車窓から見える煌めく海を眺めながら、蒸気機関の奏でる独特の音を聞き、今まで飲んだことのない高級品の紅茶とホイップマシマシなパンケーキに舌鼓を打つ。
最高に快適な環境になれない旅にも関わらず、リラックスを感じながら、ウタは創作意欲の赴くまま、作詞に取り掛かる。
客車1両を丸ごと貸し切るなんて贅沢な真似をしただけあって快適な船旅が実現されていた。
そう、ウタとアイリスが乗っているのは船である。海列車と呼ばれ、見た目は蒸気機関車そのものであるが海に浮かぶ船なのである。
海に漂うレールをパドルを使ってたぐりながら進む高速船。見た目は陸上のレールを走る列車と同じだが、あくまでも浮力を得て海に浮かぶ立派な船で、必ずしも航行にレールは必要ない。
では何故レールを手繰っているのかと言うと、それはこの船が運行されるグランドライン独特の事情が原因である。
2本のカームベルトと呼ばれる無風、無海流の海域に挟まれる様に世界を一周するこの海では、磁気が異常をきたし、コンパスと地図頼りの航法は通用しない。さらに海流も異常であり安定せず、天候も安定せず突発的なサイクロンが日常的に発生する。その様な環境で安定して航行するために考え出されたのがこの船である。
お陰で路線上の島は、過酷な環境で島同士の往来が寸断されがちなグランドラインにあって、活発な交易を実現し、多大な経済的恩恵を受けている。
最初からこんな快適な船旅ならなぁと、ウタは目の前で疲労から、用意してもらったテーブルに突っ伏すアイリスを見る。
別にAIのアイリスは肉体的疲労など感じないのだが、これは精神的なものである。
そして、こうなっても仕方ないよねと思いながらここまでの苦労を思い返す。
ゴードンからウォーターセブンの近くにあるカーニバルの町サン・ファルドの町長が知人だと聞いたのでまずそこに情報を聞きに立ち寄ることにした。
ウタとアイリスはゴードンが伝を使って用意してくれたので、普通の旅行者として客船に乗り、レッドライン経由でグランドラインに向かう。
しかし、まずこの時点で何度も賊の襲撃を受けるハメになる。
女2人に物々しい護衛多数、さらに重そうな荷物が運ばれているとあって金の匂いを嗅ぎつけたのだろう、島から島へ船が移動するたびに、毎回乗り込んできたチンピラ風の男たちに襲われ、護衛が海に叩き落としていた。
実際に多数運ばれているアタッシュケースは途中の島で金塊を換金した多額のベリー札であり、彼らの目星は正しかった。
しかし同時に無謀でもあった。なぜなら多数の金塊を輸送するために同行しているものたちは全てアイリス製のターミネーターであり、彼らに勝てる相手ではなかったのだ。
そのため、声をかけて金目のものを脅し取ろうとするたびに静止され、逆ギレして銃撃、チタン合金製の骨格に通用せず驚愕したままノックアウト、海へボッシュートと言う流れが見慣れたものになってしまった。
それでもこの時点ではアイリスも余裕そうに、自身の創造物の自慢をしていたのだ。
それが変わったのはグランドラインに入ってからである。
乗ったのは普通の定期便の客船であったが、幾度となく命を落としてもおかしくない苦難に襲われる羽目になる。
まず、海賊の襲撃が日常茶飯事である。
毎度毎度、突然砲撃を仕掛けてくる海賊たち。その度にターミネーターたちが穴を高速で修復しながら、乗り移ろうと接近してくる海賊船に逆に突っ込んで行き、制圧する。
役に立たない見張りの代わりをターミネーターにやらせるようになってから事前に逃げられる様になったものの襲撃は完全にはなくならない。
さらに海王類をはじめとする巨大海洋生物による襲撃も何度か起こる。
その度に幸運にも逃げられたが、ターミネーターたちに隠し持たせた銃器では全く対処できない脅威に毎度肝を冷やす。
サイクロンとの遭遇とてよくあるイベントである。
その度に練度の低い船員たちに変わってアイリスたちが船を操りなんとか乗り越えた。
一応、これでもあらかじめ危険なことがわかっている海域は避けているそうである。
だが、突発的な事象はどうしようも無い。
毎回、特に海王類対策にウタウタの実の能力を使おうとしてはギリギリまでアイリスに止められてなんとか使わずに来れた。
しかし、赤髪海賊団時代を含めると壮絶な人生を歩んできたウタと比べるとずっと島にいたアイリスは頻発する、主にウタの命の危機に奮闘し、疲れ切っていた。毎回、私たちって一応旅行客ですよね?、旅行ってなんでしたっけとぼやきながら。
ちなみに毎回、船を救うために奮闘したり歌で心を落ち着けさせようとするウタとアイリスたちは目的地だったサン・ファルドに着く頃には、他の乗客から救世主の様に崇められる様になっており、彼女たちが船を降りると他の乗客たちも全員船を降りて着いてこようとしていたが、なんとか押し留めて置いてきたのであった。
ただし、船を作りにウォーターセブンに行くことや、そもそも船を使って世界中の人々のために世界を回りながらライブを開きたいことなどは話していたため、元々そこそこ豪華な客船で富裕層が多かったことから巨額の資産を寄付してくる客が続出し、とりあえず全財産寄付などは断りつつ、ついてこない様にある程度の額は受けとったため、手持ちの予算は大幅に膨れ上がっていた。
そんなこともあって、ゴードンの知人にウォーターセブンで船を作るための紹介状をもらえた後、少しでも快適に旅をするためにもともと興味のあった海列車で、さらに1両貸し切りにしたのだが、そのおかげか今のところトラブルにも巻き込まれずに快適な船旅を送れていた。
「はっ、あれは夢、ウタと旅行に来て散々な苦難にぶち当たる夢をみてしまいました」
「それ夢じゃないと思う」
とりあえず復活したものの、現実逃避で今まであったことを夢扱いしようとするとアイリスに突っ込みを入れる。
「じゃあ、なんなんですか、おかしいでしょう。トラブルの頻度が」
「グランドラインはそう言うものらしいし?しょうがないよ」
「そんな諦めてはいけません。いつか私はこの異常な海を克服してみせます」
立ち上がり、腕を振り上げながら宣言するアイリスが前向きになったことに微笑みながら、主目的の一つであった現在搭乗中の列車について話を振る。
「それだったらこの船がいい線行ってるんじゃないかな?乗り心地も良いし、海賊も海王類も襲ってこないし」
「そうですね、海賊はこの船の速さに追いつけないんだと思いますが、海王類は謎ですね。もしかしたらこの船に海王類を寄せ付けない何かがあるのかもしれません。聞いてみましょう」
そう言って、やってきた給仕に聞き、知らないと聞くと車掌を呼ぶアイリス。
迷惑じゃないかなと、ヒヤヒヤするが車掌はニコニコしながら揉み手で近づいてくる。
実は客車1両丸々借り上げたことに加え、ウタが高級品の素材をふんだんに使った高額な料理を頼みまくっているため、かなりのVIP扱いされており、急な儲けにホクホク顔な車掌であった。
「車掌さん、この列車は海王類に襲われてないですけど、何か仕組みがあるんですか?」
しかし、突然専門的な話題を振られて固まる。
今までわざわざそんなことを気にする客はいなかったのだ。
「前の島まで乗っていた客船は何度か襲われまして気になったんです。知らないなら別に良いですよ」
その言葉に同情的な顔になる車掌。
「そうでしたか。残念ながら自分は技術的なことは知りません。でも不運でしたね。海王類に襲われるなんてなくもない話ですが、一回の航海でそう何度も襲われんなんてそうそうありませんよ」
「そうなんですか⁈、じゃあ、私の苦労は……」
そう言われて、肩を落とすアイリスに慌ててフォローする車掌。
「襲われたのに生き残っているんですから、不幸中の幸いってやつですよ。海王類だけが原因でもないですけど、この海じゃ毎年何百隻も行方不明になるんですから。あと、この列車について知りたいのでしたら運行会社のガレーラカンパニーに行ってみてはどうでしょう。この先のウォーターセブンに行かれるんですよね。そこにありますよ」
その言葉に気を取り直すアイリス。
「私たちは、そのガレーラに船を作ってもらいに来たんです。それならちょうどいいです」
「そうだね。目的地がわかりやすくなったよ」
そう続けるウタも気になったことを聞く。
「そういえば、この船って他に何隻ぐらいあるんですか?、乗った時の駅だとこれしかなかったですけど?」
「他にって、海列車は世界にこのパッファングトム1両だけだよ。まぁ、確かに何両もあったほうが便利だろうけどねぇ」
「えっ、そうなんですか。もっといっぱいあるのかと」
アイリスの影響か、機械っぽいものは同型がいくつも量産されているのが普通に思うようになってしまっているため、意外そうにする。
「こんなに便利そうなのになんでいっぱい作らないんですか?もっといろんなところを走らせればさらに経済効果が出そうなのに?」
そう言ってアイリスも不思議そうにする。
「お嬢さん難しい言葉を知ってるね。私も詳しいことは知らないが、作るのが難しいって聞いたね。こいつも天才船大工が仲間と一緒に苦労して作ったらしいんだが、その船大工はもういないらしい」
さらに詳しく聞きたそうなアイリスだったが、そろそろウォーターセブンに着く時間になったため車掌は話を切り上げて去っていった。
そして、勧められた通り窓から外を見ていると、水平線から徐々に巨大な噴水と街が海に浮かび上がる。
「うわー綺麗!、これが見れるだけでも来た価値があったよ!」
「本当ですね、しかしあの巨大噴水どうやって噴出させてるんでしょう?馬鹿でかいポンプでも埋まってるんでしょうか?」
そう言って、後ほど街の地下に探査艇でも送ろうかと検討するアイリス。
2人とも、平和な船旅に満足していた。
なお、海列車に乗るまでの苦労は旅行ではなく武者修行か何かだったとカテゴライズし直されている。
海列車が駅に着くと、早速ガレーラカンパニーの本社に向かうことにする。
この町ではブルと呼ばれる大型の馬面な海蛇の様な魚に乗って町中を張り巡らされた水路を移動するのが普通だと聞いたため、何匹も借りて移動する。
「歩かなくて良いのは効率的で素晴らしいです。馬車に比べると水運は効率的ですし。この動物がいるなら動力機械がなくても細やかな配送が実現できるでしょう。この水路を維持するために、あの噴水を使って水を引いているんでしょうか?本当に人工物だとするとすごいダイナミックな方法です」
この町の物流網についての所感を興奮しながらまくしたて続けるアイリス。
なんでも、自身のそれとは全く着眼点の異なる方法で実現されている文明はロマンを感じるものであるらしい。
「うんそうだね、料理も美味しい良い町だね」
そう適当に相槌を打ちながら、買い込んだ肉料理を一口で頬張るウタ。
このモードに入ったアイリスは周りにお構い無しに満足するまで止まらないことを知っているのであまり真剣には聞いていない。
それよりもこの町の名物料理である水水肉を味わうことに夢中であった。
先程までパンケーキを食べ続けていたがデザートは別腹である。
肉と大量のアタッシュケースを積み上げた船団は非常に目立っていたのだが、しかしそれがトラブルを誘引することもなくあっさりとガレーラカンパニーについてしまう。
「あっさりついちゃいましたね。これまでの苦労が嘘の様です」
「こんな島もあるんだね。ここなら平和にライブが開けそう。前に寄ったカーニバルの島ってところだと一応海賊に襲われたし」
そうやって2人で世の中の不平等さに嘆いていると、巨大な門の傍から誰かが慌てて出てくる。
その後ろから何人もの男が続けて飛び出しこちらに向けて駆け寄ってくる。
「まてぇー。パウリー、今日こそ借金全額、耳を揃えて返してもらうぜぇ!!」
「しつけぇ、今度金が入ったら一発当てて返すって言ってるだろうが!」
「お前いつもそう言って、全額擦ってるじゃねえか!」
「そんなことねぇだろうか!たまには当たってらぁ!!」
そんなやりとりをしながら、横を駆け抜けていく一団を見送る。
「よかった、こんな平和な島にも騒動ぐらいは起こるんですね」
「いや、良くはないよ良くは!」
そんな気の抜けたやり取りをしていると。
「なんじゃ、こんな大勢でゾロゾロと。うちの工場に何か用かのう?」
突然、隣に降り立った男に声をかけられる。