「お願い離してよ、死ぬなんてやめてダメだよ」
ウタは必死に呼びかけるがその声も動き始めた12機のエンジンの爆音と海水の流れ込む音にかき消される。今も隣に立つアイリスそっくりのロボットはしかし、微動だにしない。
「危険です。私から離れないでください」
先程、ウタを海水の届かない高台の管制室のようなエリアまで連れてきてからずっと無表情のまま同じセリフを繰り返している。
以前、初めてアイリスと会った時はロボットだなんて信じられなかったのにコレはいくら見た目を似せても人ではないとわかってしまう。あの表情をコロコロと変える少女でなければ、ダメなのだ。
8年前と同様に再びウタの目の前で友達がどこかへ行ってしまおうとしている。そして、それなのにまた自分は見ていることしかできない。焦燥感から無茶苦茶に動きながら、胸の中に絶望が広がる。ウタは自身の持つウタウタの実の力に絶対的な自信を持っていた。この力が有れば自分の理想とする世界を作ることができるはずであった。しかし、アイリスはウタウタの力では意識を奪うことはできず、ましてや今自分を抑えている心のない機械相手にはなんの影響も及ぼせない。今のウタは非力な1人の少女でしかない。
「ねぇ、なんでよ。8年間の修行で音楽の才能を伸ばして、その前からみんな私のウタはすごいって、世界を変える歌声だって言ってくれた。だからみんなに歌を届ければ、助けになるんだって思ってた。でもこれじゃなんの意味があるの、目の前で死のうとしてる友達1人止められない力では何が救えるっていうの」
絶望から思わず吐露する。
「私は歌で新世界を作るんだって思ってた。それで誰かを救うんだって。でもほんとはみんなと一緒にいるのが一番だった。悪人でもいいから仲間と一緒にいたかった。離れ離れなんて嫌だった」
そうして膝をつき、涙が溢れ出る。
「もう嫌だよ。離れるなんて嫌だよ」
そして、救いを求める。力が欲しい、もし友達が救えるなら新世界なんて作れなくてもいい、今救うための力が。
ふと違和感を感じて、手を見ると数枚の古びた楽譜が握られていた。いつのまにか現れたそれは、髑髏の死神のようなものが描かれた不気味な楽譜であった。しかし、ウタには何故だか自然とそれの使い方が理解できた。歌う事で、とてつもない力が解き放たれることが。導かれるようにその歌を歌い出す。8年前と違い、今度は友を救うのだと言う、強い意思を込めて。
コックピットにて黙々と離陸準備を進めるアイリス。彼女の管理下にある他の機体は皆それ自体がアイリスの意思によって動く無人機であり思考するだけで動作する上に整備、補給といった地上作業も最適化された無人作業機が高速で実施する。しかし、この機体だけは、有人での運用を前提に設計されたままであるため、わざわざ人間大のロボットが、機体各所で飛行のための作業を行なっている。そのため準備に時間がかかっていた。
目の前にずらりと並んだ計器に目を通しながら、問題ないことを確認し1つ1つ手順を確実に進めていく。万が一トラブルで墜落するようなことがあれば、計画は潰え、自分の存在意義は消えてなくなるのだ。この国の繁栄に貢献するために作られた彼女は、国が滅び、自身が全く別の存在に成り果てたとしても自分の意思でそれこそが存在意義だと定めていた。だからこそ最後に残った意思は絶対であり、その実行こそが今の自分の唯一の存在意義であると信じている。
しかし、先日はそんな考えに反して最後に思いつきで動いてしまった。
計画の始動が近くなり、まるで島の全てを目に焼き付けるように、アトラス島の各地を周った。
計画は4年に一度開かれるレヴェリーに合わせて実行する。そこには世界政府構成各国の首脳が集まる。世界政府のトップだけでなく、この島の虐殺の意思決定に関わった可能性が少しでもあるならば報復の対象になる。
4年前は準備が整わず見送ったが今年こそは確実に実行せねばならない。
しかし、その前に、最後に故郷の島を見ておきたくなった。
そして目についた、かつて王女が作った小型機。ふと、飛んだらどんな気分なんだろうと気になってしまった。
アイリスにはかつて王女が埋め込んださまざまな記録データが残されている。まだ研究所で開発されていた頃、私の記録をあげれば、もしかしたら人間のような人格ができるかもと当時まだ幼かった子供らしい意見に、開発者たちが微笑ましく思ってそのままにしておいたジャンクデータ。それは実際、地下の孤独な時代に重要な拠り所となり、彼女の人格形成に重要な役割を果たした。そして、映像データの中で度々言及されていた空への憧れ。
アイリスは最適化された操縦システムによる飛行ではなく、王女を参考に作ったこの体で飛びたいという何故だかわからない欲求に囚われた。
どうせ、計画で飛ばす機体もこの体で操縦するのだから練習であると、自分を納得させた。
初めて見る原始的な構造の機体に点検もそこそこに空に飛び立つ。結果、長期間使っていない機体故か、不調を起こし事故に遭ってしまった。
その間違えは繰り返さない。
だが、そのトラブルのおかげで、彼女に会うことができたのだ、そう考えてキャノピー越しに格納庫の上方に目をやる。窓越しに今も自分を止めようと足掻き続けている友人が目に入り、再び後悔の念に押しつぶされそうになる。
「なんで、ウタを連れてきてしまったんでしょうか。こうなることはわかっていたはずなのに」
そう吐露し、思い返す。本来は残った機械兵器たちにウタとゴードンの守りを任せて、置いてくるはずであった。しかし、途中から自分の計画を話し、見届けて欲しいと思うようになってしまった。少しの期間でもウタが友達思いの良い人であることはわかっていたのだから、少し考えればそんなことをすれば彼女が計画に反対して苦しむ事になることも分かったはずである。
しかし、実際はそんなこと思いもせずに感情に引きずられるまま、ここまできてしまった。
最近はこんなことばかりである。そもそも練習なんて本来は必要ないはずなのに、自分でも一度思いついてしまったら堪えきれなかった。さっきは手記を残した気持ちと重ねて考えたが、本当にそれなら後々新聞社にでも、全ての記録を打ち込むように用意しておけば済むはずなのに、ウタでなければ納得できないのだ。
ふと、自分の内面に思考を向けて今まで考えもしなかった何かに気づきそうになる。
「そうです、ウタをここまで連れてきたのは、私は……」
思考の渦に飲まれそうになり意識の空白が生じたとき、それは唐突に現れた。突如として、視界を覆うほどの巨大な影が、キャノピーから見える視界を覆い尽くす。格納庫内に響き渡る復活に狂喜する悍ましい叫び声。それは巨大なカカシのような物体であった。どこかコミカルで、しかし恐ろしい形相をした顔から真っ直ぐ左右に腕を伸ばしている巨大な人形。
唖然とするアイリスの視界に、その巨大な口に目視可能なほどの強大なエネルギーが収束するのが映る。
咄嗟にまずいと判断し、人格データを別のボディに移す。
普段のアイリスはロボットの一体に人格をインストールし、そこから遠隔で各種コントロールを行なっている。あえて、人格データのバックアップは行なっておらず、本体としている体がそのまま破壊されれば死ぬ事にしている。それは、人間とは死ねば終わることができるのだと言うことを学習してから、自分の最後もそうありたいと考えたからである。目的を達成した後はそのまま、なんの価値もない存在に成り下がったままあり続けることは耐えがたかった。今度はかつての地下の暗黒の世界と違ってどこにも救いなどないと考えた故に。
しかし、不慮の事故で目標未達で死ぬわけにもいかないため、ボディの交換は簡単に行えるようにしてある。今回も離れたところにあったものに人格データがインストールされ、アイリスとして起動する。
即座に起動した体から今までいた格納庫内の様子をカメラで確認する。一瞬、複数配置されたカメラの様々な角度からの映像が認識される。しかし次の瞬間、化け物の口から凄まじまいエネルギーが解き放たれ、目の前の巨大飛行艇が粉砕され、有り余るエネルギーに視界が白く塗り潰されて全てのカメラからの反応が途絶える。同時に島全体を揺るがすようなすさまじい衝撃がアイリスを襲う。
状況を把握しようと近くにいたボディたちにリンクを繋ぎ、周辺区画のカメラの映像も見る。更に、地上で離陸準備を進めていた重爆撃機隊の離陸を支援すべく飛んでいた戦闘爆撃機にも繋ぐ。
飛行艇に乗り込んでいたボディ達の反応も全て途切れている。そこでふと、気がつく。もう一体反応がないものがある。ウタの側につけていたはずのものであった。
唖然と思考が真っ白になる。彼女はすぐ側の管制室にいたはずである。機体が吹き飛んだとしてもまだ安全なはず。しかし、近くに正体不明の化け物が現れたのだから急いで避難させなければならないと遅れてもはや意味のないかもしれない思考が追いついてくる。カメラは格納庫だけではなく周辺の区画まで映像が途切れている。そして、上空よりもたらされる映像は絶望的なものであった。
格納庫のあったはずの場所は崩落し、その底にはあまりの熱量に溶け落ちた構造物がまるで溶岩のように渦巻いている。煙と熱気が吹き上がりまるで突如火山が噴火したかのようである。そしてその中央に化け物が佇んでいる。
ウタはいたはずの場所ごと消滅してしまったと考えるしかない惨状である。
そのことを認識して、感じたことがないほどの感情のうねりがアイリスの中で生じる。後悔、悲しみ、そして抑えようがないほど湧き上がる憎悪である。
「よくも、私の友達を、よくも殺したな。許さない、絶対に許さない」
そう静かに、しかし、地獄の底から響くような声で漏らしたアイリスは、自分の持つ全ての戦力を化け物にぶつけるべく動かし始める。