転生者から死にゆく人々へ、どうか貴方の転生がより善きものでありますように 作:アりーふ
9
「――ダウア!」
痛み、そう表現するしかない地獄のような感覚にさいなまれる中、俺はリーネの声を聴いた。
倒れた俺を、いたわるように見下ろしている。
「なんて無茶をするの!? 呪いと魔力を同時に使ったでしょ!? 体の中で、二つが爆発してあなた……!」
「りー、ね……」
「しゃべらないで! 解呪さえしてしまえば、後は魔物の再生力で大丈夫よね!?」
今の俺は、呪いと魔力の暴走によって肉体と魂を同時に負傷してしまっていた。
肉体を再生しようにも、呪いによってそれが阻害され敵わない。放っておけば死んでしまうだろう。とはいえ、
「だい、じょうぶ……じぶん、で……なお、せる」
俺には、呪いの制御という能力がある。それを使って、呪いを身体から追い出せばあとは因断鬼の再生力でなんとでもなる。その再生力も要は呪いなんだが、制御できているかどうかというのが問題なのだ。
「ダメ! 今はここに貴方より呪いを簡単に解除できる私がいるの、私に任せて!」
とはいえ――今回はリーネの言う通り、リーネに任せた方がいいだろう。
「……何これ、体の中ぐっちゃぐちゃじゃない。どうして生きてんのよ……ふつうは心が持たないものよ、こういうの」
それは、知識の中での話だ。現実には、こういうことだってあるんだよ……と、そう返したかったが、口から出てくるのは血液だけ。
今にも死んでしまいそうだと、客観的に見ても言えてしまった。
まぁ実際、俺がこの痛みに耐えられるのは、自分をどこか他人のように見ているからというのが大きいが。前世の記憶によって生まれた俺は、どこかこの世界の“俺”が他人事なんだ。
「――解呪魔法」
魔力が渦巻いて、そして俺の体へと浸透していく。呪いに蝕まれた身体は、それに一瞬反応を見せるものの、それは痛みではなく安堵に近いものだった。
大きく息を吐きだすごとに、呪いが少しずつ楽になっていく。
呪いが消えれば、今度は制御された呪いによる、比較的安全な自己再生が始まる。ここまでくれば、もはや痛みもほとんどなく、ボロボロになった身体が少しずつ修復するのを待てばいい。
「……ねぇ」
「…………なんだ?」
ぽつり、とリーネが零した。問いかけ、俺に対するその質問は、あまりにも当たり前のものだ。
「どうして、無茶をしたの?」
最後の一撃。もしかしたら、アレは過剰火力だったかもしれない。最初の一撃で狼はだいぶダメージを受けていたし、本当ならもう一回切ったらそれで終わりだったかも。
それでも、俺があいつを絶対に倒したかったのは――
「だって、そりゃ。
あまりにも、身もふたもない発言だった。
「…………」
「これから、リーネは自由に生きるんだ。それを邪魔するやつを切り捨てるには、アレくらいあった方がいい」
「何それ……ばかみたい」
そういう割に、リーネの声音は嬉しそうだ。まだ体が痛いので、少しでも楽になるよう目は閉じているが、それでもわかる。リーネはきっと、笑っている。
そうだ、そのはずだ。
「でもね、うん。ダウアらしい……のかな? なんとなくわかってきた気がする」
ほら、リーネはそう続ける。人を知るっていうことは、新しいを知るってことだ。そういうのにリーネが積極的ならば、きっとリーネは、俺に。
「だから、ね? ダウア――」
ありがとうって、そう伝えてくれるんじゃないかと、そう思ったんだ。
「――――
でも、帰ってきた言葉は、想像とは違うもので。
俺は、思わず目を見開く。先ほどまで、耳元でリーネの声は聞こえていた。
だのに、
そこに、リーネの姿はなかった。
「……リーネ?」
起き上がって周囲を見渡す。けがはおおむね治癒できた。動き回る分にはもう問題はない。しかし、どれだけ周囲を見渡してもリーネの姿はない。
またどこかへいなくなってしまったのか。
発見魔法があれば、すぐにでも見つけられるだろうに。
そう考えて、俺の視線はある一点で止まった。
――それは、
「……扉」
ここに入ってきたとき最初に見た、
確かに、あった。今の今まで戦闘に集中していたから忘れていたが、確かに入ってきたときにあの扉を俺は確認している。しかし、こうして魔物が消えてから見ると。
――なんで、あんなところに扉があるのだ?
必要ないだろう、ここは魔物が封じられている場所、わざわざそんなところに部屋を作る理由がない。村人は絶対に寄り付かない……というか、もしも扉をくぐったら魔物に殺されるにきまってる。
あんなところに部屋を作ったとして、そもそも出入りできる人間なんて――
「――――それこそ、楔守、しか」
そこで、ふと。
俺は、
いくつかの違和感に、行きついてしまった。
あの部屋は、禊守にしか出入りできない。魔物がいるこの洞窟内で、魔物に攻撃されないのは禊守だけだ。じゃあ、わざわざ禊守が出入りする理由はなんだ?
少なくとも、日常的に使われる場所ではない。いくら恨刺狼が極端に禊守を攻撃しない習性があったからと言って、何度も出入りすれば苛立ちが勝るだろう。魔物ってのはそれだけ短気で本能に忠実だ。
であれば、おそらく禊守があの部屋に出入りするのは、一度だけ。多くても、二回がせいぜいか。
何のため? 儀礼的な理由はないはずだ。魔物の封印は最初に施された時点で終わっているし、そもそもこの村は儀礼用の道具を社の倉庫にしまってしまうくらいだから日常的な儀式なんてほとんどやらないだろう。
考えられる理由が、どんどん絞られてくる。
そして、リーネはおそらく村の人々が全滅したことを知っている。
数日訪れなかったということが、彼女にとっても意外なことだったことが伺えるためだ。普段ならもっと頻繁に村人は彼女の元へ訪れていたのだろう。
理由は……シンプルに、彼女の世話をするためか。
だとしたら、彼女は今まで、どうやって一人で生活していたんだ――?
リーネ自身の態度も不自然な点はあった。
結構動き回って、本を読んで。普通ならのどが渇いて、あそこで飲み物を進められたら多少は悩む。もしくは、自分で飲み物を入れてくる。
なのに、そうしなかった。
村の人々が全滅したにも関わらず、その態度はどこか他人事だった。
決して村人を嫌っていなかっただろうことが、察せられるにも関わらず。
リーネは一度も、外に出たいなんて言わなかった。
『……魔物が倒されたら、禊守は自由になるのよね?』
『でも、そうよね……禊守は……自由になれるのよね』
――なんで。
「……なんで、“自分”って言わなかったんだよ、リーネ」
ゆらりと、俺は立ち上がる。
視線は、扉に向いていた。
「辛い立場だろ、家族を殺されて……一人なって……弱音の一つも吐いていいのに」
リーネの顔が思い出される。
あいつは、ずっと笑ってた。
どこか、楽し気に。
どこか、満足げに。
「なんで俺のことばっかり、心配してるんだよ――」
どこか、寂しげに。
――考えるべきだった。
最初から、その可能性に思いたることはできたんだ。
でも、信じたくなかった。何より、
「言葉を、交わしたんだぞ――」
そこに実際に、リーネィンという少女がいたことで。
俺は、その可能性を考えることをやめてしまっていたんだ。
「なぁ――リーネ」
扉に手をかける。
『私は“リーネ”。本当の名前はリーネィンだけど、皆は私をそう呼ぶわ』
「いい名前だよな。リーネらしいっていうと変な感じだけど。君は間違いなくリーネだ、リーネィン」
『――そうだ! ねぇダウア! 貴方に見てほしいものがあるの』
「魔法を開発するその才能は、他にはない特別なものだ。君はもっとそれを誇っていい。俺は、君を心の底から凄いと思うよ」
『……伝えるなら、美しくて善いものであってほしいと思ったの。だから、これは――絢爛魔法なのよ』
「そんな君が、心の底から伝えたいと思ってたものが、綺羅びやかで美しいものであることが、俺は嬉しく思うよ」
だってそうだろ? リーネは外の世界を何も知らないんだ。
話の中でしか知らなくって、だから俺を“初めて一から知った”人間なんて言って。
じゃあ、これからじゃないか。一の次に続く数字は零か?
違うだろ。ニが続いて、三になって、もっともっと増えていく。人生の積み重ねってそういうもんだろ。
『私は……伝わってほしいというよりも……伝えたいの。それが相手にどう思われたって、私が美しいと思ったことに嘘はないと思いたいから』
「違うだろ……伝わらなくちゃ意味がないんだよ……! 生きているなら、生きていくなら! 誰かに伝わらなくっちゃ意味がないんだ! ただそこにあるだけの美しさは、ただ美しいだけのものだ……!」
人は、死ねば次の人生を迎える。
それは、救いだ。
きっと、救いであって欲しいんだ。
でもさ、これは違うだろ。
人の死が救いになるのは、死の先になにも残らないからだ。
死んだ人間が、来世に旅立つからだ。
死んだ後に、それをむざむざと見せつけるのは、救いでもなんでもないだろ。
「だからさぁ……なぁ、リーネ。君は俺に、何を伝えたかったんだ――?」
『ねえ、ダウア』
『――――
少なくとも、そんな謝罪なんかじゃなくって。もっともっと、君らしい楽しげで、理知的で、真っ直ぐな言葉だったんじゃないのか――?
扉を、開く。
そこは、静謐に満ちた空間だった。厳かなような、寂しさに満ちたような。
ただただ、静かすぎる空間だった。中央には、なにか棺のようなものがあって、そこには蓋がされている。あれが何であるかは、簡単に想像がつく。
ここは、墓場だ。
命の終わりを悟った者が訪れる、終点だ。
この世界の死した人間は、浄滅魔法で土塊へ帰る。きっと、“彼ら”はそうしてきたのだろう。自身の死期が迫るたび、ここを訪れては“前任”を土塊に返す。
その後、自分もまたここで眠りにつくのだ。
だからそこは、
――禊守たちの、墓場だったんだ。
「考えてみりゃ、当然の話しだろ。いくら魔物がリーネを殺さなくたって、リーネは禊守としての役割をまもって、
もしも出ようとしてたら、もっと俺の自由って言葉に反応してたはずだろう。
だから、リーネは外には出ていない。だったら、
だったらさ――
「
――頭を抱えるようにして、俺は言う。
今にしてみれば、当然のことで。思い至らなかった俺がバカなだけなのかもしれないけどさ。
だとしても、リーネ、君は――
「君は、あんなにも楽しそうに笑ってたじゃないか――」
それが、まさか偽物だとでもいうのかよ。
なぁ、リーネ、どうしてだ?
「死は、救いだと思いたかった。苦しまずに死ねるなら、来世があるから、俺はそう信じてきたよ。でも、
君は、苦しかったはずなんだ。
何もない中で、誰の助けも得られない状況で、ただ死だけが先延ばされる世界で。
それでも、死んでも禊守を貫き通そうとした君が、苦しくないわけ無いだろう――
なのに、
――なのに、どうして。
「どうして君は、そんなふうに笑顔で眠っていられるんだよ」
そこには、一人の女の子がいた。
眠りについた時、もう二度と目が覚めないことがわかっているはずなのに。どれだけ伝えたいことがあったって、伝わらないと分かっているはずなのに。
そこには、一人の女の子がいた。
リーネィンという、善良で、善良で、善良すぎるほどに実直な。
一人の女の子が、眠っていたんだ。
二度と、目が覚めない女の子が、
眠っていたんだ。
次回最終回です。