B.O.O.《ブラストオフ・オンライン》 作:Sence023
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翌日、予告通り部室に集合した隼人達は依頼の無い投函箱のチェックを済ませると隼人主導で秋穂達一年生への移動計画の説明をした。アイランの北西、直線距離にして8km程離れた高原地にケリュケイオンのホームタウンであるウイハロはある。
マップを表示した武は比較的気候が穏やかな高原地である周辺地域の立体マップを使って隼人の説明を補おうとしていた。
「まず、移動する目的だが。ホームタウンはグループの拠点となる場所だ。現在俺達はアイランで活動しているが本来はウイハロが活動の拠点だ」
「ほうほう。それで、今回はそのウイハロって所に帰るのが目的なんだ。具体的にどう言うメリットがあんの?」
「基本的に活動拠点には倉庫機能がある。活動拠点に戻れば、保管してるアイテムの補充もしやすくなる訳だ。・・・あと、依頼の確認もできる」
「あ、そうか・・・ケリュケイオンって雇われグループだったね」
「依頼こなさなきゃ金が入らないからな、とりあえず諸々の理由があって移動すると言うわけだ」
雑に締めた隼人に何となくのレベルで理解した秋穂は移動計画の中に車一台と書かれているのに気付いた。昨日はバイク四台いたはずだけど、と頭の中で勘定した彼女は自分と香美が運転できない事を考慮した結果なのだろうと考えてあまり言及しないでいた。
と、ここで使うものがアバウトに書かれているのに気付いた恋歌が隼人に向けて挙手した。
「車って何使うのよ」
「払い下げハンヴィーだ、マシンガン付きのな。バイク下取りに追加で支払ったら譲ってくれた」
「でも何でその車な訳?」
「ハンヴィーはオートマトランスミッションで変速機構の操作が必要ないからだ。マニュアルは操作が難しいからな、その点オートマはアクセル・ブレーキ・ハンドルだけで簡単に動かせる」
「よく分かんないけど要するに簡単に動かせるからって訳ね」
無理やりまとめた恋歌に頷いた隼人はよく分かっていない他の面々の呆け顔に一瞬怯み、あまり自動車に興味がないらしい全員にため息をついて移動までの地図にウィンドウを切り替えさせた。
「さて、移動ルートだが移動時間短縮のため、最短ルートを通る事になる。そうした移動の際、障害となるのはルートの中盤にある広い高原だ。ここは元々モンスターの発生率が高く、グローブスティンガーのメンバーが何度も掃討している地点だが
昨日からモンスターの大量発生イベントが始まった為、メンバーの安全確保を優先して進路確保の掃討は一時中断するとの告知があった。つまり、このエリアを抜ける際はモンスターを迎撃しなけりゃならない」
「それでミニガン付きなんだ。意外と強行軍だね」
「気にするな、通常営業だと思えば良い。で、だ。このエリアを抜ける際、ハンヴィーを先頭にしてガトリング掃射と共に突撃。バイクはその後ろから近接武器で薙ぎ払えば良い」
「そう言えばドライバーとナビはどうするの? なんならドライバーは僕がやろうか?」
「ああ、頼む。じゃあ夏輝、ナビをしてくれ」
そう言った隼人はドライバーとナビの欄を埋めると後部座席に乗るメンバーに秋穂と香美の名前を書き込んだ。因みに調べてもらえば分かるのだがハンヴィーはルーフに機銃が取り付けられており、基本的に後部座席に座っている者がガンナーとなる。
そんな事に気づかずのほほんとしている二人は仲良しなのかじゃれ合っていた。そんな二人に向けて飛び込んだ楓は香美の胸を弄ると秋穂に劣ってはいてもある程度の膨らみがある彼女の胸にベストサイズ、と叫んでいた。そんな彼女を白々しい目で見た恋歌は
楓から離れ、夏輝の方に移動した。
騒がしい女子達を他所に計画を練っていた男子は移動に掛かる時間を逆算して部活を終える時間を算出していた。それまでにやる事を終えなければならない男子はいろいろと忙しく立ち回り、部活終了時刻を迎えた。
それから二時間後、家事もそこそこにログインしていた隼人はグローブスティンガーのガレージに向かうと新米らしい警護役のファイターとガンナーを連れた女エルフからハンヴィーのエンジンキーを受け取るとシャッターが閉じられたガレージの前に
出されていたハンヴィーの状態を確認すると乗り込んだ。
キーを捻り、エンジンをかけた隼人はブレーキを踏んだままシフトをD(ドライブ)レンジに入れた。管理役達に手を上げた隼人はアイドリングさせていたハンヴィーのアクセルを踏み込む。快調な走り出しを見せるそれを広く作られた車道に乗せた隼人は
待ち合わせ場所に設定していた広域駐車場に向かう。
BOOにおいて長距離への移動手段と言うのは様々で馬を初めとして車、バイク、戦車とヘリコプターが用意されている。いずれにしても燃料補給が必要で専用の補給所が各拠点に用意されている(ヘリコプターは離陸用施設に常設されている)。
一般的に速度と燃費のバランスが取れているバイクや車が長距離移動手段としてポピュラーだ。そんなこんなでハンヴィーを運んだ隼人はレンタル用の車や公用車両が止められている事が多い駐車場で待っていた面々の元に車を移動させ、
レンジをN(ニュートラル)に切り替えた。
「待たせたな」
バン、と運転席のドアを閉めた隼人は項垂れている様に見えるブローニングM2重機関銃を見上げている利也にそう呼びかけた。アイドリングのままなのでキーは抜いておらず、そのまま乗り込んだ利也は待機していた夏輝達に手招きして乗り込ませた。
その間に愛車である青と白のスズキ・GSX-R1000の方に移動した隼人は御馴染みのライムグリーンで塗装されたカワサキ・ニンジャZX-10Rの傍で談笑している武と楓を流し見ると白と黒が目を引くホンダ・CBR1000RRの調子を見ている浩太郎とその傍で
動力部を不思議そうに見ている加奈を見て調子を確認すると愛車を撫でている恋歌に気付いた。
「何してんだ?」
そう声をかけた隼人はびっくりしている恋歌が引っ掛けていたヘルメットに頭を打って額を押さえたのに可愛いと素直に思った。やれやれと呟き、涙目の彼女の傍にしゃがみこんだ彼は今にも泣き出しそうな表情に気付いて慰めた。
「よしよし、痛かったな。腫れてないか?」
そう言う隼人は冷静になってゲームで打撲部分が腫れるのか、と疑問に思ったがそう言った心配の方が恋歌にはありがたかったらしく涙が引っ込んでいく。そうこうしている内に利也からケリュケイオン限定の通信で発進を伝えられ、
セアカコケグモがエンブレムで描かれた赤と黒のフルフェイスヘルメットを手に取る。
一般的な格闘家のイメージからはかけ離れた比較的カジュアルな赤と黒で纏められた制服に近いデザインの服装に合わせたヘルメット姿で恋歌に彼女用のフルフェイスヘルメットを投げ渡すとGSX-Rのエンジンをかける。
「行くぞ、レンレン。早く乗れ」
「う、うん・・・あ、待って。HK45出しとくから」
「分かった、タケシ、コウ、先に行っといてくれ」
二人を先行させた隼人はHK45を引き抜いた恋歌がバイクに跨り、肩をタップしたのに頷いてスロットルを開けた。全力で走り出したGSR-X1000が唸りを上げて街道を走り、歩道を歩く人影が過ぎていくのを風と共に感じていた恋歌は
和風建築が散見したアイランの街道を抜け、危険に満ちた高原へと出た瞬間、HK45の安全装置を解除した。
予定ポイントになくても襲われる事はある。何しろバイクや車は基本的にガソリンエンジンを使用しており、走ればエンジン音が辺りに響き渡ってモンスターを引き寄せる事になってしまう。それ故に数百メートルも走ればモンスターが
襲い掛かってくる。
大抵のモンスターは車両の速度に追いつけず被害を与える事はない。だが、たまにいるライダー系モンスターは移動速度が高くすぐに追いつくので射撃武器などで叩き落す必要がある。自動照準するHK45で後ろに付いてくるファントムライダーを
甘く照準した恋歌は斜め構えの片手撃ちで騎手を射撃した。
リコイルで跳ね上がる銃身から薬莢が跳ね飛び、一撃を受けた騎手の体が後ろへと倒れていく。だが、ファントムライダーが握っていた手綱が危うかったバランスを修正しロングソードを引き抜いて構えていたそれが速度を上げて距離を詰めてくる。
「くぬぅ・・・しつこいわねぇ!」
構えはそのままにHK45を連射する恋歌は次々に現れるファントムライダーに歯を噛みつつ、グリップからマガジンを落とす。素早く再装填した彼女はようやく一体目を倒すと横に付けて来た二体目の頭部を撃ち抜き一撃で叩き落とすとリロードした。
逃げ切りを狙う隼人がオフロード走行が得意ではないGSX-R1000を全力疾走させ、前を走る浩太郎や武のバイクに追いつこうとしていた。前のライダー達は武器を持っている為、騎乗戦に十分なアドバンテージがある。リーチの短いモンクである二人は
銃くらいしか対抗手段がなく恋歌は射程距離の短い拳銃しか持っていない。
目の前ではタンデムシートに進行方向とは逆向きに座る加奈がバランスを取りながらクリス・ヴェクター短機関銃で射撃しており、左右に展開するモンスターを射殺していた。まるで人間ターレットだ、と正確な射撃の腕を評した隼人は加奈からのハンドサインで
真横にモンスターが来ていた事に気付き、体当たりされた。
「くッ・・・! 掴まれッ!!」
歯噛みした隼人と恋歌を乗せてGSX-Rが草むらに突っ込む。だが、ハンドルと体重移動に加えてスキルを利用した彼は車体に足を挟まれる前にスキルによる蹴りで車体を無理矢理起こし、接近したモンスターの顔面に裏拳を入れた。叩き落されたライダーが街道を転がり、
ダメージ連動で消滅した騎馬型亡霊が煙の様に宙に溶ける。
スロットルを全開にし、遅れを取り戻そうとする隼人は急勾配の頂上で跳ねた車体をコントロールして後ろを振り返った。凡そ馬の出せる速度ではない時速300kmで追従するファントムライダー達が霊力で出来た剣を振りかざし、執拗にリヤタイヤを狙ってくる。
最高速に近い時速300kmで駆動輪であるリヤタイヤが破裂(バースト)すれば空気圧でつんのめったバイクから投げ出され、大きな運動エネルギーを抱えた愛車共々自分達はお釈迦になるだろう。HK45で恋歌が追い払っているがそもそもメインのダメージソースではない
拳銃の威力は微々たる物でヘッドショットを狙わねば一撃で倒す事すら間々ならない。
ヘッドショットを狙おうにも曲面構成の甲冑が9mmパラベラム弾よりも貫通力に劣る.45ACP弾を逸らし、逸れ難い正中線を狙わないと貫通してくれなかった。牽制射撃を続けながら苦虫を噛み潰した表情をする恋歌は半ギレの状態でマガジンを交換した。
「もー! しつこいのよッ!!」
確かに、と内心で返した隼人は夜帯に大量に沸くファントムライダーが騒音を撒き散らす自分達に集中しているのを当然の事だとも思っていたが彼らの思考ルーティンがここまで執拗に追ってくるように設定されていたかどうかと言う所にまでは思い至らなかった。
薄暗い道路、ナイトビジョンが無い状態では十分な視界はライトの中だけだ。と、突然前方から激しい光が見え、ぎこちない運転になったハンヴィーからライフル弾が飛んできた。隼人達のギリギリを通ったそれは後ろに付いていたファントムライダーの額を撃ち抜き、
それに追加でライフル弾が五発、それぞれの額に命中した。
「リーヤか! 助かった!」
パーティ限定の通信でそう言った隼人は後続がいなくなった事を確認させると探知用のレーダーをミニマップに変えてポイントしていたイベントエリアに差し掛かった事を確認した。緩やかな曲がり角、その終わりに差し掛かった瞬間。大量に湧いたモンスターが
彼らに向かってきた。
瞬間、ハンヴィーに搭載されているM2重機関銃が火を噴き、辺りから攻めてくるモンスターを薙ぎ払う。襲い掛かると言う思考ルーティンに支配されたモンスターに恐れはない。夜のモンスター、特にこう言った大量繁殖イベントのモンスターは向精神薬を打った兵士の様に興奮し、
威嚇射撃が意味を成さない。
幾分かの恐怖があるプレイヤーなら楽なのにな、と呟いた隼人は50口径の重機関銃が火を吹く様を見ながら獣道を突っ切る。当たれば肉片になる50口径弾は利也が使っているバレットなどの対物狙撃銃に使用されている弾とほぼ同じ物だ。当たれば体が消し飛ぶ威力を目の当たりにすれば
誰もが恐怖を抱く、だがリビングデッド宜しく群がるモンスターにはそう言った躾は意味を成さない。
『はー君! これさ、予想以上に群がってない!?』
「分かりきった事を言うな!」
『だーって言わずにはいれないっしょこの数!』
「口を動かさずに手を動かせ! エリアを抜ければこちらの物だ!」
『ひぃーそう言うと思ったよこの鬼部長! 抜けたら危険手当貰うかんね!』
危険手当なんぞ出るかと喚き立てる楓に内心で返した隼人は体重移動を巧みに使って操縦しながら移動速度が激減した車列に追いつく。その間、小型モンスターを跳ね飛ばした勢いで減速したハンヴィーに大型のカブトムシのような昆虫モンスターが角を振り上げて襲い掛かるが
直前、横倒し体勢のGSX-R1000が柔らかい下面に潜り込み、乗っている隼人のアッパーカットで破裂、辺りに臓物をぶち撒いた。
地面へのキックで車体を起こした隼人は拳銃でハンヴィー前の小型モンスターを処理した恋歌が慌てた様子を見せたのに直感でホイールスピンを利用した旋回を行った彼は自分達が元いた地点に突っ込んだウリボアを流すとその後を追った。反転して再突撃されると手に負えなくなる。
「ショートカット、『ストライクキック』!」
すれ違い様、光を纏わせた右足で旋回体勢のウリボアを蹴り飛ばした隼人はそのまま大きく曲がると予定ポイントを抜けるサインが見えた。だが、勢いが衰えず執拗に狙ってくるモンスター達は狂暴化した思考ルーティンに駆られている。急いで抜けたケリュケイオンは湧きが止まらない事と
追跡範囲外に出てもなお追ってくるモンスターに驚愕していた。
『何だって追ってくるんだ!? 該当エリアは抜けた筈だぞ!?』
「構うな! アクセル全開だ!」
『そんな事したらハンヴィーが遅れんぞ!?』
「くっ、速度をハンヴィーに合わせるな! 街に飛び込むことを優先しろ!」
『それでも俺らなら何とかできる! ハヤト、先に行け!』
そう言って通信を切った武に了解の符丁をオンオフの切り替えで打った隼人は限界までアクセルを開いてウイハロを目指す。後ろを警戒している恋歌が拳銃を連射する音を聞きながらウイハロのゲートに飛び込むとバイクから飛び降り、ウイハロを拠点とし、臨時対応メンバーとして
登録しているプレイヤーを呼び寄せてゲートに配備する。
抑制を目的として銃器を中心に武装を揃えた隼人は三台が飛び込むと同時に発砲させるとゲートの閉鎖作業を行い、ゲートに迫っていたモンスター達目掛けて自衛殲滅用の高電圧をお見舞いした。一瞬でウェルダンになったモンスター達が経験値になって消滅する。鉄格子から電気が消え、
深く息を吐いたプレイヤー達は煙を上げ、破損寸前に陥っているハンヴィーに近寄るとドアを蹴破り、秋穂が香美を巻き込んで転がり降りる。
面白おかしそうに笑っている秋穂の頭をサブマシンガンで照準している女半猫族のリッパーは身元確認を行いながら随伴している仲間をハンヴィーの運転席と助手席に回して救助させた。外れたドアが投げ捨てられ、席に乗ったまま気絶している二人を引っ張り出した彼らは
マジックサポーターを呼んで治癒術をかけさせる。
「武達は!?」
「おー・・・無事だー・・・まぁ死にかけてはいるんだけどよぉ・・・」
「警備班、救護頼む! 車両の回収は?」
大騒ぎの状態に陥った現場を歩きながら状況を確認する隼人は相当酷い衝撃を受けたのか、それとも乗り手を投げ飛ばした後に凄まじい大回転を演じたのかカウルもフレームも酷く大破しているニンジャとCBRが回収されていく様を流していた。久しぶりの帰還が大騒ぎになるとは
思ってもいなかった隼人はゲート警備に回った二人のインファントリに手を上げると恋歌と共に町の中を回った。
自分達が拠点に使っている場所より少し離れた地点にあるウイハロ構内はアウトロー感の漂う薄汚れた感じの町並みで、アイランの法整備された感じとはうって変わって法と言う概念を感じられない雰囲気を訪れた冒険者達に提供している。だが無法ではなく最低限の法は存在し、
ある程度の部分は統制されて警備専門のパーティもいる。
今後片付けに当たっているのは警備専門としてウイハロに所属しているプレイヤー達で周辺を行動範囲として普段は警備を行っている。隼人は警備隊隊長と合流すると隊長に集中していた状況報告を聞くと治療院に担がれた面々の状態を聞いた。
「たった今治療院に収容されたのは六人。三台の車両は全て大破認定を受け、工場待機状態となっている状態です」
「了解した。では、三台の修理を申請しておいてくれ。車庫に車はあるか?」
「レンタル車両は全て出払ってます。あなた方のガレージにハッチバックタイプのインプレッサが置いてあります」
「整備は?」
「いえ、何も。しかし状態は良いので使用するには問題が無いと思われます」
こう言った組織立った軍隊的ロールプレイが流行っているのか敬語を使用している警備隊長の報告に頷いた隼人はゲート近くに設営したガレージへ二つほど取っている大型の専用スペースに移動すると薄暗いそこの電源を入れた。電気が点き、薄暗かった車庫内が見渡せる様になった。
そこには特徴的な青色で塗装された一台のハッチバックがおり、ゲームシステムに沿う様に現実では実用化されていないキーレス型へ改造されたそのハッチバック、スバル・インプレッサのドアロックをファンシアで解除した隼人はハッキング機能を利用してエンジンを始動させると
各所の調子を見つつ、車体をガレージから出した。
警備隊の詰め所兼案内所で待機していた恋歌達の横にインプレッサを付けた隼人はファンシアを操作しながら恋歌達が乗り込むのを待った。供給元のロゴを表示した後にナビゲーションシステムを展開したファンシアがSPS(シームレス・ポジショニング・システム)を利用した
常時同期ナビゲーションを展開した。
「大げさな名前だよなぁ・・・コレ」
舞台装置にしてはかなり現実感のある用語にそう呟いた隼人は乗り込んだ三人に目を向けると、インプレッサを始動させてハーフスピン。ケリュケイオン本拠地に向けて出発した。暗い荒れ道を快調に走るインプレッサはWRC(世界ラリー選手権)参加用車両であったポテンシャルを遺憾なく発揮し、
隼人の運転技術も相まって素早く目的地に到着した。
本部に入った隼人は電灯を点けて中に入るとまだプライベートルームが無い秋穂と香美の部屋を素早く割り当て、ケリュケイオン宛に送られてきた依頼を備え付けの投影式コンピューターで確認した。ケリュケイオンは情報組と呼ばれる小事実働グループの中でも主に国境を跨いだ輸送の護衛や
微妙なラインで起きるPK等の戦闘行為を専門としたグループなのでそう言った依頼が来る。
「依頼は二つ、期限が早いのはアルカンからアイランまでの輸送護衛任務か・・・」
「どうするの? 武達の回復には時間が掛かるけど」
「取り敢えず依頼人は話を通そう。期限は二日後だしな」
仕事用のオフィスで二人っきりの隼人と恋歌はクエストファイルに同梱されている依頼用の通信コードで依頼人へ連絡を取った。
『はーい、もしもしー?』
「どうも。ケリュケイオン、リーダーのハヤトです」
『あいよー、どしたよー?』
「え、えっと。そちらが依頼された護衛任務について、確認を取ろうと思いまして」
『はいはい、って事は受けてくれるんだね? ありがとう! それで?』
「輸送の決行日時は何時頃になるのでしょうか? 後、そちらの車両編成を教えてください」
『あー、えっとだね。依頼締め切りの日に決行、こっちの台数は4台。積載物資の内容は弾薬と武装』
「分かりました。ハンヴィーとバイク三台で護衛します」
『了解。じゃあ、準備しとくね』
その言葉を最後に通信が切れ、ビジネス用の態度を崩した隼人はマガジンを抜いたHK45を指で回す恋歌が興味深そうに見て来たのに微笑を返した。武達が遊びで身に着けていたガンプレイの真似事をしている恋歌はくるくると銃身を回しながらホルスターに収めた。
「どう?」
「コウの方が上手い」
「素直に褒めなさいよっ!!」
「褒めて欲しかったのかよ」
「そうじゃないわよっ!!」
じゃあ何だよ、と顔を赤くして不機嫌そうにしている恋歌に向けて突っ込んだ隼人はマガジンを装填し、スライドを引いた彼女が照星を覗き込むのを眺めながら取り外したフィジカルアッパープレートを机の上に置く。身体強化作用があるそれを付けるのと付けないのとでは
打撃の負担が極端に違う。
「そう言えばさ。隼人って補助武器持っていないのね」
「ああ、自分の体で十分だからな。武器は必要ない」
「そりゃそうよね、アンタは全身が武器だものね」
苦笑する恋歌に頷いた隼人は拳銃をホルスターに収めた彼女が周囲を見回し、妙にソワソワしているのに気付き、その意図を察した。
「おい、来るか?」
平然を装いつつ左太ももを叩いてそう言った隼人は嬉しそうな彼女が二人きりだからか素直にやってきたのに若干引き、不機嫌そうな彼女に気付くと慌てて態度を直した。そんな彼の太ももに尻を乗せて満足そうに座った恋歌は彼の胸に頭を乗せるとファンシアでSNLのネットブラウザを開いていた。
無料配信の特撮番組サイトを見つけた恋歌は彼と共にそれを見始めた。ログアウトすれば一緒に見れなくなる事に寂しさを感じた彼女のわがままに無条件で付き合う事にした彼はファンシアに届いたメンバー達のログアウト報告を消すと動画に見入った。今はこうしている方が良いのだ、とそう思った彼は
恋歌を後ろから抱き、そのまま彼女と目線を合わせて動画を見ていた。
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翌日の放課後、いつもの部室ではなく浩太郎と加奈のバイト先である喫茶店『シルフィー』にて輸送護衛クエストについての説明を行った隼人は店長からの依頼で臨時雇用のアルバイターとして給仕服を着てケリュケイオンメンバー総出でウェイターの仕事をしていた。
忙しく動くメンバーの姿は常連の中では『シルフィー』の名物となっており、その中でもよく可愛がられている恋歌が接客に行く度にお客さんから写真撮影を頼まれる。そう言った類の事がかなり苦手な彼女は引きつった笑いで写真に写っていた。シルフィーの立地は双葉駅の真ん前にあるが、
店の落ち着いた雰囲気を好んで来る常連もいる。双葉町はベッドタウンとして作られながらも新しい商業地として駅前ビルの建設などの開発が進み始めている。その影響で観光客もそれなりに入店してくるのだった。
観光客の相手でクタクタになった恋歌がカウンター席に突っ伏しているのを流し見た隼人は給仕服の襟元を緩め、風を通そうとするがそれを浩太郎に咎められ渋い顔をした。それに苦笑を返した浩太郎は接客を続け、観光客を相手にノリノリの武と楓の傍を通り過ぎた。
「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」
一年以上も言い続けている言葉を前置きにして注文を聞いた浩太郎は慣れた手つきでオーダーを取るとマスター兼店長である山崎大蔵の下へ戻った。メモを受け取った彼が厨房に戻る間に隼人が接客業が苦手な恋歌を励ますのを手伝おうと彼らの元に歩み寄った。
「おい、恋歌。大丈夫か?」
「もうやだぁ・・・帰りたいぃ・・・帰ろうよぅ」
「帰ろうっつったってまだ俺達仕事するから帰らないぞ? お前一人で帰るか?」
「やだぁ・・・」
「じゃあ、頑張れよ。お前人気あるんだからさ」
そう言った隼人に涙目の恋歌は不服そうに頬を膨らませるばかりだった。慣れてるなぁ、と感心している浩太郎の方を振り返った隼人は何故か赤くなった彼に首を傾げてカウンターに置かれた注文の品を持っていった。何か悪い事でもしたのか、と考えていた浩太郎だったが仕事をこなす内にその疑問は薄れていった。
それから暫くして閉店時間の午後7時になり、店仕舞いの手伝いを始めた武達は店主の許可を貰って一人厨房にいる隼人が店の余り物を使って何か作り始めたのに期待を膨らませて作業を続けていた。
「隼人君、何作ってるの?」
「まぁ、有り合わせで飯。バラバラに作ったから好きなの選ぶ様になるな。片付けは?」
「全部終わってる。皆カウンターに座って話してるよ」
そう言う浩太郎に頷いた隼人はまかないを盛り付けた皿を持って武達の所に行くと彼らの前に順々に並べていった。好きなのを取れ、と言った隼人は騒いでいる彼らを背に厨房に引っ込むと今に繋がっているらしい段差から老婆が姿を現した。
「ヨネさん、どうしたんですか?」
「あらまぁはー君。おばあちゃん、ご飯作る所なのよ」
「手伝いましょうか?」
「良いのよ、タケちゃん達とご飯食べてきなさい」
「分かりました」
そう言った隼人はカウンター席に引き返そうとして、厨房で料理を作り始めた老婆、ヨネの方を振り返った。その背中に、何故か哀愁を感じた隼人はまだまだ現役の父方の祖父母と比べてしまった事を恥じたがその背中から感じる気配が活気に溢れたものではない事に不安を感じていた。
何かあるのだろうか。そう考えていた隼人は彼の視線に気付いたらしいヨネが微笑んだのに気まずくなって軽い会釈をしてその場を後にした。戻った隼人は明るい雰囲気を纏い、談笑しながら夕食を摂っている九人に出迎えられた。反射的に思い詰めていた事柄を頭から離した。
「あ、隼人! コレ美味しいわね!」
「あ・・・ああ、そうか。良かった」
「レシピ教えなさいよ! どうやって作ったの!?」
口端にソースをつけたまま迫る恋歌に後ずさった隼人は予想外に美味しかったらしい特製デミグラスソース(隼人がたまに仕込んでいる物)のパングラタンのレシピ開示を迫られ、間近に迫る彼女の顔から逃げる様にして顔を逸らす。
「お、落ち着け。ちゃんと話すから!」
そう言った彼はカウンターの方に移動して料理の作り方をレクチャーし始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
同時刻、双葉警察署取調室―――――
薄暗いその部屋には、デュークことデジタル運用法違反、傷害罪及び銃刀法違反で逮捕された山岸幸助が警視庁デジタル捜査一課巡査、五十嵐冬香と共に静かに座っていた。その後ろに同課巡査長、宮坂隆宏もいた。現在全国的なVRMMOのPK事件を扱っている二人は
隼人の言葉を受けて幸助をその関係者では、と疑い始めていた。
それ故に冬香はイライラしていた。まごまごとしている幸助の態度が一層冬香をイラつかせ、単刀直入に『楽園』について尋問し回答待ちの彼女が薄ら笑いを浮かべ始めた幸助を睨む。
「何がおかしいのさ」
「いや、あんた達には分からないだろうよ。この嬉しさが、今この場でイニシアチブを握れる嬉しさが」
「・・・警官、馬鹿にしてんの?」
「お前ら無能がどう喚こうが『楽園』には辿り着けない。俺が提供してやっても良いがそれなりの待遇を要求する」
「こんの・・・!」
拳を振り上げた冬香の腕を取った隆宏は馬鹿にした様な幸助の薄ら笑いを睨みつつ、こう切り出した。
「では、それなりの待遇をしようじゃないか。『楽園』について知っている情報を全て吐いてもらおうかな、無論タダでとは言わない。支払いは全て君持ちだ」
「何・・・?!」
「既に君のアカウントはSNL上で凍結済みになっている。今君はBOOはおろか通信サービスすら受けられない状態になっている。この解除権限は安全使用許諾書を通信管理省に使用許諾を提出しないと解除されない仕組みだ。君が協力してくれないのなら
君はライフツールを一つ失う事になる。それでも良いのなら、その態度を続けると良い」
「警官が、脅迫をして良いと・・・!」
「これは脅迫じゃない。君がSNLを使うのは危険と判断した正当な行為だ」
あくまでも冷静に返した隆宏は冷静さを失い始めた幸助に内心ほくそ笑みつつ話を続けた。
「今更『楽園』を知った所で手遅れ。だが・・・話そうか」
「そうしてくれると助かるよ」
そう切り出した幸助は不気味な笑みを浮かべながらその場にいる警官達へ『楽園』について話し始めた。
「・・・最初に『楽園』を知ったのはインターネット上に出回っていた都市伝説。内容は・・・BOOに何かが起きると言う事、BOOにのめり込んでいた自分は目的を欲していた事もあってそこに参加した」
「それで今回の事件を起こした、と?」
幸助の言葉を引き継いだ隆宏は頷く彼がやけに素直な事に違和感を覚えていた。こんなにも素直だと逆に疑わしく感じる隆宏は彼に話を続けさせた。
「しかし、所詮俺は末端の兵士だった。最低限の情報と、最低限の命令。それだけが与えられ、戦いの始まりを告げる狼煙として俺は利用された。だが、それで良い。俺には目的が欲しかったから」
「始まり・・・?! それは一体どう言う事だ?! 君の起こしていた事件が一体どう言う事と・・・・!」
「分からない。分からない事には答えられない」
「では・・・これで終了だ」
そう言った隆宏は幸助を留置所に帰すと冬香の方を振り返って自分達の職場に戻るとそう言った。
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時刻は九時前、あの後それぞれ食後の飲み物を飲みながら今度の休日の計画を立てていた彼らはオーナー夫妻に挨拶して帰路に付いていた。余りまともに歩かない秋穂が人の家の塀によじ登って
平均台宜しく歩く様を見上げた隼人は怒鳴って下ろす。
不満そうに頬を膨らませた秋穂は頭一つ分低い香美に抱き付いて慰めていた。香美も香美で満更でもない感じでなされるがままだった。
「・・・その内結婚するとか言うなよ。頼むから」
そう言った隼人はビクッとなった二人に半目を向けるとその隣でソワソワしている恋歌が何か言いたそうに彼を見上げていた。何だよ、と表情そのままで彼女を見た隼人は懇願する様な彼女の表情に顔を赤くした。
「秋穂を怒ってあげないで」
「何でだよ?」
「悪気がある訳じゃないから」
ごく当たり前な恋歌の物言いにそらそうだ、と内心で返した隼人は突っぱねてはいてもちゃんと秋穂の事を考えているらしい恋歌に感心しながら彼女の表情を隠す様に頭に手を載せた。そんな二人を見ながら伸びをした武は
あ、と何かを思い出して間抜けた声を出した。
「やっべえ! 今日の『クラムエクス』、新型機登場回だった!」
「録画してないのか」
「いや、生で見たいじゃん?! 先行発売の『パラ・ベラム』販売情報も気になるしさ」
「新型機って・・・ああ、『フレデリック』か」
「アイツ、公式のビジュアルがかっこ良かったんだよォ・・・。ああ~・・・生番で拝みたかったぜぇ・・・」
悔しがる武は急に生返事になった隼人に違和感を覚え、他の面々共々彼に注目しているとその視線に気付いたらしい彼が慌てた様子で全員を見回す。
「どうしたんだよ、隼人」
「あ・・・いや。何でも無い」
「何でも無い様にゃ見えねぇぞ」
「本当に、何でも無いから。気にするなよ」
「了解了解。でもよ、あんまり考え過ぎんなよ? お前、そう言う性質なんだからさ」
そう言って苦笑する武に頷いた隼人は心配そうな恋歌の視線を隠す様に彼女を撫でるとふと頭に浮かんだ心配事に脳裏を埋め尽くされた。あの時幸助が口走った『楽園』と言う単語、それを成就する為に動いている計画。
あの言葉はきっとブラフではない。ならば今自分が享受しているこの平和な日々も何時しか終わるのではないのか、そう考えていた彼はその時初めて解決した依頼は単なる始まりでしかなかったのだと気付いた。あの依頼を
解決しようとしていた時から自分達は引き返せない場所にいたのだ。
戦いが始まる。それだけはハッキリと、彼には理解できていた。そして、その歯車は確実に回り始めていた。