ウタの口でトットムジカが歌われる。
自身の娘が、あの忌まわしき歌を自分の意思で歌い始める。シャンクスにとって、それは余りにも予想外すぎることであった。
彼の認識では、彼女はその存在すら知らないはずなのだ。そうでいられる様に、自分たちが憎まれ役を買って出たのだ。
一国をわずかな時間で皆殺しにしてしまう存在。そんなことが可能なのは、恐らく伝承の通りの力を発揮した古代兵器か、強力な悪魔の実の能力を持つ四皇レベルの実力者くらいのものであろう。
この世界の人間の体は割と頑丈にできている。
その辺の特に鍛えていない一般人ですら、至近距離で砲弾が炸裂したとしても、弾片の直撃で切り刻まれる様なことでもなければ、内臓を瞬時に押しつぶす様な強力な爆圧も、肉体を粉々にしてしまうであろう衝撃波も耐えて普通に生存する。
そんな人々が住む国を皆殺しにしようと思えば、一般的に実現可能な方法に絞ると、悪魔の身の能力で圧倒的な熱量や質量を伴う攻撃等を国全体に行うか、化学兵器や細菌兵器を用いるか、艦砲射撃で片端から耕すか、歩兵を送り込み、一人一人に確実に射撃や斬撃を浴びせて仕留めるかしかない。
例に挙げたものは後ろに行くほど、大人数の皆殺しには時間がかかるし、普通の実力の悪魔の身の能力者では国を覆うほどの攻撃などそうそう出来はしないので、それですら時間はかなり取られるであろう。
また、この世界の人々は、毒や病原菌に対する耐性も高く死ぬまで時間を要する。
となれば、短時間、長くとも夜が更けてから夜が明けるまでの数時間で可能とする圧倒的な威力を放てるのは、四皇レベルの実力者か、もしかしたら古代兵器かとなるのである。
当時のエレジアにおいてそんなことが可能であったのは、封印されたトットムジカか、通りがかりの海賊であるシャンクスに実は四皇クラスの実力が有ったかのどちらかしかあり得なかった。
古代兵器も既存の海の皇帝たちも、その所在は政府が把握して監視しているのだ。
それがトットムジカによるものならば、今まで世界的には知る人ぞ知るレベルであった存在が広く世界に露見し、その力を発現させた可能性があるエレジアの生き残りと赤髪海賊団の両方が世界中から狙われたであろう。
大海賊時代以前より国同士の戦争は絶えず、以降はそれに各地の海賊たちが加わり熾烈な闘争が繰り広げられている。世界政府もいよいよ持ってそれが許容範囲を超えて、自身の武力で押さえ込もうと躍起になっている。
そんな時代に、一国を容易く滅ぼす古代兵器の様なものの存在が確かめられて、単なる伝説では無いことが知らしめられる。
それが、どれほどの波紋を巻き起こすだろうか。
手に入れれば、自陣営に絶大な戦力的優位をもたらすであろう存在である。
各勢力は、こぞってどんな手を使ってでもそれを手に入れようとしたことだろう。
そう、どんな手を使っても。
たとえそうなったとしても、赤髪海賊団を挙げてウタを守ったであろうが、それで実際に守り切れるかは別の話である。
人の悪意は底知れない。
ましてや、世界中を敵に回して無事でいられるなどと考える程、シャンクスは楽天家ではなかった。
かつて、自身の信じる世界最強の海賊団であったはずのロジャー海賊団と、敬愛する船長ですら事情があったとはいえ長く耐え続けることなどできなかったのだから。
一方で、あの惨劇を引き起こしたのが自分たち、赤髪海賊団となれば、それは以前から何度となく起きてきた、新たな海の皇帝に匹敵する実力のある海賊団の名が知れ渡る事件、それ以上でも以下でもなくなる。
世界政府は積極的な敵対を避けるし、リスクはせいぜい同業者の海賊たちから取り込むか、名を上げようと襲われる程度となる。
そして、哀れにも海賊の犠牲になった国の生き残りなど、そんな今となってはありふれた者たちなど、良くも悪くも誰も気にかけやしない。
だから、自分たちが下手人だということにして、ウタは犠牲者側に置いたのだ。
それが彼女と、彼女の望む夢を少しでも守れる可能が高い方法だと信じ、涙を呑んで別れを受け入れたのである。
しかし、その断腸の決断は何者かによって踏み握られたのだ。
彼女はその何者かによってトットムジカの存在を知らされて、今まさに使ってしまった。
かつてと異なり、明確な意思を持って使ったのだ。
先程の反応からすると、エレジアの真実は知らないと思われるがそれも定かでは無い。
目の前で、漆黒の闇が渦巻き、巨大な人型へと変貌していくのを見ながらシャンクスは激情に駆られる。
その様な事を行った者には必ず落とし前をつけさせると誓う。
ちなみに意図していなかったとはいえ、ウタがトットムジカの力に頼る原因となり、懸念する古代兵器並みの危険な兵器を現在進行形で大量生産し、彼の足もとや周囲を取り囲む船にも積み込んでいる存在が、今まさに隣で予想外の事態の連続に狼狽えているとは知らぬが仏である。
再び、トットムジカが今度は和の国近海の海上に顕現する。
アイリスにとっても、シャンクスにとっても自身の全力をもってしてもどうしようもなかった絶望の象徴である。
万全の体制のもと、その力になど頼る事なく勝負を決めるつもりで、実際にそうなりつつあったところからの急転直下の事態に唖然と見上げるアイリス。
一方、シャンクスは再び相見えた怨敵に、覇気を漲らせて斬りかかる。
しかし、刃はトットムジカに届く前に容易く遮られる。かつてとは比べ物にならない、大きな島ですら一刀両断してのけたであろう威力が込められた一撃が容易く防がれた事に流石に驚く。
さらに、トットムジカから以前の愚鈍さとは比べ物にならない、鋭く素早い反撃が行われる。横凪に繰り出される大振りのパンチ。それだけのことが巨体から目にも止まらぬ速さで行われ、何とか防御が間に合った彼の体が遥か海の彼方へ吹き飛ばされる。
そして、巨大な足で海面をまるで地面かの様に踏み締めて音すら置き去りにする速さで、トットムジカが追撃のため追いかけ始めた。
その衝撃で、巨大な旗艦や周囲の戦艦群が小船の様に波間で弄ばれる。
アイリスは眠り続けるヤマトの体を必死に抱き止めながら、すっかり見晴らしの良くなった指令室の床にしがみつく。
そうしながら、思い返すのはトットムジカを呼び出す間際にウタがアイリスに伝えた言葉である。シャンクスに対するプランBの実行。
つまりは、自身がシャンクスを引き離すのでもろとも核の飽和攻撃の標的にしろというのだ。
本来ならば計画に無い、余りにも無茶な行為である。
確かにかつて、トットムジカは核攻撃を跳ね除けた。しかし、それがどれだけ耐えられるのかはアイリスには未知数である。
そして、それ以前に事情を聞いているアイリスにしてみればウタの父親を攻撃するなどとんでも無い話であった。
事態をどう収集したものかと苦悩しつつ、とにかく状況を把握し続ける為に、トットムジカを追うべく空母から艦載機を発艦させるのであった。
ウタは、今回もなんとかトットムジカを制御する事に成功した。
相変わらず、負の感情の奔流に晒されるが、内側から溢れ出る激情が封殺する。
そして、感情のままに、トットムジカの拳をシャンクに叩きつけ続けている。
しかし、毎回かわされるか、直撃して派手に吹き飛んでもうまく受け流され大したダメージを与えられない。
ならばと島を丸ごと焼き払えるほどのエネルギーを込めたビームを放つが、シャンクスも凄まじまい覇気を迸らせて放つ斬撃によって相殺する。
周囲が解き放たれた圧倒的な熱量で生じた水蒸気に包まれる。
効かなくなった視界を気にせずに、無茶苦茶に蹴りとパンチを放ち、かわしきれなかったシャンクスを再び吹き飛ばす。
そして、再度追いかけ、そろそろ十分な距離を取れたし、アイリスの攻撃が始まるかもと考えるが、実際にカイドウの撃墜地点付近に展開する前衛艦隊が目に入り、それが正しい事を悟る。
しかし、すぐ傍にシャンクスが来たにも関わらず、艦隊からの攻撃は行われていない。
その事を不思議に感じつつ、シャンクスがこちらに向けて斬撃を放ってきたので、咄嗟に腕を掲げて防ごうとする。
そんな事をしなくてもどうせ防げただろうと思う。
しかし、予想は裏決られ、掲げられたトットムジカの腕は粉微塵に粉砕された。
それは、偶然の一致であった。
ウタワールドでは、シャンクス襲来より前からウタとヤマト対カイドウの激闘が繰り広げられていた。
カイドウは、自身とも互角以上に戦い、さらには追い詰めつつあるほどの相手との戦いを心底楽しいと感じていた。
久しく味わっていなかった生きる充足感。
この世の生に絶望していたからこそ自身の掲げていた思想などかなぐり捨てて、この時間が永遠に続けば良いのにと感じるほどの楽しさを味わう。
相手は、ジョイボーイなどでは無いのかも知れない。少なくとも、自身と戦ううちで楽しそうな素振りなど見せてはいない。
しかし、それでも負けてやってもいいと思えてしまう。
楽しみながら、矛盾した考えに感情がぐちゃぐちゃになりながら彼は戦い続けていた。
いい加減に、倒れない事にやや焦り始めたウタ。
さらに攻撃に力を入れる。
話には聞いていながらも、まさかカイドウを圧倒するほどとは思っていなかったため、驚きつつもヤマトもウタに合わせて全力で攻め続ける。
しかし、ふとその最中にウタの動きが止まる。
突然の事に、カイドウもヤマトも合わせて動きを止める。
俯き、震えるウタに心配するヤマトと水を差されてやや不機嫌そうにするカイドウ。
現実でのトットムジカ顕現と同時にそれがウタワールドにも姿を表す。
突然ウタの体を中心に噴き出した闇が、人型を取り、カイドウへ攻撃を仕掛ける。
先ほどまでより、さらに強力な攻撃に気を取り直して凶悪な笑みを深めながら受け止めようとして、耐えきれずに吹き飛ばされる。
しかし気にせずに、すぐさま殴りかかり謎の障壁に阻まれる。
だが、気にせずに殴りまくる。
何度殴り返され、吹き飛ばされようが構わず殴りかかる、カイドウと圧倒的な力を振るうトットムジカの戦闘をヤマトは唖然と見る。
そして、カイドウが何度目になるかわからぬ、腕への棍棒によるメッタ打ち攻撃をした時、突然それまで鉄壁だった腕の防御が破壊され、腕そのものも粉々に砕け散った。
ようやく攻撃が通った事にカイドウは、さらに闘志をたぎらせる。
ウタにだけは、その原因が理解できた。
偶然、2つの世界の攻撃が同じ場所に当たったのだ。
別に示し合わせたわけでも無い、単純に両方から、全く通じていない様子にも臆さずに、巨大な腕を破壊するのに相応な威力のある攻撃を、ひたすらに打ち込み続けた場合にのみに起こり得る確率を引いただけである。
それは普通ならばあり得ないほどの低い確率である。
まず、純粋に障壁を破壊してトットムジカの巨大な体にダメージを与える攻撃は相応に高いレベルが要求される上に、そんなものをタイミングが合うまで連打できなければ話にならないのだ。
今回は、そんな攻撃を息を吐く様に行うことができる世界最強クラスの実力者が両側で戦っているからこそ起きる必然である。
ウタは、無敵に思われた力の思いもよらない弱点に、動揺する。しかしそんな偶然そうそう起こらないはずだと落ち着こうとする。
そして、一刻も早く2人を仕留めようと無茶苦茶に手足を振り回し、ビームを打ちまくる。
しかし、手応えを得た四皇2人の攻撃はさらに苛烈となり、再び偶然タイミングが合いそうになり、足で受ける。今度はそこも弾け飛ぶ。
このままでは、トットムジカが倒されてしまうのではと慌てた結果、カイドウをウタワールドに拘束し続ける事を諦める。
もう、ウタワールドを維持できる時間に余裕がなくなってきたのもある。
トットムジカとは別の歌を歌い、カイドウとヤマトを元の世界に戻し、ウタワールドの維持を放棄する。
同時に、より一層トットムジカの力を引き出すべく、さらに闇の奥深くまで、自身の力で制御しようとする。
ふと、その時何か、違和感に気がつく。
今まで、叩きつけられている負の感情に、どこの誰とも知れないもののそれに、なにか惹きつけられる物を感じてしまった。
よく聞いてみると、それは形の無い感情の奔流の中に、はっきりとウタの名を呼ぶものが紛れ込んでいる。
トットムジカは古来からの、音楽を志すものの負の感情の集合体である。
古今東西のそのなか、最早具体的な形を維持できなくなるほど擦り切れたものの中で比較的最近のものであるだろう、まだ鮮明なもの。
そちらに気を取られそうになり、しかし踏みとどまる。
今は、和の国の人々や友人達を背負って戦っているのだ。そんな物を気にしている場合では無いと目を逸らす。
そして、トットムジカの更なる力を引き出す。
現実ではシャンクスは、目の前で手足を破壊されたトットムジカに更なる追撃を加えようとしていた。8年前とは異なる結果に自信を深める。
周囲は惨憺たる有様である。
猛攻の余波で、周りに浮かぶ船はかなりの数が破壊され沈み始めている。
シャンクスは、自身にもトットムジカにも攻撃しようとせずにただひたすら回避行動を続けている船を訝しんだ。先ほど、猛烈な弾幕を張っていたものと同種の兵装を装備している様だが一向に使用する様子はない。
警戒は続けつつ、とりあえず敵対しないならと捨て置きトットムジカに集中する。
ふとその時、トットムジカが再び闇に包まれる。やったかと期待するが、しかし、闇は消えるどころか膨れ上がり、内側から破られる様に弾け飛ぶ。
そこには、更なる変貌を遂げた異形が浮かんでいた。
全体的に遥かに巨大となり、被っていたシルクハットにはドラゴンの顔が2つつき、単なる飾りでは無い事を示す様に咆哮をあげる。
背中からは漆黒の巨大な翼が生え、腕は4本に増えた。
破壊した部位も全て復活している。
しかし、異変はトットムジカだけに止まらない。トットムジカを中心として周囲の空間が侵食されて変貌していく。
海は消え去り、また、重力も感じなくなり、海上に浮いていた艦隊は何も無い空間に浮き、航行不能となる。
見たこともない現象に、シャンクスも戸惑うがトットムジカの攻撃が彼を襲い、そんな暇を与えない。
元からある頭部の口とドラゴンの口2つからビームを放ち、翼を羽ばたかせて、今まで以上の速さで迫りながら四つに増えた手と2つの足で無茶苦茶にパンチとキックを放つ。
一撃一撃が彼をして戦慄させる様な圧倒的な破壊力を伴う攻撃が無数に連打される。
未来視の見聞色を全力で用いて回避に専念して、なんとかやり過ごす。
ふと、その時感じたことのある強い覇気を見つけそこから強力なブレスが放たれてトットムジカを爆炎が包み込む。
龍形態のカイドウがトットムジカに突っ込んでいく。
彼は巨大な化け物と戦っていたはずがふと気がつくと海の中で溺れており、さらにそこから異空間に放り出されるという、訳のわからない現象に遭遇していた。
目の前にはさらに凶悪な外見に変貌した化け物がおり、おそらく何かしらの攻撃を受けたのであると割り切って戦いを再開する。そんな認識となっていた。
一応連続している状況に、今まで精神のみ異世界に連れて行かれていたなどと夢にも思わない。
そして、周囲の艦隊からの情報でアイリスもカイドウをウタワールドで仕留め損ねたと知る。
隣ではヤマトがうめきながら起きあがろうとしており、2人まとめて戻ってきた様だ。
残念ながら海楼石の鎖による拘束は間に合わなかった様である。
しかも、近くにウタとシャンクスがいるため、核による飽和攻撃などできない。
だが、彼女は冷静に周囲の戦艦に攻撃を命じ、さらに艦載機部隊を向かわせる。
何も、用意していた兵器は核だけではないのだ。
ウタが飛び出してしばらく、冷静さを取り戻した彼女は、最早当初のプランを完全放棄し、全兵装を転換してこの時に備えていた。
少なくとも、カイドウだけはこの場で落とすと意気込んで。
海面が落ち着き、発艦可能となった空母から次々と艦載機がカタパルトで打ち出される。
プロペラを機首に備え、3000馬力のレシプロエンジンの動力で牽引されながら、両翼に巨大なロケット弾を抱えて、ヨタヨタと高度を上げながら異空間に向け突っ込んでいく。
また、異空間内で浮いている戦艦や巡洋艦がカイドウが射界に入ってくるのを今か今かと待ち構える。水上艦が宙に浮いてしまえば、自力で向きを変える方法などないのだ。
また、おそらく艦砲射撃の反動は船体をスピンさせることが予想されるため、射撃の機会はかなり限られることとなる。その一瞬を逃さないようにする。
最後の決戦が始まろうとしていた。