四皇の行動はその一挙手一投足が世界を揺るがす。
当然、麦わら海賊団の突然の航路変更を海軍が放置するはずもない。
「麦わらたちがエレジアに到着する前に何隻出撃できる?」
「五十隻強です!」
「よし、準備整い次第、全艦エレジアへ向かわせる。ボルサリーノとイッショウ含め、出撃可能な中将は全員乗船じゃ。セラフィムも搭載しろ!」
海軍本部にて元帥サカズキが指揮を飛ばす。
「セラフィムも搭載とは、気合が入ってるねぇ」
準備らしい準備もないため適当な椅子に腰を下ろした黄猿、ボルサリーノは仰々しい戦力にひとりごちる。彼からすれば麦わらのルフィは賞金首になった頃から見てきた海賊。幾度も事を交え、逃げおおせられた経験からすれば、その相手にこれだけの戦力を投じることには一周回って感慨すらあった。
「もちろん麦わらへの対抗策ってのが大半でしょうが、例のお嬢さんに対する予備戦力でもあるでしょうなぁ」
同じく準備を終えたらしい盲目の大将藤虎、イッショウはあぐらをかいて思案するように顎に手を添える。
麦わらのルフィが動くとなれば、ドレスローザで盃を交わしたという大船団が出張ってくる可能性も考えられる。その規模およそ五七〇〇人七〇隻。今は亡き白髭海賊団と比べても十分に渡り合える戦力と見ていい。
そんな白髭を討ち取った旧マリンフォードでのポートガス・D・エースの処刑に投入した戦力を考えれば、この物量投入に疑問を持つ者はそういない。
しかし、現状を詳しく把握している海兵ほどこの挙兵にはもう一つの意味があるのではと思わざるをえない。
ターゲットは、もう一人いるのではないかと。
「あんまり声に出すべきじゃないねぇ。士気が下がりそうだ」
「厄介なことですなぁ」
大将二人は揃ってため息を漏らす。
情報を十分に入手できる立場である彼らは理解している。サカズキは麦わらの一味だけでなく、“救世主”と祭り上げられている歌姫、ウタも消そうとしているということを。
今は海賊嫌いという印象が強い彼女だが、思想的には人々を虐げる存在を許さないというものだ。天竜人を内包する世界政府に明確な敵意が向くことになれば、彼女を旗印として世界規模の反抗が予測される。“四皇”赤髪のシャンクスの娘という情報も、最早信仰の対象と言っても過言ではない彼女の人気を陰らせることはないだろう。
しかも、彼女が悪魔の実の一つ、ウタウタの実を有していることは確実。
ウタウタの実は能力者の歌声を聞いた生物の意識を自身の夢空間に隔離するというもの。引き込む対象の取捨選択ができないなど使い勝手の悪い部分もあるが、歌を聴かない以外に回避手段がない厄介な代物だ。
信仰レベルの知名度に厄介な能力。四皇との戦争というこの機に乗じて消しておかなくては危険すぎる。
けれど、それは世界政府から見た脅威だ。この世界で暮らす人々にとっては? UTAの歌声を生きる糧にしている人々にとっては?
心の芯におのれの正義を宿している彼らですら、湧き出る疑問に信念が揺らぐ。
「本当に厄介ですな……」
「嫌な役回りだねぇ……」
それでも、おのれを奮い立たせる。いたいけな小娘一人を“敵”と見据える。
彼らにだって、譲れないものがあるのだ。
***
海軍の作戦はシンプルなものだ。麦わらのルフィのいる新世界とエレジアにはかなりの距離がある。彼らが到着する前にエレジア沖に陣を張り、麦わらの一味を迎え撃つ。
エレジア本土を戦場に選ばなかったのは、能力者の多い麦わらの一味を相手取るのに海上の方が有利――という建前と、本命の理由はウタに「事故死」される前に警戒されるのを避けるためだ。
敵対されれば海軍内の混乱は必至。戦争前に戦線の瓦解すらありえる。
その読みは決して間違っていないだろう。総合的に考えて、陸よりも海上の方が海軍にとって有利なのは事実に違いない。
しかし――ここで盤面にイレギュラーが現れる。
「索敵範囲に不審船多数! あれは――革命軍です!」
「なんだと!?」
報告を聞いたモモンガ中将は双眼鏡を奪い取ると自分の目で確認する。黒塗りの艦船が複数。その先頭には龍を模した船首。誰が所有する船か自身でも確信した中将は大きく舌を鳴らした。
革命軍のトップ、モンキー・D・ドラゴンとモンキー・D・ルフィが親子、そして参謀総長のサボがポートガス・D・エースと三人で義兄弟になっているということは世界的に周知の事実だ。なんならルフィ自身はその話も配信でしている。
故に、この戦場に革命軍が現れることは予想はされていた。しかし、そもそも麦わらの一味を迎え撃つために海軍が大船団で待ち構えるというこの状況は極秘だ。仮に参戦するとしても小規模というのが海軍の予想だった。
まさか――ほぼ全軍でこの海域に現れるなど想定できるわけがない。これでは麦わらとの前哨戦どころか、本命を二連続相手にしろというようなものだ。
混乱する海軍をよそに――黒船から赤が飛び出した。
「悪いが、悠長に準備をさせるつもりはない」
「くっ――! 参謀総長サボ!」
既の所で武装色の覇気により火拳の一撃を防いだモモンガはその発生源をにらみつける。
ポートガス・D・エースに続くメラメラの実の能力者、サボは甲板のど真ん中に降り立つと、両の手を三指竜の爪に構える。
「弟に手を出そうっていうんだ。全力で叩き潰すぞ」
敵陣ど真ん中に一人。だというのに余裕の表情を浮かべている犯罪者にモモンガはぐ、と奥歯を噛みしめると愛刀に手をかけた。
「サボは私が引き止める。麦わらが到着するまでにカタをつけるぞ!」
「へえ、中将で“俺たち”を相手できるのかい?」
にやりと口角を吊り上げるのと連動するようにサボの身体から火炎が吹き荒れる。既に他の艦は陣形を作り、砲撃戦に移ろうとしていた。
「ああ、そのための“中将”の肩書だ」
こうして、ルフィ不在の中、戦争の幕が開けた。
***
「そろそろエレジアが見えてくる頃よ……ってなにあの船団!?」
「海軍と……あれは革命軍の船ね。ルフィの加勢に来たんだわ」
「サボか!!」
三次元的高速航海でグランドラインを逆走した麦わらの一味は眼前に広がる艦船の山にどよめいた。
百隻は優に超えそうな黒と白の船がひしめき合い、最早一つの島のようだ。
「海軍の船が多すぎる。本気でここで俺たちを仕留める気か?」
「しかも見ろ。パシフィスタも乗ってるみてえだぞ」
サンジの指差す先で複数の閃光が走り、水面が飛沫を上げる。目か見聞色のいい人間であれば、その発生源に巨大な人の姿を見ることができただろう。紛うことなき海軍の新兵器、パシフィスタ“セラフィム”だ。
「どうする? 迂回してこっそり抜けられねえか?」
「いや、気づかれた」
戦闘回避を目論むウソップの思考がまとまる前に、上を見上げたゾロが呟く。
サニー号の上空には複数の隕石が迫ってきていた。大将藤虎のズシズシの実による攻撃で間違いない。
ジンベエの操舵で落ちてくる隕石、その衝撃で発生する荒波を乗り越えていく。直撃コースのものはゾロ、サンジ、ルフィが砕いて散らす。
優秀な操舵手、優秀な戦闘員がいるからこそできる芸当。これが可能な海賊は世界でも一握りだろう。
しかし、無数の隕石を切り抜けるということは、それだけ行動が制限されるということ。
「まずい! 黄猿の攻撃が来るぞ!」
回避に専念するあまりできたすきを敵大将が容赦なく突いてくる。無数の光の弾丸。一つ一つが明確な殺意を持ってサニー号へ降り注ぐ。
「ダメージは避けられねえか……!」
ジンベエが舵を切り、クルーたちは迎撃準備に入る。現海軍大将最古参の攻撃、無傷で突破できるなど楽観的な思考をする者はいない。
ボルサリーノとしても、この程度で致命傷を与えられるとは思っていなかった。しかし、大将二人がかりの攻撃だ。ここで多少なりともダメージを与え、開戦の狼煙として海軍の士気向上に当てるつもりでいた。
しかし――
――――――ッ!!
「ん? 待って! なにか聞こえない?」
「なんだよこんなときに!?」
「いや、本当に何か聞こえるぞ」
「悲鳴みたいじゃないか?」
窮地の事態に横槍が入る。一味はボルサリーノの攻撃に備えながら、突然聞こえてきた謎の音の正体を探ろうとする。
「――――ぁぁあああああああ!!!」
急速に近づいてきた声のする方向が上だと気づいた頃には、船首近くに謎の球体が降り立ったところだった。
甲板にぶつかる直前に球体は弾け、特徴的な髪型のシルエットが露わになる。
「バーーリア! だべぇ!」
「ロメ男!!」
海賊団バルトクラブ船長、バルトロメオの眼前に現れた半透明の壁、バリバリの実による無敵のバリアが光弾をすべて防ぎ切る。罅一つないバリアを視認し、さすがの黄猿も眉間にシワを作った。
「お前、どうやってきたんだ!?」
無傷で海軍大将の攻撃を乗り切ったという事実よりも、突然現れたバルトロメオに意識がいっているルフィ。憧れの男に驚かれるという至福の時を噛み締めながら、今最も消えてほしい海賊ナンバーワンはサニー号の右後ろを指差した。
「ゾロ先輩がドレスローザでやったように、オオロンブスに投げ飛ばしてもらったんだべ!」
ぎりぎり視認できる距離、そこには横並びにこちらへ向かってくる海賊船が見えた。
その数、六九隻。
「麦わら大船団、全船員で加勢しに来ましたべ!」
ドレスローザにて結成された麦わら大船団。その傘下の海賊団が一堂に会したのだ。
「お前ら、どうして……」
思わず呆然と呟くルフィ。当然ながら、彼は大船団の“友達”を招集したりはしていない。海軍の介入は十分に予想できたことだったが、すべて今この場にいる自分たちだけで対処しようと考えていた。大切な幼なじみに会う。その障害を自分たちで取り払おうとしていた。
「キャベンディッシュとハイルディンが、海軍が邪魔しに来るって予想したべ。ルフィ先輩とUTA様の感動の再会を邪魔をする敵を蹴散らすのが子分盃を交わした俺たちの役目! 先輩たちの道は俺たちが開くべ!」
「ロメ男……ん? UTA“様”?」
一瞬感慨にふけそうになったルフィだが、幼なじみに対する敬称がおかしいことに首を傾げた。
「UTA様の歌はみんな聞いてるべ。推しと推しが大切な幼なじみ同士なんて尊いもの、壊させるわけにはいかねえ! ――あ、できれば海軍蹴散らした後にUTA様のサインほしいんだども……」
「あんたそのサイン目当てで来たでしょ!!」
「い、いや! そそそそんなことちょっとしかねえべ!」
「ちょっとはあるんかい!」
「……ニシシ」
ナミのツッコミを受けるバルトロメオを見たルフィが笑う。
彼はここが戦場であることを忘れそうになるほど、嬉しくて仕方がなかった。彼女の歌声が世界中で、立場、種族問わず愛されていることは既に理解していたことであったが、改めて自身の大切な幼なじみの凄さを実感した。ここが彼女の終着点ではないと確信した。
対して新たな敵の集結は海軍を渋面に染めた。海軍側にはセラフィムという大玉があるとはいえ、艦船数では完全に劣勢を強いられた。
しかも大将の攻撃を目の前で完封されたことによって士気低下も看過できるものではない。革命軍との戦闘の真っ只中でなければ、中将クラスですら剣から手を離していたところだろう。
「皆さん、諦めちゃいけねえ」
心が折れそうな中、藤虎の声が響く。盲目の剣士は見聞色の覇気で全体を見渡し、意識を先程自身が隕石を降らせた先、サウザンド・サニー号に向ける。
「敵さんはすべて、麦わらのルフィのもとに集ったもんだ。彼一人落とせば瓦解するでしょう」
「数なんて最初から関係ないってことだねぇ。船長の首を取れるかどうかがすべてってことだよ」
そう。最初から目的は圧倒的な影響力を持ってしまった「麦わらのルフィ」ただ一人。敵が増えて難易度が上がろうが、それさえ遂げれば海軍の勝ちなのだ。
「目標は麦わらのルフィただ一人。他の雑兵はこの際足止め程度で十分」
問題は――
「おいおい。いきなり首を取ろうなんて、野暮なことはするもんじゃないだろう」
「「「「!!!」」」」
その難易度が、既に異次元レベルにまで上がってしまっている事実の前に意志を保ち続けていられるか、ということだが。
いつの間にそこにいたのか。サニー号の隣に現れた紅白の船、レッド・フォース号に、戦場すべての視線が集中する。
見聞色に長けた藤虎ですら声がするまで存在を把握することができなかった。把握してから、これほどの存在感をなぜ見落とせたのかと二度驚愕した。
「“見聞殺し”の異名は伊達じゃねえってことですかい……」
一つ息を吐き、ぐ、と汗を拭う。折れそうな心を引き止めるように愛刀を握りしめた。
「シャンクス……」
「久しぶりだな、ルフィ」
船首に腰掛ける憧れの男が声をかけてくる。十二年ぶりに間近で見る隻腕の男、赤髪のシャンクスの姿に、ルフィはくしゃりと歪みそうになった表情筋を引き締めた。
「大事な娘と友人の再会だ。邪魔をさせるわけにはいかないからな」
そんな友人へ優しい眼差しを向けた四皇の一角に鎮座する男はそれに、と続ける。
「予定とは違う形だが、どうやらその麦わら帽子を返してもらうことになりそうなんでな。会わないわけにはいくまい」
「?」
言葉の意味がわからず首を傾げるルフィに「直に分かる」と付け加えたシャンクスは一段声を張り上げた。
「さあ、“四皇”麦わらのルフィ。お前さんがこの場の大頭だ。“同盟相手”として、指示をもらおう!」
「「「「!!」」」」
海軍、海賊、革命軍、全てが赤髪の言葉に身を固める。
白ひげ、カイドウ、ビッグマムの時代から四皇に君臨していた男が世界政府すら敵に回した男を同盟相手と明言したのだ。驚愕、恐怖、歓喜、動揺。様々な感情が戦場を駆け巡る。場が雷鳴を受けたかの如く乱れに乱れる。
ただ一人の男を除いては。
「指示は一つだけだ!!」
“四皇”麦わらのルフィが声を張り上げる。最速で世界を駆ける男の声が戦場全体に降り注ぐ。
「誰も死ぬな! 敵も味方も誰一人だ!」
「「「「!?」」」」
「ウタの前で、人死には出させねえ!!」
予想外の、海軍にすら向けられた“指示”にどよめきが走る。当たり前だ。これは最早戦争。その中で誰も死なないなどあり得ないことだ。海軍の中には「ふざけたことを」と憤りを露わにする者すら現れていた。
「……ヘーッハハハ! さっすがはルフィ先輩だべ!!」
しかし、そんな無茶振りを彼に憧れる男は笑って受け入れる。
「あはは。義弟の指示なら従うしかないな!」
「お安い御用さ。僕の方が先・輩、だからね」
「それくらい軽くこなさなきゃ、ジジイの嫌味を聞くことになるやい」
「いたずらで撹乱するれすー!」
バルトロメオだけではない。麦わらのルフィの人となりを知る者たちは、彼の夢の先を知る者たちはその命令を笑って受け入れた。
世界で一番の自由を求めるのだ。これくらい我儘でなくては。
それは何も海賊・革命軍側だけではない。声こそ出さないが、彼らしいと口端を歪める者たちは海軍にもいた。例え敵であろうと、その信念そのものまで否定するわけではないのだから。
静かに口角を吊り上げたシャンクスは愛刀グリフォンを抜き放ち、天高く掲げる。ルフィもサニー号の船首に立ち、拳を振り上げた。
「「野郎ども! 気合い入れろ!!」」
「「「「おお!!!」」」」
二人の皇帝の号令に無数の咆哮が重なる。
前哨戦を経て、決戦の幕が開けた。
海軍とルフィたちの戦力は、見かけ上はルフィたちの方が優勢だ。麦わら大船団だけで七〇隻に及ぶ船団規模は十分に四皇を名乗るにふさわしいものだろう。
しかし、海軍には広範囲攻撃の可能な藤虎、ピカピカの実による強力な攻撃を繰り出す黄猿、そして元七武海やルナーリア族の性能、黄猿の十八番であるレーザー攻撃などを搭載した巨大な子供の姿をしたセラフィムなど、数的不利を覆すことのできる個が複数存在するのも事実。彼らの相手をしている間に他の将校の横槍を受ける余裕はそうそうない。そもそも大将やセラフィムを個人で対処できる者など、屈強な海賊の中でも一握りだ。
ではどうするか。余計な敵には眠ってもらえばいい。
「俺たちの覚悟に耐えられる奴だけ、来てもらおうか」
「さあ、行くぞ!」
それができる力が、この二人にはある。
現四皇のうち二人だけが使える王者の覇気、覇王色の覇気が開放される。指向性を持って海軍たちの陣営に向けられた強力な威圧の波動によって、中将以下の海兵たちの意識は刈り取られた。
シャンクス一人の覇気であれば、中将上位の面々はなんとか耐えることができたかもしれない。しかし、そこにルフィの覇気が交わることで覇王の力を膨れ上がらせ、大将たちすら一瞬膝をついてしまうほどの強力なものへ昇華を果たした。
「ぐ……四皇が肩を並べるとこれほどまでになるんだねぇ。カイドウとビッグ・マムの同盟が阻止されたのは随分と幸運だったようだ」
「その結果がこの同盟なんだから世知辛えもんだ――むっ」
覇気の呪縛を振り切り敵船団に向けて隕石の雨を降らせようとした藤虎に二つの影が襲いかかる。刀の斬撃を受け止め、燃える足技を見聞色で躱す。
「ゾロさんとサンジさんですかい」
「あんたを野放しにしとくと面倒なんでな」
「悪いが、相手になってもらうぜ」
自身の陣地に乗り込んできた麦わら大船団のナンバーツー、スリーにイッショウの顔が険しくなる。どちらも一筋縄ではいかない相手。しかもロロノア・ゾロに至ってはカイドウとの戦争で彼の右腕、ルナーリア族のキングを撃破している猛者だ。容易に斬り伏せることのできる相手ではない。
しかも、相手は絶対にこちらを殺しはしないという。殺さないという、普通の戦場であれば舐めていると思われる覚悟も、今の彼らにとっては最上級の覚悟だ。感じ取れる気迫の強さに、刀を握る手に汗がにじむ。
「うーん、ズシズシの実で一網打尽は難しそうだ……っと、君たちがわっしの相手ってことかい?」
そして当然ながら黄猿にも足止め役が現れる。赤髪海賊団幹部のベン・ベックマンとラッキー・ルウだ。
いずれもウタがシャンクスの娘となった頃からのクルー。フーシャ村でルフィと特に交流が深かった。二人のためにと足止め役を志願したのだ。
「何もさせんぞ、黄猿」
「安心しな、殺すなって指示だからなァ!」
「うーん、わっしの相手ならベックマンだけで十分じゃありゃせんかねぇ」
飄々としたいつもの表情を崩さずに身体を光に変えて移動するが、当然のように二人はついてくる。引き離すことはできそうにない。
ボルサリーノの言う通り、ベックマン一人でも相手としては十分な強さだ。そこにさらにラッキー・ルウまで据えるということは、過剰戦力を用いて本気で殺すことなく制圧するつもりらしい。
なんとも無茶な、無謀なと思うと同時に、最古参大将である彼は「らしい」とも思ってしまった。
麦わら海賊団はいつもこちらの予想を超えてきた。クロコダイル撃破、エニエス・ロビーのバスター・コールからの生還、頂上戦争での麦わらのルフィ逃亡成功、エトセトラエトセトラ……。傍から見れば無謀だったことなど挙げればキリがない。
麦わらのルフィには、麦わらの一味には、無謀を勇敢に書き換える力がある。
――毎度そんなものの相手をする、こっちの身にもなって欲しいもんだねぇ。
理解の外にいる男たちに、彼は気づかないうちに“笑っていた”。
海軍側を大幅に減らしたにも関わらず、戦場は膠着していた。大将二人は抑えられているとしても、複数のセラフィムが厄介であることに変わりはない。しかもこちらは不殺・無犠牲を言い渡されている。当然過剰な戦力比で安全マージンを取らざるをえない。
そして何より膠着の原因は総大将であるルフィたちの相手であった。
「ルフィイイイイイイ!!」
「が、ガープ中将!?」
「嘘だろ!? 実質引退して後身育成に回ったって話だろ!?」
伝説の男、モンキー・D・ガープ。ルフィの祖父が砲弾を大量に抱えた船で待ち構えていた。
全盛期はとうに過ぎたとはいえ、海賊王ゴールド・ロジャーや旧四皇の面々たちを始め強者達と死闘を繰り広げた生ける伝説。その力は未だ一線級と言って差し支えない。
そもそも、大砲で撃つ前提の砲弾を素手で連投して悪魔の実もなしに絨毯爆撃もどきをかます時点でおかしいのだ。
「曾孫の顔を見たいのも山々じゃが、こちらにも止めるだけの事情がある! エレジアには行かせんぞ!」
「怖え攻撃しながらスーパー謎な発言してるぞ、あの爺さん!?」
「孫大好きをこじらせてんな」
「言ってる場合か!!」
砲弾の雨をかいくぐり、はたき落とし、いなす。ロビンやブルック、チョッパーは対セラフィムの加勢に向かい、砲弾の相手はほぼルフィ一人こなすしかない。ダメージこそ受けていないが、海に落ちた砲弾の影響で発生する不規則な波に思うように舵が取れず、同じところを行ったり来たりして遅々として進むことができていなかった。
その状況でもルフィは焦りを見せない。ただじっと覇王の眼光で祖父を見据える。
さしものガープも、覇王色の覇気の影響は受ける。つ、と額から汗が流れ落ちた。
「――あの時と同じじゃ、ルフィ。『ここを通りたくば、ワシを殺してでも通れ』!!」
覇王を持たない身が、覇王に匹敵する眼光で立ちふさがる。伝説という巨大な壁に一同に緊張が走った。
そんな中、ルフィだけは冷静だった。一瞬瞑目し、意志を固めた双眸を敬愛する祖父へ向ける。
「爺ちゃんは殴らねえし、もちろん殺さねえ。俺たちの望んでいる時代にそんなものはいらねえ」
「そんな甘ったれた考えでワシの相手ができるかぁ!!」
「その甘ったれを通すために、俺たちは『新時代』を目指してんだ!!」
先程までの比ではない砲弾の嵐、拳骨流星群がサニー号を襲う。ルフィは姿をギア4『スネイクマン』へと変え、変則移動する武装色の拳ですべての砲弾を海へと叩き落とした。無数の水しぶきが両艦の間に立ち上る。
「……ふん。その姿でいくら叩き落とそうが、ワシを潰さねばこの攻撃は止まらんぞ――む?」
もう一度拳骨流星群を繰り出そうとしたガープは、一瞬動きを止める。それまで安全第一とでも言うように回避に専念していたサニー号が全速力で前進を始めたのだ。
ぐんぐんと距離が縮まっていく。これではいくらルフィのスネイクマンでも拳骨流星群を落とせなくなるだろう。
ここに来て捨て身の特攻か? と内心首を傾げたガープはふと操舵席にあるはずの魚人の巨体がいなくなっていることに気がついた。
一体どこに、そう考えたときには既に遅い。
「海流、一本背負い!」
突然サニー号真下の水面が意思を持ったように持ち上がり、その船体を十数メートル浮かせたのを見て、思わずガープは舌打ちが漏れた。
むしろ海中での魚人空手・魚人柔術こそが海侠のジンベエの真骨頂。伝説の男と謳われる彼がそれを失念していたのは歳故か、この圧倒的劣勢で正常な判断ができなかったか。
それとも、彼らが目指す新時代が見たくなったか。
ふ、と口元が緩む。一瞬だけ祖父の顔が表に出る。
しかし――それならなおさら半端は許されない。
「その程度で、ワシの拳骨が届かんと思うたか!」
鷲掴みにした砲弾を投げつける。拳骨隕石の名にふさわしい高速の凶弾が船体に穴を空けようとする。
しかし、次の瞬間――爆風とともに海賊船の姿が消えた。津波のようにせり上がっていた海水が行き場をなくし、スコールのように甲板に降り注いだ。
「……くく」
はるか後方まで「風来バースト」で吹き飛んだ孫の船を見送り、ガープはたまらず喉を鳴らした。
持ち上がった海流の上というバランスの悪さで、あの飛ぶ船を使うとは。相当な連携と船を仲間を信頼せねば取れない選択肢だろう。その最終手段とも博打とも言えるカードをあっさりと切ったのだ。笑わずにはいられない。
それに――
「本当にワシに一度も攻撃を当てずに突破しおった」
内心、それを望んでいた自分がいたことは今更否定しない。さりとて、ガープも海軍本部中将として、あの宣言を聞いた程度で手を抜いたりする質ではない。まさか本当にお互いなんの犠牲もなしにこのマッチアップが終了するなど、思ってもいなかった。二年前のあの事件の再来になるだろうと覚悟していた。
思い起こすのはまだフーシャ村にいた齢一桁の頃の孫の姿。甘ったれで泣き虫で、夢見がちだったかわいい家族の姿。
――ロジャー、エース。新時代が来るぞ。
海水で濡れる甲板に腰を下ろし、ガープは静かに思いを馳せた。
過去に、未来に。
「おっし、戦線抜けた!」
強者ひしめく戦場を仲間たちの協力の元なんとか切り抜け、ウソップが拳を強く握りしめる。未だ海兵の多くは意識を失ったままの海軍にトップスピードのサニー号を追うことはできない。彼は最早勝利を確信していた。
「このままエレジア港跡に乗り付けるわ。ルフィは――」
「ああ、もう見つけてる」
普段よりも難易度の高い操舵に振り回されそうになりながらナミが顔を上げると、船長はじ、と島の一点で視線を固定していた。
間近で見たエレジアは島全体が廃墟群のようになっている。国が滅んだのは十二年前。風化が進んだそこはもの寂しさに満ちていて、とても人が住んでいるようには見えない。
それでもルフィの見聞色は島の頂上部にある城跡に二つの気配を見つけていた。そのうちの一つに懐かしいものを感じ、すっと目を細める。
「行ってくる」
「おう、忘れ物すんなよ!」
「当たり前だ。大切なもんは全部持ってくるさ」
フランキーの念押しに笑みを浮かべたルフィはギア4“バウンドマン”に姿を変える。空中飛行を可能にするこの姿の前に、海など障害にはなりはしない。
海を超え、廃墟群を超え、割れた窓から城の中に入る。最短で懐かしい気配へと駆け寄っていく。
個室と思わしき扉の前で立ち止まり、躊躇なく開け放った。
「ウタ!」
「っ! ルフ――誰?」
「は? ……あ」
配信で聞いていた声に振り向いたウタは、しばらくぽかんと間の抜けた顔をした後に首を傾げる。予想外の反応に同じく首を傾げたルフィは、自分がバウンドマンの姿のままだったことに気がついた。どうやら彼もこの再会に浮足立っていたらしい。
ふっと身体の力を抜き、バウンドマンを解除する。懐かしい少年の面影を目にして、ようやくウタの表情が晴れ渡った。
「ルフィ!」
目尻に涙を浮かべながら飛び込むように抱きついてきた幼なじみをそっとルフィは抱き止める。懐かしいぬくもりに十二年前の日々が走馬灯のように脳裏を駆け巡っていき、込み上げてくる感情のまま、腰に回した腕に力を込めた。
「――ゴホン」
「!!」
突然聞こえてきた咳払いにウタの肩が跳ねる。部屋の入口には彼女の育ての親であり、今はなきエレジア国王であるゴードンが立っていた。目の前の光景が光景なだけに、少々居心地が悪そうだ。
「あっいやゴードンこれはちがくてっ」
ばっと身体を離し、顔を真赤にして意味のなり損ないのような言い訳を発するウタとぬくもりが手から離れたことでさみしげな表情をするルフィ。まったく説得力のない追い打ちに、ゴードンの居心地の悪さは悪化した。
しかしそこは滅んでも元国王、もう一度咳払いをして切り替えると、視線を麦わら帽子の青年、ルフィへと向ける。
「君が海賊、麦わらのルフィくんだね。私は――」
「知ってる。ゴードンだろ? ウタを育ててくれたんだってな。ありがとう」
「――――」
海賊から頭を下げられる。そんな経験、ゴードンは“一度しか”経験していない。思わずたじろぎながらもゴードンは頷くだけに留めた。
「状況は私も把握させてもらった。おそらく今回の戦争、ターゲットは君だけでなく――」
「ああ、ウタもだろうな」
「え……?」
突然出てきた“戦争”という単語、ターゲットに自分が含まれているという謎の会話にウタは思考が追いつかず、不安な疑問符を湧き上がらせる。
「十二年前のことを、世界政府は掴んでいたらしい」
「――――!?」
十二年前、それはウタにとって人生最大のトラウマとなっている出来事だった。
フーシャ村からの航海で世界随一の音楽の国エレジアへたどり着いた赤髪海賊団は、彼女の歌声が評価されたことである考えを巡らせていた。
ウタという素晴らしい才能を、一海賊の音楽家などに押し込めていていいものなのか、と。
楽しそうにエレジアを見てまわる彼女を見て、余計にその思いが強くなる。だからシャンクスは思い切ってウタに問いかけたのだ。
――ここに残ってもいいんだぞ。
返ってきたのは、ひどい泣き顔で嫌がる娘の姿。赤髪海賊団を離れるということは、フーシャ村を離れるということだ。家族だけでなく親友まで同時に失ってしまう選択は、齢九つの少女に耐えられるものではなかった。
シャンクスは優しく娘を抱き締め、翌日の出航を決める。
しかし――悲劇はその夜に起こった。
彼女と過ごせる最後の日ということで盛大なウタのコンサートが開かれる中、彼女の歌声に、ウタウタの実に惹かれ、地下深くに封印されていた魔王の楽譜、トットムジカが彼女に近づいたのだ。
何も知らない少女は古い楽譜を見て無邪気にそれを歌い――
現れた魔王によって、エレジアは一夜にして壊滅した。生存者はゴードンただ一人。
しかも、その罪をシャンクスたちが被った。自分はそれを知らずに十一年も父親を、仲間たちを恨んで過ごしてきた。
一年前に残された当時の映像電伝虫で真実を知り、けれど既に定着した『救世主』の肩書の前に何も変えられなくなった。
「おいウタ、大丈夫か?」
過呼吸で膝をつく幼なじみの身体を支える。瞳孔が開ききり、気を抜けばすぐに意識を手放してしまいそうだ。
「“四皇”麦わらのルフィくん。君に頼みがある」
そんな娘の様子を気遣いつつ、ゴードンはルフィへ頭を下げる。込み上げてくる感情が涙となって頬を伝う。
「ウタを、助けてくれ。この子は何も悪くないんだ」
「そんなわけ、ないじゃん」
ゴードンの言葉をウタ自身が否定する。トットムジカを歌ったのは確かに不幸な偶然に過ぎないだろう。しかし、彼女の行動で多くの人が死んだことには変わりない。最愛の仲間たちを信じられなかったことには変わりない。
罪が無い? そんなわけがない。最早罪しか残ってないのだ。
「私は国を一つ滅ぼして、それを知らずにのうのうと救ってくれた海賊を、仲間を恨んで、『救世主』なんて言葉にいい気になってた女だよ。私がいなければ平和だった。エレジアだって滅びなかった。シャンクスだっていらない罪を被らなかった!」
映像電伝虫から聞こえてくる悲鳴が、怒声が耳から離れない。「危険だ」「悪魔だ」という言葉が頭の中を満たす。
「……? ルフィ?」
沸騰しそうな頭とは正反対に冷たく感覚がなくなっていくような身体がふわりとぬくもりに包まれる。顔を上げると真剣な表情の海賊の顔があった。
「俺は人づてにその話を聞いただけだ。だから、ウタの気持ちをわかってあげられるとは思えねえ」
いつの間にこんなに頼もしい顔つきになったのだろうか。
「けど、俺はウタに死んだ方がいいなんて言えねえ。生きてほしいって思ってる」
いつの間にこんなに優しい目をするようになったのだろうか。
十二年会わなかった年下の男の子が、自分より大人な顔つきになっていたことに、息が詰まりそうになる。
「……ダメだよ。私に生きてる価値なんてない」
すがりついてしまいそうになる。
「俺は! お前に生きてて貰わなきゃ困る!」
助けを求めてしまいそうになる。
「お前がいない『新時代』なんて意味がねえ!」
「――――っ」
――ルフィはいつもそうだ。単純で血の気が多くて、ウタワールドになんて興味もないくせに内に籠もる私をいつも連れ出してくれて。
――私の心なんて、簡単に盗っていってしまうんだ。
「ルフィ……助けて」
「ああ、一緒に『新時代』を作るぞ!」
少女がようやく取り戻したぬくもりは、力強く抱きしめた。