鈴木悟は鬼に憑かれている   作:サイドベント

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生半可な覚悟で人を喰う化け物と話し合いをするとか言うなよ



※食人を示唆する描写があります。苦手な方はご注意ください。

※舞い降りた三人の中で一番やべーやつなのは鈴木悟です(予告)



"けだもの"たちの狂った話し合い & クレマンティーヌの悲哀

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜 竜王国女王ドラウディロンの私室にて。

 

 

 

「それでなぁ……みんな言ってくれるんだよ……『女王陛下のために奴らを追い払ってきますよ!!』ってさぁ。でも私は別にビーストマンなんてどうでもいいんだよぉ……お前らが帰って来ないことの方が辛いんだ……」

 

「よしよし。まあそんなに気に病むな。お前ができることは全部やってるだろうよ」

 

「ぐ、ぐぅ……くそぅ。ごめんよぉ……私がお曽祖父様のように始原の魔法を自在に使えたら……ごめん、ごめん……!」

 

「ほら、飲め。飲んで忘れちまえ。泣いてたって明日は来ちまうんだ。せめてスッキリして今日はもう寝ろ」

 

「うぅ……ごめん、よ……」

 

 

しこたま酒を飲まされたドラウディロンは涙を流しながら、やがて寝息を立て始めた。

 

萃香は何も言わずにその横顔を見ていた。やがて女王の身体を軽々と持ち上げると、そのままベッドに置いた。

 

大人の身体だろうが、その身体は酷く軽かった。

 

 

コンコン、とノックの音がしてゆっくりと宰相が入ってくる。

 

 

「寝たぞ。とりあえず寝床に運んどいた」

 

「本当に申し訳ありません……神の手を煩わせるとは……」

 

「ばーか。私はカミサマなんかじゃねぇって言ってるだろうに。ただの鬼だ。ダチの尻拭いくらいどうってことないさ。ま、貸し一つだがな」

 

 

そう言って笑う萃香に、宰相もまた救われたように笑った。

 

 

「ありがとうございます、『鬼の四天王』様。陛下はアレで心根が優しくいらっしゃいます。貴女様のお陰で随分癒されたようです」

 

「ま、気にすんなよ」

 

 

萃香は通りがかりに宰相の肩を滅茶苦茶手加減した力でどつき、そのまま寝室から出て行った。

 

そして外で待っていた鈴木悟に声を掛けた。

 

 

「おう、悟。飲み足りねーから付き合え」

 

「いいですよ。余ってた竜王国産のお酒、沢山もらってきました」

 

「でかした。じゃあ屋上でも行くか」

 

 

二人は夜空の見える場所へ移動し、そのまま横に並んで酒を飲んだ。

 

貰った酒が尽きてからは、珍しく二人とも続きの酒を開けずに座って空を見上げていた。

 

 

「あのお酒、まだ倉庫にいっぱいあるんですよ。飲む人が少なくなったからって」

 

 

悟の呟きは夜空に虚しく響く。二人はまだ空を見上げている。

 

 

「なあ悟」

 

「はい」

 

「どうして化け物は人を喰うと思う?」

 

「……」

 

 

鈴木悟は思わず横を見た。

 

横の萃香は相変わらず空を見上げている。ただ、その横顔が告げていた。

 

 

 

ーーーーお前はこの国の化け物たちにそれを聞きに来たんだろう、と。

 

 

 

場を緊張感が支配する。

 

半端な答えは許されない。だから悟はその理由を必死で考え、しかし当たり前の答えを口に出した。

 

 

「……それしか食べられないから、ですか」

 

「違うな。化け物ってのは恐怖とか絶望とか、そういう"嫌な感情"を喰うんだ」

 

「感情を……」

 

「そうだ。だから馬や牛みてーな家畜じゃなくて人間を好んで襲う。人間ってのは感情がとびきり豊かだからな。"喰われる"って恐怖は他とは全然違う。まさに"ご馳走"ってやつだ」

 

 

まあ、この世界の化け物共は違うみてーだけどな。

 

 

そう言って萃香はゆっくりと鈴木悟の方を見た。

 

それは鬼の目だった。身体の芯から底冷えするような目。

 

そこには正真正銘の化け物がいた。只の人間が見ればおそらくそれだけで卒倒しかねない視線が、鈴木悟を射抜いていた。

 

だが鈴木悟は目を逸らさなかった。舐めるなと。例え半分だけだろうが、そんな半端な覚悟で鬼になったと思ったかと萃香を見つめ返した。

 

しばらくそうしていると、萃香は笑った。いつものようにだらしなく赤ら顔を晒して。

 

鈴木悟の好きな顔で笑った。

 

 

「悪かったよ。ドラウディロンがあんまりにも泣くもんでな。ちょっと昔のことを思い出して真面目になっちまった」

 

 

萃香は続ける。萃香の目はとろんとしていて優しげだった。

 

 

「良い目だな、悟。お前はやっぱり鬼に向いてるよ。特に執着心が強いところが良い。一度決めたらテコでも動かない感じが私にそっくりだ」

 

「……ありがとうございます。萃香さん、貴女は……貴女はーーーー」

 

 

鈴木悟は言葉を切った。

 

 

これは覚悟が必要な問いだからだ。

 

今の萃香の口から"そんな匂い"はしない。鬼の嗅覚がそう言っている。

だがずっと昔なら? そもそも萃香は化け物だ。

それを行っていたというのが自然だろう。

 

 

「萃香さん」

 

「なんだい? もう酔ったのか?」

 

「次に人を喰いたくなったら俺にしといてください」

 

「んん?」

 

「俺は半分人間だから多分美味しいし、半分鬼だから頑丈なんで手足の一本や二本くらいなら全然平気です」

 

「ほーん。じゃあ今から腕でももらおうか?」

 

「……いいですよ」

 

 

萃香が"あの目"で見つめてくる。その視線は悟の左腕に流れていく。

 

流石に緊張して体が強張った時、デコピンを食らった。

 

 

「あいてっ」

 

「ばーか。一丁前に嫉妬なんかしやがってよ。なあ悟。昔のことなんてどーだっていいだろうに。大事なのは今だ。私とお前は共にいる。鬼が未来の話をするのは御法度だが……これからもずっとな」

 

 

萃香は鬼の馬鹿力で隣の鈴木悟を引っ張った。互いの額が勢い良く当たり、悟の角が萃香の額を掠めて血が流れる。

 

流れる血をそのままに、萃香は悟の目を見て言った。

 

 

「それと、生娘みてーに真っ赤で可愛い顔を見せてくれた礼だ。約束しよう。私が人を喰いたくなった時はお前を喰ってやる。他のやつは喰わない。ついでに言っとくぞ。今日見せたような態度はお前以外の誰にも見せるつもりはない。一生な。心配性の童貞さん。これでいいだろう?」

 

「ど、童貞ちゃうわ!! いや、すみません……スラングです。どうせ童貞ですよ。でもありがとうございます。俺も一生離れる気はありません」

 

「ははは。潔いのはいいことだ。しかしよくその年まで操を保ったもんだなぁ? ええおい」

 

 

完全にセクハラオヤジとなった萃香の顔は、しかしすぐに素敵な笑顔になった。

 

 

「ま、それでこそ私の隣にいるべき者だ。さっきも言ったが鬼は執着心が強くなくっちゃあな。なあ、私のことが大好きな鈴木悟よぉ?」

 

「はい。俺はこれからも萃香さんの側にいます」

 

「かーっ! なんでそれが平然と言えて童貞なんだ!! ばっかじゃねーの! 飲め飲め!!!」

 

 

ようやく二人の間の空気がいつもの雰囲気に戻った。

 

萃香は腰の瓢箪から直で酒を飲み、そのまま鈴木悟に渡した。悟がそれを同じように勢い良く飲んだ後で、改めて二人は向き直る。

 

 

「なあ、悟。改めて聞こう。お前はドラウディロンの話を聞いてどう思った? 喰われる人間の出す悲惨な匂いと、人を喰う化け物の垂れ流す嫌な匂いが充満するこの国に来て、どう思ったよ」

 

 

鬼の鋭敏な感覚はこの国に漂う死臭を容赦なく感じ取る。鈴木悟もまた、竜王国に入国した時からそれらを強く感じ取っていた。

 

 

「正直、滅茶苦茶腹が立ちました。ビーストマン全員殺しちゃおうかなって思いました」

 

「だろうな。だがそれだと約束が違うな? もちろん気に食わないなら殺せば良い。それが鬼だ。それが私たちだ。だが、誓いは別だ」

 

「はい。俺も自慢の息子とした約束を破ることはしたくない。でも、黙って帰ることはもう出来ません」

 

「そうだな。んで、どうするんだ? 『半人半鬼』の悟さんよ」

 

「敵の首領と話します。そこで条件を取り付けて戦います。俺が勝てば全軍撤退とでも言えば良いでしょう。絶対に相手は勝負を受けます。"そういう匂い"がしていますから」

 

「まあ、確かにな。微かだが"私に近い奴"がいる匂いがする。強いやつと戦いたい、他はどうでも良いって奴がな」

 

「そいつがきっとビーストマンの首領です。俺がそいつを鬼の力で倒します。それでビーストマンたちをこの国から追い出す。俺が鬼としてできることはこれです。俺が戦ってこの国の未来を勝ち取ります」

 

「良いねぇ。これでデカい魔法ぷっぱなすとか言ったら怒るとこだったよ。やっぱり私たちは……"これ"だよなぁ」

 

「はい」

 

 

二体の鬼は互いの拳をぶつけ合う。鈍い音を響かせてぶつかったそれは力の証。鬼とは常に己の肉体を武器に戦うのだ。

 

月夜の誓いを経て、鈴木悟は決心した。伊吹萃香はそれを見届けた。

 

理不尽な暴力で竜王国を救う覚悟を。

 

 

 

 

 

 

翌日 謁見の間にて

 

 

玉座に座る女王ドラウディロンの姿は幼女のものとなっていた。しかし女王配下の者は今は宰相しかこの部屋にいない。

 

玉座は謁見する者からは見上げる形になるように設置されているが、鈴木悟や萃香は玉座の隣に立って同じ目線に立っていた。

 

 

「うむ。やはり友の顔は間近で見てこそだな。そうだろう? 萃香殿よ」

 

「ま、私を見下ろそうなんざお前には一生かかっても無理だろうさ」

 

「なにおう! と、まあ……ありがとうな。お陰で元気になったぞ」

 

「何のことやら。私はただ酔っ払いの介抱をしてやっただけさ」

 

「ははは。二人ともすっかり仲良くなりましたね。いや、女王様にこんな口の利き方よくないんですけど……」

 

「何も気にしなくて良い。それにしても悟殿たちはよく来てくれた。どうやら単なる援軍ではないようだが、それでも私は嬉しいぞ」

 

「それなんですけどね……受けますよ、依頼。俺がビーストマンの首領ってやつをぶちのめします」

 

 

ぱちくり、とドラウディロンは瞬きした。

 

 

「ええーっ!! いや、嬉しいのだが……良いのか? 悟殿の目的は対話だったのだろう?」

 

「対話はします。でも、決裂は必至です。俺も相手もどうしようもない奴なので戦うでしょうね。今の俺は強い奴と戦いたくてしょうがない」

 

「だ、そうだ。ウチの悟は普段は大人しいが、一度火が着くと止まらん。白金の竜王の目の前で啖呵を切ったこともある、立派な鬼さ」

 

「いや、スケールがデカすぎる名前を出されると戸惑うのだが。まあ良い! とにかくありがたい!! よろしく頼むぞ!!!」

 

「分かりました。それで、ビーストマンについて教えてほしいのですが……」

 

 

とにかく竜王国には死臭が漂っている。そのせいか"強者を求める戦闘狂い"の匂いの出所がわからなかった。近くに寄ればわかるだろうが、現時点では見当がつかなかった。

 

今まで黙っていた宰相が進み出た。

 

 

「私から説明します。悟様たちに必要な情報はビーストマンの首領の居場所ですね。生憎正確な場所は私たちが知りたいくらいですので不明ですが、ビーストマンが最初に進行した都市の場所を伝えます」

 

 

宰相から地図を手渡される。

 

 

「あとは法国からの援軍の場所も記しています。悟様のおっしゃる通りビーストマン、特にリーダー格の者は単純な食欲だけでなく『強者との戦闘欲』というものを強く有しています。援軍は多大なる戦果を上げていますので、そこに敵の首領が来る可能性は高いかと」

 

「ありがとうございます。じゃあまず法国の援軍の方に向かいましょうか。うまくいけばすぐにでも出会えそうだ」

 

「ああ、それとわが国唯一のアダマンタイト級冒険者の特徴も教えておきます。リーダーのセラブレイトを筆頭に彼らはいきなり襲い掛かるような方々ではありませんが、今はこちらに戻ることもなく前線で戦い続けておられるので、悟様に関しての正確な情報の共有が出来ておりません」

 

「一応先日前線に送った文には帝国から来る神の援軍について記している。セラブレイトなら確実に読むだろうし伝わっているさ」

 

「よし、じゃあ早速……その前に、ドラウディロンさん。ここから見える場所で壊して良い大きなものとかありませんか?」

 

「大きなもの? そうだなぁ……西の方に山崩れが起きた後にできたでっかい岩があるぞ。多分見上げるほどデカい」

 

「ああ、丁度良い。じゃあ萃香さん行きましょうか」

 

「おう」

 

 

ドラウディロンと宰相にテラスから外を見ているように伝えた後、二人の鬼は意気揚々と城を出て行った。

 

ドラウディロンと宰相がテラスで待っていると、巨岩を抱えた萃香がテラスまでやってきた。二人が驚いている間に鈴木悟の一撃によって岩が粉々に砕かれ、萃香の能力でその破片の大部分を散らしつつ、一部を一つに集めていく。

 

 

「ほらよ。寝床の隅にでも置いときな」

 

 

それは小さなドラウディロンの形をした置物だった。

 

受け取ったドラウディロンは笑顔となった。強さに溢れ、優しさを持つ鬼たち。これほどの戦力が味方になると知って喜ばない者はいないだろう。

 

女王と宰相はテラスから、戦場へと向かって小さくなっていく二人の背中が見えなくなるまで手を振って見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜鈴木悟一行入国の一週間前〜

 

 

 

元漆黒聖典第九席次 クレマンティーヌは無気力ながらビーストマンリーダーを多数殺害していた。

 

あの鬼に殺されて以来、蘇生されてからも彼女はずっと怯えている。

 

目立てばあの鬼に見つかってまた死ぬ。鬼から隠れようと脱走すれば今度こそ法国に処刑される。

 

進むも地獄、戻るも地獄だ。

 

じゃあ大人しく自殺でもするか? という問いには否だった。

 

なけなしのプライドがしぶとく生を主張していたし、ビーストマンに食われるのも普通に嫌だった。誰が好き好んで獣の胃袋に入りたがると言うのか。

 

上記の理由からクレマンティーヌはモチベーションがかなり低い。

 

それ故に法国サイドからは疎まれている。とはいえ格別の戦闘力はあるので、クレマンティーヌは竜王国にてビーストマンリーダーを殺す重要な役目を与えられていた。

 

多数を相手にするのは不得意だが、彼女のレベルと戦闘センスであればリーダー単体なら難なく倒すことができた。

 

ビーストマンと竜王国の兵士、そして陽光聖典予備部隊が入り乱れる乱戦の中、敵影に紛れてスッと行き、リーダーをドスッで済む簡単なお仕事だ。

 

ただしリーダーは周囲に常にビーストマンの大群を引き連れているため、孤立した状態でリーダーを殺害してもそのままクレマンティーヌの死亡に繋がってしまうリスクがある。

 

陽光聖典予備部隊は、いけ好かないが確かな戦力を有効に活用し可能な限りの数のビーストマンリーダーを減らすために、不本意ながら統制の取れた動きでクレマンティーヌの動きをカバーしていた。

 

なお万一カバーが失敗してクレマンティーヌが孤立した場合は、容赦無く見捨てても良いと法国神官長より許可されていることは当人には内緒だった。

 

 

「元第九席次。次は南西に向かう。ビーストマンリーダーの数は三人。殲滅するぞ」

 

「あいよー……」

 

 

視線は合わせず会話も業務連絡のみ。

 

表面上の仲こそ最悪だが、クレマンティーヌと陽光聖典予備部隊で編成された法国の竜王国遠征部隊はバランスが良かった。

 

広域殲滅はできるが、スタミナと貫通力に乏しい陽光聖典。それに単騎だが突破力のあるクレマンティーヌを加えることで驚くほどの戦果を上げていた。

 

難点としては圧倒的にクレマンティーヌの本来の移動速度が早いため、他の者たちから離れて先行し過ぎないように意識しなければならないというストレスが彼女に溜まり続けることだった。

 

この日も全体の遅いペースに合わせつつ焦れていたクレマンティーヌだが、ある程度ビーストマンリーダーとの距離が近付いた瞬間一気に加速。

 

周囲のビーストマンを躱しながらあっという間にリーダーに到達し、その脳天にスティレットを突き立て込められた魔法を発動させた。

 

爆炎と獣の肉片の中から気だるげにクレマンティーヌが現れる。

 

 

「あー……リーダー三人目倒したし、早く引くよぉ」

 

 

気が抜けた声で撤退を指示し、行きと同じように陽光聖典に合わせてゆっくりとした速度で撤退していく。

 

守られながらゆっくりと前線に進み、サクッとビーストマンリーダーを殺し、守られながらゆっくりと後退する。

 

クレマンティーヌの最近の日常はこれの繰り返しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜鈴木悟が首都を出立した当日〜

 

 

 

クレマンティーヌは一週間働き詰めでリーダーを殺しまくっていた。

 

流石にビーストマン陣営もリーダー格が殺されすぎて恐れたのか、今日は数が少ないようにも思える。

 

 

「もうちょっとで帰れるかなぁ……でも帰りたくないなー」

 

 

そんなことを呟いていた10分後、クレマンティーヌは死地に立っていた。

 

 

「ビーストマン"グレート"リーダー? いや、そりゃいるだろうけど……強すぎだろ」

 

 

今回も同じように出撃した時、一際立派な体格のビーストマン"グレート"リーダーが猛然とクレマンティーヌ目掛けて迫ってきた。

 

陽光聖典の援護も効果は無し。奴の動きが早すぎて魔法の着弾が明後日の方向になっている。仕方なしにクレマンティーヌは全力で相手をすることにした。

 

 

「フッッッ!!」

 

「不落要塞!! オラァ! 離れろ!!」

 

 

グレートリーダーの大上段の一撃を武技で防ぎ、そのまま前蹴りを繰り出して距離を取った。

 

 

「……我の一撃を防ぐか。雑魚ではないな……しかし覇気が無い。つまらん」

 

 

獣が重低音で呟く。その言葉と共に姿がブレる。

 

 

「!? 動き、速すぎ……ガッ!?」

 

 

クレマンティーヌの延髄に手刀が落とされる。咄嗟に足の力を抜いて下方向に威力を逃がしていなければ首が落ちていただろう。

 

追撃を回避するためにクレマンティーヌは横回転しながら立ち上がった。グレートリーダーはその様子を悠々と見守っていた。

 

マズイ。今の一撃で理解した。絶対に勝てない。クレマンティーヌの強者故の勘がそう囁く。だが敵前逃亡は即ち死である。

 

 

「さて、仕切り直しだ」

 

「あー、くそ。強すぎんだろうが……」

 

 

悪態に勢いも無く。

 

クレマンティーヌはただ押されていく。グレートリーダーのクレマンティーヌに対する興味が失われ、同時に殺意が増していることに気付いているがどうしようもない。

 

 

「隊長代行殿! 元第九席次が押されています!! 我々も包囲陣を抜け出せません!!」

 

「何をチンタラしているあの女は!! 魔法を放ち続けろ! 包囲を完成させるな!! 時間を稼げ!!」

 

「うーわ……あっちも絶対やばいじゃん。あれ? これこいつ倒せても包囲崩れないし、私食われて死なね?」

 

 

瞬間、クレマンティーヌは全てがどうでも良くなった。スティレットをそのまま地面に落下させ、だらりと肢体から力を抜く。

 

 

「あーあ……なんで私こんなことやってんだろ……」

 

「諦めたか。つくづく張り合いの無いつまらん人間だ。死ね」

 

 

グレートリーダーの無慈悲な手刀がクレマンティーヌの首に迫り、その首を落とそうとしてーーーー

 

 

 

ドン

 

 

 

地鳴りがした。グレートリーダーの動きは止まっていた。

 

はらり、と金髪が一房落ちる。手刀はクレマンティーヌの首ギリギリのところで止まっていた。

 

クレマンティーヌは改めて戦慄する。あの速度を急制動で止めるという凄まじい筋力。やはり化け物と人間は身体の作りが一から違うのだ。

 

 

「……強者の気配だ」

 

 

音が近付いてくる。

 

 

ドン……ドン! ドン!!!

 

 

音と共に何かが宙を舞う。アレは……ビーストマンが飛んでいる。

 

 

「<<鬼の一撃(極小)>>!! <<鬼の一撃(極小)>>!! <<鬼の一撃(極小)>>!!!」

 

「おら、休むな悟。お前のソレは普通のパンチだ。どんどん打って慣れろ。威力もちゃんと絞れよ。首領以外は意味無いから殺すな。それも手加減の練習だ」

 

「はい!! <<鬼の一撃(極小)>>!! <<鬼の一撃(極小)>>!!」

 

「馬鹿。必死に打とうとして頭を揺らすな。乗り心地が悪い。もっと足を使え足を。ついでに常に周りを見ろ。囲まれるな」

 

「はい!!」

 

 

二本角の鬼を肩車したまま、ビーストマンの群れを優しく蹴散らしてくる一本角の鬼がそこにいた。

 

 

「あれは……神!? なぜここに……おい! クレマンティーヌ!! 戻れ!!!」

 

「いやああああああああ!! なんで、なんであの『鬼』がここにいいいいいいいい!?」

 

 

陽光聖典予備部隊の者の声を無視し、元気になったクレマンティーヌは脱兎の如く戦場から逃げ出した。

 

普通に萃香の能力で引き寄せられて捕まった。南無三。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然現れた二人の鬼に注目し、戦場は一時膠着状態に陥っていた。

 

竜王国の兵士たちは見知らぬ援軍の亜人然とした姿に戸惑い、ビーストマンたちも鬼から垂れ流される強者の気配に萎縮し動きを止めていた。

 

ザワザワと小声で話す声が戦場に響いている。カチカチと歯を鳴らして威嚇しているビーストマンもいた。この膠着状態は長くは保たなそうだった。

 

この場で余裕なのは三人のみ。肩車をされた伊吹萃香と肩車をしている鈴木悟。そして相対するビーストマングレートリーダーだけだった。

 

 

「ふーん。こいつが首領か。良い雰囲気だ。悟、話せよ」

 

「初めまして。俺たちは訳あってあなたと話に来ました」

 

「話か。本来我は餌と会話などせんが……強いな。特に上の女が。我の身体が震えるなど初めてのことだ。良いだろう。その強さに敬意を表して、我と話をしよう」

 

 

ビーストマングレートリーダーの落ち着いた低い声が響く。思ったよりも理性的だが、その言葉の端々から内に秘めた激しい野生と積み重ねてきた戦闘の歴史を感じる。

 

単純なレベルは鈴木悟の方が圧倒的に上だろうが、戦闘経験では間違いなくグレートリーダーの方が上だ。油断はできない。

 

 

「ありがとうございます。一旦周りのビーストマンたちを黙らせてくれませんか? カチカチ煩いし、このままじゃ落ち着いて話せません」

 

「確かに。強者たる我らの周りにいるにしては無粋な奴らだ」

 

 

グレートリーダーは言葉を切り、その場で大きく息を吸った。そして次の瞬間、獅子とも狼とも取れる遠吠えが大音声で戦場に響き渡った。

 

ビリビリと空気が振動し、隅々までそれが伝わっていく。やまびこのように反響していたそれが消えた時、戦場は嘘のように静かになっていた。

 

もはや小声で隣の者と話すような者は皆無だった。鬼に相対する獣人はその強さを一瞬で戦場に知らしめたのだ。

 

 

「配下の者の動きは望み通り止めた。しかしこの餌場でこのような強者と出会えるとは……幸運だ」

 

 

鈴木悟は無意識のうちに口角を上げた。

 

目の前のグレートリーダーの強さを肌で感じ、鬼としての血が騒ぎ始めていた。グレートリーダーの口元も同じように緩んでいた。やはり両者は"同じ"である。

 

その後、もう一度グレートリーダーによる遠吠えが行われた。それは『さっさと下がれ』という意味だったのだろう。目障りだった周囲のビーストマンたちは渋々後ろに下がっていく。

 

目の前の餌を取り上げられて不満そうだが、グレートリーダーの目の前で命令違反をできるような者はいないらしい。

 

 

「ありがとうございます。俺もあなたのような強くて理性的なビーストマンの方がいて幸運だと思っていますよ」

 

「フン。その女ほどではないが、お主も我と同じ……いや、下手をすれば我よりも力があるというのに世辞は言うのか。不思議な男だ……それで、話とはなんだ」

 

 

鈴木悟は説明した。

 

竜王国の代表として、この場の代表であるグレートリーダーに決闘を申し込む。勝てばビーストマンは全軍撤退。負ければ勝者たるグレートリーダーに全て従うと。

 

 

「ククク……全軍撤退とは大きく出たな。だが、良いだろう。勝負を受ける。そもそも我はこんな餌場になど興味は無い。配下の者どもは文句を言うだろうが……煩い奴から順に殺せば黙る」

 

 

"けだもの"らしい野蛮な考えも今はありがたかった。これで状況は分かりやすくなった。

 

鈴木悟は勝てば良い。負けても同じだ。竜王国には元より強大なグレートリーダーの侵攻を止める手立ては無い。

 

正確にはあるにはあるのだが、それをあの優しい女王が使う時は来ない。鈴木悟はそう確信していた。

 

つまりは正真正銘鈴木悟の両肩に竜王国の未来が乗せられたのだ。その重さをしっかりと意識しながら、しかし鈴木悟は微塵も怯まない。

 

 

「ありがとうございます。全力でやりましょう。一つだけ、なぜ竜王国なんですか?」

 

「この餌場への侵攻の理由か……ただの近場への狩りだ。最終的な目標も無い。この餌場を狩り尽くしたらまた別の場所へ行くだけだ。我は雑魚を喰う習慣はないが……配下の者どもは別だ。代替手段も無い。なぜならロクな理性の無い雑魚は他のものを喰う考えを持てないからだ」

 

「なるほど、よく分かりました。さっきも言いましたけど、ここじゃあ邪魔が多過ぎる。日を改めてやりませんか?」

 

「同意する。我の配下もそうだがこの餌場は雑魚が多すぎる。そもそもお前たちのような者がいるなら早く出せば良かったのだ。まあいい、ようやく退屈を紛らわせることができそうだ」

 

 

グレートリーダーは獰猛に笑い、闘気を解放した。周囲の空気が歪み、並の兵士やビーストマンたちの膝が笑い始める。

 

ゆら、と鈴木悟の周囲もまた歪んだ。

 

合わせて戦意を徐々に解放しているのだ。その分かりやすいほどの挑発行動に、鈴木悟とグレートリーダーは共に笑みを深めた。

 

 

「楽しみだ。3日後だ。我らが最初に落とした都市の前でやろう。お前たち以外の誰が来ても構わんが、来れば全員殺す」

 

「やるのは俺だけですよ。萃香さんが出るまでもない。そうでしょう? グレートリーダーさん」

 

「ふ、ふふふ……」

 

 

メキメキと互いの握り締められた拳から音が鳴った。

 

ここにいるのは二体の獣。お互いを打ち倒し、自らの強さを証明することを喜びとする化け物たちがここにいる。

 

 

「ああ、幸せだ。やはり闘争が無くては。そして男よ、名を名乗れ。我が3日後に喰う男の名前を覚えておきたい」

 

「俺の名前は鈴木悟です。あなたは?」

 

「鈴木悟か。良い名だ。名を名乗るのはいつぶりだろうか……フェルテスだ」

 

「フェルテスさんですね。じゃあ今日はお互いに帰りましょう」

 

「無論だ。だが……鈴木悟よ。その闘気、そのまま垂れ流しておけ。我の配下は阿呆が多い。わかりやすい力を感じ取れなければ3日も我慢できん」

 

「分かりました。では、また」

 

「さらばだ。3日後にまた会おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで私がこんなところに……もういやだよぉ」

 

 

盛り上がる二人をよそに、萃香の足元で"おすわり"をしたクレマンティーヌは震えながら泣いていた。

 

 

 

 

 






鈴木悟「元人間だけど一番やべー奴です。よろしく」

萃香「メインヒロインの格、見せたるわ」

ドラウディロン「なんやこの異常者たち……」


萃香もね、途中までは気にしてなかったんですけどね。

ドラウディロンの悲壮な姿を見てシリアスになっちゃったんですよね。それで甘いこと言ってた鈴木悟に意地悪しちゃいました。

ところで鬼は生まれながらの化け物です。化け物然としているのは当然です。濁しましたが、普通に人を喰います。そういう生き物ですから。

しかし鈴木悟は人間です。早逝しましたが両親から愛されて育った人間の子です。その上で彼は原作でも異常な妄執を見せ、転移後は化け物よりも化け物らしい存在に成り果てます。

つまりは、鈴木悟が一番やべーやつってことです。普通っぽいやつが一番やばいってイイよね(厨二病)

ちなみにパンドラズアクターは"こっち"に来てから人間への理解が高まりまくり、情緒もめっちゃ育ってるので三人の中で最も人間に寄りそった態度を取ります。

面白いね。
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