ウタとアイリスはCP9の露見以降、ウォーターセブンで作られていく船を見守りながら平穏に暮らしていた。
あれから、なぜかそれまで他のものと仲良くやれていたCP9の面々が、新入りの社員たちとはピリピリとした関係となっていることは、事情を知らない他のガレーラ社員たちをヒヤヒヤさせつつも、特にこれと言って事件は起こらなかった。
CP9とSWORDがお互いに牽制し合い、裏での動きもほとんどない。
しかし、そんな中で彼女達はCP9の長官スパンダムの愉快な動きを掴んで嗤うしかなかった。
どうやって掴んだかというと、アイリスはあれから彼らが使う電伝虫の念波を解析し、盗聴できるようになっていたのだ。
元々、アイリスやその他の機械達が通信に用いている技術は旧アトランティスにおいて電伝虫を解析して、彼らの通信を再現したものである。
なので、惑星を隔てた裏側にいても通信に支障はない。
だが、電伝虫の弱点として盗聴のされやすさがある。その点は把握しており、対策がなされている。
とは言え、機械達の通信は音声通信ではなく、難解な機械言語を用いたデータ通信なので、傍受したところで電伝虫からデータを吸い出して翻訳しない限りは単なるノイズとしか思えないのだが。
それでも念のためと行われていることは、単純にデータの暗号化である。
膨大な桁数の鍵を用いるもので、鍵を入手しないと解読不可能である。
さらに、各機の制御モジュールも暗号化されており、その鍵を得るために内部からデータを吸い出すのにも独自言語のソフトウェアの解読が必要な上、別の鍵が必要でそちらは何かがあると、制御モジュールごと自壊するようになっている。
一方で、CP9とスパンダムが通信に用いている電伝虫には全く暗号化が行われていなかった。
一応、通常の電伝虫の通信も暗号化させる白電伝虫というのは存在するのだが、非常に希少な存在で政府の高官か、革命軍の幹部ぐらいしか用いていない。
というのも、基本的に電伝虫の通信傍受を行なっているのは世界政府側のみであったので、そちらに属しているならば盗聴対策など必要なかったのだ。ただ、高官達は通信内容に後ろ暗い部分もあったりする為、本来は味方側であるはずの組織からの傍受ですら嫌って特権的に白電伝虫を用いている。
しかし、その常識を変える存在が彼らの知らないところで現れていた。
アイリスもそれは初めての試みであった。元々、外の世界にあまり興味がなく、通信の傍受など考えても見なかったアイリスだが、トットムジカ戦後、情報の大切さに気づいてからは様々な試みを行なっている。
今回はせっかく近くで重要な通信が行われているのだからと、ウォーターセブンのCP9とスパンダムの通信から彼らの使用する電伝虫の念波を特定して、傍受することに成功したのだった。
そして、スパンダムが関係各所に連絡し、自分のコネを最大限に活かしてSWORDを撤退させようとする動きをし、見事に失敗する過程を把握する。
それは、ひとえに彼の日頃の行いのせいであった。
部下が手柄を上げれば、それは自分の手柄とし、失敗をすれば彼らが出来損ないだからとなじり、切り捨てる。
そんなあからさまな態度では、部下達から疎まれるのは避けられず、最低限の定期連絡以外は行わずに、問題が起きても現場だけで解決しようとするようになっていた。
結果、SWORDの干渉を彼は次の定期報告まで知ることが出来なかったのだ。
そして、知った時には既に関係各所に、それこそ五老星すら含めて根回しが完了しており、彼らを撤退させることは不可能になっていた。
SWORDを展開させるように根回しをした派閥の言い分は、こうである。
既に多くの造船所が対応が後手に回ったため、海賊によりボロボロにされ、その能力を大きく減じさせている現状では、ウォーターセブンの造船能力の堅持は必要不可欠である。しかしながら、近頃は非常に脅威度の高い賊がウォーターセブンに出没する様になり、今までは独自の自警団により海賊の脅威を跳ね除けてきたウォーターセブンでも限界を露呈しており、再び後手に回ることがないように有力かつ情報収集能力に優れた海軍部隊を常駐させるべきである。なお、ウォーターセブンの維持に不可欠な人材であるアイスバーグ氏は市民の不安をいたずらに煽ることを懸念しており、世界政府に多大な貢献をしている彼に配慮し、部隊は秘密裏に展開すべきである。
そんな大義名分を掲げ、SWORDの派遣を正当化させていた。
それに対し、スパンダムは、まずアイスバーグが持っていると確信している古代兵器プルトンの設計図を奪う計画は以前に認められた正式なものであり、SWORDがそれを妨害していると五老星に直談判した。
しかし、帰ってきた答えはその程度の調整自分でしろという無情なものであった。
もともと、五老星からしたらプルトンの設計図奪取など可能であるならやってみろという程度にしか考えていなかったため、そのためにわざわざ動くことなど考えられなかった。
ましてや、末端同士の反目など現状では日常茶飯事であり、その程度のことで忙しい自分たちの手を煩わせるなというものであった。
最高の後ろ盾だと考えていた存在が役に立たず。仕方なく自分で海軍を説得しようとするが、反応は冷淡であった。
海軍には、既に彼がCP9をウォーターセブンに派遣したことがリークされており、しかもそれは理由として古代兵器の件を隠し、単に彼が若いのに世界政府内で評価されているアイスバーグに嫉妬して、私怨からCP9を動かしているということにされた、彼からしたら根も歯もないデマであった。
元々、スパンダムとその父スパンダインの親子の権力に対する執着と異様なまでの出世欲は有名で、そのためにずる賢い工作で他者を陥れることがあるのは世界政府内で知れ渡っていた。
そんな彼が、なんの因果か知らないが自分の嫉妬した相手を殺すために、任された組織を私物化したと聞いても違和感を持たれなかったのだ。
そんな事例、今の世界政府や海軍の中ではありふれているのだから。
それに、世界政府内において政敵についての根も歯も無いデマを流して陥れようとすることなどよくある話である。
デマだとわかっていても、それが普段から気に食わない相手なら素知らぬフリで追求するのもいつもの光景である。
結果、元々自分たちもアイスバーグの貢献の恩恵に預かっていた海軍としては、彼ら親子の解任こそその卓越した政治力故に果たせないとしても、その狙いは断固阻止する構えであった。
そんなところに本人から連絡が来てまともに取り合うはずもなく、のらりくらりとかわされ結局時間を無駄にするだけに終わる。
直接海軍を説得することが失敗すると、今度は組んでいた役人の派閥にコンタクトを取り、なんとかしてもらおうとする。
しかし、それより早くスパンダインから連絡が来て止められる。
実は件の派閥も一枚岩ではなく、古代兵器の存在に懐疑的なもの達も多くいたのである。
そこに、デマを広められたことでそんなバカな話に乗せられた愚かな連中であると対立派閥に煽られ、頭が茹で上がるもの達が出ているらしく、そんなところにぬけぬけと連絡すればどんなことになるかわからないという忠告であった。
なお、スパンダイン自身も今は風向きが悪いと息子のために積極的に動くことはなかった。
結局、散々足掻いて八方塞がりと悟り、現状を受け入れるしかなかった。
しかし、一度発した命令を撤回することは面子にかけてできないため、ウォーターセブンに派遣されたCP9達は既に任務が達成不可能になっていることも知らされずに無為に時間を潰すハメになっていた。
まあ、彼らにとってはその方が幸せなのかもしれないが。
そして、そんなスパンダムの悪あがきのせいで、CP9と SWORDという世界政府の耳目ともいうべき諜報機関のうち、本来なら他の任務に投入できていたであろう、有力なもの達を実質的に無力化できているのだから、アイリスは嗤いが止まらないと同時にそんな事態を狙ってか幸運か、引き起こしたアイスバーグに戦慄していた。
ウタは、単にアイスバーグからスパンダムは彼の恩師であり、海列車の製作者であるトムを謀略で陥れ、死に追いやった存在だと聞いて、そんな最低のやつがボコボコになっているのはいい気味だと思っていた。
そんな折りに、ついに和の国の偵察任務に送り出していた飛行船の一隻が目的地に到達することに成功したのである。
何隻も送り出したうち、他の船は悪天候に巻き込まれて墜落するハメになっていたため、ようやく成果が出たと喜んだ。
これで、グランドラインへの空路での侵入が可能であることが実証されたのだから。
一応、海路での侵入のテストも実施していたが、少数隻の潜水艦では、海列車のレールから得た海王類が嫌うであろう音を用いても運頼みであり、芳しい成果は出ていなかった。
残る頼みの綱は海楼石のみである。だからこそ、その産地であるという和の国の情報はますます重要となっていた。
また、喜びは自分たちの持つ航海技術の優位性が実証されたのも大きい。
グランドラインでは、通常の磁力を用いたコンパスは使い物にならない。
この事実は、その外の4つの海では案外知られておらず、知る人ぞ知る話になっている。
だからこそ、多くの海賊船が何も知らないまま無謀にグランドラインに突っ込んでは、海の藻屑になるのであるが、そこを進むにはログポースと呼ばれる特殊な磁気コンパスが必要である。
これはグランドラインでは、島々がそれぞれ特殊かつ強力な磁気のようなものを帯びた鉱石でできているため、通常の磁気コンパスが使い物にならない特性を逆に利用するものである。
ログポースは島に滞在して、そこ特有の磁気のようなものを溜め込むと隣の島を指し示す特性がある。
この溜めをログと呼び、島によって必要な滞在日数は異なる。数日で済むところもあれば年単位で必要なところなどもある。そして、ログの指し示す先はいくつも分岐し、集合し最終的に一つとなる。
なお、グランドラインの島々はそれぞれ全く異なった気候を持ち、生態系を構築している。
中には人間の長期滞在など実質不可能な島もいくつも存在し、それでいてログの貯まる期間が長い島などもあるのだ。そんな島を通る航路に入ってしまうと、実質的に詰みである。
島で死を待つか、万が一に賭けて闇雲に進み、グランドライン特有の危険な気候や現象の犠牲となるか、カームベルトに入って海王類の餌食となるかといった末路を辿ることとなる。
また、島に問題なくともその危険な天候、現象の中を突っ切るルートも存在しており、ログポースを用いた航海とはほぼほぼ自殺と変わらないものである。
そのため、グランドラインを恒常的に航海する船は皆、ログに影響されずに常に一つの島を指すエターナルポースを用いている。
あらかじめ安全な島、比較的安全な航路を通るコースを選べるのだ。
しかし、アイリスはそれに頼らずともグランドラインで方位を知る術を持っている。
それはジャイロコンパスという技術である。
これは高速回転体が方向を一定に保とうとする性質とその際に力が加わると力に応じた方向を向く性質、惑星の自転により加わる力を利用して、常に北方向を指すように調整したものである。
もともと、これも旧アトランティス王国にて鉄製の船の実用化にあたり、鉄で囲まれた環境でも影響を受けずに使用可能なコンパスとして構想されていたものである。
磁気の影響を受けないため、グランドラインでも使用可能である。
ただし、当時は高緯度では地球の回転方向と海面のずれが大きく使用不能になる問題があった上に非常に大掛かりな設備であった。
だが、現在では従来の機械式回転体を持つものではなく、リングレーザー式の光を回転させるものを使用し、それが緩和され、機器も大幅な小型化に成功している。
そのおかげで、今回の飛行船もわざわざ場所に応じて複数用意する必要のあるエターナルポースを用いずとも和の国まで航行に成功したのだ。
そんな歴史的な第一歩を踏み出せたことに、そして、おかげでフウシャ村への移動の障害が減ったことに喜ぶとウタとアイリスだった。
しかし、潜入させた部隊よりそんな喜びを打ち消す情報がもたらされることとなる。
そこは、まさにこの世の地獄と呼ぶべき有様であった。
立ち並ぶ、汚染された煙や排水を垂れ流す武器工場。そこでまともな食料すら与えられずに強制労働につかされる人々。
有毒な物質を多量に含む排水と煙により、飲料に適さなくなった水を飲みバタバタと倒れていく人々。
有毒物質の蓄積で死の大地と化したかつての田畑で嘆きながら餓死していく人々。
そんな中で、あえて有害な物質を含ませた食料を流し、それを喜んで食べたもの達が、中毒で笑いの表情以外を奪われるようにする国の支配者。
そんな絶望の只中にある人々の様子を喜悦をもって眺め、さらなる絶望を与えようと略奪を行う支配者と組んだ海賊達。
それはあまりにも残酷で、彼女たちには想像を絶する酷い情景であった。
ウタにとって、それは海賊という人々に抱いていたイメージを破壊する衝撃であった。
シャンクスに捨てられたと信じる彼女であるが、それでも幼年期から身に染みている海賊に対する信頼のようなものはあったのだ。
シャンクス達は国を滅ぼし、自分を捨てかもしれないが、それでもそれまでの思い出が消えるわけでは無い。
だから、彼女の中での悪い海賊像とは、普段は陽気で気の良い奴らなこともあれば、時には国を襲い、滅ぼし略奪することもある。
必要があるから、何かされて怒ったから、宝が欲しいから時にはひどいこともするのだと、しかし、根っからの残虐非道というわけでも無いと、そう信じていたかった。
シャンクス達と別れてから、今まで悪い海賊に襲われてもウタの能力ならば簡単に撃退出来たこともあって、そんな幻想は少なくとも彼女の身の回りでは維持されてきた。
つまり、彼女の考えている悪い海賊とは、道化のバギーあたりが近いのだ。
しかし、世の中にはそもそも奪うことを楽しみにするもの達もいる。
必要があるわけでなくとも只々、人々が苦しみ、絶望することに悦楽を感じるもの達。
そんなものが、一定数はいるのである。どうしようもないことに。
そして、今まさに和の国を支配して、好き勝手にしているのはそういうもの達である。
人類史的には稀によく起きる悲劇である。そのようなもの達が力を持ってしまったが故に、それまで積み上げてきた全てが破壊され、もはや再起することすら出来なくなる国や地域というのは。
そんな現実に、幻想を打ち砕かれ、言葉もなく佇むしかない。
そしてそれは、和の国で育ったヤマトにとっても同じであった。
彼女について、当初は怪しんでいたウタとアイリスだが、潜入したターミネーター達を見つからないように案内してくれたため、信用することにしたのだ。
そして彼女も、和の国の現状を知りたいと望んだため情報を見せてもらっていた。
彼女は十何年も百獣海賊団が拠点としている鬼ヶ島から出たことはなかった。
そこでは、父であるカイドウからは虐待としか言いようがない仕打ちを受けても、他の海賊達はカイドウの息子であると言うことと、ヤマト自身の親譲りの圧倒的強さ、それこそ世界的にも上澄みである、四皇に数えられるカイドウの海賊団にて最高幹部に準ずる強さを持つからこそ、そこまで無下には扱われなかった。獣の集団に置いて強さとは圧倒的にわかりやすい序列ゆえに。
だから、知らなかったのだ。最近の彼らが外で弱きもの達にどのように振舞っているのかを。
人は、相手が無抵抗であると知ると、どこまでも残虐になれる。いったん傾いてしまうと、止めるものが無いからである。
16年以上もの間、もともと無法者であった彼らが和の国の国民という、どれだけ虐げようがまともな反撃を行う術を奪われた人々を前に、たとえそれ以前は多少なりともまともであったとしても、変質を遂げることを避ける術などなかったのだ。
彼女は、常日頃から自信をおでんであると主張している。それは食べ物ではなく、かつて和の国に生まれ、ついにはそこに収まりきれずに世界に飛び出し、伝説を作った男の名である。そして、和の国に帰った後は、留守中に国を乗っ取った悪意あるものに国民を人質に取られ、仕方がなく相手の言いなりになり、踏み躙られ、最後の戦いを挑むも敵わず、家臣を庇って処刑されると言う壮絶な生き様。
彼女はそんな男の処刑に立ち合い、その人生に魅せられ、自身もそうなりたいと考えて以降おでんと名乗るようになっていた。
自身の性別も彼が男であったから男であると主張し、父であるカイドウにぶちのめされても折れなかった。
そんな彼女は、だからこそ彼の守ろうとした和の国とそこの国民達を自身も守りたいと思っていたのだ。
しかし、そんな国民達は自身が知らない間に地獄に叩き落とされていたのだった。