CP9の企みが露見するすこし前、アイスバーグたちとの慣れない会食に疲れたウタは自分たちのために用意された部屋に着くとすぐにベッドへとダイブし寝息を立て始めた。
しかし、心地の良い眠りは慌てたアイリスに叩き起こされることで終わりを告げる。
そういえばシャワーも浴びてないなと呑気な思考で寝ぼけたまま、別の部屋にいたターミネーターたちに抱えられ、アイスバーグの寝室まで連れて行かれる。
その間、アイリスから事情の説明もそこそこに、聞き覚えのあるのとないのが混ざった男女4人組の会話を聞かされ、その内容に眠気が吹き飛ぶことになる。
まもなく、ドアを叩き割られそうな激烈なノックによる突然の安眠妨害にボヤきながら、壊されては堪らないとドアを開けるアイスバーグ。
隙間ができるや否や、ウタを物理的に引きずって部屋に押し入るアイリスに苦言を呈すが、説明もそこそこにアイリスの口から聞き覚えのありすぎる声が聞こえ始め、耳を傾けざるを得なくなった。
そして、もたらされる自分の部下や知人が政府の極秘諜報員だと言う情報。
にわかには信じがたい話である。しかし、聞こえる声は間違いなく知っているそれである。
さらに、彼らの目的についてもアイスバーグには違和感のないものであった。
既に、世界政府の役人に接触を受け、プルトンの設計図を渡すように交渉の場が何度も設けられていたからである。
その度に煙に巻かれる役人の苦々しそうな顔を見ているアイスバーグは彼らがついに痺れを切らして実力行使に出てきたとしても筋は通っている。
しかし、それでもやはり親しい者たちがそうであると言うのはなかなか信じがたい。
これが、もし本人たちが目の前で宣言したのならば流石に信じざるを得ないが、今のところ証拠は音声のみである。
それも、自分ではどうやっているのかもわからない方法で盗聴されたと、まだ会って1日も経っていない少女から流れる音声。人によってはそんなものよりも、一緒にいた期間の長い知人を信じる選択をする者もいるだろう。
だが、アイスバーグは経営者であり、政治家でもある。信じたいと思いつつも、最悪に備えて対応をしなければならない。
少なくとも完全に否定できるものではない以上は。
「えっ、カリファさんもカクさんもCP9とか言う組織に所属してて、アイスバーグさんの持ってるなんとかの設計図を狙ってるの⁈」
「そうです。CP9がなんなのかは知りませんが、そのようです。古代兵器もなんなんでしょうね?口ぶりから強力な兵器みたいです!」
それに、目の前で混乱している少女たちが自分を騙そうとしているようには見えなかったのだ。そんなことをして、得るものがあるようには思えなかった。
であるならば、確認する必要がある。
「お前ら、それについては後で説明してやる。少し席を外すが待っててくれ」
しかし、彼らが本当にあの悪名高いCP9だとすると馬鹿正直に尋ねても消されるだけだろう。
だから彼は連絡を取る。
世界政府の役人のうち、少なくとも自分を切り捨てることはないと確信できるものたちに。
暫くしてアイスバーグが戻ると、ウタとアイリスが古代兵器について議論を行なっていた。
「この世界には時折、時代を先取りし過ぎた天才が生まれます。彼らはその時代の技術水準にそぐわない凄まじい性能の機器を開発することがあります。恐らく古代兵器もその類ではないでしょうか?」
「えぇ、そうかなもしかしたら悪魔の実の力とか他の魔法みたいな力を使って生み出された、すごい強い魔王みたいなものかもよ」
「お前ら戻ったぞ」
気づいたウタとアイリスが聞きにくる。
「古代兵器はオーパーツ的な機会ですよね」
「いいや、呪術で作られた魔王だよね」
「それについてはなんとも言えん。というか本来なら誰にも存在することすら知られるとまずいんだが、お前らは聴いちまったから一応説明してやる。もともとオレが設計図を持っている古代兵器プルトンはかつてこのウォーターセブンで建造された船だそうだ。しかし、あまりに強力な力を恐れた当時の船大工たちが、いつの日かその力が悪用された時に対抗可能な船を作れるように設計図を残した。それ以来、俺が継ぐまで大々的ここの島で1番の船大工に引き継がれてきた」
「ということはやはり機械兵器ですよね?」
「俺からはプルトンについてこれ以上は言えん、あともう一つ知りたがってたCP9だが、世界政府直属の暗殺組織だ」
その言葉にウタが驚く。
「暗殺組織⁉︎、そんな物騒なのがいたの⁉︎」
「ああ、なんでも民間人に対する殺しの許可を持ってるらしい。もともとサイファーポールは政府の諜報機関で表向き1から8まであるとされているんだが、隠された最強のCP9が存在する噂があった」
それを聞いて今まで以上にウタの警護を強化しなければと考えるアイリス。
ウタは今後人前に出ることが増えるので何かの拍子に政府の恨みを買って暗殺されたら堪らない。
「そういえば、さっきの声はどうやって聞けたんだ?まるでお前さんがでんでん虫になったみたいだが」
さっきの話がどこまで信用できるかを確認するために聞く。
「うふふ、それは私の開発したこの超小型リモートマイクのおかげです」
そして、懐か豆粒ほどの埃の塊のような物体を取り出す。表面は服に押し付けると繊維に絡まり、簡単には取れないように無数の細かい鉤爪のような毛で覆われて覆われている。
初見ではそれが音声を拾い、外部に送っているようには全く見えない。
それを信じがたいのか、困惑したように見ているアイスバーグに渡す。
「では、少し離れて、それに向かって小声で話してください」
アイスバーグがその通りにすると、アイリスの口からアイスバーグの声でそっくり同じ内容が大きな声で聞こえる。
「拾った音の増幅、録音、文書への書き落としができます。さっきの会話の内容はこれです」
そう言って書き起こしを渡すアイリス。
「どうやったかはわかった、だが何故これをカクか、カリファにつけようとしたんだ?」
「そんなの決まってます!あの人たちがウタについて露骨に探ってきたからです。何かロクでもない考えを持ってるんじゃないかと思ったんです」
アイリスからすればウタの存在は今の彼女にとってのすべてと言ってよく、それを狙う可能性があるならば、その芽は早めに摘む必要が有ると思っていた。
まさかいきなり政府に繋がる存在と当たるとは予想だにしていなかったが。
情報収集はほとんど進んでおらず、戦力に不安はあるも、いざとなれば躊躇はしない。
「ンマー、それは俺も感じたが……、さっきの会話からすると一向に目当てのものに辿り着けずにいるところに怪しい連中が現れて焦ったんだろう」
「怪しい連中って、私たちのこと⁉︎」
ウタがショックを受けたように言う。
幼少期から赤髪海賊団に守られ、今までゴードンと暮らしてきたウタは他人からの露骨な否定的評価は初めてのことである。
「そうだ、ンマー、身元のはっきりしない羽振りの良い連中は怪しわな」
「その点は否定できません」
そういうアイリスに、最初からお金の出どころを気にしていたなと思い返す。
「普通は何もないところから金が湧くことなんて無いからな。大金を動かせば足がつく。逆に突然大金が現れたなら不自然極まりないわけだ。まあ、お前らの金は出どころがわかったから良かったが、そうでなければCPの連中が怪しんで襲撃してきたかもしれん」
ウタに解説するアイスバーグ。
「あんな危なさそうな人たちに狙われるなんてごめんだよ!」
「大丈夫です。ウタには万全の護衛がついてます!襲ってきたなら返り討ちにしてやります!いえ、そもそも待つ必要などありません!!連中がまだ正体が露見したことを知らないうちに奇襲するべきです!!!」
アイリスがそういうと、部屋の外で待機していた護衛のターミネーターたちが隠し持っていた銃器を装備し部屋に入ってくる。
全員が.45口径の短機関銃や、.30口径の機関銃、ポンプアクション式のショットガン、小型ロケットランチャーで武装する。
突然見たことのない形状の銃器を装備した男たちが入ってきて驚くアイスバーグ。
「世界政府の暗殺組織だか、諜報機関だか知りませんが、たった4人にこれだけの人数、しかも私が開発した新型銃器を装備した相手に奇襲されればひとたまりもないでしょう」
アイリスが自信満々に宣言する。
たしかに、ターミネーターたちが装備する武器は歩兵用のこの世界の小火器としては隔絶した性能を持つ。
というのも、この世界で一般的な銃器はフリントロック式の前装滑腔銃である。後装式のものや、連射可能なものも無くはないが、ほとんど普及していない。
そのため普通、命中率は100mも離れれば半分当たれば良い程度であり、装填のためには銃口から弾と火薬を詰めて槊杖で突き固める必要があるため連射速度も一般的には1分に2発程度である。
まあ、中には目にも留まらぬ速さで装填動作を終わらせて、その5倍は連射する化け物もたまにいたりはするが。
一方、ターミネーターたちに持たせている銃はいずれも後装式のライフル銃かショットガンであり威力、射程、連射速度のいずれも前装滑腔銃を凌駕していた。
特に機関銃はいずれも毎分600発以上の連射が可能であり、海軍の一般的な海兵ならば300人分の全力射撃に匹敵する弾幕を1丁で作り出せる。
しかもその射撃精度はターミネーターの腕力による射撃の安定性と優れた赤外線画像センセーを用いた射撃管制により比較にならないレベルである。
それだけ連射しながら1発1発が優れた狙撃手が狙い撃つような命中率を備えているのだ。
さらに、ターミネーターはアイリスのボディと比べ大型化した分パワーが上がっており、肉弾戦でもかなりの脅威である。
それを護衛と金の輸送のため20体も連れてきている。
相手が物理的に大き過ぎて火力が通用しなかった海王類でもない、普通の人間4人であれば負けるはずもないとアイリスが考えるのも当然であった。
「ンマーまて、お前らはCP9の強さを知らんからそんなことが言える。連中の戦闘力は恐ろしい。お前たちでは勝てないだろう」
しかしながら、実際にこれから戦おうとしているCP9は天竜人直属のCP0を除けば、他のCPとは別格の戦闘力を誇り、一人一人が最低でも海兵一個大隊に匹敵する戦闘力をもっている。
実際に戦って確実に勝てるかというと断言はできない。
アイスバーグはそこまで詳しい事情は知らなかったが、しかしあの強大な世界政府が頼りにする戦力が生半可なものであるはずがないという考えと、ターミネーターたちが単なる金持ちに雇われた護衛としか考えなかったためそう結論する。
「そうだよ、相手はすごい暗殺者の人たちなんだから慎重に動くべきだよ。もしすごく強かったらこれだけで勝てるかわからないし」
ウタも、実力者と言われてかつてのシャンクスたちを思い出し、いくらアイリスのターミネーターたちが強くとも、最悪そのレベルの相手であった場合に20体で勝てる気がしなかったためそう言う。
「うーん、となると援軍を呼ぶ必要がありますが、これ以上強力な戦力を投入するのはちょっと問題があります」
そもそもアイリスの誇る戦力の肝は、膨大な生産能力に物を言わせた、圧倒的な物量による圧殺である。
例えば、ここに連れてきたターミネーターならばその気になれば万単位で量産も可能である。
ただ、高度な技術レベルのターミネーターは相対的に量産性が低く、そんなものを大量に作るくらいならば、より単純だが大火力で、より大量に生産できる無人兵器を量産した方が効率的だとアイリスは判断しているためやらないのだが。
あくまでも、ターミネーターは人に怪しまれずに護衛する、工作員として潜入させると言った特殊用途に使用するものと見做していた。
だから、本当に万全を期すならば、まだ検証中だが恐らく安全にカームベルトを渡れるであろう空路で空挺戦闘車両群を輸送することになる。
しかし、3インチ砲搭載戦車、6インチ砲搭載自走榴弾砲、各種機関銃や無反動砲搭載の汎用性無人車などが降下し、戦闘を行えばウォーターセブンは瓦礫の山と化すだろう。
そもそもあまり広い敷地の見られなかった街並みから、降下用の開けた土地を作り出すために、先立って爆撃により建物を吹き飛ばす必要性がある。
今は冷静なこともあり、流石にまだウタが傷付けられたわけでもないのに平和な町と、そこの住民を巻き込みながら大規模な戦闘を行うことに躊躇いがあった。
まあ、逆に言えばウタが傷付けられれば躊躇わずに実施するのだが。
ウタが殺されたと誤解して、世界中を焼き払おうとした部分が根本的に変わったわけではないのだから。
「あまり派手に暴れるのはまずいです。街の人たちを巻き込むわけにはいきませんし。それに会話の内容から、せっかく今回は世界政府に目をつけられずに済みそうなんですから秘密裏に済ませたいです。少人数による奇襲で速攻で決着をつけるのが実施可能な作戦の上限です」
悩んだ末にそう結論付けるアイリス。
「そっか、だったら私も戦うよ!アイスバーグさんが狙われてるのに放って置けないし」
「うーん、たしかに確実に相手の口を塞げるならウタに出てもらうのもありかもしれませんね。幸い今は真夜中ですし。人に見られる心配も少ないでしょう」
とりあえず自分たちは無関係でいられそうなのに、今日会ったばかりの相手のためにCP9と戦おうとしている少女2人にアイスバーグが止めに入る。
「おまえら、命を粗末にするな、俺のために戦う必要はない。俺なら大丈夫だ。だから無意味な戦いはやめろ」
そう言われても納得できない2人。
「そんなことわからないじゃないですか、戦わなければ、今後あなたの身に何が起こるかわからないんですよ」
「そうだよ、暗殺組織なんかに狙われたら危ないし、私たちが助けてあげる」
そういうウタとアイリスに、アイスバーグは説得しようとさらに続ける。
「連中は所詮下っ端だ、いくら精鋭だろうが命令されて来ている替えの効く駒だ。倒したところでまた代わりが送り込まれるだけだ。だから無意味だと言っている」
そう冷静に告げられて、そのことに思い至る。
特にアイリスは似たような価値観だが、まさか自分がそれをやられるとは思っていなかったのでハッとする。
それでも物量勝負で負けるつもりはないと言おうとしたがそれよりも早く、アイスバーグがさらに続ける。
「お前らに助けてもらわずとも俺ならなんとかする。大丈夫だ、とりあえず手は打った」
そう言ってニヤリと笑うアイスバーグ。
「でもさっき、連中に勝てないって言ったよね?」
「そうですね、どうするつもりなんですか?」
その態度に何かあると思い、とりあえず襲撃は思いとどまり、根拠を聞くウタとアイリス。
「なあに、確かに俺は腕っ節じゃあ連中に勝てないかもしれないが、俺は政治家だ、それなりの戦い方ってものがある」
そしてさらに笑みを深めながら続ける。
「ンマー、すぐに強硬手段に出るつもりもないようだし、今は連中の潰し合いを黙って見ておけばいい」
その表情に、思わず背筋を振るわせるウタとアイリスだった。