アイスバーグの連絡した政府の役人は、彼とウォーターセブンの造船能力を、現状では世界政府にとって必要不可欠だと考えている人物の1人であった。
別にアイスバーグ個人と親交があるわけではない。
ただ今回、情報を得るためにはこの人物が良いと判断したためである。
その役人は、正義感が強いわけでもなく、単純に世界の国々から天上金を可能な限り搾り取ることを仕事とし、それを忠実にこなすことに意義を見出しているような男だ。
そのために世界の通商の維持とそれに必要な海軍力を保持することが必要であると考え、そのために造船業の維持が不可欠だと冷徹に弾き出しているだけである。
そんな人物がアイスバーグの目的に選ばれたのは以前参加した政府機関主催のパーティーで顔を合わせた際の出来事が理由である。
アイスバーグは世界政府とそこに所属する役人連中が心底嫌いである。
当然の話である。自分の恩師を死に追いやり、弟弟子を生死不明にした連中のどこに好く理由があるというのか。
しかもその後、どこからか、恩師が所持し死の原因になった古代兵器の設計図を自分が引き継いだことをかぎつけて、性懲りも無く自分にそれを渡すように圧をかけてくるのである。
正直、もう一生関わり合いになどなりたくない。
しかし、そうもいかない。世界政府の強大な権力は世界を覆い、どこにも逃げ場などないのだ。それに逃げ出してなどしまったら、恩師トムの意思を受け継ぎ、ウォーターセブンを発展させるという目標はどうなるのだ。
だから彼は政治家となり、権力を手にしたのだ。
それを上手く使えば、世界政府に自分の愛する町と社員たちを好き勝手にされることを防ぐことができると。
政治家にとって、最も重要なことは人と会うことである。
まあ、民主主義国家においてはそもそも前提として選挙に勝たねばならないため、それが第一になるが、それでも2番目はこれである。
人に会うことは情報の宝庫である。
話題に出され直接話される言葉はもちろん、表情や仕草、言葉の裏から見つかる相手の目的や物事についての好き嫌い。
他にもまざまな情報を入手することができる。
さらに、さまざまな人物と繋がりを持っておくことで、何かの政策を進めたいとなった時に、どこの誰が何を知っていて、もしかしたら自分の進めたいことを手伝ってくれるかもしれないのかがわかる。
人は当然ながら全知全能ではないので、そうやって様々な人から協力を取り付けたり、利用したりしながらでなければ、何もできやしない。
だから時には、殺してやりたいほど憎んでいる相手だろうが、名前を聞くのも嫌なほど嫌っている相手とだって楽しげに談笑するし、なんだったら招かれたパーティーの挨拶ぐらいならしてやる。
なぜならばそうやって話すことで、敵対する相手が何を考えていて、これからどう動こうとしているのかがわかるかもしれないのだ。
そうなれば、あらかじめ動いてそれを阻止したり、相手を潰すための有益な案が浮かぶかもしれない。
だったら、笑顔の一つでも浮かべて、少なくとも関係が切れないようにする必要はある。
アイスバーグがその時、嫌いな相手が主催するパーティーに出ていたのもそんな事情があった。
しかし、嫌悪感に耐えて笑顔の仮面を貼り付け続けたことは今回のCP9の件で報われることになる。
パーティーの途中、アイスバーグは2人の役人に声をかけられる。
1人は以前、ウォーターセブンへプルトンの件で交渉に来た相手であった。
その時も周りの目も気にせずに、名前は出さないもののアイスバーグの持つものを譲るように言ってきた。
そのことにうんざりしていると、隣にいたもう1人の男が話についていけずに手持ち無沙汰にしていることに気がつく。そこから彼はこのことを知らないのだと思った。
そこまでなら、なんのことはないいつもの不快なパーティーの一幕だったが、印象に残ったのが自分がガレーラカンパニー社長と知った途端、手持ち無沙汰にしていた男が会話に割って入ってきたことだった。
なんでも、最近成長いじるしいウォータセブンのガレーラの生産能力が重要なことと、そんなガレーラを数年で作り上げたアイスバーグの手腕を高く評価していると褒めちぎられる。
しかし、さらにアイスバーグの気を引いたのはそんなおべっかではなく、割り込まれたことには平然としていたもう1人が自分を褒める言動に、苦虫を噛み締めるような顔をしたことであった。
その時わかったのは少なくとも、プルトンを求める連中とそれを知らない連中があり、前者が自分を快く思っていないことであった。
しかし、その時の自分を評価していた男がのちに冷徹な天上金の収集部署のトップであり、仕事のためには政府の極秘暗殺組織を動かすことも厭わない人物だという話を他から聞いて知っていたことが、今回の選定理由である。
少なくとも、様々な角度の評価から、相手が自分の死を快く思わず、かつ以前CP9と接触し、何かを知っている可能性がある。
そんな相手にコンタクトを取ることで、反応を調べ、事態の信憑性を確かめようとしたのだ。
夜中の遅い時間にも関わらず、その男は自分の部署で仕事を続けていた。
他からどう思われるかはともかく、男は自分の仕事を誇りに思っていたしそのために全力で取り組んでいた。
だから時には忙しく深夜まで仕事を続けることもあるのだ。
そして、ふと極秘通信用の電伝虫が鳴る。白電伝虫と組み合わされ、傍受される心配のない通信方法である。
相手はアイスバーグである。
以前会ったことはあるが、しかしそれ以降話したこともない相手である。しかもなぜこの電伝虫にかけられるのか疑問に思ったものの、高く評価し、以前からもっと話したいと思っていた相手であるから、いきなり切らずにそのまま話し続ける。
しかし、挨拶もそこそこに告げられた本題が彼を驚愕させる。
アイスバーグの元にCP9が潜入している。
最初聞いた時は、噂を元にした誇大妄想だろうと思いたかった。
しかし、次に出されたその構成員たちの名前に聞き覚えのあるものがいた。
ロブ・ルッチ、確かに以前CP9にそんな名前の凄まじく強い、しかし血に飢えた獣のような恐ろしい青年がいたことを思い出す。
最近名前の聞かなくなった彼がどこかに長期潜入中である可能性はあり、その先が今繋がっている電伝虫の先である可能性に思い至る。
その瞬間、文字通り彼らが血塗れの暗殺者集団だと知っている彼は血の気が引く思いをする。
なんといっても彼は、現在の世界政府の窮状を現場で最も把握しているものの1人である。
だからこそ一見、まだなんとかなりそうなウォーターセブンの造船能力低下が、世界政府という巨人の膨大な血管網にできた小さな、しかし致命的な血栓となる模様を幻視する。
今も世界政府は世界を治める、十分に強大な存在である。しかし、その統治体制を体に例えると、至る所で機関の腐敗や機能不全が進み、血流ともいうべき経済の流れはかなりの部分で寸断され、手足の先から徐々に壊死していってる状態である。
かつてのように、手足の先を切り離したそばから生え変わるごとき不死性を備えた強大さはすでになく、病み、衰えた巨人が現在の実情である。
だからこそ、血流に生じた血栓は容易に全体を崩壊させる致命傷となりかねない。
ただでさえ危ういバランスでなんとか踏み止まる世界経済のバランスが一気に崩れる。
そうすれば、加盟各国は連鎖的に崩壊へと追い込まれるだろう。
既にその前兆は革命軍の各国での跋扈という形で現れている上に、なんならそもそも現在の大海賊時代そのものが部分的にそれが実現された前奏曲なのだから。
そうなればもはや天上金もクソもない。世界政府は、その拠って立つ基盤ごと崩れ落ちる羽目になる。
万が一、そのあと革命軍の連中がまともな統治体制を確立すればまだマシだろう。
しかし、勢い任せの革命が、結局既存の統治機構を破壊するだけして、新しい秩序の確立に失敗した場合、悲惨の一言では到底表せない地獄が出来上がることになる。
完全なる無秩序。万人が生きるために何者にも拘束されずにただ奪い合う。そこには国境も税金もないが、同時に人としての尊厳など何もない、ただ獣のように生きる末法の世。
世界全体が失敗国家となる悪夢のような未来。
彼の優秀な頭脳は、アイスバーグが暗殺され、ガレーラカンパニーひいてはウォーターセブンの造船業に致命的なダメージが与えられた場合にそこから波及する最悪の状況をシミュレートする。
そうして、危機的ではあるものの今はまだ大丈夫だと思い込もうとしてたところに舞い込んだ破滅の可能性に、慌てて確認するから待つように言い電伝虫を切ると、役人は様々な伝を使って状況を調べ始めた。
しかし、アイスバーグはルッチの名前を出した途端それまでまともに取り合っていなかった雰囲気が一変したことに、まだグレーだと感じていた彼らの正体が完全に黒になったと考え、しばらくその場で呆然としていた。
そして、アイスバーグと話していた役人は方々の伝を使ってあっという間に現状を調べ上げる。
深夜ともあって、繋がらないところも多いが一方で酒が入ったり、寝ぼけていたりで口が軽くなっているものもおり、様々なことが分かったのだ。
結果としてアイスバーグの話の通り、CP9あろうことかガレーラカンパニーに潜入していることがわかった。
彼らがも求める古代兵器というものについてはよくわからなかったが、そんなことよりもやはり予想通り、彼らが任務達成の暁にはアイスバーグ、そして事情を知ってしまったガレーラカンパニー社員の抹殺を行うことを突き止めたことが重要だった。
最悪の予想であったガレーラカンパニー崩壊がこのまま放置するとほぼ確実に実現することにめまいのする役人。
しかも、立案者は当代CP9長官のスパンダムだが、それに同調する政府の役人が、それなりにいたことが衝撃であった。
なぜそんなバカなことをと思ったが、彼らは自分たちが全てをコントロールしていると勘違いしていた。
その役人の一派はもともとアイスバーグのような若造にでかい顔をされるのが気に食わないというだけで彼を排除したがっていた。
自分たちが苦労して出世してきたのに彼がとんとん拍子に全てを手に入れたことを妬ましく思っていた。ただそれだけの理由で。
だが、少なくとも今の自分たちの宿主である世界政府にアイスバーグが必要であることは理解していたようで、彼らはCP9に圧力をかけたことでそれを止めている気になっていた。
エニエスロビーに行き、スパンダムにアイスバーグの必要性を話したり、自分たちでアイスバーグのところに出向いて古代兵器の設計図を渡すよう交渉することでそれが完全に不発になるまではメンツを潰さずには殺せないようにしたりし、自分たちが望まない間はスパンダムが動かないだろうと思い込んでいた。
実際は単に捜査が進んでいないだけで、スパンダムはそれが自分にかかっている圧力だとも理解していなかったが。
だが、あくまで遅延させるだけで、暗殺そのものを止めるつもりはなかった。
アイスバーグが不要になるあてがあったのだ。
それがその古代兵器であり、そして海軍でベガパンクが開発中の新兵器である。
それらが手中に入った暁には海から海賊を一掃し、再び世界政府がかつての栄光を取り戻せると考えていた。
しかし、それはあまりに浅はかな考えである。
仮に海賊が消えて亡くなっても疲弊した世界がすぐに元に戻ることなどなく、そのためにはどのみち交易網の再建が不可欠だが、そのために必要な造船能力が壊滅していてはどうしようも無い。
瓦礫の山の上でいずれ訪れる破局まで、束の間の栄光を取り戻すだけである。
だからこそ、そんな馬鹿げた自殺行為は止めたかったが、問題はこの計画が既に最高権力である五老星の裁可を経ているものであり、失敗するまで止めるという選択肢がない状態であることであった。
だが、何もしないわけにもいかない以上、CP9が蛮行を行わないように牽制させるために、世界政府が保有するもう一つの戦力を頼ることにする。
サイファーポールが、裏の戦力であるならば表を張る存在に。
そして、全ての手配を終え再度アイスバーグに連絡を入れる。
彼が臆して逃げ出しては元も子もないと考えて、安心させるべく、そしてCP9を牽制するために送り込まれる戦力についてのすり合わせのために。