何者でなくても良い
貴女が生きているだけで嬉しいと思ってくれる人がいるよ
そう伝えてあげたかった
※短編が二つ
※一つ目の時系列はパンドラズアクターがツアーに両親の竜王国入りを報告した後すぐ
※二つ目はフェルテスとの戦闘の後、諸々終わってから
黄金の笑顔、の巻
旧王国王城のとある一室にて。
部屋の中には3人のみ。
部屋の主のラナーとそのお付きの騎士クライム。そしてパンドラズ・アクターだった。
「パンドラズアクター様。ようこそおいでくださいました」
「突然の訪問にも拘らず歓迎していただき感謝申し上げます、ラナー殿。こちらこそ貴女とは話してみたいと思っておりました」
「まあ、うれしいわ。ご期待に応えられたら嬉しいのだけれど」
黄金の姫とハニワ顔はにこやかに会話している。
それを一言一句逃すまいと耳をそば立てながら、クライムは誰も部屋に入ってこないように扉の前に姿勢を正して立っている。
「まずは、腐敗を正していただき、旧王国の民として感謝申し上げます」
「ああ、アレですか。私にはあまり良い思い出では無いのですが……受け取っておきましょう。何やら役人の数が減ってしまって大変なようですが、ラナー殿はお変わりありませんか?」
「お気遣いありがとうございます。みなさんよくしてくださるので大丈夫です」
ーーーー八本指の壊滅および貴族たちの間引き、助かりました。
ーーーーよくご存知で。その後の王家の迅速な対応のおかげですよ。
埒外の頭脳を持つ者たちとなれば、一つの言葉で同時に表と裏で会話をすることができる。
パンドラズ・アクターはラナーの言葉の裏を読み、その頭脳の優秀さを実感していた。
パンドラズ・アクターを知っていてかつ賢しい者であれば、先日の八本指壊滅の主導および悪徳貴族の処刑に関わったことはすぐにわかるだろう。
しかし、パンドラズ・アクターの知る限りラナーはこの私室からほとんど一歩も外に出ていないのだ。当然当事者に会ったこともなく、外部の状況も誰かからまた聞きした程度。
その状況で"パンドラズアクターがやった"と断定できる者がどれほどいるだろうか。
まったくもって優秀で不憫な子だと、パンドラズ・アクターはそう思った。
同じくラナーもパンドラズ・アクターについて考えていた。
打てば響くような会話は楽しかった。
他の凡百の人間とは違い、ラナーの真の能力に気付き尊重してくれている。人格の方もバレているだろうが、特に触れずにいてくれている。
神にあるまじき親しみのある雰囲気も好ましいとは思った。
何より神はクライムのことを馬鹿にしない。案内の礼を伝え、菓子の感想を言い、しっかりと目を見て話す。
嬉しかった。しかし同時にラナーは悲しくなった。
神ですら"自分と同じ"程度の頭脳なのだ。そして、ともすれば自分よりも普通の人間の感性を持っている。
ラナーは自らの異質感を再び強く実感した。神は受け入れてくれたが、これは単に目の前の神が優しいだけだと。
そしてそれよりも程度の低い人間たちに自分が受け入れられることは未来永劫無いのだと悟ってしまったから。
クライムに聞かれても良いような当たり障りの無い会話を続けながらもラナーは思考を止めない。
そういえば、目の前の神は持っている力に対して随分とやることが小さかった。王国内で恋文を流行らせたり、各地の酒を求めてみたりと。いや、前者は別の神の力によるものか? いずれにせよ世界征服も出来そうだというのに。
ーーーーもし私が世界征服したらどうなるかしら。まずはクライムを馬鹿にしたメイドたちを処刑台に送りたいなぁ。
ーーーー全員、殺したいなぁ。
ラナーの思考が悪い方向に考えが向かい始めた時、パンドラズ・アクターが声をかけた。
「クライム殿。少し席を外して貰えませんか? ラナー殿にだけ伝えたいことがあるのです」
「申し訳ありません。パンドラズアクター様。如何なる方の言葉だとしても、ラナー殿下の側を離れることはできません」
「クライム。いいのよ。パンドラズアクター様はとってもお強いし、とっても良いお方だわ。貴方もそう思うでしょう? 少しだけよ。私の可愛いクライム」
「っ……可愛い、などと……わかりました。新しい菓子を取って参ります。20分ほどかかりますのでお待ちください」
「ありがとう、クライム」
「ありがとうございます。クライム殿」
クライムが去った後、部屋の中には"笑顔の仮面"を取り払い能面のような顔を晒すラナーと、相変わらず表情の読めないパンドラズ・アクターが向かい合っていた。
「ラナー殿。貴女は今失望していますね。"この程度なのか"と。確かに私が与えられし頭脳は貴女と同程度でしょう。貴女の生まれ持った感性も私は持ち合わせておりません」
その言葉にラナーの表情がさらに曇る。もはや絶望に浸かり切った姫に、しかしパンドラズ・アクターは勢い良く声を掛ける。
「しかし! 私は父上より与えられた以上のものを持っていると自負しています。確かに私はこれ以上レベルは上がらず、新たな魔法も覚えられません。それでも私は私の成長を自信をもって実感しています」
パンドラズ・アクターには"こちら"に来てから得たものがある。それは人間の営みに対する理解であり、人との関わりを通して育てた情緒である。
本来それらを持たなかったパンドラズ・アクターは、しかし降りてきた三人の中で最もそれらに対する理解を深めていた。
これを成長と言わず、何と言う。
「そして……ラナー殿。貴女もまた学ぶことができる。さあ、私と一緒に学びましょう」
私の力で貴女の苦悩を少しでも楽にして差し上げましょう。
その言葉は悪魔の誘いかもしれない。
しかし、ラナーはその手を取らずにはいられなかった。そうして立ち上がったラナーをしっかりと見据えてパンドラズ・アクターは宣言した。
「道徳の授業の始まりです。以後、私のことは先生と呼ぶように。良いですね? ラナーさん」
ラナーの前に大きな鏡が置かれた。当然ラナーには自分の姿が見える。パンドラズ・アクターはその後ろに隠れるように立った。
まるで子供騙しだ、とラナーは思った。
ラナーはパンドラズ・アクターのやりたいことを一瞬で理解したが、それが何の意味を持つのかはわからなかった。
「ラナーさん。貴女の言いたいことはわかりますが、まずはやってみましょう。何か話してみてください」
「そうね……どうしてクライムを拾ったの?」
『あの子の目だけが私を普通の人間として映していたからよ。あの子の目で見つめられると私は普通でいられるの。まるで普通の恋する女の子みたいに』
自分しか知らない理由。他の人間にはわからないだろうと思っていた理由を言い当てられた。
しかしそれ以上に驚いたのは、ラナーとは全く違う高さの声にも拘らず、声色を限りなく似せ、裏に込められた感情を完璧にトレースすることで、ラナーに『まるで鏡の中の自分が話している』ように感じさせたパンドラズ・アクターの技量だ。
「これは……すごいわ」
「さあ、続けましょう。どんな質問でも良いですよ」
パンドラズ・アクターはラナーにみごとになりきっていた。それはラナーにとって新鮮な光景だった。
彼女は生まれた時から天才だった。馬鹿らしいほどに、頭が良過ぎたのだ。
未知の暗号を手渡されてから数秒で解読し、ほとんど私室から動かずに周囲のメイドたちの様子から旧王国内部の真の権力闘争図を把握する。
ラナーは"思考力"が関係する全てにおいて異常なほどの性能を発揮し、あらゆる難題に対し最速で答えを導き出すことができる。
普通の人間が深く考え、悩み、その過程で自分と向き合うはずの時間を持てなかった。絶えず優秀な頭脳は回り続け、理解の無い環境もありラナーは急速に袋小路へと向かっていったーーーー
これが今のラナーの状態だとパンドラズ・アクターは考えた。
自問自答。自分への理解を深め、何がしたいかを理解する。悩める生徒のために、その相手役をパンドラズ・アクターが務めた。
「なぜ絶望したの?」
『それは周りの人間たちが低俗過ぎたからよ。"私の方がおかしい"なんて目で四六時中見られるものだから、疲れちゃった』
「じゃあ何もしなければ良かったじゃない。どうして"見せて"しまったの?」
『だって私は天才だもの。馬鹿な人たちは可哀想だから私が導いてあげなくちゃいけなかったの。それに、いつかは分かってくれるかもしれないじゃない』
ラナーの姿が少しずつ幼くなっていく。本心を曝け出していく。
「導いて、その先で何を成そうと思ったの?」
『私には何もやりたいことなんてなかったわ。でも期待に応えたかったの!! 父上が言っていたのよ。お前は賢いな。お前のその頭脳と優しさが必ず王国のためになるってね。結局あの人も私のことをぜーんぜんわかってなかったし、色々やってみたけどダメだったわ」
鏡の中のラナーが幼いながらも邪悪に笑う。
『私を理解しない人たちが酷い目にあったら良いのに!! もし誰か悪い人が私に協力してくれたら、王国の人はきっとみーんな死んでしまうわ!!!』
ラナーは静かに震えていた。
パンドラズ・アクターの手が優しくラナーの肩に添えられている。
「……先生。私はやっぱりダメなの。小さい頃からこうして汚いことばかり考えている。どうやったらあの人たちが嫌な目に遭うだろうって。そんなこと考えても楽しく無いのに」
ーーーー嫌なものからは目を背けましょう。
意外な言葉にラナーは目をぱちくりとさせた。
「貴女が全てを背負う必要は無いのです。確かに貴女は優秀です。貴女の伸ばす手はどこまでも届くかもしれません。でも、貴女が手を伸ばしたい相手は近くにいるはずです」
その言葉はゆっくりとラナーの胸に染みていった。その様子を見届けたパンドラズ・アクターは、再び鏡の裏に立つ。
「さあ、ラナーさん。貴女が本当に聞きたいことは何ですか?」
「……私に大事なものは、ある?」
その質問は初めて不安そうだった。鏡の中のラナーはぱっと顔を輝かせ、大きな声で言った。
『あるわ! クライム! あの子の前でだけは私は人間でいられるの! 私はあの子と一緒にいられるなら何をしても良いわ。クライムになら何をされたって良いの』
「……ありましたね。ラナーさんの大事なもの」
再びラナーの身体は震えていた。しかしそれは先ほどまでとは全く違う意味を持っていた。
「しかし急いではいけませんよ。まだ貴女とクライムくんは幼い。少しずつお互いのことを理解しましょう」
パンドラズ・アクターの優しい手がラナーの背を撫でる。慈しむように。励ますように。ゆっくりと撫でた。
「大丈夫です。貴女のクライムくんは待ってくれます。まずは、クライムくんを喜ばせる方法を一緒に考えませんか?」
彼は心を込めて手紙を書いてくれたそうですね。お返事はしましたか? 感謝の気持ちをそのまま書けば良いのですよ。
彼は貴女を守るために日夜特訓をしているそうですね。手の豆を保護する道具を手作りしてみては? きっと肌身離さず持ってくれますよ。
難しく考えなくていいのです。
貴女ができることを、貴女がしたい人にしてあげる。それで貴女の世界は今よりずっと美しくなります。
優秀な者はそれにふさわしい行動をしなくてはならないという考えに囚われていませんか? 繰り返しますが、確かに貴女は優秀です。でも、別に貴女がそれをしたい訳ではないのならしなくていいのです。
貴女は何をしても良い。何もしなくても良い。なぜなら貴女は生きていて、それだけで幸せを感じてくれる人がいるのだから。
そして貴女が大事にしたいものを大事にしなさい。
それできっと、全て上手くいく。
パンドラズ・アクターの言葉の一つ一つがラナーの心を溶かしていった。
黄金の姫の瞳から透明な涙が流れた。それは初めてのことだった。
ラナーはひとしきり涙を流したあと、ゆっくりと微笑んだ。それは誰もが見惚れるような笑顔だった。
「ありがとう。先生」
「良いんですよ。迷える子供を導くことが私たち大人の使命ですから」
「ふふ、おかしいわ。きっと先生だって生まれたばかりなのでしょう? 私にはわかるもの。でも、素敵ね。生まれたばかりの先生が今、私を新しく生まれ変わらせてくれたの」
ラナーの笑顔は輝いていた。それはまさに黄金。世を照らす光だった。
パンドラズ・アクターは満足げに頷いていた。
「ねえ、先生。貴方の大事なものはなに?」
「私の大事なものはですね……自慢の両親と過ごす日常ですね」
「まあ、それはとっても素敵だわ。ねえ先生。私の大事なものを聞いて?」
「はい、先生はいつでも貴女の話を聞きますよ。ラナーさん、貴女の大事なものはなんですか?」
「ありがとう。私の大事なものはねーーーー」
ーーーークライムの笑顔。私に向けてくれるとっても綺麗な笑顔が大好き!!
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戦後のひととき。クレマンティーヌ生き生きとする、の巻
竜王国にて。
ビーストマングレートリーダーとの戦いから一夜明けて。
各地に蔓延っていたビーストマンたちは姿は煙のように掻き消え、一部命令に従わなかったビーストマンもいたがそれも殲滅された。
ビーストマンリーダーの多数殺害および夜半の警戒任務等の戦功労者であるクレマンティーヌは褒美として浴びるように酒を飲んだが、翌朝にはケロッとしていた。どうやら酒に滅法強いらしい。
「流石あの法国出身だな。お前のこと見直したよ、クレマンティーヌ。私の名前は萃香って言うんだ」
「あ、その……ハイ。アリガトウゴザイマス、スイカサマ」
「なんでカタコトなんだよ。酒が足りないからか? おら、飲め飲め!」
「いや、これアルハラ……もういいかぁ。どーにでもなれよ……す、す……萃香ちゃん!! いただきます!!!」
「おお! いい飲みっぷりじゃないか!!! そらそらどんどん飲め!!!」
「オラオラァ!! クレマンティーヌ様の英雄の領域に踏み込んだ肝臓の強さ舐めんなァ!!!」
盛り上がる二人を少し遠巻きに見る鈴木悟は、少し呆れたように呟く。
「うわー……嫌な気に入られ方されちゃったなぁクレマンティーヌさん。まあ何か吹っ切れた感じで楽しそうだからいいか」
そんな鬼二人と人間一人のやり取りも、周囲に元気を与えていたとか何とか。
そのまま竜王国は緩やかに回復に向かっていく。失ったものは多かったが、民たちの瞳には希望があった。
心からの笑顔を取り戻した女王陛下。英雄としてさらに煌めきを増した冒険者セラブレイト。酒癖こそ悪いが、親しみやすい角付きの鬼の少女たちが見守ってくれている。
何よりもビーストマンたちの恐ろしい雄叫びに怯えずに朝を迎えられることを喜び、竜王国の人々は今日もまた各々の仕事に出掛けて行くのであった。
ビーストマン撤退から一週間後の夜。誰もいない城の屋上にて。
「おう、悟。何回思い出しても良い戦いだったなぁ。いやぁ、私もああいうヒリヒリした戦いがまたしてみたくなったぞ」
まあ、そんなことができる奴はいないがな。
そうやって豪快に笑う萃香の横へ、鈴木悟も微笑みながら座った。
「そうですね。俺もすごく楽しかったです。鬼の部分なのかな……人を喰う化け物に対して物凄くシンパシーを感じました。今でも目の前で人が食べられそうになってたら嫌な気持ちになりますけど……不思議だなぁ」
元来の人間性の変質と新たな価値観の獲得。少し寂しいような嬉しいような不思議な気持ちだった。
「ま、そういうもんだ。私だって馬鹿が何かやってても目の前じゃなきゃ気にならん。逆に誰だろうが私の目の前で鬼を馬鹿にしやがったら目にもの見せてやる、となるもんだ。あんまり気にすんなよ」
「ありがとうございます、萃香さん。それで酒は見つかりましたか?」
「おお、そうだそうだ。ドラウディロンが倉庫に秘蔵の酒があるって言うんで貰ってきた。前飲んだやつも美味かったが、なんでもコイツは曽祖父の時代からあるしくてなぁ。竜王の酒ってやつか? 鬼の酒には及ばんだろうが中々楽しみだ」
さあ、やろう。
そうやって笑う萃香の笑顔に悟は少しの間見惚れた。
「萃香さん。俺は戦いも好きですし、人間の命の煌めきも好きです。でもやっぱり……俺は萃香さんの笑顔が一番好きですよ」
「なんだ、急に。私もお前の顔好きだぞ。身体もなんなら好みだし、戦い方も好きだ」
「あ、ありがとうございます。いやぁ、なんか照れますね」
「お前が先に言ったんじゃないか。おら、早く座れ。飲もうぜ」
二人の夜は更けていった。
竜王国は平和になり、やがて二人の鬼と一人の金髪の女は引き上げていった。
見送りの際は、竜王国女王から一般の民まで全ての者が、英雄たちの後ろ姿が見えなくなるまで手を振り続けたという。
ラナーはネウロのシックスとかとは違って"生まれながらの悪"では無さげなんですよね。周囲の悪意に当てられて鏡のように悪意を返していたという認識です。
幸せの青い鳥的な。誰かを不幸にしても自分が幸福になるわけじゃないよ的な。そんな綺麗事ですが、拙作ではせめて彼女に真っ当に救われて欲しかったのです。
クライムくんとの婚姻もうまくいくでしょう。ジルクニフが協力(強制)しますし。やっぱり頼りになるイケメンってイイね。
クレマンティーヌは吹っ切れたので萃香の飲み友達に加入しました。パンドラズアクターのハーレム候補です(適当)
次回、聖王国編になりますがしばらく間を空けます。竜王国編で少し疲れたのと、聖王国でイイ感じのネタが思い付いたのですがもうちょい推敲したいのです。
というわけで不定期更新になりますが、またよろしくお願いします。
感想とか評価とかUA数とか励みになります。本当にありがとね。
では。