もしも世界が君たちを見つけたら   作:暁英琉

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彼女が彼を見つけたら

 ルフィの思いつきで始めた配信は予想に反して十分な需要がついた。

 いや、この表現は正しくない。異次元レベルの規模の拡大を見せていた。

 最初に電波をキャッチした中に縁のある国の国民がいたことが第一の要因であろう。すぐさま各国が受信した端末を基地局に設定し、国民全員がチャンネルを合わせれば視聴できるようになったのだ。

 しかし、それは一味からすれば予想の範囲内でしかない。予想外だったのは、縁のない国すら同様の対応をする国がいくつも現れたことだ。

 それも一重にモンキー・D・ルフィの人柄ゆえ、だろうか。海賊であることを抜きにすれば彼は生粋の人たらしであることは、一味全員が理解するところ。贔屓目に見ても、面と向かって話せば、彼を嫌いになる人間の方が少ない。そもそも、気を抜けば極悪海賊だということを忘れてしまいそうになることだろう。

 それに――彼は嘘がつけないのだ。質問されれば大抵は何も考えずに素直に答えてしまう。今は誰かを倒そうとしていないからまだいいが、これが四皇二人を引きずり下ろす前なら、あっさりと作戦を漏らしてしまっていたのではないかと不安になってしまうほど。

 ――まあ、サンジくんを助ける作戦のときのことを考えると不安どころか確信になっちゃうんだけど。

 思考を――悪い方に――訂正して、ナミはため息をついた。正直、ルフィの“配信”はいつどんな地雷発言をするかわからないので、彼女の心臓に悪すぎる。

 しかし、その“地雷”が意外なほど需要があるのだ。

 全く包み隠さない彼の口から語られる冒険譚。自分がずっと体験してきたことだから一味は「あーそんなことあったなぁ」と懐かしむ程度で済んでいるが、冒険などしたことのないであろう一般人からすれば、非常に刺激的な物語に聞こえるのだろう。

 そもそも、改めてこの一味の歴史を客観的に見ると、ほとんど海賊らしい行動をしていない。略奪といえば無銭飲食くらいだし、ルフィの性質上ぶん殴る気に入らないやつとはイコール悪いやつになることが多いからだ。

 話を聞けば、ほとんど英雄譚にしか聞こえないだろう。彼自身英雄の孫であることを考えれば納得する人間も多かろう。

 

「本人は嫌がるだろうけど」

 

 しかも父親が世界最悪の犯罪者、革命家ドラゴンであるというのも、本人が十七になるまで知らず、手配書を見るまで顔すら知らなかったという話を聞けば逆に悲劇の主人公に転じてしまうから不思議なものだ。

 

「いやけど、これだけ伸びるってわかってたら、配信料とか取ればよかったなぁ」

 

 配信先の反応を聞きながら、音声に乗らない程度にひとりごちる。ちなみにあまりにリスナーが増えた結果音声が大混線を起こしたため、フランキーが調整して配信先からの音声は順番に聞こえるようになっている。

 否定的な感想もちらほら見受けられるが、それを覆い尽くすレベルで好意的な反応が多い。配信を聞いたらしい元同盟相手であるトラファルガー・ローからは「これが海賊に対する反応か?」との至極ごもっともな感想をいただいている。

 

「うちの一味はどこに向かってるんですかねぇ」

 

「あら、みんな楽しめてるからいいじゃない」

 

「……さっすが、楽しんでる人の一人は言うことが違うわ」

 

 隣に腰を下ろしたロビンにナミは苦笑する。

 何もこの配信を使っているのはルフィだけではない。他にはチョッパー、ウソップ、ブルック、そしてロビンがそれぞれの得意分野で配信を行っていた。ソウルキングの異名を持つブルックの演奏配信は安定して人気であるし、チョッパーの病気への対応策・予防講座も根強い人気がある。なんなら見た目だけで人気が出ている部分すらあるだろう。

 ウソップは小気味のいいトークと多種多様な植物の生態解説がリスナーを引き込み、ロビンはルフィでは語ることのできない考古学分野での冒険譚で一定の人気を得ていた。

 ローの言葉を借りよう。これが海賊に対する反応か?

 ――まあ、実際こんな反応されているんだから仕方ないじゃない。

 

「はー、私も天気予報配信とかしようかなぁ!」

 

「ふふふ、名物が増えるわね」

 

 うちの海賊団はどこに向かっているのだろうか、と呆れる自分と、楽しいからいいか、と納得している自分がいることを自覚して、ナミは思わず笑ってしまうのだった。

 

 

     ***

 

 

 さて、麦わらの一味が配信を楽しんでいる中、全くそれを楽しむことができない者たちがいた。

 

「~~~~麦わらぁ!」

 

 言わずもがな、海軍、世界政府である。

 海軍元帥であるサカズキは楽しげに雑談をしている麦わら帽子の青年を睨みつけている。

 二年前から世界中で暴れまわり、船長副船長が揃って最悪の世代に数えられ、幾度となくおのれの掲げる正義に楯突かれた現四皇の一角。手配書を見るだけで腸が煮えくり返るほどの相手。

 そんな海賊が、今や世界中から歌姫とまで囃し立てられる謎の歌手UTAと同じように全世界に自分を発信している。どんな悪い冗談かと、サカズキは目眩すら覚えた。

 

「いやぁ、気づくのが完全に遅れちゃったからねぇ。これはもうどうしようもないよ」

 

 同席している大将黄猿、ボルサリーノも珍しく疲れた顔を見せている。

 海軍は当初、ここ二年で突然全世界に向けて歌を配信し始めたUTAばかり注意を払っていた。民衆の中には彼女を救世主と呼ぶものもいる。そして彼女の配信を聞いたときの現象が“とある能力”によるものではないかという疑念があったためだ。あくまで可能性に過ぎないが、全てが揃うと世界が最悪の展開を迎える。注意を払うのは当然であった。

 そうしている間に麦わらの一味が同じ方法で世界に配信するなど、一体世界政府関係者の誰が考えるだろうか。海軍がその存在を認知したときには、既に配信規模はUTAのそれの七割にまで達していた。明らかにマスコミなど別の力の介入が感じられる状態だ。

 この配信を止める方法はそこまで難しくはない。各国に設置されている基地局電伝虫を回収してしまえばいい。

 しかし、それをするにはあまりにも遅すぎた。麦わらの一味の配信は既に世界中のエンタメとなっている。これを閉じてしまえば、最悪暴動になりかねない。UTAの配信を止めることができないのと同じ状態だ。

 しかも、海軍にとって面倒極まりないのは、このまま配信させてもダメージを過分に受けるという点にある。

 

「全く、一番渡っちゃいかん奴に面倒なもんが渡ったもんじゃの」

 

 なにせ、麦わらの一味の功罪には大抵海軍が関わっている。重要なのは「悪行」ではなく「功罪」ということ。

 そもそも「麦わらのルフィ」が賞金首になったのは不正を行っていた海兵の逆恨み、ロロノア・ゾロを海賊にしてしまったのも恐怖政治を行っていた海兵が原因。

 ルフィの話には地雷が山のように埋まっているのだ。当の本人が個人配信で需要を得ている以上、ニコ・ロビンの件すらどう反応されるか海軍のトップ面々にはわからない。

 これがそこらの海賊であれば誰も聞きはしなかっただろう。旧四皇の面々であれば誰もが恐怖しただろう。元七武海の面々であれば怖いのは元奴隷という過去のあるハンコックくらいのものだ。

 正しく、最悪を引いた。絶対正義の権威をこの楽しく笑っている男に揺るがされている。おまけに、リスナーの人数が多くなりすぎてある種の匿名性が出てきたことで、天竜人に対する不平不満まで出ている。

 

「最早革命軍も真っ青の革命家っぷりだねぇ」

 

「本人はくっちゃべっとるだけなのが余計に腹がたつんじゃ!」

 

 ルフィを倒すのはエンタメ需要的に最終手段。しかしこのまま放置してもいずれ民意は世界政府から完全に離れる。海軍の正義が塗り潰される。

 八方塞がり。四面楚歌。前面の虎、後門の狼。

 最早サカズキにできることはしかめっ面で威厳を保つことだけであった。

 

 

     ***

 

 

「え? 海賊が私と同じような配信してる?」

 

 ウタがそれを聞いたのは気分転換に設けた歌う前の雑談時間のことだった。

 とある海賊団が自分と同じように世界中へ配信していて、あまつさえかなりの人気があるというのだ。

 その話をしたリスナーは海賊に村を焼かれた人間。海賊という人種そのものが憎くて憎くて仕方がない人間だった。

 

「……許せないね。みんなが辛いことを考えずにいられるここまで荒そうとしてくるなんて」

 

 数瞬思案した彼女は眉間に皺を寄せ、悲しげな表情を“作る”。リスナーに寄り添う“救世主”、「海賊嫌い」のウタとして適切な言葉を紡ぐ。

 ウタの内心は複雑だった。自分の世界を、新時代への礎を踏み荒らされた怒り。海賊が受け入れられているという衝撃。そして、自分にそんな資格があるのかという葛藤。ぐるぐるとかき混ぜられ、煮えたぎる感情を必死に抑え、リスナーに応えるのが精一杯だった。

 

『けど、あいつ面白いからなぁ』

 

『船医さん、かわいいのに頭もいいのよね』

 

『ためになる話も多いよな』

 

「――――」

 

 しかし、続いた反応に気圧される。好意的な意見がマジョリティであることは否が応でも理解できた。

 これはまずい流れだ。感情を出さないようにぐっと奥歯に力を込める。溢れ出しそうな感情の代わりにかかとをかつかつと鳴らしてしまう。

 ウタの配信のリスナーで発言力が強いのは圧倒的にアンチ海賊だ。そこに特定海賊だけとは言え海賊に好意的な反応が来れば場が荒れることは必死。

 すぐさま、流れを変えるしかない。

 

「まあ、今はそんなこと置いといてさ、私の歌を楽しもうよ!」

 

 パン、と柏手を打ったウタはマイクを手にして曲を流し始めた。

 途端にピタリと海賊の話が止まる。それを見て、彼女はふっと口元を緩めた。

 ――そうだ。それでいい。私が歌っている間は、争いなんて起こらない、平和を作れるんだ!

 

 

「ふう……」

 

 配信を終えたウタはふっと息をついた。好きな歌を歌いきった高揚感と、ウタウタの実のデメリットによる疲労感を感じながら、座り込みそうになるのを堪えて背中に紅白の翼を生やす。

 向かうのは廃墟となったエレジアで唯一まともな生活ができる城。そこに住む元国王にしてウタの育ての親であるゴードンの元だ。

 

「ゴードン!」

 

「? ウタ、配信は終わったんだね。どうしたんだい?」

 

 作詞をしていたらしいゴードンは突然入ってきたウタに驚く素振りもなく問いかける。そもそもウタワールドというとんでも空間と長年連れ添っているのだ。彼は既に大抵のことは驚かなくなってしまっていた。

 

「私と同じように配信してる海賊がいるって聞いたんだけど、わかる?」

 

「あ、ああ……そうだね、いるよ」

 

「…………」

 

「黙っていてすまなかった。ウタは海賊が嫌いだから、耳に入れるべきじゃないと思ったんだ」

 

 どうして教えてくれなかったのか、ウタの飲み込んだ言葉を汲み取るように、ゴードンは謝罪した。

 彼の言い分は尤もで、せっかくこの二年で快方に向かっているウタに海賊の同業者の存在などどんな反応になるかわかったものではない。ウタのリスナー層を理解していればなおのことだ。

 あまりのド正論に、歌姫は音のなり損ないのような返事すら返すことができなかった。

 そして同時に理解する。そんな自分の配信でその海賊の話題が出てきた意味を。

 彼らの人気は本物なのだ。海賊でありながら、世界の嫌われ者であるはずなのにそれを跳ね除ける魅力を持っているのだ。

 

「………………」

 

 数瞬、言葉を選ぶためにウタは閉口した。

 本音を言えば、興味しかない。社会的に好意的認知をされている海賊という存在が希少なのは、世間に疎い彼女にも十二分に理解できること。それを成しているのはどんな海賊なのだろうか。見てみたい。聞いてみたい。

 しかし、歌姫についた「海賊嫌い」のイメージがそれを躊躇させる。自分の過去が足を引っ張る。トラウマが自分を溺れさせる。

 感情と理性と記憶がないまぜになって、動けなくなってしまう。まるで五線譜に縫い付けられた音符のようだ。

 けれど、そんな停滞は――

 

「興味があるなら、見てみるといい。ちょうど今夜もやるようだよ。麦わらのルフィの配信」

 

「え!?」

 

 懐かしい名前の前にあっさりと崩れ去った。

 

 

「ほんとにルフィだ……」

 

 電伝虫が投影する映像を凝視しながら、ボソリと口の中で音を転がす。配信は受信専用にしているのでたとえ普通に声を出したところで映像の向こうには聞こえないのだが、その姿は無意識に思考を内に留めておこうとしているようだった。

 二人が最後にあったのは十二年前。互いに一桁の時分の時だ。

 それでもウタがその姿を見間違うことはありえない。たとえ体型が大きく変化していても見間違うはずがない。

 

「ずいぶん大人っぽい顔つきになったなぁ。あ、けど笑うときはあの頃のままだ」

 

 変わった部分に笑みが漏れる。変わらない部分に懐かしさが溢れる。

 配信先からの質問に応えるルフィはすごく楽しいそうだ。配信の雰囲気も良く、事前に海賊であるということを知らなければその事実に思い至らない可能性すらある。

 ちょっと生意気なところはあったが、モンキー・D・ルフィという人間は元々人好きする明るい性格だ。気に入る人間の方が圧倒的に多いことだろう。実際、ウタの記憶の中のルフィをフーシャ村で嫌っている人間は誰もいなかった。

 ともすれば、海賊という肩書があろうとこれだけ人気になるのは当然、なのかもしれない。

 十二年ぶりの姿を目に焼き付けながら、だいぶ声変わりを果たした声に耳を傾ける。

 そんな彼女の耳に入ってきたのは、とあるリスナーの質問だった。

 

『四皇さんって子供の頃は何してたの?』

 

『子供の頃? ダダンって山賊に預けられる前はフーシャ村で遊んだり、たまに帰ってくるじいちゃんに無人島だの谷だのに一人で放り込まれてサバイバルとかだな。シシシ、おかげでだいぶしぶとくなった』

 

「ル、ルフィ……そんな生活してたの……?」

 

 楽しそうに話すにしては不釣り合いな内容にウタの頬が引きつる。

 赤髪海賊団としてフーシャ村に寄っていたときは、基本的にウタが航海の話をする側だった。思い返してみれば、二人で夢の話こそしたものの、ルフィの普段や過去の話を聞いたことがなかったのだ。

 彼女自身、海賊船の乗組員としてそこそこ修羅場をくぐったという自負はあるが、いつも近くには海賊団の皆がいた。一人で未開拓地に放り込まれたり、山賊に預けられるなんて……今でも耐えられるかわかったものではない。

 

『あー、けど、七つの頃にシャンクスの船が一年くらい村を拠点にしてさ。その時が一番楽しかったな』

 

「ルフィ……」

 

『船にシャンクスの娘が乗ってたんだけどさ。いっつも色んな勝負したり、歌歌ったりして遊んでたんだ。あいつ歌がすげえ上手くてさ。歌手になるって途中で船降りちまったらしいんだけど……今どうしてんのかな。あいつならきっとすげえ歌手になってると思うんだよ』

 

 覚えていてくれた。そう実感すると目頭が熱くなる。

 それは、確認するのが怖かった部分であった。ウタにとってはあの村で歳の近い少年と過ごした数ヶ月は眩しいくらいに輝いていて、心の支えそのものだった。この廃墟の地に取り残されるまでの彼女の九年間で、唯一ルフィとの記憶だけが無条件に縋りつけるものだった。

 しかし、ルフィはこの十二年の間に色んな人と出会ったに違いない。海賊なのだから、楽しい冒険もしてきただろう。

 だから、子供の頃の一時の出会いなんて、忘れているかもしれない。もしそうだったらと思うと、怖くて仕方がなかった。ウタという人格自体が壊れてしまいそうな恐怖に足がすくんでしまっていた。

 けれど、そうじゃなかった。ルフィにとって、彼女の大事な男の子にとって自分は忘れることのない思い出の一つで、一番楽しかったと思ってもらえるほど焼き付けてくれていたことに、ウタの胸がジワリと熱を帯びる。

 

『会いてえなぁ』

 

「私だって――」

 

 ――会いたいよ。

 こちらの音声を切っていることも忘れてそう返そうとして、喉に言葉を詰まらせる。

 両の瞼を閉じる。瞼の裏に焼きついた海賊になったルフィ。忘れることのない幼少期のルフィ。その姿が配信を見に来てくれている、自分の歌を心の支えにしてくれている沢山の人たちに塗り潰される。

 心の熱が虚しく冷めていく。

 

「……会えるわけないよ」

 

 だって自分は変わってしまった。

 もう、あの頃とは違うのだ。守られるだけの子供ではない。好きなように歌うだけの音楽家でもない。

 自分の役目のためにも、会ってはいけないのだ。

 

「私は……『海賊嫌い』のウタなんだ……」

 

 震える手で、そっと、通信を切った。

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