ウタと必要なものを抱えたルフィは再びバウンドマンの姿になるとエレジア上空を駆け抜ける。目指すのはサニー号がいるはずの港跡だ。
落とされぬように当然――ルフィ自身も落とさぬように支えているのだが――ルフィの首に腕を巻き付けたウタは呆然と海を見つめていた。
水平線を埋め尽くさんばかりの艦船。無数に溢れる光の筋。合わせて立ち上る水柱。
地獄が――広がっていた。
「ひどい……」
フラッシュバックするトットムジカの記憶。破壊される街並み、流れ続ける赤い血、人々の絶叫。現実とトラウマが重なって襲いかかってくる。
「大丈夫だ。みんな持ちこたえてくれてる! 誰も死んでねえ!」
再び過呼吸を起こしそうになるウタにルフィが声をかける。戦場全域を見聞色の覇気で確認したルフィは誰も死んでいないことを正確に把握していた。見聞殺しの状態になっているシャンクスの気配は感じられないが、自分の憧れの男が死ぬことなど一ミリたりとも想像すらしていない。
「みんな誰も死なねえし殺さねえって誓ってくれた。けど、それじゃあこの戦争は終わらねえ」
「じゃあ――」
「お前の歌なら! 終わらせることができる!」
「!?」
息を飲む。
自分の歌がこの惨状を終わらせることができる? どうしてそんなことが言えるのだろうか。ルフィの考えが理解できず、ウタは続く言葉を発するのに時間を要した。
「無理……だよ……」
なんとか否定の言葉を絞り出される。歌で争いが止まるはずがない。傷ついた心を癒やすことはできても、目の前で起こっている惨劇を止めるなんて不可能だ。
歌しか持たない彼女自身が、よくわかっていることだ。
「いいやできる!」
その自認を、常識を、新たな四皇は否定する。思考すらふっ飛ばして常識を覆す。
「俺はウタの歌がすげえことを知ってる。世界中のみんなが思ってるよりもっとすげえ事を知ってる!」
ルフィは幼少期、地元に彼女が来た時のことを思い出していた。
当時、祖父の影響を過分に受けていたルフィは海賊が大嫌いだった。その認識をぶち壊したのは赤髪海賊団――ではない。
――私は赤髪海賊団の音楽家、ウタだよ!
その歌声に聞き惚れた。固定観念など跡形もなくなった。
こんな素晴らしい歌声を愛する海賊とはなんなのだろうと、嫌いという感情が反転した。
あんなものではないのだ。平和を作ることのできる歌声を、世界はまだ知らないのだ。
「だから!」
港跡に降り立つ。寂れて形だけが残るそこにはサニー号と――十隻の海軍の軍艦が停泊していた。
「存分に楽しもう。それが『新時代』だ」
一番先頭の軍艦から一人の男が降りてくる。
海軍元帥、サカズキ。
「楽しむじゃと? この状況でイカれたか、麦わら?」
威圧感のある声にウタは思わず竦み上がった。外のことは殆ど知らないが、目の前の人物が海軍でもトップクラスに偉いということを本能で理解したのだ。
「そりゃ楽しいだろ、マグマのおっさん。これからライブだぜ? ワクワクするだろ」
「ライブ? バカバカしい。そんなもんは始まりもせん」
「へえ、やっぱりウタも殺すつもりなんだな」
「当たり前じゃ。ウタウタの実とトットムジカだけでも理由としちゃ十分じゃが、その娘を中心に世界政府への不満も爆発寸前。最早革命家みたいなもんじゃ。革命家の息子であるお前同様、消さねばならん」
海軍、正義の味方から殺すことを明言され、ウタの視界が歪む。事前に聞かされていなければ、あっさりと意識を手放してしまっていたことだろう。
そんな歌姫を海賊が支える。いつの間にかその姿はいつもの麦わらのルフィに戻っていた。
「させねえよ。ここでは誰も死なせねえ」
「ふん、偽善など海賊には似合わんわい」
端から交渉などできるはずもない。軍艦から次々と海兵がなだれ込み、二人の前で武器を構える。
緊張の糸が張り詰める。まるで音が消えてしまったような感覚をその場の誰もが、海軍元帥ですら抱いていた。
「アハハハハ」
ただ一人、笑みを浮かべる男を除いて。
――ドンドットット、ドンドットット。
笑い声に混ざって、不思議なリズムが鼓膜を震わせる。力強い打撃音、まるでドラムのような音。
それが麦わらのルフィから発せられていると察したサカズキがマグマとなった身体を叩きつけるが時は既に遅く――
なんの予備動作もなくその場から消えた海賊と歌姫は、次の瞬間にはサニー号の甲板に佇んでいた。
ルフィの姿を見て、サカズキは奥歯をギリ、と鳴らす。
服を含め、全身が色素が落ちたように白い。立ち上る蒸気はまるで羽衣のようにその身体にまとわりついている。
極めつけはその表情だ。戦場という命のやり取りをする場で何が楽しいのだろうか。決して崩れることのない笑み。
サカズキ自身、報告は受けていた。手配書の写真も確認していた。
ギア5。ゴムゴムの実、いやヒトヒトの実モデルニカ覚醒の姿。
「気を引き締めえ。今のこいつに常識は通用せんぞ」
不死身と言わしめたカイドウすら倒した形態に警戒を強める。ここにいる海兵は精鋭中の精鋭。ふざけた姿に油断するものはいない。
そんな無数の強者たちが睨みを利かせる中、ルフィは楽しそうに傍らに置いてあった箱を担ぎ――
「さあウタ。ライブの始まりだ!」
まるで階段を駆け上がるように空中を走り出した。
それに呼応するように、ウタが歌おうとする。
彼女自身、突然のルフィの変化、射抜かんばかりの海兵たちの殺気など、混乱することもあっただろう。それでもすぐに歌いだそうとできたのは、自分を信じた、新時代を信じた幼なじみを信じたいという想い故だった。
平和を願い、自由を願い、あの頃のように楽しんで歌おうとする。
彼女が歌えば、歌声を聞いた生物は彼女の世界に精神を奪われる。
「悪いが、“それ”は対策済みじゃ」
その能力を知っていて殺害に来た海軍が、なんの準備もしていないはずがなかった。
懐からバイザーつきのヘッドホンを取り出し、各自が取り付ける。
歌声さえ聞かなければ、目の前にいるのはただの小娘。ルフィがなにをするつもりでこの場を離れたのか未だわからなかったが、海軍にとっては目の前の歌姫を殺せば目標の一つは完了するのだ。叩かない理由はない。
対策は完璧、後はその命の灯を消し去るだけ。
あっけないものだ。感慨もなくぼやいたサカズキは――
「ROOM――スキャン」
視界が急に元に戻ったことで両目を見開いた。
バイザーがなくなっている。それはつまり、ヘッドホンもなくなっていることを意味する。
防御が――できていない。
そんな彼らの耳に――
――――♪
『新時代』が流れ込んだ。
視界の様子に変化はない。しかし、サカズキは既に自分たちの意識が捉えられ、ウタの世界に押し込められたと理解した。元凶であるウタを睨み、いつの間にか隣に立っていた海賊を続けて視線で射抜く。
「トラファルガー・ロー……貴様、いつから……」
「最初からだ。新世界から俺の潜水艇はずっと、麦わら屋の船にドッキングして潜伏していた」
元七武海。麦わらのルフィと同じ最悪の世代に名を連ねるハートの海賊団船長、“死の外科医”トラファルガー・ローはくつくつと喉を鳴らす。ヘッドホンを引き剥がしたのはオペオペの実の能力だった。
「また麦わらと同盟か? 一体貴様になんのメリットがあると……」
「部下がファンでな。海軍が危険視していることは知っていたから、邪魔させてもらっただけだ」
「ぐ……」
トラファルガー・ローは二年前から先日まで今はなき王下七武海に名を連ねていた。七武海は海賊行為の一部を認められる代わりに海軍からの命令を受けることになるため、必然的に海軍の情報に触れることが多い。ウタに関する海軍の調査記録をよりにもよって麦わらのルフィに一番近い海賊に知られてしまっていたことに、サカズキは眉間の皺の数を増やした。
しかし、とそこで海軍元帥は思い直す。ウタウタの実は無差別拘束系の能力だ。海兵たちのヘッドホンを取っ払ったロー自身がこの世界に取り込まれたように、能力者本人以外元の世界で行動できるものはいなくなる。
そして当の歌姫は海賊に不殺を誓わせるような戦いに向かない性格。多少の間意識を奪われたとしても、ただの延命しかできない。サカズキからすれば、相手の行動の意味が理解できなかった。
「お、あっちもそろそろ終わりそうだな……ほう」
「なんじゃと!?」
思考を巡らせていたサカズキの耳に入ってきたローの声に、意識を現実――正確にはウタワールド――に戻される。
死の外科医が見ているのは主戦場となっている海上。ここからは距離が離れすぎているそこは、ウタの能力の効果範囲ではない。終わる云々以前に、こちらから戦況が見れるはずがないのだ。
しかし、ローの自然な視線の動きがそれが虚言ではないと思わせる。ロギアの能力を用いて軍艦へ乗り込んだサカズキは、双眼鏡で戦場を凝視して――驚愕した。
「!?」
声に出さなかったのはせめてもの意地だろう。海兵たちの姿が見える。海賊たちの姿も見える。イッショウにボルサリーノもいる。全員がこの世界に取り込まれていた。
一体なぜ。戦場の隅々まで観察したサカズキは、ようやく自分の失態に思い至った。
戦場の中央、バルトクラブの船の上に、立方体の箱が置かれていた。
六面体の濃いグレーの箱は先程麦わらが持っていったものだ。あれはなにかと思いつつ、ウタの歌唱を止めることを優先して後回しにした代物。六面体の一面に網のようなものが張られたそれは――
「スピーカーか!!」
電伝虫を接続して使用する無線スピーカー。エレジアでは一般的に普及していた道具だった。麦わらのルフィによって戦場ど真ん中へ持ち込まれたそれは戦場全体へ歌姫の歌声を、ウタウタの効果を振りまいたのだ。海兵の大半はあの時覇王色の影響で倒れたままだったし、藤虎と黄猿は戦闘の真っ只中、セラフィムに至っては指示を与えなければならない性質上、対策が取れなかった。
間違いなく、戦場の全員がウタワールドに取り込まれてしまっていた。
やはり恐るべき能力だ。険しい顔をした額に汗が落ちる。
しかし、次に見た光景に、流石のサカズキも空いた口が塞がらなくなった。
「な……!?」
生物である以上、セラフィムたちが取り込まれたことは想定の範囲内であった。
「よーし、みんな鬼ごっこだぞ!」
そのセラフィムたちが無邪気な顔で殺害対象であるルフィと遊んでいるのはどういうことだろうか。完全に理解の範疇を超えていた。
「バーソロミュー・くまベースのパシフィスタは感情を殺していたようだが、成長させられなかった影響か? あいつらは感情が残っていたようだな」
「ほら! お前もこれ食って遊ぼう!」
まず明らかに歌声に合わせてリズムにノッている個体がいる。さらにウタから飛び出した光をルフィが掴むと、それが果物やお菓子に姿を変え、それを食べたセラフィムたちが満足そうな表情を浮かべ遊びの輪に加わっていくのだ。
戦争など既にどこにも存在しない。この異常事態に藤虎も黄猿も、目を覚ました将校たちも困惑して動きを止めているのだ。戦争どころではない。
「プルプルプル……」
「…………」
懐に収めた電伝虫が震えていることに気づき、サカズキは恐る恐る受話器を上げる。同時に聞こえてきたのは、盛大な爆笑。伝説の男の楽しそうな笑い声だった。
『ぶわっはっはっは! 見たかサカズキ! セラフィムが奪われてしもうた! こりゃもう負けじゃ負けじゃ!』
「ガープさん! 諦めんといてくださいよ!」
『こりゃ諦めんほうが無理じゃろうて。夢から覚めたら子供たちとの殺し合いか?』
「ぐむ……」
ガープの指摘に思わず口ごもってしまう。セラフィムはあの天才ベガパンクの傑作兵器だ。今更命令を聞くとも思えないし、戦うとなれば中将でも荷が重い。間違いなく海軍の士気が折れてしまうだろう。
状況は絶望的。取るべき首はこの世界の神と伝説の神になってしまった。
「……麦わらを殺すことは無理じゃ。ならばせめて――」
「おっとお、それ以上は言わないほうがいいぜ、海軍元帥」
主戦場の状況は夢から覚めても絶望的なままだろう。であれば、麦わらのルフィとの戦いはもうどうしようもない。
しかし、サカズキの側で脅威なのはトラファルガー・ローくらいのもの。能力が切れた段階でウタは眠ってしまうため、サカズキ自身がローの相手をして将校たちにウタを殺害させればいい。
それを口にしようとした元帥の言葉を遮ったのは、いつのまにかサニー号の甲板にいた長鼻の青年。麦わらの一味の狙撃手、ウソップだった。
“ゴッド”とすら称される男。ワノ国でも多くの功績を挙げたと聞いていたサカズキであったが、彼はその程度で怖気づいたりはしない。
しかし――
「貴様……」
その手に乗せられたものを見て、マグマを宿した背筋が凍りついた。
「一体、いつからそれを使っちょった!?」
ウソップの手には、全ての元凶である試作品の電伝虫が乗っていた。巻き貝の頭頂部に取り付けられたアンテナのように伸びるカメラはサカズキの方を向いていて、稼働していることを如実に表している。
「最初、この戦場に来たときからずっとだ」
「っ!?」
血が滲まんばかりに拳を握りしめた。
最初から、最初からこの戦争の光景が最も重要な立ち位置にいる麦わらのルフィのそばでの光景が配信されていた。それはつまり、自身の歌姫処刑宣告も聞かれたということだ。
それだけではない。誰も戦場で殺させはしないという海賊の発言。それを有言実行し、職務を全うする祖父すら双方無傷でやり過ごし、馬鹿げた行動で戦争兵器すら無力化するという実績。
それを見た人々はどう思うだろうか。海軍を正義だと考えるだろうか。世界政府の見解に賛同するだろうか。
無理だ。無理だ。無理だ。
威厳を人質どころの話ではない。
既に、海軍も世界政府も殺されていた。
しかも――敵はダメ押しまで用意している。
「一応バカなことをしないように言っておくが――“こちら”は向こうに奴らが残っているぞ」
ローが指差した先には、いつのまに近づいていたのか、シャンクスのレッド・フォース号。誰も乗っておらず動きを止めたその船の甲板には、見覚えのあるヘッドホンの山ができていた。
「まさか――わしらをこの世界に閉じ込めながら、赤髪たちを――」
「ああ、いいものは使ってやらないとな」
それが元から想定していた戦略だったのか、サカズキにはわからない。しかし事実として眼の前にいる三十億の賞金首によって自分たちの持っていた対歌姫装備は奪われ、厄介な赤髪海賊団の幹部たちに眠っている自分たちの身体を晒すことになってしまっている。
もう、海軍に残された選択肢は一つだけだった。大きくため息を吐き出したサカズキは戦場全体に向けて電伝虫で指示を出す。
「……夢から覚め次第、全軍海軍本部へ帰還する。これ以上の戦闘は認めん」
こうして、二年前の頂上戦争にも匹敵する規模の戦争は、一つの命の取りこぼしもなく終結したのだった。
***
それから世界は怒涛の大変革を迎えた。
まず、世界政府加盟国を含めて多数の国から革命軍との同調する動きが起こった。中には国単位で革命軍に与するところさえ現れる始末。海軍からも離反者が多数出る事態に至った。
その規模はたったの一月で世界情勢図を塗り替え、正義という芯が揺らいだ海軍では押し留めることなどできず、その上天竜人にすら内通者が発生したことであっさりと世界政府は崩壊することになった。
あまりのあっけなさに頭であるドラゴンをして「消化試合」と言わしめたほどだ。
後の歴史書にはこの革命を「歌と自由革命」と称されることになる。歴史の大きな転換点だ。
世界政府の後釜として元世界政府非加盟国も加えた世界連合が設立され、海軍は大枠は変わらないままに再編。初代元帥の席にはサカズキがそのまま座ることになった。
これだけの大改革、世界中が混乱の渦に巻き込まれるだろうと当初誰もが不安に思っていたが、実態は意外な好転を見せることになる。
まず、開国して世界連合に加盟したワノ国の侍たちや革命軍が多数海軍入りを果たしたことによる警備戦力の増強。
そして、海賊発生数の減少だ。
後者の現象に首を傾げるものも多かったが、考えてみれば当然のこと。上納金という各国の国庫を苦しめる存在がなくなったことで、結果的に国民の生活水準が安定。一攫千金や上納金逃れのために結果的に無法者になろうと考える者が大きく減ったのだ。海賊から足を洗い、第二の人生を歩む者も多く現れた。
また、それまで世界政府に無許可で航海するだけで海賊扱いされていたわけだが、新たに定められた世界共通法に違反しなければ問題ないとして、それまで海賊と呼ばれていた者たちの数割はその肩書を冒険者やトレジャーハンターに改められた。
結果、対処するべき相手が減ったことで海軍は無法者の各個撃破が可能となり、“海賊”は次々と姿を消していくことになったのだ。
四皇と恐れられた黒ひげも麦わら、赤髪、海軍の連合軍の前では流石に成すすべもなく投獄。クロスギルドは役割を「冒険者ギルド」に変更することで、世界連合と融和を図った。
また、先の戦争で感情の発露が確認されたセラフィムは戦闘への投入が不可能と判断され、武装解除の後、一つの国で生活することになった。
場所は旧エレジア。後に初代国王ゴードンがセラフィム王国を建国する。新たな音楽の国である。
「ニシシシ、今日はいい天気だなぁ!」
そんな変わった世界の中で、麦わらのルフィは変わらずサウザンド・サニー号で旅を続けていた。
未だワンピースは見つけていない。大海賊時代そのものはロジャーに続く海賊王を出さぬまま終わりを迎えたが、ルフィの旅の目的はまだ果たされていなかったからだ。
それは他の面々も同じ。未だ世界一の大剣豪にも、世界の海図を作ることも、オールブルーを見つけることもできてない。世界政府が隠したがっていたこの世界の秘密にも大いに興味がある。
麦わらの一味の冒険が終わる理由などないのだ。
とはいえ、何も変わらなかったわけではない。
まず、麦わらの一味も海賊ではなくなった。冒険家として名を連ねている状態だ。未だ麦わらに髑髏の海賊旗をつけているのに海賊ではないとはこれ如何にとも思うが、最早このマークは平和の象徴の一つでもある。逆に世界連合からマークは変えるなとお願いされているのが現状だ。
そしてもう一つは――
「そうだね。いい冒険日和。面白そうなものとかないかな?」
その一味に新たな仲間が加わったことである。
新たな船員、ウタは船首に腰掛けるルフィの隣に腰掛け、雄大な海原に視線を広げた。電伝虫ごしにしか見ることのできなかった世界。その一つ一つに子供のようにはしゃいでいる。
海王類らしき影が見えれば詳細に見ようと目を凝らし、漂流物があれば拾ってみようとする。気がつけば、チョッパーに次ぐ一味のマスコット枠に歌姫は収まっていた。
「あ、ルフィ! あれ島じゃな――」
「おっと」
水平線に見えた影に不安定な足場で背伸びをしたウタが船から落ちそうになるのを、ルフィが腕を伸ばして引き戻す。
「あぶねえな、気をつけろよ?」
「うん、ありがと」
歳下の幼なじみに呆れられ、気恥ずかしそうにはにかむ歌姫の姿に、船長もそれ以上何も言えず苦笑する。ウタワールドでは最強の彼女も現実ではただの女の子にすぎないのだが、物心ついた頃からウタウタの実の世界が当たり前にあったから、少々見ていて危なっかしい。
「ん? どうしたの?」
「落ちないように捕まえとこうと思って」
「もうそんなヘマしないもん。なんか最近私の方がお姉さんだってこと忘れてない?」
「忘れてねえ」
ウタがまた落ちてしまうことがないように抱き寄せたルフィに頬を膨らませる箱入り娘。傍から見ればどちらが歳上かわかったものではない。
「ま、そうだよね。昨日の勝負も私が勝ったし」
「いや、俺の勝ちだった」
「出た。負け惜しみー」
「何をー!」
訂正、同い年の子供かもしれない。
そんなことをクルーの面々から思われているとはつゆとも思っていないウタはふっと息をつくと抱き寄せられた肩に頭を預ける。
懐かしいぬくもりを感じていると、自然と色々と思い出すのだ。子供の頃もそうだが、この船に乗り込んでからも、ウタの記憶はこのぬくもりと共にあった。動く骸骨がクルーだとか小さいもふもふした生物が船医だとか、自己紹介だけでも驚くことだらけ――しかも小さいもふもふが戦うときは大きい化け物になって、泡を吹いて倒れた――だったし、配信で目にしていた“四皇”の意味を知ってひっくり返った。それと同時に幼なじみの成長が泣きたくなるくらい嬉しかった。
冒険で新しい出会いをするたびに、心躍る発見をするたびに彼女の世界が広がっていく。色づいていく。
こんなに楽しいことにあふれていると、夢の殻に篭もろうなんて思う暇すらなかった。
「あ、つうかあれほんとに島じゃん」
先程ウタが見つけた影を注視したルフィがその輪郭を正確に捉える。この辺に島があるという話は聞いていない。となれば、忘れられた無人島だろうか。地図に乗っていない国だろうか。
どちらでも、きっと楽しい冒険が待っているに違いない。
「シャンクスとの待ち合わせの日には――まだ時間があるよね?」
「おう! おーい、野郎ども! あの島に上陸するぞ!」
船長の一声で船が進路を変える。島の輪郭が大きくなっていくにつれ、期待が高まっていく。
世界中全部変わった世界を、変えた本人たちは全力で楽しんでいた。
「ねえ、ルフィ」
「ん?」
「新しい島、楽しみだね」
「ああ! きっと面白えもんがいっぱい見れるぞ!」
冒険には危険も溢れている。世界にはきっとまだ平和の手が届いていない人たちもいる。
けれど、今ならきっと大丈夫だと歌姫は笑った。
だって、『新時代』は夢なんて比べ物にならないくらい、こんなにも輝いているのだから。
やあやあえるくんだよ。
というわけで、「もしも世界が君たちを見つけたら」完結となります。
本作は映画ニ回目見に行った後ライブ感モルガンズして書いたんですが、一週間であっという間に書いてしまいました。なんなら半分くらいは2日で書いた。書きたい欲がとめどなく溢れてくる……!
かなり久しぶりの創作活動だったんですが、たくさんの方々に見てもらえてうれしかったです! ルウタもっと流行れ! 本編に生えろ、頼む、供給増やしてくれ! 円盤でハグシーンの作画コスト上げるのもよろしく!
本シリーズは完結となりますが、実はまだプロットが五個くらいあるんで、ちょいちょい書いていこうと思います。(pixivで先行して投稿しています。)
また、pixivFANBOXも開設したので、支援者の方には過去の作品も含めて文庫本状態のPDF頒布もしていければなと思っています。投稿サイトの横書きもいいけど、やっぱ縦書き文庫本サイズが最高なので……。
https://aikana-eru.fanbox.cc/manage/dashboard
それでは今日はこの辺で。
ではでは。