もしも世界が君たちを見つけたら   作:暁英琉

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トラファルガー・ローはいつでも一味に振り回される。

「あ」

 

「あ?」

 

 偉大なる航路後半、新世界。そのとある島で二人の人間がばったりと鉢合わせした。

 一人はウタ。革命により世界的大改革が起こった後、幼なじみの船に乗り込んだ、“救世主”とも呼ばれた新時代の歌姫。

 一人はトラファルガー・ロー。その幼なじみと同じ最悪の世代に名を連ね、七武海を経てその幼なじみ、麦わらのルフィとの海賊同盟を完遂した“元”大海賊、“死の外科医”。

 この出会いは偶然……ではない。当然と言えば当然の“再会”であった。

 多かれ少なかれ互いに絡んだ大革命の後、麦わら帽子を恩人へ返したルフィは一味とウタを引き連れて旅を再開した。

 彼の目的は世界革命ではない。“海賊”という概念がなくなった結果“海賊王”になる夢は叶わなくなったが、ゴールド・ロジャーの遺したひとつなぎの大秘宝を見つけるという実質的な夢が残っている。世界のあり方が変わった程度で、彼の旅が終わるはずもない。

 そして革命に参加する中、ローを含め学のある面々は気づいたことがあった。

 ――ひとつなぎの大秘宝とは、世界政府が隠したがっていた世界の秘密に関係している、あるいはそれそのものなのではないか、ということ。

 つまり、おのれの名――代々陰ながら継いでいる隠し名の“D”と忌み名の“ワーテル”の意味を知ろうとしているローにとっても、ひとつなぎの大秘宝は探し出すべき対象。

 探しているものが同じとなれば、こうして旅の途中で巡り合うのは当然であった。

 とはいえ、そういうこともあるだろうと考えていたとしても、実際に遭遇すると一瞬固まってしまうのが一般的な反応。

 しかもこの二人、言うほど親しいわけでもない。ウタとルフィの再会にローが一役買ったが、いかんせん自称ドライな海賊だったせいでそれ以降あまり関わる機会がなかったのだ。その結果、クルーたちからブーイングを食らった船長がいるのだが、それはまた別の話。

 何はともあれ、そんな関係が薄い二人。そしてその片割れはあのトラファルガー・ロー。となれば、次の反応はある意味自然なものであった。

 

「あ、ルフィたちの友達の……トラ男くん!」

 

「何もかもが違う」

 

 記憶を掘り返して答えを出したウタにローは頭を抱えてため息を漏らす。

 二人の関係が希薄なもので、エレジアを出るまでウタが世俗に疎かったことは周知の事実。となれば、ローのことを教えるのは一味の誰か、ということになるわけで、向こうの認識をそのままウタに植え付けられることは容易に想像できる。

 ……が、この男、その想像がまるでできていなかった。そもそも興味がなかったので仕方がない部分もあるが、結果としてウタの中でローは「友達のトラ男くん」で完全固定されてしまったのだ。なんならファルガー・ローのファの字も知りはしない。

 完全否定してきたローにウタは首を傾げる。そんな反応にまた嘆息しつつ、ローはこの歌姫の誤認を正そうと口を開く。

 

「まず第一に、おれと麦わら屋は友達じゃない。元同盟相手で今は……同業者だな」

 

「え、けど、みんなトラ男くんは友達って言ってたよ?」

 

「いや、それはあいつらが海賊同盟のことをなにもわかっていなかっただけで……」

 

「みんなのことたくさん助けてくれたって」

 

「それは同盟相手として当然のことを……」

 

 しかし、どう説明しても効果があるように感じられない。それも当然の話で、本来海賊同盟といえばいつ裏切られてもおかしくない薄氷の上を歩くような心許ない契。それを完遂どころか同盟相手を命がけで助けるなど“ありえない”のだ。

 しかもエレジアを略奪目的の海賊から守り続け、配信で多くの人々の悲痛の声を聞いていたウタからすればルフィやシャンクス以外にそんな海賊がいるなど思ってもいないこと。一味から伝えられた数々の「トラ男伝説」を前に、ローの言い分など認識を変える材料になるはずもない。

 そもそも、一味が“死の外科医”のことを話すとすれば、同盟を組む前に死にかけのルフィを戦場から救い出し、治療までしてくれた、という話が真っ先に出てくる。そんなことを聞いて「同盟相手」などというドライな関係だと考える人間の方が圧倒的少数派だろう。

 つまり……このローの涙ぐましい努力はすべて、一から十まで、一切合切、無意味なのである。

 その事実に薄々勘付きながらも、ローはやめようとはしない。否、やめることはできない。共に同盟完遂まで成したジンベエ含めた一味の面々ならともかく、禄に交流もしていないウタにまで不名誉な評価を受けるわけには行かないのだ。

 

「それにわたしのことも助けてくれたよね? あの時はもう同盟は終わってたってロビンさんが言ってた!」

 

「クルーがお前のファンだったから助けただけだ。利害の一致だな」

 

「仲間想いなんだね!」

 

「違う。うちはドライなんだ」

 

「ドラ……イ……?」

 

「おい、なんだその顔は」

 

 が、どうあがいても認識を変えることはできない。そもそもある程度仔細を知るだけでこの男の「ドライな海賊」理論は消し炭になってしまうのだが、それを知らぬは本人のみなのである。

 その後しばらく二人の問答は続いたが、結局彼女のローに対する評価は変わるどころか、明らかにローにとって不服なものへと修正されてしまっているようであった。さすがのローも白旗を揚げざるを得ない。

 

「トラ男くんって面白いね!」

 

 しかし、さすがにこれだけは変えてもらわねば。

 

「歌姫屋……そのトラ男呼びなんだが」

 

 呼び方の修正はなんとしても完遂せねばならない。最早ロー唯一の望みであった。

 この際評価に関しては身から出た錆であるから仕方ない。大切な人の本懐を遂げた代償と考えれば許容できるというもの。

 しかし、ルフィによってつけられた安直どころか思考停止の産物のようなふざけたあだ名だけはなんとしても訂正せねばならなかった。というか、たぶんこの歌姫、ローの本名すら知らないのだ。

 

「おれの名前はトラファルガー・ローだ」

 

「えっ」

 

 簡潔に今更ながらの自己紹介をするローにウタの目が見開く。しかしすぐに納得したように頬に手を添えた。

 

「あー、あれでしょ。ルフィがつけたんでしょ」

 

「ああ」

 

「やっぱり。バルトロメオくんと似たような呼び方だったから」

 

 バルトロメオはウタ救出から世界革命まで一貫して参加した海賊の一人だ。完全に麦わらの一味フリークであった彼はその際に彼女とも交流していたのだろう。

 まさか、今一番消えてほしい海賊No.1の男がプリンセス・UTAの純粋なファンな上、ルウタきぶり勢だとは毛ほども思っていないローは内心結論付けた。

 

「ルフィってそういうちょっと子供っぽいとこあるんだよね」

 

「まあ、特に仲間が近くにいるとだいぶふざけたりするな」

 

「そうそう! 末っ子気質? ってやつかな」

 

「ああ、そんな感じだな」

 

 妹がいたローからすれば、末っ子気質というルフィへの評価は的を射ているように感じた。

 ――ひょっとして、こうして未だに振り回されているのはそういうところに自分の長男としての気質が噛み合ってしまっているのでは……?

 一瞬嫌な想像をしてしまった死の外科医。いやいやまさかと首を振る。もしそうであるなら、自分はルフィに一生敵わないということになってしまうからだ。

 それからしばらくなんでもない話をして、通りかかったナミが合流したタイミングで解散することになった。

 

 

『やあみんな! ウタだよ!』

 

「UTAちゃーん!」

 

 ポーラータング号の船内に歌姫とシロクマの声が響く。世界革命からひと月ほど経った頃から再開されたプリンセス・UTAの配信は革命によって治安が安定したこともあり、最早世界で知らない人間などいないのではないかという状態となっている。

 そんな彼女の配信はいわゆる雑談パートが増えていた。理由は明白で、エレジアでひたすら歌の勉強をしていた頃に比べ、冒険づくしの今は話したい内容のボリュームが増加したからである。

 冒険の話自体は引き続き配信をしているルフィやロビンから聞くこともできるが、同じ話でも別の視点、特に十年以上海へ出ていなかった人物の目線から語られる冒険譚はまた別の良さがあるようで、人気は上々。歌にあまり興味がないロー的にも商売敵であるルフィたちの冒険の内容が聞けるということで自然を耳を傾けることが多くなっていた。

 故にこの時もローは興味のないふりをしつつ、配信音声を聞いていて――

 

『あ、そういえばね。この間トラ男くんに会ったんだ!』

 

「ブフッ!!」

 

 突然出てきた名前に盛大に吹き出した。

 それも無理はない。ただ少し話しただけの自分のことを話題にするなど考えてもいなかった上に、訂正したルフィ製のあだ名を継続利用していたのだ。さしもの元ドライな海賊団船長だって恥も外聞もなく吹き出しもする。

 なぜ、としばらく考えたローはばっと顔を上げる。

 ――歌姫屋、トラ男呼びやめるなんて一言も言ってねえ!

 自分の名前を出した後、自然な流れでルフィの為人の話になったせいで、ローはあだ名を使わないようにしてくれると勘違いしてしまったのだ。

 そして呆然とするローに更に追い打ちがかかる。

 

『トラ男くんって誰?』

 

『あ、そうか。わかんないよね。トラ男くんは――』

 

『トラ男はローだぞ』

 

『あ、ルフィ! 今日はわたしの配信なんだから、入ってきちゃだめだって!』

 

 麦わらの一味にとっては既に一般名詞扱いのトラ男であるが、当然ながら世界に散らばるリスナーたちは知らない名前。それが急に出てきたのだから、疑問の声が上がるのも無理はなかった。

 そんな疑問に対して、ウタを遮る形でルフィの声が答える。

 「トラ男」「ロー」。この二つの名詞があり、それを聞いているのは世界中の人間。

 

『それって、トラファルガー・ローのこと?』

 

『おう!』

 

『いやだから、今はわたしの時間なの! 配信乗っとるなー!』

 

 あだ名が自分と結び付けられるのに、時間はかからなかった。

 ――終わった……。

 うなだれるように天を仰ぐ。しかしここは海中の潜水艦。見えるのは無機質な鉄製の天井だけだ。

 ルフィのつけたあだ名と自身が結びつき、しかもいい機会だと言わんばかりに自分のことを語り始めるルフィ。なんなら他の面々も話に入ってくる。

 

『トラファルガー・ローってすごいんだな』

 

『“死の外科医”なんて言うからちょっと怖かったけど、いい人なんだね』

 

 どんどんリスナーたちの反応が変わっていく。数年かけて築き上げた“死の外科医”のイメージがガラッと崩れ去ってしまう。

 配信を電伝虫で聞いているのだから、この場で訂正しないのか、と思うかもしれないが、それは悪手だ。ここで出ていけば最後、新鮮なネタを提供することになってしまう。こんなことで孤立無援の戦いに身を投じるほど、ローは愚かな人間ではない。

 とはいえ、このまま黙していても勝手にあることあること話されてしまうだけなのだが。

 ――あいつら、次会ったら切り刻んでシャンブルズしてやる。

 一味たちが配信を始めた頃の世界政府はこんな心境だったのだろうか、などと考えながら、音声から逃れるようにベッドに潜り込むことしかできないのであった。

 

 

 まあ。

 

「キャプテン、どういうこと? ウタちゃんに会ったの? なんで教えてくれなかったの?」

 

 UTAのフリークなベポが光をなくした目で迫ってきたせいで、現実逃避すら阻まれてしまったのだが。

 あり方の変わった世界は今日も平和である。




トラ男全人類からトラ男呼びされろという気持ちを込めて書きました。

また、本シリーズが明日のComic1にて同人誌になります。詳細は活動報告にて。
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