衛宮探偵事務所   作:れじ

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<注意>
・衛宮士郎と遠坂凛と同級生で幼馴染だった降谷零と諸伏景光の話です。
・第五次聖杯戦争はUBWに近い謎のハッピーエンドルートで終結しました。
・警察学校組も全員生存ルート。それ以外にも原作と別ルートに入ったキャラが出てくる予定あり。
・士凛が結婚しています。
・クロスオーバーカップリング要素が含まれています。コナン側の公式カップルはそのままです。
・Fate側もコナン側の原作のメインストーリーは大筋(第五次聖杯戦争があった/工藤新一が江戸川コナンになって黒の組織を追っている)以外だいぶ崩壊しているので、原作にはない設定が生えたとか原作の設定が消えたとかが色々あります。
・原作で明言されていない部分を捏造したり(明美さんと景光さんに面識があったかどうかとか、スコッチの偽名とか)、コナン世界側の一部(主に降谷零と諸伏景光)に魔術を使うとか特殊体質が発生したりもしています。
・ジャンルとしては勘違いorすれ違い系ギャグのつもりで書いています。読者側が双方の原作の内容ある程度知っていることを想定して書いているので、片方しか知らないとネタバレと原作用語の説明不足のダブルパンチになるのであまりおすすめしません。

上記に地雷か解釈違いがなければ場合は本編をどうぞ。


衛宮探偵事務所

工藤新一は高校生探偵として活動していたが、体が縮んで江戸川コナンになるまで、幼馴染の父親である毛利小五郎がどのように探偵業をしているのかをほとんど見たことがなかった。いつも探偵事務所に閑古鳥が鳴いているような状態であるからだと新一は思っていたが、それ以外にも理由があるのだと知ったのは毛利家に居候するようになってからだった。

「……これはウチの案件じゃねえな」

と言って別の同業者に依頼を譲ることがあった。自分を今の姿に変えた原因である組織の情報のためにも、多くの依頼がある方が良いと思うコナンがそこについて訊ねたこともある。

「せっかく依頼来たのにやめちゃうの? 仕事減っちゃったら蘭ねえちゃんも困らない?」

そのときの小五郎の返答がこれだった。

「フツーの探偵や警察でどうにかできる依頼じゃねえからな。こういうのは専門家に任せるに限る」

それに納得いかない様子のコナンの頭をぐしゃぐしゃにかきまわすように撫でて言った。

「調査を任せるだけだからな、依頼人への報告なんかはウチでやるから仕事が減るわけじゃねえよ。だから依頼料も全額ウチじゃなくなるだけで普通に貰えるから心配すんな」

小五郎はコナンの言葉を、家計を任されている蘭のためだと思ったようだった。

「えー、でも眠りの小五郎は名探偵でしょ? 普通の探偵じゃないよね?」

コナンもできるだけ粘ってはみたが、返事はにべもなかった。

「名探偵でも無理なもんは無理だ」

そうして連絡をいれる同業者は毎回同じだった。小五郎が電話の際に呼んでいた名前から、その同業者が『えみや』ということはわかったので、小五郎にばれないように過去の依頼の資料を調べることにした。あれだけ頑なに小五郎が避ける案件、それは家族を巻き込みかねない危険な事件だから自分で調査しないのだとしたら。裏社会が関わるような事件、それこそ黒の組織につながるような事件があるかもしれない。

資料はわりとすぐに見つかった。『衛宮探偵事務所』の文字が印刷された茶封筒がまとめて置かれている棚があったからだ。大判サイズの茶封筒には探偵事務所の住所と電話番号も記載されていた。場所は冬木市新都、都内ではあるが米花町からは多少離れた場所にある。少なくとも小学生が一人で行くのが難しいくらいには遠い。コナンは手近なところからだと考えて複数ある封筒の中身を順に確認していくことにした。しかし、資料を確認していくことにコナンの疑念は増していく。元々の依頼はほぼ人探し、たまに素行調査と浮気調査という具合だったが、その結果がおかしい。どの依頼も完遂されていないものの割合が多い。途中で何かがあって依頼自体が打ち切りになっているようだった。小五郎の話では、自分では解決できない事件を専門家に任せているということだったのにこれはおかしい。結果だけを見れば依頼を打ち切ってもらうために任せていることになる。実際にそうなのか、もしくは。

「結果を記録に残せないから打ち切ったことにしている……」

残っている領収書などを見る限り、依頼が打ち切られているのに依頼料が支払われている。普段小五郎が受けている依頼の成功報酬から考えると、ほぼ満額で。それを考えると、この打ち切られた依頼たちは全て成功しているといえる。紙面では失敗か、依頼人の都合での調査打ち切りとしか読み取れないのに。

この衛宮という人について知りたい、とコナンは思った。

 

数日後、チャンスが訪れた。コナンが小学校から帰ってきたとき、事務所のテーブルの上に衛宮探偵事務所の封筒が置きっぱなしになっていたのだ。室内には競馬新聞を見てダラダラしている小五郎もいたので、直接尋ねることにした。

「ねえねえ、おじさん。この衛宮探偵事務所って、前におじさんが言ってた専門家の人がいるところ? おじさんが電話してたのも『えみや』さんだったよね? どんな人なの?」

「あれ、そういえばコナンくんは衛宮さんに会ったことなかったっけ?」

コナンの問いに応えたのは小五郎ではなく蘭だった。蘭も知っているのか、と内心驚くコナンをよそに小五郎はここ最近のことを思い返して言う。

「ポアロの方だとここ数ヶ月は見てないかもしれねえな。事務所まで来たときは平日の日中だったから蘭にもボウズにも会わない時間だからな」

「ポアロ?」

唐突に出てきた階下の喫茶店の名前にコナンは首を傾げた。

「衛宮さん、お料理が得意でね。時々軽食メニューを考えてほしいってポアロのマスターに依頼されて新メニュー作ってくれるの。コナンくんが美味しいって言ってたハムサンドも衛宮さんが考えたんだよ。……でもそっかぁ、確かにここ数ヶ月は試食会なかったもんね」

「え、待って、衛宮さんって探偵じゃないの? ここにある封筒、衛宮探偵事務所って書いてあるよね?」

流石に探偵に喫茶店の新メニュー開発の依頼が来るとは思えない。少なくとも高校生探偵をしていた新一の元にはそんな依頼は来ていないし、来ても料理がからっきしの新一では解決できる気がしない。混乱するコナンを見て、蘭も苦笑している。

「探偵事務所だけど、メンバーにお人好しが多いから実質なんでも屋みたいになってるんだって。探偵というより敏腕アルバイターみたいな人もいるらしいよ」

「あいつのとこは養父の残した探偵事務所だからその名前使ってるだけとか言ってたからな。探偵の資格もあるから、探偵業も可能ななんでも屋が正確なところだろ」

「なんでも屋……」

つまり、小五郎が衛宮に任せていた依頼は探偵がやる仕事ではなかった?とコナンは考えたがすぐに否定した。少なくとも、事務所の資料に残っていた依頼内容は人探しや調査などの一般的な探偵への依頼だ。専門外だと言ってなんでも屋へ回すような依頼ではない。

「そういえば二週間くらい前に帝丹高校の弓道部にコーチにも来てたから、それでポアロでも最近会ったって勘違いしちゃったのかも」

あれも事務所への依頼って言っていたから、と蘭が笑う。次の大会でどうしても勝ちたいからと顧問が伝手をたどった結果そうなったらしいが、学校で会うとは思わなかった人物に会ったのは蘭も驚いたらしい。

「コーチってことは、衛宮さんって弓道できるんだ?」

「学生時代に部活でやってたんだって。教え方上手かったって弓道部の子も言ってたよ」

「すごーい、いろんなことできるんだね! ボクも会ってみたいなー」

「私も会いたいけど、衛宮さんいつも忙しそうだからね……いつ会っても依頼で何かやってる最中ってくらい。探偵の仕事以外もやってるからなのかな?」

毛利探偵事務所との仕事量の差を考えているのか蘭は苦笑している。

「……それなら今度呼ぶか?」

「え?」

「あいつの事務所に依頼を出す。そん時にお前らも同席すればいい」

「でもお父さん、衛宮さんのところにお願いした依頼はもう全部終わったんじゃなかった? その封筒、その時の報告書だよね?」

そう言って蘭はテーブルの上の封筒を指差す。実際に依頼の報告書だったらしく、小五郎はまあな、とうなずく。

「依頼って言っても、探偵への依頼っつーかなんでも屋の方への依頼だ。少し前から考えてたんだよ。ボウズを預かってから蘭の負担も増えただろ? あいつのところから家事のできるやつを時々呼べないかってな」

「お父さん……」

「前に料理も教えてほしいって言ってたじゃねえか。それと家事代行とボウズの世話、ってことならボウズの親から預かった養育費使っても問題ないだろうから依頼料のことは気にすんな。ただ、あいつも忙しいだろうからすぐにとはいかないかもしれないが」

「すぐじゃなくても全然平気だよ! 来てもらえるんだったら嬉しいなあ」

予想以上に嬉しそうな蘭の様子にコナンは少し焦った。小五郎の話しぶりから推察するに、衛宮さんとやらはおそらく小五郎より年下の男。そんな相手にこれだけ蘭が好意を示しているのだ。もしかしたら恋愛感情もあるのではないかと危機感を感じている。会ったら絶対に正体を見定めてやるとコナンは心に誓った。

 

結局、件の衛宮さんに連絡をとってから毛利探偵事務所に来てもらうまでに一週間はかかった。しかも、来ると言っても今回は打ち合わせだけであまり時間はとれないと申し訳無さそうにしていたそうだ。コナンが小学校に行っている間に連絡したので伝聞だが、少なくとも忙しいことに間違いはないのだろう。短時間でも会えるのが嬉しいらしい蘭が上機嫌なのを複雑な思いで見つめつつ、約束の時間を待つ。

「すいません、お待たせしました!」

約束の時間ギリギリ、事務所の階段を駆け上がるようにして彼は来た。Tシャツにパーカーというラフな服装は探偵として目立たないようにしているのだろうか。思ったよりも顔立ちは若そうに見えるので二十代半ばあたりだとコナンは予想した。

「お久しぶりです、衛宮さん! ……あの、そちらの方は?」

蘭が不思議そうにするのも当然で、一人で来るはずの衛宮はもうひとり若い男を連れてきていた。事務所に入る際に被っていたキャップを外したその男は、染めているのかハーフなのか、目立つ金髪をしていた。

「ああ、今回の件にちょうど良いから紹介しようと思って連れてきたんだ。うちの事務所を時々手伝ってくれる同業の友人だよ」

「フリーで探偵をやっています、安室透です」

そう言って一礼し微笑む安室。これは園子あたりが騒ぎそうなイケメンだ、とコナンは思った。

「同業ねえ……ま、立ち話もなんだ、奥で話そう」

小五郎に促されて二人は事務所のソファーに腰掛けた。蘭は人数が増えた分のお茶を慌てて用意しようとしていたが、衛宮に気にしないでと止められている。

「それで、ウチの事務所への依頼ですけど。週に数回程度の家事代行と予定が合う時の料理指導、それとお二人が忙しい際の子守だと聞いていますが」

「ああ、今ちょっと友人の親戚の子を預かっててな。そっちから預かってる養育費からいくらか出すから頼めねえか」

「なるほど。その内容だけなら、依頼じゃなくてもお手伝いできますよ」

そう言って衛宮は微笑むが、逆に小五郎は渋い顔をしている。

「お前、お人好しもほどほどにしとけって前も言ったと思うが……」

「いや、そういうのじゃなくて! 今回はこっちもメリットがあるんですよ、それでこいつ連れてきたんです」

こいつと呼ばれて肩をぞんざいにバシバシ叩かれている安室だが、気にした様子もなくニコニコしているのだから二人は親しいのだろう。だからといってこの依頼内容でフリーの探偵を連れてくる理由はわからない。まさか毛利探偵事務所が人手不足だと勘違いしてるということはないよな、とコナンは少し不安になった。探偵の仕事が忙しくて困っているわけではないのだ。

「こいつ、家の事情で就職だとか事務所に所属とかが難しくてフリーで探偵やアルバイトやっているんです。うちの事務所も忙しい時は手伝ってもらってるんですよ、探偵の仕事以外でも」

「えっ、じゃあ前に聞いた敏腕アルバイターってもしかして……?」

「そっちはうちの事務所に所属してるやつだから別人。でもこいつも飲食店や清掃業の経験もあるし、家事代行もできるから安心して」

そう言って衛宮は笑顔を浮かべている。随分と多芸なんだな、とコナンは横目で安室の方を見た。確かに家の事情とやらがなければ、その少しばかり派手な見た目を差し引いても就職は難しくなさそうだと感じる。

「だからってウチをタダで手伝ってもらうのは……そもそもその家の事情ってのも大丈夫なのか? 就職できないってんなら、金が入用なんじゃないのか?」

小五郎のこの質問も尤もである。言いにくい内容なのか、衛宮も困った顔をしている。

「あー、それなんですけど……」

「それは僕の方から説明させてください」

それまで黙っていた安室が衛宮の言葉を遮るように話しだした。

「家の事情とは言いましたけど、僕の実家に問題があって就職できないというわけではないんです。多少の不労所得もあるので金銭的に困っていることもありません」

確かに安室の服装はシンプルに見えるが、縫製や生地をよく見ると安物ではなさそうである。本人の雰囲気や態度からも金に困っているようには見えなかった。

「じゃあなんだ、揉めてる相手でもいるのか?」

「いえ、揉めているというほどではないのですが。婚約者の実家の方が、あまりいい顔をしないから避けているだけです」

「婚約者!?」

急に出てきた言葉に小五郎も蘭も驚いた顔をしている。コナンも反射的に安室の手を確認してしまったが、指輪はしていないようだった。

「いや、なんでだ? 普通、娘が嫁入りする相手なら定職についてる方がいいに決まってんだろ」

自身も娘がいる小五郎が真面目に首をかしげている。

「その婚約者が一人娘なので、婿入りして家業を夫婦で継いでほしいから就職してる方が不都合があると……」

「それならなんでまだ結婚してないの?」

「コナンくん! ダメよ、そんなこときいちゃ」

蘭が慌ててコナンの口を抑えようとするが、安室は気にした様子もなく笑顔でいる。

「いえ、大丈夫ですよ。彼女の実家の内部で一般人の婿入りを認めるか認めないかで意見が二分されているんです。反対している面々は伝統を重んじる人たちだとか。かなり言いたい放題ケチをつけてくるらしくて彼女も怒り心頭で、僕には聞かせたくないって言ってあまり事情を教えてもらえないくらいです」

「一般人だとダメって、そんなすごい家なの?」

「彼女が言うには、実権や影響力があるわけでもない古いだけの貴族だとか」

「貴族って、婚約者さん外国の方なんですか!?」

友人である園子の実家を思い浮かべていた蘭も、貴族と聞いて驚いていた。

「はい。でも父親が日本人で、その父親の実家の関係者が友人だったので紹介されて知り合ったんです。僕も彼女もハーフだから気が合って親しくなったんですけど、父親が婿入りした時もなにか問題が起きたらしくて関係者の反対を無視できないと聞いてます」

「そんな事情もあったんならよく婚約までいけたな……」

探偵業をしているだけあって家庭の揉め事にも詳しい小五郎は、感心したような呆れたような声で言った。安室も心当たりがあるのか苦笑している。

「そこまでは彼女が水面下で進めていたので。婚約したことを公開してからひどく揉めてしまって……」

「大変なんですね……」

想像のつかない世界だと、蘭は言葉もないようだ。

「彼女も説得にかなり苦労しているみたいですね。もう何年も決着がついていませんから。この問題が解決するまでは社会勉強も兼ねて色々な仕事を経験しようと思って。決着のつくタイミングも予想できないのでほとんど短期のバイトしかできないんですけどね」

「あれ、でもフリーの探偵って言ってたよね?」

「はじめは友人のやっている衛宮探偵事務所を手伝うところからスタートしたんです。そのために探偵業の資格を取ったから探偵。フリーターよりはフリーの探偵の方を名乗る方が世間体も良いので」

「ああ……」

安室の言葉に小五郎も頷いている。世知辛えな、とコナンはこっそりつぶやいた。

「そういった事情なので、他の依頼やバイトのない時にこちらのお手伝いをするのは問題ないですよ。家事でも子守でも――探偵業のお手伝いでも」

「いや、そこまでは……」

「大丈夫ですよ毛利さん。さっきも言ってたようにこいつは金銭的に困ってるわけでもなく、経験を積むのが目的なんで。いっそのこと手伝わせて勉強代として家事代行してもらってるくらいに思えばいいんです。なんなら弟子だと思ってこき使っても――いてっ」

笑顔で言い出した衛宮だが、その言葉は安室に止められた。小突かれたらしい脇腹を痛そうに抑えている。なかなか重たい音がしたので、優男のような見た目の割にそれなりに腕力もあるのかもしれない。

「勝手に何言ってるんですか。すいません、毛利さん。警察の方からも眠りの小五郎の噂を聞いていたので、探偵業の方も弟子入りして勉強させてもらえないかとちょっと欲張ってしまって」

「いや、手伝ってもらうのはかまわねえけどよ……弟子ってなると、婚約者の実家の方はいいのか?」

「この事務所の所属するとなるとなにか言われるかもしれませんが、弟子扱いで勉強させてもらってるだけなら問題ありません。心配なようなら僕の方から勉強代を出しましょうか?」

「勉強代!?」

「あちらの家では家庭教師を雇うことはよくあるらしいので、そういったことにしておけば文句を言われることもないかと」

安室はそう言って笑顔でいるが、小五郎は価値観がちげえなと呆れたような顔だった。

「まあ、聞いての通り毛利さんとこに紹介するのにものすごく都合のいいヤツだったんで、連れてきたんですよ。――それに、ウチの事務所を手伝ってもらってたわけなんで、ウチに回す案件でも急ぎならこいつに頼んで大丈夫ですよ」

ウチに回す案件、という言葉がコナンには引っかかったが、小五郎は逆にそれで何かしら納得がいったようだった。

「ああ……そうか、そういうことか。それならその、師匠ってことでいい。勉強代もいくらかはもらうが、依頼の手伝いはそっちが必要と思ったときだけでいい。家事手伝いの方を多くやってもらうことになるが、その代わり必要経費はちゃんと出すから言ってくれればいい」

「ありがとうございます。さすがに今日明日からというわけにはいきませんが、数日以内には契約書用意してきます」

小五郎に認められて安室は嬉しそうに言った。その様子を見たコナンは、フリーの探偵というのは苦労するのかもしれないと思った。思っていたよりも、安室が安心したような表情をしているように見えた。

「契約とは関係ないけど、オレもまた前みたいに蘭ちゃんに料理教えに来るよ。こいつもオレの料理の弟子みたいなものだから、ちゃんと教えられているかチェックしないと」

からかうような衛宮の声に安室は少し不機嫌そうな顔をした。

「小姑みたいなことやめろよ、ヒロ」

「ヒロ?」

「ああ、オレのあだ名。そういえばコナンくんには名乗っていかなかったね。衛宮英雄(えみやひでお)、友人からは英雄だからヒーローとかヒロって呼ばれているんだ」

そう言って彼、衛宮英雄はにこやかに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

東京都冬木市新都にある三階建てのビル、そこに衛宮探偵事務所はあった。

事務所のメンバーと親しい地元住人からはブラウニー派遣業者と呼ばれ、はたまた都内の同業者からはオカルト案件専門探偵事務所と噂されるその事務所の実態はというと。公安警察とその協力者の魔術師、そして英霊(サーヴァント)が所属する、公安警察魔術案件担当出張所のような場所であった。

その探偵事務所で衛宮英雄――公安警察の潜入捜査官諸伏景光は、幼馴染で同じ潜入捜査官でもある降谷零と都内の魔術関連の事件についての調査をしていた。

「ゼロ、ちょっといい? 新規の魔術関連が疑われている事件があるんだけど、ゼロが今潜入してるあの組織と関連があるかもしれなくて」

「あの組織が? あそこに魔術がつかえるやつは僕ぐらいしかいないが」

現状、零はとある国際犯罪組織に潜入捜査官として数年前から潜入している。その組織への潜入自体は魔術とは関係ない件から始まっているが、魔術に手を出した他の裏組織を敵対組織として潰す際に利用するなどはしていた。最近はその組織自体も魔術に興味を持ち始めているため、時計塔や各捜査機関からも優先して解体するべきではないかと言われ始めていると景光は聞いている。そのため、組織に何か動きがあれば衛宮探偵事務所に優先して情報が回ってくるようになっているのだ。

「えーっと、そっちで高校生探偵の工藤新一くんに毒薬を使ったって話があったよね。その件でなんだけど」

「ああ、ジンが新型の毒薬だとか言って使ってたアレか」

零は顔をしかめた。未成年が犯罪組織に巻き込まれた話は心が痛む。

「その工藤新一くんの遺体、見つかってないんだ。それなら生きているのかと思って軽く調べたけど、何かの事件を依頼されて学校を休んでる。時期的にはちょうどその毒薬の件の後だね。生存確認のように、時々親しいガールフレンドに連絡が来るが、本人に会ったという話は数えるほどしかない。――これってさ、どう思う?」

「……工藤新一くんの遺体を拾った魔術師だか死徒だかが生きてるように偽装して何かを企んでいる」

「だよねぇ」

二人はそろって軽くため息をついた。面倒なことになりそうだな、と零が呟く。

「念のため組織の方で情報がないか軽く確認はしておく。可能性は低いが、運良く生き延びて隠れているだけという場合もなくはないだろう」

「その毒薬使ったっていう場所も確認したいな。現地で魔術の痕跡がないか調べないと。当日の周辺の事件の調書も一通り見ておきたいし」

「そちらは頼んだ。――新規の案件はこれくらいか?」

「あっ、待って。つい最近警視庁から来た案件がひとつ」

一旦休憩にしてコーヒーでも淹れようと立ち上がろうとした零を景光が引き止める。

「警視庁から? 魔術的処置が必要な事件があったとは聞いていないが」

「事件自体じゃないんだ。ほら、最近マスコミでも時々話題になっている眠りの小五郎」

「ああ、推理中に眠ってるかのような姿だからそう呼ばれているんだったか」

「それが、本当に眠っているらしい。本人も記憶にないと言っているから、刑事部の関係者が心配してる。魔術で操られているか、もしくは本人が無意識で魔術を使っているのかもしれないって」

「……確かになかなか怪しいな」

「でも、さっきの工藤くんの件を探る関係で、毛利さんには最近何度か会っているんだ。その時には魔術の痕跡は特に感じられなかった。魔術関係の依頼の関係上、仕事でも数年の付き合いになるけど魔術の才能があるという感じでもなかったよ」

「そうなると工藤くんの件と関係がある可能性は? わざわざ探りを入れに行くくらいだ、親しい関係だったんだろう?」

「時々連絡が来る親しいガールフレンドっていうのが毛利探偵の娘さんなんだ。それに工藤くんの両親と毛利さんは友人関係でもある」

「工藤くんの両親はアメリカだったか……そちらが手出ししにくいから、身近で親しい関係である毛利探偵が狙われたという可能性もあるか」

「それと詳細は調査中だが、毛利さんのところで最近子供を預かっているとか――ちょうど眠りの小五郎が話題になる頃から」

「なるほど、きな臭いな。その子供が魔術師か使い魔の類である可能性が高い。下手に他人に探らせるよりは僕かヒロが潜入する方がいいかもしれないな、魔術に対抗できない人間にやらせる方が危険だ」

「いや、本当に魔術師がいるなら単独行動はやめた方がいい。この短期間では難しいとは思うけど、毛利探偵事務所が工房化されてないとも限らない。二人で乗り込むか、せめて霊体化したサーヴァントに同行してもらう方がいいと思う」

「確かにこれだけ目立つことをやるくらいだから相手も相応に自信があるんだろうな。――例の組織が関わってるかもしれないと言えば頼まなくてもアーチャーは着いてくるんじゃないか?」

ちょうどいいとばかりに言う零。景光は反対に苦い顔をしている。零が例の組織――いわゆる黒ずくめの組織にかかわる時よりも、景光が関わる時の方がアーチャーの反応があからさまに激しいからだ。

「アーチャー……なんであんなにあの組織を目の敵にしてるんだろうね。いや、なんとなく想像はつくけど、絶対深掘りしない方がいいよね、あれ」

聖杯戦争の後、アーチャーのマスターだった凛から聞いた話では、生前のアーチャーも零と景光と幼馴染であったらしい。それ以外の詳細を凛も語らないのはよっぽど言いにくい内容なのだろう。

「あいつの生前の僕たちはいったい何やったんだろうな……」

霊体化したアーチャーが潜入中に声をかけてきた経験もあるので、零は深い溜め息をついた。本人の魔術の特性上、霊体化しているサーヴァントも見える景光はそれよりもさらに深い溜め息をついた。

「本当にね……。まあ、それは置いといて、毛利さんの所への潜入は早めにやろう。遅くなると向こうに準備する時間を与えてしまう。例の預かっている子にも接触したい。タイミングがうまく合わせられるといいんだけど」

面倒なモンペ(アーチャー)取りにキャビネットの方へと向かった。

 

 

そしておよそ二週間後の衛宮探偵事務所。二人はお互いの調査結果を持ち寄っていた。

「――それで、毛利探偵事務所に潜入した成果は?」

ちょうど来ていた毛利小五郎からの依頼には二人で乗り込んだが、その後は零が安室透として数回毛利家での家事代行業を既に行っている。

「二人で行った時と同様、事務所に魔術の痕跡はまったくなし。さすがにこの短い期間では眠りの小五郎を実際に見ることはできなかったが、毛利先生が魔術を使った様子も使われた様子もなし」

「……あの後、零がいない日にアーチャーが霊体化して建物全体を調査したらしいけど、使い魔もなにも出なかったって報告があったよ」

「二人で行くからついてくるなと言ったから勝手に単独行動したのか……」

「まあ、毛利探偵事務所は魔術と関係ないと判断してもいいと思うよ。工藤くんの件も調査したが、行方不明になる前に最後に目撃されているトロピカルランドにも魔術の痕跡はなし」

「そうなると、調査結果からの結論はひとつだな。工藤新一はトロピカルランドでジンにより毒薬を飲まされたが運良く生き残った。しかしその後、何らかの方法で若返った。そして今は江戸川コナンという偽名で暮らしている」

「うーん、やっぱりそういう結論になるよね」

「コナンくんが精神系魔術への耐性持ちなのは想定外だった……それさえなければ暗示をかけて詳細を聞き出せたんだが」

「たまにいるからね、ああいう耐性持ちの人。原因は地道に調査するしかないか」

「まあ、あのタイプの耐性持ちは本人が魔術を使えないことが多い。コナンくんとは少し会話したが、非科学的なことを信じないタイプだな、あれは。魔術をかけられたことも気づいていない様子だからこちら側に気づくこともないだろう」

「非科学的なことを信じないタイプ……自分が若返った原因についてはどう思ってるんだろうね。暗示が効かないのなら、魔術をかけられた上で記憶を操作されたわけではない。そうなっていたなら魔術の存在を疑っておかしくない」

「組織の毒薬を飲んだ後に若返ったのか、その後に第三者が現れて若返らせたのかは現状判断がつかない。解毒薬や中和剤だとか言われて別の薬を飲まされているのだったら、それが魔術由来かどうかなんて疑わないだろうしな」

「あー……もしかしてギルガメッシュを疑ってる? 若返りの霊薬持ってるのも、エンターテイメント業界関係中心に冬木以外も出歩くのも事実だけどさ」

「さしあたって教会のカレンには連絡を入れた。早急にギルガメッシュを確保して取り調べするように、と」

「ギルガメッシュの霊薬が原因以外の可能性もあると思うけれど……」

「疑惑はすぐに解消しておいた方がいいだろう? 現状、一番怪しいのはジンの言う新型の毒薬だが、そちらはすぐには確認できないからな」

「そうだとしてもカレンに頼むのはやめといた方がよかったと思う……麻婆責めからの証言強要で冤罪が生まれそう。凛に言っておけばよかったんじゃないかなあ」

「凛と士郎は例の怪盗の件で海外なんだ。凛が不在だと桜は管理者代理で忙しくしているし、一応マスターでもあるからカレンに頼んだ」

「ああ、うん、タイミングが悪かったね」

確実に泰山麻婆を食らっているであろうギルガメッシュに景光は心の中で合掌した。

 




※解説とか

・衛宮探偵事務所
初代所長は切嗣。二代目はその養子。この世界線では探偵の資格は色々と都合がよくて便利だったので切嗣は探偵の資格を持っていたし、表向きの職業で探偵を名乗っていたこともある。裏で魔術師殺しなのは変わらず。現在は都内で唯一オカルト案件を適切に処理してくれることで同業者内では少し有名。探偵事務所開いてるレベルの人や、元職が警察官の探偵なんかはだいたい噂を知ってる。報告書に詳細が残らないのはだいたい魔術関係だったから。魔術関係以外にも公安案件もなくはないのでコナンの推察も外れてるわけではない。

・冬木市
この世界線では都内の海岸線沿いのどこかにある。米花町とはちょっと距離があるらしい。魔術関係者からは魔窟と呼ばれ、不用意に行ったら死ぬと噂されているらしい。

・衛宮さん
料理が得意で弓道をやっていたという部分に嘘はないが読者へのミスリードではある。弓道部所属はミスリードさせたくて捏造した。ハムサンドのレシピを考えた部分と冒頭の注意書きにある士凛が結婚しているの部分とかスコッチの偽名捏造のあたりがヒントだったつもり。おっちゃんや蘭ねーちゃんの言う彼の経歴部分にはできるだけ嘘がないようにした。事務所を遺した養父が誰の養父なのかは明言していないのでそこは嘘ではない。

・ポアロの試食会
参加者は依頼人であるポアロのマスターと店員さんだけでなく、ビルのオーナーの毛利一家も誘われる。別居中の奥さんの方にもお誘いが行くので蘭もとても楽しみにしている。コナンになる前から何度かあったが新一は知らなかった。今後行われるときは安室さんもたぶんいる。

・衛宮探偵事務所のメンバー
教会住まいの敏腕アルバイター以外にもまだいるらしい。いつかイカれた仲間たちを紹介されるかもしれない。

・弓道部の顧問の伝手
偶然だが美綴の知り合いだった。派遣されたのが士郎じゃないくて景光だったのは、指導に向いていることが重要だと凛が強く景光を押したから。周りのみんなはそんな主張は建前で、女子高生の多いところに旦那を派遣したくないだけだろうと思っている。殺人ラブコメとのクロス軸における士郎のフラグ建設力は原作より強化されているので、これまで苦労してきた凛の警戒心は強い。

・安室さん
登場が早すぎる。後日、十億円を持ち逃げされた明美さんが偽名でおっちゃんのところに依頼に来たらバーボンに遭遇するという明美さん視点では地獄のような事件が起こる。

・婚約者
実在する。名前は出していないが、人物像の説明に嘘はないのでFate側の設定知ってれば誰なのかはわかるはず。安室透のバックボーンの補強のためもあるが、双方への各方面からくるお見合いや政略結婚への防波堤として利害の一致で便宜上名前を借りている。少なくとも降谷さんはそう思っている。

・毛利のおっちゃん
オカルト関係が実在することを知っている。家族のためにもそういう案件には関わらないようにしていたが、今回安室さんを紹介されたことで眠りの小五郎現象はオカルト案件だったんだと察してしまう(勘違い)。安室さんの潜入が長引けば長引くほど、コナンのこともオカルト案件ではと疑い始める可能性も高くなっていく。

・精神系魔術の耐性持ち
世界観融合により発生した、稀によく見るタイプの人。たいてい元コナン側世界線出身の人。警察では一部で重宝される。公安の連絡役の人なんかもこういうスキル持ちは優先されがち。

・金ピカ
ご愁傷さまです、冤罪で泰山麻婆の刑です。元々この話はこれが最初に思いついてスタートしていたりする。

・例の怪盗の件
大人気の1412号の人。このタイミングで海外ということはつまり二代目ではなく……?

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