「すいません、つい嬉しくて力加減を間違えました」
アイリスに背中をさすられながらむせるウタは危うく、新時代のために動き出す前に死にかけ流ところであった。
「大丈夫、新時代を作るまでは死なないから」
落ち着いたところでそう言って笑う。
ウタが問題ないと知ってオロオロしていたアイリスが安堵する。
アイリスもウタほどではないが友達を失いかけたことでやや過敏になっているようである。
お互いに落ち着いたところで、アイリスが切り出す。
「先ほども言いましたが、ウタのおかげで私は50年前に立てられた、実現性の低い計画から解放されました。お陰で助かりました」
「友達だし当然だよ。でも、実現性低かったの?」
ウタは疑問に思う。計画そのものは十分現実的にマリージョアを吹き飛ばすことができるものに思えた。
それに、アイリスも自信満々に実行しようとしていたのに何故と。
「ウタのトットムジカと戦って、私の準備した兵器では太刀打ちできない存在がいることがわかりました。恥ずかしい話ですけど、私は計画を引き継いでから今日まで実現の障害になるものなんて想像もしていませんでした。いや、厳密には多少の迎撃は考慮してましたが、それを排除できる戦力は用意したつもりでした」
そうして、俯きながら悔しそうに続ける。
「しかし、トットムジカに通用しなかったことが全ての前提を覆しました。小国のエレジアですら、そんなものを持っていたんです。世界政府が、もっと手に負えない何かを持っていない保証なんてありません」
そして、ベッドの傍に置かれていた四角い箱に突然
映像が映る。
映像でんでん虫と違ってどこにも投影せずに、映像を映す存在に目を丸くする。
「テレビジョンです。明るいところでも見れて便利なんですよ」
軽く説明して、映像を使って説明し始める。
そこには、先ほどのトットムジカとアイリス製兵器との熾烈な戦闘の様子が映っていた。
陸海空のあらゆる兵器が巨大な手足やビームによって一方的に撃破される光景に、今更ながら自分がとんでもない存在を呼び出したことを実感し顔が引き攣る。
「もし、マリージョアにアレに匹敵するものがいたら私は一方的に撃滅されていたことでしょう。復讐も何も遂げられないまま……。私はその可能性を否定できません。なぜならば、地上に現れてから今日までろくに外の世界のことを調べようともせずに、ただ計画通りに実行しようとしかしていなかったからです。マリージョアなど単なる地図上の爆撃ポイントとしか見ていませんでした」
無念そうにそう言うアイリスに、ハッと気がつき思わず問いかける。
「アイリスは、まだ復讐は諦めてないの?」
アイリスはゆっくりと顔を上げ、ウタの目を真っ直ぐに見返しながら答える。
「そうです。とは言ってももう無意味に死ぬつもりはありませんから安心してください。さっきから言っているようにあの計画は破棄します。しかし、最後の国民たちから引き継ぐ物がなくても、私の思いとして、世界政府のことは許せません」
見つめ合うウタには、わかった。確かに瞳に宿る、今まで復讐を語るときには見られなかった明確な怒りの感情が。
「私にとって故郷であったこの島を滅ぼし、いつか会ってみたいと思っていた大切な人たちを虐殺した者たちには、私の意思で報復を行います」
復讐とは連鎖するものである。
恨みから誰かを殺めれば、その誰かは他の誰かの大切なものかもしれない。
そして誰かは誰かに復讐し、それがさらなる復讐を呼ぶ。
大切に思っている人は1人とは限らない、復讐の連鎖は止めどなく拡大再生産を繰り返す。
やがてそれは大きな戦乱を呼び、殺し殺され、どちらか一方が殺され尽くしては、やがてまた残った方が割れて殺し合いが始まる。
それは、あまりに長く続きすぎる殺し合いに、恨む側も恨まれる側も疲れ果て、もうこんなことはたくさんだと口を揃えて言い始めるまで止まらない。
歴史上幾度となく繰り返されてきた悲劇。
アイリスが踏み出そうとしているのはそんな修羅の道である。
ウタにはそんなことはわからないが、しかし歌手として世界中を幸せにしたい自身の夢とは相容れないものであるのは理解できる。
であるならば、本来は友として止めるべきなのかもしれない。
しかし、抱え込んだもう一つの側面はそうは行かせない。
ウタもまた誰かを恨む人間の1人である。
自分を裏切り、捨てていった赤髪のシャンクス。
それまで本当の家族だと思って愛していたからこその裏返った憎悪。
それを内に秘めるからこそ、アイリスの復讐には共感してしまう部分がある。
それも、この世界では無理のない話である。
本来なら憎悪を受け止め、連鎖を止めることを期待されるのが法であり権力である。
復讐が肯定されないのであれば、大切なものを奪われた誰かは、ただ涙を呑んで押し殺すしかないのか?
しかし、そんなことは不可能である。
なぜならば人間に秘められた凶暴性は、相手が何をしようと報復してこないと確信したならば、どこまでも残忍になれるからである。
報復に打って出なければ、やがてはエスカレーションする悪意に踏み潰されるのがオチである。
だからこそ、法のもとに厳格に犯罪を定め、それに反したものは罰し、一方的な悪意の押し付けが罷り通る事態を防ぎ、無秩序な復讐の連鎖を止めるのだ。
しかし、この世界に皆が公平に庇護を期待できる法とそれを行使する権力などどこにも存在しない。
世界政府は腐敗し、自身が争いの種をばら撒く始末である。
ましてや本質的にあくまで自己満足でしかない海賊も、例えトップが善良な人間であろうと公平性とは程遠い。
国や市町村単位では一時的には存在しえても、外からやってくる海賊や天竜人とその配下たちにより容易に壊される脆弱なもので、長続きなどしない。
だから、権力に腐敗はないわけではないが少なく、法律は完全ではないかもしれないが概ね公平に運用され、そしてそれを脅かす脅威に対抗する力もある、安定した、そんな平和な場所など、この世界にはどこにもないのだ。
もし、そんな場所に住んでいながら誰かを害するような人間は救いようがないかもしれないが、この世界では自力救済を行うしかない。
未だに世界について知らないウタにはそんなことはわからない。
しかし、世界の平穏を願いつつ、自身も憎悪を抱えるウタは、だからこそ彼女に寄り添えた。
ありもしないのもを頼らず、自分が救うのだと。
「ねえ、復讐するつもりなら、私と一緒に新時代を作ろうよ」
その言葉が、アイリスは理解できなかった。
新時代への誘いは先ほど受けたし、それは素晴らしいものに思えた。
しかし、だからこそ世界を壊すであろう自身の復讐とは相入れないと思ったし、友達として可能な限り手伝いたいと思った一方で、正直に話せば自身の感情は否定されるものと考えていた。
だから、復讐を肯定されつつ再度新時代に誘うのか理解できない。
「私は新時代を作る。でも、アイリスからこの国が滅ぼされた話を聞いたら、多分、世界政府は敵に回るだろうって思った。だから海軍も敵になる。それに海賊だってみんな敵に回るよ、きっと。だから私は全部と戦って勝たなきゃならない」
そして、今度はウタからアイリスの目を見つめながら真摯に語りかける。
「私は歌手になって、それで歌だけで世界を変えられるって信じてた。でも、それは甘い考えだってあなたに気づかされた。歌だけじゃだめ。でも、私は逃げない!この世界の強い人たちが全部敵に回っても戦うつもり!」
そう力強く宣言して、自分を奮い立たせながら誘う。
「だから、アイリスに仲間になって一緒に戦って欲しい。復讐は……、そんなに大勢の人が死ぬのはダメだけど、私も手伝う。一緒に、新時代をつくって!お願い!」
そう言って頭を下げるウタ。
その誘いに、アイリスは自身のデータバンクに保存されている、かつてのアトランティス王国の目標とその顛末を思い出す。
世界をより良くすることを国是に、技術と対話によってそれをなそうとした。しかし無惨に踏みにじられて潰えた。
しかし、平和を求めながら、そのためには戦う決意を語る友人にウタならばあるいは、と思う。
そして、なにより、変わり果て復讐などと当初の製作理由とはかけ離れたことに力を使おうとする自身のエゴを、ウタはかつて望まれたことの実現に向けて使おうとしてくれている。
自然とアイリスの目から涙がこぼれ落ちる。しかし、それは何度かあった悲しみによるものではなく、初めて喜びの感情から流れるものである。
「ええ、わかりました。私も新時代のためにウタと一緒に戦います。これからは私とウタは友達であると同時に、新時代のための同志です!」
頭を上げて、満面の笑みを浮かべるウタ。
そして、お互いに出した手を強く握り合い、夢の実現を誓い合った。
「でも、すぐに動き出せるわけではありません」
涙を拭い、冷静な顔つきになったアイリスが話し出す。
「世界政府の、そして海賊たちの力について私たちが知ることはあまりにも少なすぎます。相手のことを知らないまま下手に動けば、私が進めていた計画の、想定される最悪の結末がくりかえされるだけです」
それを聞いて、ウタは自身の知識を引っ張り出す。
「この世界の海には、海軍と七武海、それに四皇と呼ばれる3つの勢力があるらしいよ」
「私が知るのは、海軍、それも50年も昔の記録だけです。ウタはどうですか?」
「私もそこまで詳しくは知らない。昔、海賊船に乗ってたことがあるけどそのときにちょっと聞いただけ」
「だからこそ、まずは情報収集が必要です。幸い、私のような人間そっくりのロボット、私はターミネーターと呼んでいますが、それらを量産して世界中に潜入させれば情報収集は可能です。秘密裏の移送手段も長距離の無補給航行可能な潜水艦の建造プランがありますし」
世界中からの情報収集と聞いて、ウタにふとアイディアが浮かぶ。
「それじゃあ、私たちも世界を回ってみない?私が歌手デビューして、世界中でコンサートを開きながら自分で見てみるの」
それを聞いて渋い顔になるアイリス。
「ちょっと危険じゃないですかね?襲われるかもしれませんよ?」
それに対して自身ありげに答える。
「大丈夫、私のウタウタの力ならアイリスでもない限りその辺の海賊とかには負けないよ」
それに対して申し訳なさそうにアイリスは答える。
「それなんですが、ウタがウタウタの実の能力者であることはなるべく知られない方がいいと思います。ちなみに今どれくらいの人に知られてますか?」
ウタの中では自身がそうなのもあって悪魔の身の能力は当たり前のものであり、だからこそ隠し立てすることに疑問を感じながら答える。
「なんで隠すの?まあ、今知ってるのは、ゴードンと昔いたフーシャ村の人たちと……、あとは昔乗ってた海賊船の人たちかな?」
「その人たちが言いふらす可能性は?」
「そんなのわからないけど……、ゴードン以外は最後にあったの8年前だし」
顎に手を当てて思案するアイリス。
「それだけ時間が経っているのに。世界政府が動いていないならとりあえず、大々的には知られていないようですね」
1人で納得されて、混乱するウタにようやくアイリスが説明する。
「ウタの食べたウタウタの実とエレジアにあるトットムジカの関係は周辺の国々には知れ渡っていました。トットムジカが手のつけようがない恐ろしい存在で、ともすれば世界を滅ぼしかねないことも。当然、世界政府も知っているはずですし、もしウタウタの実の能力者がエレジアに現れようものなら何かしらの対応をとるはずです。しかし、ウタがいるにもかかわらず昨日までにエレジアを調べた時は特に監視するものもいませんでした。と言うことはまだ世界政府は把握していない可能性が高いです」
そこから、表情を引き締めて続けるアイリス
「しかしながら、ウタがウタウタの実の能力をもつことが知られれば監視がつくはずです、最悪確保しようと襲われるかもしれません。さらに、トットムジカを使えることまでバレればどんな強硬策に出るか想像もつきません。ですからウタウタの能力は可能な限り隠した方が良いです」
今更ながら自分の能力の世間からの評価を聞いて、驚くと同時に、ここまで隠していてくれただろうゴードンに感謝する。
「わかった、でもそれだと歌手デビューは無理なのかな」
そう言って意気消沈するウタに慌ててアイリスがフォローする。
「いえ、別にバレなければ問題ないのはずです。能力のオンオフは任意でできるんですよね、なら普通に歌うだけならしばらくは大丈夫のはずです。ただ、ウタが能力者だと既に知っている人たちが言いふらせば話は別ですが。それも8年も経って声も背格好も変わったならよほど親しくなければ気が付かないとは思います」
8年で成長したウタに気がつきそうな親密なものたち。思い当たるのは、もしかしたらフーシャ村のルフィやマキノ、村長さん、後は赤髪海賊団。
しかし、フーシャ村は外界から孤立した環境でほとんど交流もない。そこからはなかなか広まらないだろうし、シャンクスは海賊故に政府に伝わるとも思えない。
「それならとりあえず、大丈夫そうかな?」
「そうですね、それにウタが力を使えないなら私が守ればいいんです。弱気なことを言ってすいません。友達の夢のために全力でサポートします」
そう言って、ふんすと意気込むアイリス。
「とりあえず、安心して航海可能な船と護衛を作りますから、大船に乗った気で待っててください」
「あとゴードンにも話さないとね」
そして、新たな旅立ちのために2日ぶりにエレジアに帰ることになった。