闇に覆われた深夜の空、鳥類が寝静まり、誰のものでもないはずのその空間を悠然と進む巨大な物体があった。漆黒の迷彩に包まれた全長240mを超える巨体が和の国南方沖合、上空6000m上空に浮かんでいる。
それは時速130kmの全速で和の国上空に侵入しつつある。
その正体は、アイリスが和の国の偵察のために送り込んだ飛行船である。
形式としては硬式飛行船と言う、単なる風船ではなく、金属製のフレームで船体を作り、その中に浮揚ガスを詰めた袋を並べて外皮で包んだものである。
そのため、空気抵抗を受けても形状を維持でき、高速飛行に向く形式である。
この船は、そんな硬式飛行船としても特異な形状をしていた。
巨大な細長い船体を縦に2つ連ね、固定し、その下にゴンドラを吊るしたような構成である。
しかしながら、飛行船と言うものは浮くために必要なガスの体積が膨大となり、必然的に空気抵抗の大きさから固定翼機飛行機と比べ速度的にはかなり劣る。
さらに、そもそも巨大な艦体は軽量化のためにろくな防御力もなく、速度の遅さと合わせて攻撃にはとても脆い存在である。
遥かに高速で飛行可能な大型固定翼機を運用しているアイリスが、そんな飛行船を偵察任務に向かわせたのは、情報の秘匿のためであった。
というのも、ウォーターセブンに行くまでに耳に挟んだ情報によると、この世界では全く航空機の利用がないわけでは無さそうなのである。
どうやら新聞社で、飛行船を運用しているところがあるらしい。
よって、飛行機ではなく飛行船を利用することで比較的怪しまれずに空からの偵察が可能なのではないかと考えたのだ。
全く飛行機の存在しないこの世界ではどうしても、飛行時のエンジンの爆音が目立ってしまうゆえに。
将来的には、さらに見つかりにくい高高度を飛行させる予定ではあるが、今回はとりあえず早急に偵察を実行するため、旧アトランティス王国時代に開発が進められていたもののデータを流用して作製されている。
そのため、飛行可能な高度はそれほど高くない。
アイリスが現在使用している技術にはそのパターンが多い。
様々なカテゴリーごとに使用されている技術水準にかなりばらつきがあるのだ。
全般的に無人運用に必要な制御機構はかなり高度な技術が使用されている。
これに関しては恐らく世界最大の頭脳と言われるベガパンクの技術すら凌駕するだろう。
その根幹部分はかつてのアトランティス王国に集められた何十人もの天才科学者と何千人もいた技術者によって開発されたものであるため、実はアイリスにも予め定められた通りに量産はできても、この半世紀以上根本的な性能向上のための改良等、手を加えることはできていないのだ。
今までは非常に高い汎用性ゆえに、様々な機材の制御に流用できたため問題視していなかった。
しかし最近になって、更なる自己進化の必要性を感じて本格的な解析に着手し始めたが多少時間がかかるだろう。
人型のロボット作製技術もかなり高度なものである。バッテリー、センサー、駆動系いずれも他と比べて頭一つ抜けた技術レベルにある。しかし、
当初はあくまで量産を前提にしていなかったため、コストパフォーマンスは悪い。
また、工業生産に必要な各種技術も高度なレベルにある。産業用のロボット技術を用いた全自動化が達成されているため、生産効率は非常に高い。
日夜疲れを知らぬロボットたちにより、資源の採掘から工場の拡張、各種機材の生産が休みなく続けられている。
そして、兵器だが陸海空でかなり偏りがある。
一番発展しているのが航空兵器である。
以前の復讐計画に置いて中核を担う兵器だったため、重点的に開発が進められ、わずか数年のうちに複葉のせいぜい600馬力程度のレシプロエンジンで飛ぶ空力も何もあったものではない機体から、単葉の洗練された空力設計の機体を3000馬力近い出力のエンジンで飛ばすまでに発展させた。
現在は全く新しい機構のエンジンを積んだ機体の開発がスタートしており、実現すれば性能が飛躍的に向上する予定である。
陸戦用兵器は、元々工場で輸送用に使用していた動力付き台車を武装させるとこからスタートしている。
しかし、整地された工場内で使用していたそれらは不整地での運用に不向きな上に、簡便な電動駆動で独立して稼働させると運用時間が短かった。
しかし、資源採掘用の重機類は大きすぎたため、
結局内燃機関を搭載した戦闘車両を1から開発している。
その際、大型の装甲車両は航空機向けのエンジンを流用したため、最適化されていないが、今まで陸戦ではそこまで強大な脅威と対面することは想定しておらず問題視していなかった。
現在では、可能な限りの強化を施すべく、陸戦に最適化された戦闘車両の生産を進めている。
一番遅れていたのが海軍で、島の防衛用に量産してこそいたがあまり力を入れていなかった。
唯一、周辺海域の哨戒用に潜水艦の開発のみ積極的に進めていたが、水上戦闘艦は旧アトランティス時代に開発されていた全鋼鉄船の設計データを流用して作製した船体に、とりあえず兵器を積んで、管制用のセンサーをつけたに過ぎない。
そのため機関は蒸気レシプロ式で、船体もリベット留めで建造されている。
一応、雷撃戦用の駆逐艦、装甲と砲口兵器を積んだ戦艦、砲口兵器は積むものの装甲はオミットし、小型化した巡洋艦と複数種作ってみたり、戦艦の改良は試みたりしたが大したものではなかった。
しかしながら今後は海を舞台に戦う場面が増えることが確実なため大幅なテコ入れが行われつつある。
新技術を用いた機関の採用に船体構造の溶接化、搭載兵装の強化と新艦種の追加と様々な強化が行われ、艦隊の陣容は以前とは別物になりつつある。
飛行船が和の国を囲む巨大な壁に達する。
そこで、それまで全力で運転していた、船体に装着されているレシプロエンジンたちを全て停止させる。
それでも勢いのついた上に、風に乗る船体は和の国に向かって突き進む。
これが、飛行船の利点の一つである。
固定翼機は翼が生む揚力で飛んでいるため、うるさいエンジンを止めてしまえば、しばらくは滑空で飛んでいられるとはいえどんどん高度を落としていきやがて墜落する。
しかし飛行船ならば、船内のガスにより浮いているため動力を止めようが浮かび続けることができる。
そして、風をうまく利用すれば無音のまま航行することができるのである。
これは隠密性に優れ、潜入用途に向いた特性である。特に船体を黒く塗り、夜間に用いれば効果的だ。
しかし、電波式を用いる探知システムには無意味だし、見え辛いだけでよく見ればわかるため、大型の船体では限界がある。
幸いにも今回は、壁を超えて内海に達しても見つかった様子はなかった。
そして、今回の主要な任務である偵察要員のターミネーター投下を行う。
全員目立たないように黒いウェットスーツに身を包み、本来なら水に浮かないため岸に着くまでに使用する水中スクーターに跨っている。
船体下方のゴンドラから次々に投下、水面ギリギリでパラシュートを開き減速し、可能な限り静かに着水、全機海岸を目指す。
そして、飛行船はそのまま無音で和の国上空を抜けるべく、風に乗って航行し続ける。
しかし、内海に浮かぶ小島に近づいた時、船体の全周を警戒していた赤外線画像センサーが暗闇の中、その小島から飛び立ち、高速で接近する飛行体を捉える。
最早、隠密行動に意味はないため、全エンジを回して回避行動に入るとともに、レーダーも起動して、搭載火器による迎撃を試みる。
船体下面に搭載された1門の3インチ速射砲がレーダー管制によって正確に目標に照準し、射撃を開始した。
漆黒の翼をはためかせ、迎撃に飛び立ったのは、現在和の国を支配している百獣海賊団の最高幹部である、三害の一人、火災のキングであった。
彼は世界的にも珍しい、飛行能力を持つ悪魔の実、リュウリュウの実モデルプテラノドンを食べており、上空に突如として現れた怪物体の情報を得て一人で飛び出してきた。
すぐに夜空に浮かぶ巨大飛行船を肉眼で確認する。予め見聞色の覇気による探知を行った際にその中に人の気配が見つからないことは承知していたが、それが本当に人がいないのか、見聞殺しのような覇気を妨害する何かによるものから分からなかった。
だが、飛行船がエンジンを始動したことで、それがなんらかの機械であることは察する。
相手がなんであろうが、速度を上げて、彼らの本拠地である鬼ヶ島へ接近を続けるしている身の程知らずはとっとと破壊することにし、武装色を込めた蹴りで真っ二つにするべくあいてに突っ込んでいく。
その途中、飛行船下部につけられた大砲がこちらを向くのが見えたが、その口径の小ささになんら脅威を感じることなく、回避すらせずに全速で飛ぶ。
しかし、ドンッ、ドンッ、ドンッと発砲音が連続して響くのを認識した途端、体に風穴が複数開くのを自覚し、激痛が走る。
彼を撃った砲は、砲塔から突き出る見た目からするとこの世界ではありふれた小口径のカノン砲と差がないように見えるが、中身は別物である。
優れた自動装填装置により連射速度は毎分100発に達し、海軍、海賊問わず大砲で一般的に使われる黒色火薬とは質の異なる強力な無煙火薬とガス漏れのない高い精度で作製された砲身により砲弾の弾速ははるかに速い。
しかも今回の場合、ただでさえ早い速度の弾をより高速で発射する新型砲弾を使用している。
それは、大砲の砲身内径よりも細いダーツのような鉄の矢に砲弾が砲身の中にある間支えて、砲口から出た際に分離、落下する軽合金性のサボットをつけた装弾筒付徹甲弾と呼ばれる弾である。
砲弾の貫通力は弾速の2乗に比例するため、直径を細くすることで軽く、低抵抗にして、速度を向上させることで貫通力を高める工夫がされている。
キングは考えていたよりはるかに早い弾速に咄嗟に対応できず、200mmの鉄板すら撃ち抜く威力をまともに喰らってしまう。
血を撒き散らしながら、痛みを堪えようやく本気を出す。
彼には悪魔の実の能力とは別に種族特有の体質が有る。炎を身にまとい、それ以降次々に当たる砲弾がすべて跳ね除けられる。
あらゆる環境で生きられると言われる、ルナーリア族の特徴は彼の命を救った。
しかし、食らった初撃のダメージは甚大であり、飛ぶことすら覚束なくなる。
そんな彼を助けようと、遅れて飛んできた他の飛行能力を持つものたちが飛行船へ向かう。
キングがやられるのを見ていたが、たかが一門の大砲で、複数人による多方向からの攻撃に何ができると考えるものたちに飛行船各部に搭載された1.1インチ機関砲が火を吹く。
連装式で合わせて毎分300発の鉄鋼焼夷弾による弾幕が次々に近寄る敵を叩き落とす。
防空戦力の全滅は時間の問題かに思われた時、眼下の小島から巨大な影が飛び立った。
それを各種センサーで捉えた飛行船から集中射撃が加えられるが、徹甲弾が命中してもその硬い体表を全く貫けない。
飛行船からの攻撃をひとしきり受けると、その口に強大なエネルギーが収束する。光が細長い、巨大な竜の姿を浮かび上がらせ、そして強力な火炎が発射される。
一瞬の後、飛行船に命中し大爆発を起こして巨大な船体を粉々にしてしまった。
その戦闘の様子は飛行船の最後まで、データとして送られ続けており、ウタたちは和の国に強力な戦力が存在する事を把握するのであった。
もっとも、それは最初から予想されたことであった。
本来は鎖国され、外国との関係を絶っていたはずの国から世界政府にのみ希少な鉱石が渡っている時点で、世界政府とは例外的に交易を行うようになったか、世界政府によって占領されたかしたのだと予想された。
アイリスとしては後者の可能性が高いと踏んでいた。
世界政府にとっては海軍戦力の世界展開能力を大幅に高めることができる、非常に重要な戦略資源の産地で有る。
普通に考えれば、そんな大事な資源が世界政府非加盟国、それも世界に対し国を閉ざすなど、おおよそ友好的とは言えない態度をとっている国に有る状況を許したままにするとは思えない。
既に海軍で大々的に海楼石が用いられている以上、占領済みだと考えるべきで有る。
となれば、そんな重要な拠点を防衛すべく、強力な戦力が置かれていて然るべきで有ると考えていた。
しかし、後に迎撃に当たった戦力が世界政府とは直接関係のない勢力のものと知り、予想に反し既に世界政府がかなり弱体化していることを知る結果になる。
一方、飛行船から降下した部隊は無事に和の国の海岸に辿り着き、潜入することに成功する。
さらに分派した別働隊がキング達の飛び立った島、鬼ヶ島へも侵入を図る。
元々、外海は警戒しても国土周辺の内海は断崖絶壁を超えねば辿り着けないため、誰かが侵入してくるはずはないと警戒は緩めで有る。
それでも見回りくらいは有るのだが、今回は飛行船の派手なドンパチに百獣海賊団も気を取られており、それも無くなっていたため、すんなりと上陸に成功した。
主だった幹部たちも含め、飛べないものまで船で出撃しようと港に殺到していたため、裏側は手薄となっていた。
しかし、しばらく進むと接近する一団を探知する。
百獣海賊団の一般戦闘員である。
通常の見回りではなく、逃げ出したとある重要人物の捜索のため駆り出されたためであった。
彼らも先程から響く戦闘音には気づいていたが、捜索対象の重要さから、続けることを余儀なくされていた。
自分たちに未知の脅威が迫っていることも知らずに。
「ヤマト坊ちゃん見つかんねえなぁ」
一団の1人が焦れたように言う。
「当てもなく探してんだ、しょうがねえだろ。見つけるまで戻ってくるなって言われちまったんだし」
「あーあ、これで何度目だよ。あの人の捜索に駆り出されるの。いい加減飽き飽きだぜ」
口々に不平を口にし、足取りは重い。
「だいたい、カイドウさんの息子だからって好き勝手しすぎなんじゃねえか。」
「そもそも、カイドウさん達も息子扱いしてっけど、どう見ても女だろ?」
やる気がなさそうに、そんなことを口にしつつ死角の多い岩場を進む。
「……ああ、このんなことしてないで和の国で村でも襲いてぇ、バカ息子探すのなんか止めてよぅ」
あまりの士気の低さに突然そんなことを言い出す者が出る。
途端に、海賊達の顔がニンマリと喜色に歪む。
「いいじゃねえか。俺は穴があれば何でもいい」
「節操ねぇなぁ、でも和の国の連中は工場へ動員するんだろ、襲っちまったら不味いんじゃねえか?」
「お前新入りか?別に殺さなきゃいいだろう、楽しんだ後は俺たちで工場まで連れてきゃいいさ、理由は適当でいいだろう」
そう言って、笑い合う一団。
彼らにとって、歯向かう力のない者たちを甚振るのは至上の喜びであり、可哀想であるから止めるなど考えられない。
「そんときは、端の家から一軒一軒襲っていくか。どこまで襲ったら気づかれるか、賭けに……」
しようぜと続けようとした彼の米神に風穴が開き、2度と目覚めない眠りに落ちる。
あまりにも突然の事態に他の全員、理解が追いつかずに固まる。
しかし、彼らに思考する時間など与えられない。
そのコンマ数秒後には次々に飛来する銃弾により全員が同じ末路を辿ることになる。
無音で配置についた、ターミネーター達による同時多方向からの一斉射撃。
サプレッサー付きの銃で行われたそれを、事前に回避出来るのは余程の見聞色の覇気の達人だけである。
岩場から続々と姿を表す、人の姿を真似た機械達。
彼らはただ、与えられた潜入任務を実行すべく、自分達が作り出した死体から衣服を剥ぎ取り始める。
現在の黒いウェットスーツ姿ではこれからは逆に目立つため、潜入前に怪しまれない格好を得るために。
「君たち何者だ?」
しかし、そんな彼らのセンサー網を掻い潜り接近、話しかけてくる、余程の見聞色の覇気の達人の存在によって中断を余儀なくされる。
すかさず、声の主人に対し射撃が開始される。
暗闇の中であろうと関係ない赤外線画像方式で照準される上、相手の距離、移動速度を計算し正確に射撃される必中の弾丸達。
しかし、全てが回避される。
ならばとフルオート射撃が開始される。各機がデータリンクによりタイミングを合わせ、回避する余地の無い弾幕を形成し、確実に当たるように強要する。
だが、標的となったツノの生えた、和装の大柄な女性は片手に持った金棒を振るい、自身に当たるであろう弾のみを叩き落とす。
あくまでも潜入任務のため、大火力の火器を持ち込んでいないターミネーター達は、手持ちの短機関銃では対処できずに手詰まりとなる。
「待ってくれ、僕は敵じゃ無い!君たち海外から来たんだろう?そんな格好ここじゃ見ないし」
そう言って近づく女性に、ターミネーター達は情報を得るべく攻撃を止める。
「僕はヤマト、ねぇ、君たちエースの仲間だったりしない?」
そう期待を込めたように聞いてくるヤマトと名乗る女性。
「そんな名前は知らない」
無感情な答えが返ってくる。
「……そう、か、そうだよね……、あれからまだそんなに経ってないのに、そんなに早く来るわけ無いよね」
そう、気落ちしたように言う。
「あのぅ、よろしければ話を詳しくうかがってもいいですか?」
直後、先ほどまで発していたゴツい男性の見た目に合ったものとは全く異なる、まるで少女のような声で話し始めた目の前の存在にギョッとする。
彼女の待ち人は来なかった。
だが、その思いは無感情な機械たちを通じて、その背後にいた存在の心を動かし、この国の未来を変えるきっかけになる。