B.O.O.《ブラストオフ・オンライン》   作:Sence023

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Blast10-4

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日の午後、BOOへログインしていた秋穂達は咲耶に呼ばれてモウロの訓練場に来ていた。

 

「サクヤさん来たよ~?」

 

 体育館に近い内装を見回し、秋穂は大声で呼ぶ。だが、薄暗い訓練場はがらんとしていて誰もいない感じだった。

 

 そのまま進もうとする秋穂に慌てた香美はサイドレイルにフラッシュライトを取り付け、先行する彼女の行き先に緑色のケミカルライトを投擲した。

 

「カミちゃん慎重過ぎないかなぁ」

 

「昨日あれだけやられてて警戒しない方が凄いよ……」

 

「ん~? そうかなぁ」

 

 のん気に笑いながらケミカルライトを拾い上げた秋穂は腰からアークセイバーの柄を取り、フラッシュライトで周囲を照らす香美のカバーを受けながら薄暗い訓練場の奥へ進む。

 

「何か、壁あるね」

 

「うん。訓練場だし、狭い所での戦闘訓練の為じゃないかな」

 

「ふうん、あ、そんな施設をタケ兄が持ってた雑誌で見たよ」

 

 楽しくしゃべりながら迷路の様な施設内を歩く二人、けたけたと笑う秋穂が曲がり角を左に行こうとした瞬間、香美が彼女を止めた。

 

「どったの、カミちゃん」

 

「そこ、誰かいる」

 

「へ? そこ?」

 

 そう言って秋穂はケミカルライトを香美が示した場所に投げ込む。乾いた音がしてケミカルライトが地面に落ち、しばしの間沈黙が流れる。

 

 その間に香美は急いでショートソケットタイプのサプレッサーを銃口に取り付け、衝立からの僅かな物音に気付いた秋穂は腰からナイフを引き抜いて構え、そっと近づく。

 

 ナイフを逆手に持ったまま、ケミカルライトに照らされて浮いた影を見た秋穂は位置を把握。

 

 ノックで角まで誘い込み、香美のカバーを受けながらヘッドロックの要領で腕で口元を押さえたまま、近くの壁に投げ飛ばした。

 

 衝立を薙ぎ倒しながら吹っ飛んだ何者かに銃口を向けた香美は右側面からのマズルフラッシュに気づいてその場を飛び退き、フラッシュの方向へフルオート射撃を叩き込んだ。

 

 空薬莢が跳ねる音がして静まり返った室内に緊張を張りつめさせた香美と秋穂は衝立をぶち抜いてきたライフル弾の掃射を伏せて回避、香美が冷静にスキャニングを発動して周囲を探る。

 

「こ、ここ十数人くらい敵性反応がある……」

 

「へ?! マジで?! じゃ、じゃあこれ罠って事?!」

 

「多分……違うと思うけど。取り敢えずここを突破しようよ、アキちゃん。そしたら多分サクヤさんに会えると思う」

 

「おっけー。で、何すればいいの?」

 

「ま、待って。訓練所ならファンシアの現在地情報で訓練モードかどうか分かるから、一応確認して……。うん、訓練モード。暴れても大丈夫みたい」

 

 そう言って香美は右側のサブコンソールを低発光モードに変え、P90を背中に回して左のメインコンソールも同様にすると背負っていた銃を戻して手に取る。

 

「それで、プランなんだけどアキちゃんって隠密苦手でしょ? だったらもう派手に行こうと思うの。それで、アキちゃんは前衛で私が後衛、私はアキちゃんから距離を取って進む」

 

「ん~、つまり私を囮に使って前進するって事?」

 

「簡単に言ったらそう、だね」

 

 そう言って香美はフラッシュライトを取り外し、秋穂に手渡した。周辺を探る手段がない香美はサブコンソールを操作して自身の目をナイトビジョンモードに変更する。

 

 種族固有のスキル効果の恩恵であり、夜目が効く堕天使ならではの運用法を見せた香美は秋穂を先行させて歩き始める。

 

「右の部屋、クリア。左も」

 

 そう言いながらライトで辺りを照らす秋穂は前進し、香美がそれに追従。

 

 一瞬目の前のT字角に映った空間の揺らぎに気付いてサプレッサーを装着した銃口を向け、秋穂の肩を叩いて止める。

 

「誰かいる」

 

 壁に背を押し付けた香美のカバーを受けて秋穂が前進する。数メートルほどまで距離を詰めた瞬間、二人は同時に襲い掛かられた。

 

「コンタクト!」

 

 夜目でハンターナイトを捕捉した香美がギリギリバスターソードを回避してセレクターをフルオートに変更して腹部に発砲する。

 

 プレートアーマーに接触して火花を散らす5.7mm弾を使い切った香美はバックアップの拳銃を引き抜いて銃口を足に向けて発砲した。

 

 足の甲に穿たれた風穴に絶叫するハンターナイトがその場でのたうち回る。その間にP90をリロードした香美はハンターナイトの顔面に十発撃ち込むと秋穂の方に向かう。

 

「避けて!」

 

 叫びながら筒状のコンカッショングレネードを投擲した香美は慌てて逃げる秋穂を他所に逃げようとするアサシンをフルオートで牽制し、コンカッションの爆圧をもろに浴びせた。

 

「うっひぃ、危なかったぁ」

 

「ゴメンね、アキちゃん。大丈夫?」

 

「うん、大丈夫大丈夫。それにしてもアキちゃんも兄ちゃん達みたいなやり方する様になったねぇ」

 

「そ、そうかな……? そんなつもり無いんだけどなぁ」

 

 のんびりとした言い方の香美に乾いた笑いを浮かべて立ち上がった秋穂は暗闇から飛び出してきたナイフを切り払うとそちらをライトで照らしながら走り出す。

 

 その間に右側へ走り出した香美は秋穂の侵攻ルートを裏取りしながら徐々に奥地へ進んで、出口手前で秋穂と合流した。

 

「んー出口かな、ここ」

 

「そうみたいだね、一応スキャンしておくよ」

 

「ほーい、安全確認完了。入るよー」

 

 そう言って秋穂はドアを開けて中に入る。そこには大方の予想通り、咲耶がいた。

 

「サクヤさんやっほー」

 

「うふふ、お疲れ様。いきなりのテスト、どうだった?」

 

「あ、あれやっぱりテストだったんだ。んー、いつも通りかなぁ。暗くて狭かったのが辛かったけど」

 

 ケロリと言う秋穂に咲耶は笑いつつ、背後の応接用ソファーでロシアンティーを飲んでいる半狐の少女の方へ振り返る。

 

「らしいわよ、カナコ。人材育成は急務ね」

 

「……こちらの人材を無理やり引っ張り出しておいてよく言う。それに教育方針が違うから一緒にしないでほしい」

 

「一緒にするなって……それって現場式のスパルタ教育受けてた分、この子達の方が強いからって事?」

 

 そう言って苦笑する咲耶にカナコと呼ばれた少女は頷く。

 

「そちらの二人はすでに実戦を幾度と経験してる。対してこっちはさほど経験していない。その差は大きい」

 

「大事にし過ぎって事よ、それは。もうちょっと雑でもいいのよ」

 

「なるほど」

 

 頷くカナコに微笑んだ咲耶はさて、と前置きを置いて二人を相手に話し始めた。

 

「ここに来てもらったのは二つの要件の為。一つは、さっきやってもらった模擬戦をする事、そしてもう一つは」

 

「……あなた達宛ての荷物の案内」

 

「ああん、セリフ取らないでよ」

 

 勿体付けて話していた咲耶に業を煮やしたカナコがそう告げる。頬を膨らませる咲耶に半目を向けた彼女は自身のファンシアを操作して秋穂達に見せる。

 

「これが案内する荷物。あなた達の所のマジックサポーターが置いていった物で大型のケースだった。身に覚えは?」

 

「無いなぁ。見てみないと何とも」

 

「分かった、こっちにある。付いてきて」

 

 そう言ってフードを被ったカナコの後ろを咲耶を殿に置いた秋穂達二人は彼女の後を追って吹雪が舞う外に出る。

 

 出る直前、一寸先を白く染める吹雪を見て取った秋穂達は雪景色に目立つ黒色の防寒戦闘着のフードを被ってカナコの後を小走りに追いかけた。

 

 十分間歩いた彼女達はガバメントセンターに入ると領主権限で奥に入っていった彼女を追おうとして止められた。

 

「……その人たちは大丈夫。中に入れてあげて」

 

 強めの語調でそう言ったカナコを追っていった秋穂達は厳重管理の保管室に入室した。古臭い物置の様なそこには未来的なガジェットやコンテナが山の様に置かれていた。

 

 その奥、張り紙が張られていたコンテナ四基。それぞれ、対応する個人が書かれているそれの元に二人を案内したカナコは領主室直通の扉を通して運ばせた。

 

「これがあなた達宛ての荷物。張り紙に書いてある人以外開けられない様になってるみたい。開けてみて」

 

 そう言ってロック部分にファンシアを当ててコンテナを解放した二人はガチャガチャと変形して中身を解放したコンテナに圧倒されつつ、その中身に驚かされた。

 

「これ、全部アークセイバー?」

 

 そう言う秋穂の目の前、おおよそ剣の柄とは思えぬ厚底ブーツや柄が外付けされたガントレットに加えて紫色のラインが目を引くダブルブレードタイプのアークセイバーが二基、

二つのコンテナにそれぞれ収められていた。

 

 加えて、それらを装備する為のアクセサリーも同梱され、さっそく取り付けようとした秋穂はそれを咲耶に遮られた。

 

「まだ駄目よ、新人ちゃん。装備が更新されてもあなた自身の更新がまだ。その装備はまだつけないの」

 

「えー……。って言っても駄目だろうね。分かったよ~」

 

「ん、良い子良い子。さて、カミちゃん、あなたの装備は……」

 

 そう言って香美の装備を覗き込んだ咲耶はコンテナに横たわるライフル銃にを目に入れ、意外そうな声を出した。

 

「あら、『HK417』じゃない。カミちゃんのクラスアップを見越してかしら」

 

 武器はそれだけ。後は、全て戦闘管制に必要な装備群だった。

 

「派手さはないけど、強力な品々ね。ま、でもこれもこの特訓が終わってから装備してもらいましょうか」

 

 そう言って咲耶は二人のコンテナを閉じると秋穂と二人で運び出す。

 

 自分のコンテナを持っていかれた香美は領主室でぽつねんと立っていた。

 

「……ねぇ」

 

 そんな彼女を見かねたのかカナコが話しかける。

 

「は、はい。何でしょうか」

 

「あなたは、どうしてこのゲームを遊んでるの?」

 

「と、言いますと?」

 

「昔ね、このサーバーで起きた事件が現実にまで影響を及ぼした事があったの」

 

「はぁ……」

 

 眉唾物か、と思いながら香美はカナコの話を聞く。

 

「あなた、PTSDって知ってる?」

 

「は、はい。一応は。心的外傷後ストレス障害の事ですよね? でもあれって、戦場の兵士じゃないと発症しないって……」

 

「PTSDは極限状態でのストレスが原因。だから、このゲームでも発症する」

 

「それがその事件、と言う訳ですか……?」

 

「そう。そして、ゲームで発症したPTSDが原因で人が死んだ。それも、複数人ね」

 

 そう言ってカナコは淡々と告げる。

 

「加えて言えばその発症原因になったのは……当時P.C.K.T.に所属していたハヤト」

 

「え? それって……」

 

「そう、あなた達のリーダー。そんな彼に、付いていけるだけの覚悟はあるの?」

 

 そう言って問いかけてくるカナコに、最初の質問の意味を悟った香美はスリングで下げたP90を見下ろすと顔を上げた。

 

「分かり、ません。そんな事を言われても、考えた事も無いのに。いきなり、そんな」

 

 そう言って戸惑う香美にため息を落としたカナコは伏せ目がちに視線を逸らして謝ると執務机に戻った。

 

 そのタイミングで咲耶達が戻ってくる。彼女達は二人が醸す微妙な雰囲気に首を傾げながら帰り支度を始め、香美もそれに追従する。

 

「今日はもうログアウトするわ。それじゃあね、カナコ」

 

「うん、じゃあね」

 

 挨拶して立ち去る咲耶を見送ったカナコは机の椅子に座って深く息を吐いた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それから十分後、咲耶の道場で稽古をしていた秋穂は攻撃手段にパーリングを取り入れつつ、咲耶と打ち合っていた。

 

「うん、捌きは十分。でも攻撃に幅が無いわねぇ」

 

「セイバーで十分じゃ」

 

「でも、こう来たら?」

 

 そう言って前進してきた秋穂はリーチの内側に入り込まれたことに焦り、対処しきれず吹き飛ばされた。

 

「んぁあああっ、またダメだったぁあ」

 

 バタバタと暴れる秋穂に苦笑する咲耶は正座して待っている香美の方に移動すると水分補給をした。

 

「ほら、休憩よ」

 

 そう咲耶が言った瞬間、秋穂が猛ダッシュで香美に飛びついた。

 

「うわぁあああん、香美ちゃぁあああん」

 

「ひゃああ?! 秋ちゃん、どこ触ってるの?!」

 

「おっぱい! もう我慢ならぬぅうう! 揉んで揉んで香美ちゃん成分をぉおおおお!」

 

 真っ赤になる香美の胴着の合わせに手を突っ込んだ秋穂が恋歌以上、夏輝未満の巨乳に顔を埋めながらおっぱいを揉む。

 

 その光景を見ていた咲耶は顔を蒼くして放心状態となり、秋穂の補給が終了するまで動けなかった。

 

 案の定ボコボコにされた秋穂は叱咤する咲耶からの説教を無言で聞きつつ、床に横たわり、頬を染めたまま熱っぽい呼吸を激しく繰り返す香美の方をちらちら見ては色欲をムラムラさせていた。

 

「ちょっと、聞いてるの?!」

 

「ふあい?!」

 

「あのね、私もそう言う事に理解が無い訳ではないの。でも、限度と言うものがあるでしょうが!」

 

 そう言って地面に竹刀を叩き付ける咲耶はびくぅと驚く秋穂を睨み付けつつ、メイドに介抱されている香美の方に移動した。

 

「大丈夫?」

 

「はい、あの……下腹部がジンジンするだけですから」

 

「それ、大丈夫じゃないわよね。って言うかそこにまで手を出したの?」

 

 呆れながら秋穂の方を振り返った咲耶はぐったりしている香美を見下ろしながら優しく告げる。

 

「そう言えば、香美ちゃん。カナコに何か言われてたわよね?」

 

「ふぇ? あ、はい。強くなりたいかとか、隼人さんの過去に起こした事件がとか、そんな事を聞かれました」

 

「……そう」

 

 そう言った瞬間、咲耶の様子がおかしくなったのに香美はいち早く気付いた。

 

「咲耶さん、やっぱり何かあるんですか?」

 

「ふふっ、鋭いわね。あなたは。そうよ、後輩君の過去には私も関わりがある。ううん、あの世界の頂点に立っていた者なら誰だって関わっていた」

 

「それほどの事だったんですか?」

 

「ええ、それはもう。あのゲームでもそうそう起こらない全領地での同時開戦が起こったほどですもの。軽い最終戦争ね」

 

「最終、戦争……」

 

 比喩からどの様な地獄絵図だったかを悟った香美はビリビリ痛む下腹部と股を手で押さえ、横になる。

 

「……無理して聞かなくていいのよ?」

 

「いえっ、聞きますっ!」

 

 咲耶に背を向けてそう叫んだ香美は口元をキュッと締めて耐える姿勢に入った。

 

「じゃあ、新人ちゃんも聞いてちょうだい。一年前、当時P.C.K.T.で新設されたエースだけが属せるエリート部隊に後輩君達は所属してた。その部隊はPKK部隊。

そうね、軍で言うとこの憲兵、社会で言うとこの警察と言った所かしら」

 

「そうなんだ、それでそれと事件が何の関係があるのさ」

 

「まあ、待ちなさいな。また別の話だけど、当時は私のグループが双葉高校サーバーで大きな勢力を持っていたの。そして、その中に彼はいた。あなたが追いつめたプレイヤー、カイト。

またの名を斑鳩海斗。後輩君は十年前にも因縁があったみたいね」

 

「斑鳩……何か聞いた事ある様な気が」

 

「そうなの? まあいいわ。それでね、当時隆盛を極めていた私のグループでは初心者を狙ったPKが頻発していてね。その中で、たまたまグローブスティンガー領に立ち入っていたP.C.K.T.所属の初心者が

PKの被害にあったの。すぐに向こうで対策が取られたわ。そして、最もPKK能力に優れた後輩君達がP.C.K.T.の大隊長達とグループリーダーの命令でグローブスティンガー領内に侵入し、警護に当たった」

 

 一定の間を置いて咲耶は続ける。

 

「そして、会敵した。今の今まで続く因縁の相手とね。勝負は一方的だったわ、奇襲攻撃による早期掃討、彼らの常とう手段を用いてPKグループは負けたわ。

そして、ルールには無い、ただの不利益の為に全滅させられた事を逆恨みしたグループによってP.C.K.T.領土内で初心者PKが繰り返された事で、世界大戦のトリガーは引かれた」

 

 そう言って咲耶は保存していた当時の戦場を映し出す。

 

「その最中で後輩君達だけが執拗にPKグループをキルしていった。尋問、見せしめ、彼らは何でもやったわ。彼らの心の奥底にある、何かに突き動かされてね。

数か月、同じ事の繰り返しが続いて、最終的にPKする側のプレイヤーがPTSDを発症し、現実で殺人を犯して逮捕される形で決着したわ。そして残ったのは荒れ果てた戦場とお互いへの因縁のみ。

PKグループは一旦表舞台から消え、後輩君達もまたPTSDを発症させた原因としてグループを追放され、ケリュケイオンを創った。それが、事件。今の状態を形作った事のあらましよ」

 

 そう言って咲耶はメイドが持っていたスポーツドリンクを一気に飲み干す。

 

「これで満足? あなた達が知らなくても良かった事よ」

 

「あそこにいる以上、関係ない振りをするのはズルい事だと思うので……。それに、私には強くあろうとする為の理由が、無いんです」

 

「強くある事に理由なんて必要ないわ。ただ力を欲するだけ、でもね。それをどう戦う事に、強大な存在に抗う事に繋げるかは理由が必要よ。それも、自分を折らせない為のね」

 

「戦う、理由……。カナコさんも言っていた」

 

「そうね、皆理由があって戦ってる。理由の部分が宙ぶらりんな人は、おそらくいないわ。あなた達を除いてね。それを見つける事も、修行としましょうか。じゃ、今日はここまで」

 

 そう言って手を叩いた咲耶は香美に襲い掛かる秋穂を見て近くにあった竹刀で地面を叩いて威嚇した。その間に運ばれた香美にはその光景がゴミをあさる野良猫と近所の人の争いに見えていた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 午後八時、人気の無い道場を借りていた隼人は恋歌と二人きりで基礎と体の動かし方の練習をしていた。片手での腕立て伏せをする隼人の隣で大の字に寝っ転がっている恋歌は息を荒げて天井を見上げる。

 

 その隣、黙々と汗を流す隼人は頭を埋め尽くす思考の全てを捨て去り、ただ体を動かす事のみに集中しようとして視界の端に入った恋歌のだらけ切った顔から目を反らした。

 

「邪魔だ恋歌、トレーニングしないなら端っこで休んでろ」

 

「休憩の仕方なんて人それぞれよ、ぅへへ」

 

「チィ、お前のは犯罪スレスレだろうが。お前のせいでうちの妹が変態道まっしぐらだどうしてくれる」

 

 そう言いながら腕立てする腕を入れ替えた隼人を口元から涎を垂らした恋歌がじいっと見つめる。

 

「大体、お前、俺の何を見てるんだよ」

 

「筋肉」

 

 そう言いながら恋歌はシャツを張り切らんばかりに動く隼人の腕の筋肉を見つめ、息を荒げるとコロコロ転がって彼の隣まで行くと背中に飛び乗った。

 

「ぐぉおお。馬鹿、体に負担がかかるだろうが!」

 

「んへへぇ、背筋と汗の匂いだぁ。興奮しちゃう」

 

「お前、今まで淑女だったのにここに来てからはっちゃけたよな」

 

「秋穂達いないからね」

 

「ああ、そう言う事か」

 

 腹筋を続ける彼の背中で汗の染みついたシャツに顔を埋めた恋歌は思い切り吸い込まず小分けにして匂いを味わっていた。

 

 そんな彼女を背中に乗せたまま、トレーニングを終えた隼人は彼女の腰を叩いて合図すると彼女を下ろして立ち上がった。

 

「ふー、久しぶりに体を動かすといいな」

 

 そう言ってそそくさと風呂に行こうとした隼人は逃がさんとばかりに飛び込んできた恋歌に振り返りざま突き飛ばされ、汗もあって廊下を滑走して壁に激突した。

 

「痛ェクソッたれが! おい!」

 

 怒り心頭の隼人が体を入れ替え、恋歌の方を振り返った瞬間、風呂上りらしい加奈と浩太郎が彼の股間に腰を座らせている恋歌を見て一瞬凍りついた。

 

「僕らでもそう言うプレイはしないかなぁ」

 

 若干引き気味にそう言った浩太郎に顔を真っ赤にした隼人は寝室に移動した彼らに手を伸ばし、届かぬと分かって諦めると仕方なく恋歌を抱えて着替えを取りに行った。

 

「おい、降りろ恋歌。風呂行くぞ」

 

「はーい。えへへ~、隼人も私とお風呂に入るの慣れてきちゃった感じ~?」

 

「そりゃあ、まあな。不本意ではあるけど」

 

 そう言って脱衣場に移動した隼人は徐に上半身を脱いだ恋歌から顔を背け、同じ様に汗まみれのシャツを脱ぐと脱衣かごに入れてズボンとパンツを脱いで同様にした。

 

 先に体を洗う事にした隼人は遅れて入ってきた恋歌が腕で要所を隠しつつ入ってきたのを見ながら彼女が浴槽に入るまで待った。

 

「ふぅー気持ち良い~」

 

 緩み切った表情で体を伸ばす恋歌を座高の関係上、上から見えた隼人は湯船に浮かぶ浮き球二つに気づいて若干目を伏せて頭を洗う。

 

「んふふ~、今私の体見てたでしょ」

 

「み、見てねぇよ」

 

「隠そうとしたって分かるわよ~? ムッツリスケベ」

 

 でへへ、と笑う恋歌にムッとした隼人は最近になってやたらと積極的な彼女に疑問を浮かべつつ、シャンプーを流した。

 

「せ、背中洗ってあげるっ」

 

「は? 良いって、俺一人で洗うから」

 

「ケチっ」

 

 何がだよ、と突っ込みつつ隼人は垢すりのタオルにボディソープを垂らし、少し擦りあわせてから体を洗い始めた。

 

 その様子を不満タラタラな表情で見つめる恋歌に段々と恥ずかしくなってきた隼人は一度彼女の方を見る。

 

「……背筋、胸筋、太もも、上腕筋」

 

「お前は何を言ってるんだ」

 

「全部堪能できたのにぃいいい!」

 

 うわーん、とマジ泣きし始めた恋歌に慌てた隼人は妥協策を模索しようとしていたがわたわたしている内に泣きながら湯船から出てきた彼女に度肝を抜かれ、真っ向から抱き合わされた。

 

 全身が硬直した隼人はだんだんと泣き止んだ彼女に内心安堵しつつ、筋肉を触れる感触にくすぐったさを感じて身を捩った。

 

 仕方ねぇ、と踏ん切りをつけた隼人は抱き付かれた体勢のまま恋歌の体を洗い始める。と、そのタイミングで風呂場の引き戸が開いた。

 

「あ」

 

 間抜けた声を上げたのは利也と夏輝で、彼らは隼人達の体勢を見て顔を赤くすると口を金魚の様にパクパクさせた。

 

「あ、いや待て利也! これはその……。仕方なく!」

 

「何が仕方ないのさ!? その体勢のどこにも仕方の無さは感じられないけど!?」

 

「と、取り敢えず入れよ、体冷えるぞ」

 

 そう言って誤魔化し、諦められたのか追及されなかった事に安堵した隼人は夏輝に極力視線を向けない様にして羞恥心から顔が赤い恋歌を下ろし、シャワーで彼女の泡を流した。

 

「まあ、俺らもそろそろ出ようとしてたんだがな。利也と夏輝はこんな時間まで何してたんだ?」

 

「恥ずかしながら、布団でうたた寝してた」

 

「ああ、飯食った後か。通りで姿が無かったわけだ」

 

 そう言いながら湯船に浸かった隼人はその後を付いてきた恋歌が恥ずかしそうに背中に隠れたのを赤面しながら受け入れる。

 

「そ、そう言えば、二人はその様子だと混浴に慣れたのか?」

 

「慣れた、と言うより……。意識しない様にしてるかな、意識しすぎるとお互い落ち着かなくなっちゃうし」

 

「そう言う方法があったのか……。まあ、俺がやると恋歌が怒りそうだけどな」

 

 そう言って隼人は背中の恋歌をちらと見てタオルで前を隠している夏輝の方に押しやると四人並んで湯船に浸かる。

 

 ちらと夏輝の方を見た隼人は湯船に浮かぶ大玉に気づいて視線を逸らした。そんな彼に気づいたのか利也が頭に軽く手刀を当てて諌めると話題を振った。

 

「隼人君、明日は休日だよね。皆に関わる予定とかあるの?」

 

「いや、特には決めてない。個別には予定入れられているが、全体で動く事は何もないぞ」

 

「そっか、おじいさんのガレージにあるヴィンテージカーいじりたいなって思ってるんだけど、どうかな」

 

「ガレージのオンボロをか? 爺さんに怒られんぞ。本人は何もメンテしてねえらしいが」

 

「だから、君に頼んでるんじゃないか。綺麗な状態にしますよって付け加えてね」

 

 そう言って悪戯っぽく笑う利也の後ろ、苦笑する夏輝とムスッとした表情の恋歌を見た隼人は頭を乱暴に掻いて湯船に拳を叩き付けた。

 

「あーもう、仕方ねえな! 爺さんには俺がお膳立てする。それでいいか?」

 

「充分。後は僕らが何とか丸め込むからさ」

 

「たまに思うけど、お前ら二人と討論したくないなその交渉能力は」

 

 そう言って乾いた笑いを浮かべてそっぽを向く隼人に苦笑した利也は何やら騒がしい脱衣場に気づき、そっちを向くと脱衣場と浴室を隔てるドアを勢いよくかけて外れさせた楓に何かを噴いた。

 

「皆とお風呂ーっ!」

 

「だからってドアを外すんじゃねぇ!」

 

 もろ手を上げて喜ぶ楓に湯船から立ち上がった隼人が突っ込みを入れ、立ち上がった際に一応の配慮として巻いていたタオルが吸った水の重さでずり落ち、楓から目を背けていた恋歌と夏輝の眼前に

立派な50口径を露呈させた。

 

「き」

 

 欲情して涎を口元から垂らす恋歌の隣、真っ赤になった夏輝が引き気味の悲鳴を溜める。

 

「きゃああああああああ!」

 

 目を回しながら恋歌に抱き付いた夏輝は我に返った彼女に驚かれ、二人はもみくちゃになりながら湯船で暴れる。

 

「うわあ、ちょっと二人とも落ち着いて!」

 

 乱舞する巨乳に頬を赤く染めながらそう言った利也は暴れる二人を落ち着かせると、若干気になっていたらしい隼人にハンドサインを送るとのぼせる寸前の二人を湯船の枠に寝かせてクーリングさせた。

 

 その間にドアを直した隼人は全裸で武に怒られている楓を見るとため息をつきながら湯船に入った。

 

「ったく、今度はお前らか。騒がしいなぁ」

 

「僕らもいるけどね」

 

「っと、コウか。加奈もいるのか。二人共どうした? もう風呂には入っていただろう?」

 

「寝汗掻いちゃったから、入り直そうと思ってね」

 

「寝汗……? 今日は涼しいだろ、それに寝室は風の通り道を開けてあるはずだぞ。それに二人とも、汗っかきじゃないだろ」

 

「隼人君」

 

 圧力を感じる笑みを浮かべて浩太郎は隼人を見つめる。無言の笑顔に気圧された隼人はいつもの調子を失って湯船におとなしく浸かった。

 

「ふぅー、何だかんだで皆揃ったね」

 

「ああ、小学生以来だな。皆デカくなってるが」

 

「あはは、まあそうだね」

 

 そう言いながら湯船に浸かる隼人と浩太郎。その間に加奈と恋歌が割って入り、それぞれにふくれっ面を向ける。

 

「二人だけで」

 

「楽しそう」

 

 むぅ、と可愛らしく睨む二人に揃って苦笑した隼人と浩太郎は二人への慰めにそれぞれで頭を撫でる。

 

「二人で話ぐらいさせてくれよ」

 

「私達がいる時くらいそれぞれと話しなさいよ」

 

「分かってるよ。でも……ちょっとだけ、頼む。加奈も」

 

 頼み込み、二人を離れさせた隼人は彼の変わった表情に気づいていた浩太郎に視線を向け、話し始めた。

 

「わざわざ、二人を遠ざけるって事はカイト君の事かい?」

 

「ああ、お前にならと思ってな。お前もアイツと……いや、アイツが生み出した理不尽な現実と戦ったはずだ」

 

「……うん、そうだよ。僕は、中学校の頃に彼を、半殺しにした。もっともそれよりも前に君が瀕死にしたみたいだけどね」

 

 そう言って苦笑した浩太郎に頷いて隼人は視線を俯ける。

 

「アイツとの決着は、俺がつける。今度こそアイツを」

 

「どうする気なんだい。まさか、殺すのかい?」

 

「ああ、アイツは俺の手で、始末するべきだった。いや、そうしなければならなかった相手だ」

 

 そう言って自分の手を見下ろした隼人は脳裏にフラッシュバックした血だらけの拳に慌てて手を湯船に沈めた。

 

 顔を上げた視線の先、潰れたカエルの様に痙攣を繰り返す海斗の姿があり、彼を揺さぶる少女が隼人に向かって罵倒を浴びせる。「ヒトゴロシ」、と。

 

「隼人君、隼人君!」

 

 浩太郎の呼びかけで我に返った隼人は何の変哲もない湯船に安堵しつつ、徐に立ち上がり、一人早く出て行こうとする。

 

「おい、隼人」

 

 彼の背に声を投げたのは額に畳んだタオルを乗せていた武だった。

 

「何だ、武」

 

「これからも、お前の事。俺達は信用してるぜ」

 

「ああ、分かってる。ありがとう」

 

 そう言って隼人は片手を上げて脱衣場へのドアを開けた。ドアを閉めて視線を絶った彼は恐怖に震える右手を抑えつけ、形容できぬ苛立ちを表情として浮かべる。

 

 また間違うんじゃないのか、その事だけが彼を苛む。今度こそ、間違えない、絶対に。そう心に誓った隼人は押し掛ける様に出てきた面々に顔を真っ青にした。




Blast10完結です!
さて、そろそろ一周年を迎えるBOO。記念的な事は何もありませんが、
応募用に仕上げた読みきりサイズの長編のアップやピクシブとのダブル連載(書き換えは基本なしの方針)をしたいと思っています。

さあ、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
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