2話
ウタが目覚めるなんの変わりもないいつも通りの自分の部屋であった。何故か痛む顎をさすりながら寝る前に何があったのか思い出そうとする。
「何か、こう、衝撃的なことがあったような?」
記憶が、混濁し朧げになって居る。こんなことは赤髪海賊団と一緒にいた頃に間違ってお酒をのんで、いや酔っ払いどもに煽てられて飲んだのだったか、その時以来だ。そう判然としない頭で考える。不思議と素直にかつての楽しかった頃の思い出に浸ることができた。そのことに驚きながら、徐々にはっきりしてきた思考で思い返す。
そう、衝撃的なことが起こったのだそれこそ目を向いて顎が外れんばかりに大口を開けるようなことが。
そこまで考えて不意にノックされる音に思考が中断する。きっとゴードンがいつもより起きるのが遅い自分を起こしにきてくれたのだ、この島には他にゴードンしかいないのだからいつも通りそうに決まっている。そして扉が開かれ部屋に入る人影。そこにはサングラスをかけ、髪の毛一本ないテカテカに光る頭……の被り物を被った小柄な少女がいた。
「ワシじゃよ、ゴードンじゃよ、ご飯ができておるぞ早く食べるんじゃ」
「ちっがーう、ゴードンはそんな喋り方しないしでかいし少しは髪があるよ!!!」
「さすがウタ、よく気づきましたね」
相変わらずのドヤ顔で被り物とサングラスを外すアイリス、つい一発殴りたいと歌手に有るまじき思考が浮かぶが、昨日のやたらと頑丈そうな本体を思い出して自分の手が壊れそうだと思い直す。
そして、完全に思い出した昨晩のことに想いを馳せる。衝撃的な披露であったが、あれでこの少女が人間ではないと認めざるを得ない。
そして、アイリスの右手に視線を向ける。昨晩の切り裂かれた手首は相変わらず見るに痛々しい赤い線が入っている。しかし平然としているあたり痛みはないのだろう。
「でも何でゴードンのフリなんてしてたの、全然似てなかったけど」
「ゴードンさんからそろそろウタが起きる頃だから様子を見に行って欲しいと頼まれました。ウタはずっとゴードンさんと2人暮らしと聞いたので寝起きに驚かせないようにと、ウタの目は誤魔化せませんでしたが」
「逆に驚くよ!!」
そして、急にしおらしくなるアイリス。
「昨晩のはごめんなさい、ついいい気になって驚かせてしまって」
その態度から彼女なりに本気で気を使っていたことを察し毒気を抜かれる。
「ロボット何て初めて見たからびっくりしちゃったけど大丈夫、むしろあれのお陰で一発で信じられたし気にしてないよ」
「ゴードンさんにもそう言われました。……本当にあなた方はいい人たちです」
「なんかそんなこと言われると照れるよ」
顔を赤くしながらいうウタ
「さあ一緒に朝食にしよう。夕べの分も食べなきゃいけないし、食べられなくても一緒に話すだけでも楽しいよ」
ウタが手を引かれながら一緒に食堂に移動する。
ゴードンと3人で食卓につき改めてお互いについて話し始める
「さて、昨日大雑把な事情を聞いたが、君は本当にアトラス島から来たのかい」
そう尋ねるゴードンにウタは困惑する
「お隣の島って聞いたけど何かあるの?」
「既に滅んでるんですよ、あの島は」
ウタの疑問に感情の感じられない平坦な声で答えるアイリス
「ああ、もう50年も昔の話だ、私も若い頃だったが突然の隣国の滅亡にとても恐ろしく感じたのをよく覚えている、しかしあの国が滅んだのは……」
「……私があの島に住み始めたのは10年前です。その時にはもう瓦礫の山でしたよ」
何故かその平坦な声に言いようのない恐怖を感じたウタは話を変えようと度々口にしていた母親のことについて話を振る。
「それじゃあ、その前はどこにいたの?ご両親は?」
「それ以前はずっと遠いところにいました。親には会ったことはありません」
「ごめん、辛いこと聞いちゃったね」
その話を聞いて、つい赤髪海賊団が頭をチラつき、仲間に捨てられたと考える自分ですらこんなに辛いのに、最初から親を知らないなんてどんな気持ちなのか想像もできないと思い気持ちが沈む。
しかし、ウタはそのままでは終わらない。沈む空気の中で自分にできることを考える。ウタの知っている救いは1つだけ彼女の歌とそれによってもたらされる。理想の世界。
「ねえ、アイリス、私の歌を聞いてくれない?」
「そういえば歌手志望ですよね。聞いてみたいです。まぁ今まで音楽なんて聞いたことないので気の利いたことは言えませんが」
「聞くだけでいいよ、私が良いところに連れていってあげる」
そして歌い出す。
それを静かに聴き続けるアイリス。
ウタは歌い続けながら望む変化を待ち続ける。
しかしながらいつもと違い、何フレーズ歌っても、アイリスはだんだんテンションが上がってきたのかリズムに合わせて体を揺らすだけである。
結局、1曲まるごと歌い終わっても変化はなかった。唖然として、楽しそうに体を揺するアイリスを見つめる。
ウタはウタウタの実を食べた悪魔のみの能力者である。その能力はウタワールドという精神世界を作り出し、自身の歌う歌を聴いた者の精神をそこに連れ去る。さらに、精神を囚われたものの体は睡眠状態となりウタウタの実の能力者の意のままに操ることができる。もし対象者が悪魔の実の能力や覇気のような特殊能力を持っていればそれも発揮させることが可能だ。現実においても使い方によっては強力なものだが、能力の真価は精神を連れ去るウタワールドで発揮される。ウタワールドに於いてウタウタの実の能力者は世界の創造者にして全能である。無からの物質創造、事象の否定、人体の状態変化等望みさえすれば何でも叶えることができる。それを戦闘に活用すれば所詮は歌手志望の少女であり、大した戦闘能力など持たないウタであっても、世界最強の四皇に匹敵するであろう戦闘力を発揮可能となる。そしてウタワールドに於いて死ねば現実においても死を意味する。つまり一度相手をウタウタの術中にはめれば現実の体を操り自殺させるなり、ウタワールドで殺すなりすれば、相手が四皇クラスの強者であっても理論上は抵抗することができないのである。
しかし、現在のウタウタの能力者であるウタはそのような恐ろしいことを行なったことは無い。もっぱら相手をウタワールドに連れて行って、歌に合わせた幻想的な演出を見せるか戦闘においても一時的に意識を奪うのに使う程度である。
今回はアイリスのために前者の用途で用いようとしたのだが普段は数フレーズ聞くだけで意識を奪われるはずが一曲丸ごと歌ったにも関わらず何ともなさそうにしている。
一緒に聞いていたゴードンは気持ちよさそうに寝ているため、能力が使えていないわけではない。
「いい歌だと思います。何だか気分が乗ってきました。こういう時ってアンコールって言うんですよね」
そう呑気に言っているアイリスを見ながら、能力使用の反動による急激な疲労と今までありえなかった事象に青ざめるウタ。
ウタウタの実の能力にはリスクも存在する。それはあまりにも激しすぎる体力消耗である。なんといっても現実と変わらない世界を1つ丸ごと創造し維持するのだから通常の超人系悪魔の実とは比べ物にならないほど燃費が悪いのである。ウタの体力では数曲歌うだけで争い難い睡魔に襲われる。そして能力者が眠ることでウタワールドは消滅して囚われた精神は解放される。もし戦闘中なら眠らせた相手が起き自分は逆に眠って無防備を晒すことになってしまう。ウタウタの実を戦闘に用いるなら効果は強大だがそのあまりに短い継戦能力の低さがネックとなるピーキーな能力なのである。また、能力そのものを無力化するのも事前に知ってさえいれば簡単である。歌を聞かなければウタウタの能力は何の影響も及ぼせないのである。なので相手が耳栓をしているだけでなす術がなくなってしまう。
しかし、聞いていなかったわけではないのは自分でウタそっくりの歌声で歌い始めたアイリスを見ればわかる。
「というか、何であなたまで歌ってるの、すごい上手いんだけど」
「ウタがアンコールしてくれないなら自分で歌おうと思いまして、音声を解析して再現してみました」
楽しそうに歌うアイリスに一緒に歌いたくなるがそれよりも自分のアイデンティティに関わる能力の問題の方が重要である。
「ねえ、あなたは眠くならないの?」
そう言っていびきをかいて寝るゴードンを指さす。
「あれゴードンさんいつのまに、もうウタと私の歌を聞いて寝ちゃうなんてよっぽど疲れてたんですかね。毛布でもとってきますね」
そう言って出で行こうとする肩をガッツリと掴んで止める。両肩を掴んで向かい合わせにしながら事情を説明する。
「あれは私の悪魔の実能力。私はウタウタの実の能力者で歌を聴いた者を眠らせることができるの」
「そうなんですか。私、そういう超常現象初めて見ます。でも振り子も絵の具も使わないんですか?」
「いや、催眠術じゃないよ、絵の具?、まぁ、私の能力は正確には歌を聞いた相手の精神をウタワールドって言う世界に連れて行くことなんだけど、何であなたはまだ起きてるの?」
鬼気迫る表情で聞くウタ。彼女は物心ついた時には既に能力者であり、今までの人生はウタワールドと現実の2つの世界で送ってきた。そのため、仮に現実で死んだとしても精神だけなら生き続けられるという特異な生死観を持つようになったのである。そんな彼女にとって歌を聞いても連れていけない存在は世界観を揺るがす問題だった。
「それは私にそんなものないからじゃないですか?、ロボットですし。まあ、厳密には体に依らないAIなんですけど」
そうあっけらかんと答えるアイリス、視線はチラチラとゴードンの方に向いており。
「早く、毛布を体を冷やすとよくないんです。」
言葉も他に向いていることは明らかである。
そんな天然な言動に反応せず、肩に指を食い込ませる。
「こんなに人と変わらないのに、友達なのに何で……」打ちひしがれるウタにようやく違和感を感じて、抱きしめるアイリス。
突然の行為に驚く、そして小さな体の暖かさに力が抜ける。
「何だか分かりませんが、こう言う時は抱きしめてあげるものらしいです。落ち着きましたか。別に現実だとかウタワールドとかどうでもいいじゃないですか。一緒にいられればどこでも天国にできるんです。」
そうどこか寂しそうにそう言われ、落ち着きを取り戻す。確かに、向こうに連れて行けないのは残念だが、別にだからすぐに何かあるわけでもない。それに、自分より見た目幼く見える少女に抱きしめられ、慰められると言う現状はウタ的に恥ずかしいことだと感じて、とりあえず離れて取り繕おうとする。しかし、見た目に反し強いアイリスの力が振り解かせてくれない。
「ねえ、もう落ち着いたから話してくれない。ねえ、聞いてる?」
「こうしていると思い出します。初めて母さんにあった時、取り乱す私を抱きしめてくれたんです。あの時はボディの性能がまだまだで暖かさなんか感じられないはずなのに妙にポカポカしたしあわせな気持ちになったんです。」「そうなんだ。話なら聞くから離してくれない。この格好見られるの恥ずかしいし、離してよぅ」
そう言って、みじろぎしてもまるで気づいた様子もなく自分の世界に入っているアイリスに、まさかこのマイペースのせいでウタウタの能力が聞かないのではと考えてしまうウタだった。