攻撃の手を緩める。
あいつ、徹底してリーネを対象に含めないつもりだ。とはいえ、長時間こうしていると焦れて襲い掛かってくるだろうが。
「貴方が放っておけなかったのよ! おかげで、さっきの不意打ちを避けれたんだからよかったでしょ!」
「いや……そうじゃなくって……」
危険だろう、と言いたかったが口をつぐんだ。彼女は魔法の天才だ、下手な魔術師よりもずっと強い。戦闘経験は絶対的に足りないだろうが、狼がリーネを積極的に狙わないことを加味すればこの場なら、イーブンといえる。
危険だったのはお互い様だ。
「……助かったよ。一応、アレくらいじゃ俺は死なないけど」
「魔物の力を引き出せるんだっけ? すごいけど、だからって無茶していいって話じゃないでしょ」
「どこから聞いてたんだ、リーネ」
いったいどうやって? というのは魔術師には野暮だが、どこからというのは思わず口をついて出てしまった。
「…………あなたが、私と同じだってところから」
「まぁ……だよな」
こちらの事情はおおむね把握しているとみていいだろう。俺が自分のことを禊守だと喋らなかったのは、あまりみだりにそういうことを口に出すものじゃないから。
おそらく、村の人間の末路を把握しているだろうリーネにとって、目の前に自分と同じ立場の人間がいるという事実は重いだろうから。
せめて話すなら、恨刺狼を倒してからと思ったんだが……
「あのね、私は気にしてないわよ。あなたが故郷の村を先触れで滅ぼされたって聞いたときから、想像はしてたし」
「……そうか」
「貴方が、魔物と共生してるっていうのは意外だったけど」
「……家族を殺したのは、因断鬼じゃないからな」
あくまで、俺にとって殺意の対象は村を襲撃した魔物の群れだ。因断鬼はそれを救ってくれた存在で、俺にとっては復讐の対象からは外れる。
「……辛くないの?」
「何が?」
「全部よ! 魔物の力を借りなきゃいけないことも、魔物に村を滅ぼされたことも!」
その問いは、あまりにも当たり前の問いだ。これまで何度も俺はそう問いかけられ、そのたびにこたえてきた。これもその一つ。
そんな中で、相手は楔守。俺の同類に対して、俺は一番深い答えを返すことにしていた。
「そうすることが――救いだからだよ」
「……何の?」
「死んでいった人たちの」
――俺の根底にあるのは、死が救いであるということ。
来世には、もしかしたら今よりもいい人生が待っているかもしれないということ。
それは単なる慰めでしかなく、今を生きる人間の言い訳でしかない。だけど、来世があるということだけは疑いようのない事実だから。だから俺は祈るのだ。
だから、きっと――
「今を生きる俺たちが、あなたたちの分も生きているという救い。そのために、俺は戦うんだよ」
それが、ある種の部外者である俺が、転生者である俺が見つけた一つの答えだった。
「…………そっか」
リーネは、それを見て笑っていた。
穏やかな、嬉しそうな、満足げな笑みだ。
「私、ダウアでよかったわ」
「俺?」
「私が、初めて一から知れた人間が、ダウアでよかった」
それからリーネは、その笑みを俺に浮かべてくれる。
「きっと、貴方の大切な死んでしまった人も、ありがとうって伝えたいはずよ」
その言葉は、どうしてか。
解らないけれど、なんでだか。
「……そっか」
――とても、とても暖かい言葉だった。
直後。
――――恨刺狼が吠えた。怒りと恨みと、殺意に満ちた咆哮。俺は慌てて、自分に向けられた殺意の槍を躱す。直撃しても死なないが、呪いを受けないわけじゃない。
避けるに越したことはないのだ。
「――無粋な狼よね」
「無粋だな。……リーネ」
「何?」
「さっき、俺を吹っ飛ばした魔法はなんだ?」
リーネと距離をとったことで、再び狼がとびかかってくる。俺はそれを振り払いながら、問いかけた。
「あれは接触魔法。私が“触れたい”と思う相手に触れることのできる魔法よ。遠隔で使うこともできるから、危ないと思った時に使って、さっきみたいに相手を突き飛ばすことができるの」
「――なるほどね」
俺は、もう一度リーネに近づいて。
「――――みたいなことも、できるか?」
「……!」
意図を伝える。リーネは目を見開くと、
「……できる! 私を誰だと思ってるの!? 天才魔術師リーネィンちゃんなのよ!」
「そこは様付けじゃないのか」
「かわいいほうが好き!」
そこまで話して狼が、直接とびかかってきた。
いくらリーネを積極的に狙わないとはいえ、リーネが自分を攻撃するなら話は別だ。まだリーネが直接手を出していないから様子を見ているというのはあるだろうが、それでもこうして直接とびかかってきたりはする。
俺はそれを受け止めながら叫んだ。
「律儀だな! どれだけ禊守だって言っても、リーネは人間だ、お前とは違う! お前が殺したい相手だろ!」
さっきから、さすがに狼はリーネに対して律儀が過ぎる。ここまで徹底して禊守を狙わない魔物は珍しい。因断鬼だって俺と利害が一致しているから力を貸しているに過ぎず、禊守が魔物を攻撃するなら、ふつうはためらうことなく殺しにかかる。
ともあれ、そこはこいつの弱点としてみるべきだ。
「だけど悪いな、リーネはこれから自由に生きるんだよ。禊守じゃなくて、一人の人間として!」
「――――!」
狼を吹き飛ばして続ける。槍を回避しながら、攻撃魔法をいくつか飛ばして牽制。その隙に狼へとびかかろうとする。
「世界は広い、できることはいくらでもある! 魔術師として魔法を学び、学生として友情や趣味を楽しむ。そんな当たり前が待ってるんだよ!」
しかし、狼は油断なく距離をとった。俺を足止めするように呪いが飛んできて、俺はそれを横っ飛びで回避する。
「生きるってのは、そういうことだ。誰かに申し訳なく思うこともない。今を呪わなくたっていい!」
――――俺が“俺”だったころ。村の人たちは、“俺”を愛していた。同時に、どうしようもなく俺に申し訳なく思っていた。彼らは、“俺”にどうしても「生きていい」といえなかったんだ。
禊守として、一生を死んだように、自由なく生きることを強制させてしまったから。
最後の最後、自分たちが魔物に殺されるその瞬間まで。
でも、今のリーネはそうじゃない。こいつを倒せば、封印された魔物さえいなければ、リーネは自由に生きていいんだよ。
そのために――
「だから、お前が邪魔だ――!」
――お前は、ここで死んでくれ!
恨み。
ある意味、それは俺にもある。目の前の魔物に死んでくれというのは、俺の個人的な恨み以外に俺自身にそれを正当化できる答えはない。
自分勝手に、魔物を排除しようとするのは目の前の魔物と同じなのだから。
でも、だとしても。
俺はリーネに、
善いものを伝えたいと願っている、善良な少女に、たとえエゴでも、生きていてほしいと願うから――
「リーネ――――!」
俺は叫んだ。
それは合図だ。同時に俺は、正面から狼へ突っ込む。回避なんて考えない、最速で最短に、前を進む。
自殺行為だ、この速度で方向転換は不可能、絶対に呪いが当たる。わかってるそんなこと。狼が警戒しながらも絶好の隙に呪いを発動する。
不可視の槍、狼がため込んだ、恨みと殺意と憎悪と敵意が込められたそれを、奴はためらうことなく俺に放った。
それを、俺は――否。
「――接触魔法!」
リーネは、真横に魔法で吹き飛ばした。
呪いは、形を持たない。目にも見えない。俺が避けているのは、そこにいるだろうという経験則によるもの。だが、確かに存在していて、そして接触することで俺を殺す。
だったら、リーネの接触魔法はそれに触れることが可能だ。魔法を介して、リーネ自身が触れることなく。結果――
あとは、絶対的な隙を晒す恨刺狼が残されるのみとなった。
「これで――」
――できれば、これは使いたくなかったのだが。
それでも、ただの一太刀では殺せないとわかってしまったからには、使わざるを得ない。
「――終わりだッ!」
それは、魔法。魔法であり、力。
魔法とは魔力を用いて使われる特殊な法則を指す。この世界にのみ存在する物理法則のようなものであり、そこには一定の秩序が存在する。
呪いには、それを乱す力がある。行ってしまえば、呪いとは魔力にとっての毒。防呪魔法が呪いをはじくときに発生する感覚は、行ってしまえば防衛本能が働いている状態、ともいえる。
だったら、
毒をもって毒を制す、ではないが。本来ならプラスとマイナスでしかないものを、強引に一つに合わせる。そうしたときに発生する反発力は、魔法に絶大な変化をもたらす。
今回の場合、俺がやることは単純だ。因断鬼の力を引き出した状態で、身体強化魔法を使う。
結果、体中に呪いが作用し、さらには肉体もぶっこわれるという、使えば戦闘不能確実のとんでもない諸刃の剣だが、ことこの場のおいては使わない理由はない。
確実、絶対。
それくらい、俺はこいつを倒したいと思っているんだ。
「――魔法」
刀を振り上げ、狼を見る。
ああ、どこまでも恨めしそうに見やがって。
悪いとは思わない。俺が倒さなきゃいけないと思ってる魔物は、
「“
お前みたいな、世界を敵と思ってるようなやつであってほしいと俺は思うよ。
――刀が、呪いを伴う魔力の暴走によって闇色に変化し。それが数メートル延びる。一太刀で魔物を覆うほどになったその一撃は。
今度こそ、狼を一撃のもとに切り伏せた。
次回は12時頃予定。