あっさり読めます。
一歩間違えればこうなりますよルート。
※本編『破滅の竜王死す』及び『蒼の薔薇の小さな春』の後、さらにしばらく時間が経った後のIFルートです。そちらまで読んでからこの話を読むことを推奨します。
きっかけは些細なことだった。
『半人半鬼』鈴木悟は死んだ。
下手人はその場で消滅。それ以外の計画に携わった者は全員萃香が殺した。
パンドラズアクター、ジルクニフ、その他大勢が鈴木悟の死を悲しんだ。葬儀に訪れる者たちに種族の隔たりは無く、鈴木悟が多くの者に愛されたことが伝わった。
葬儀の後、何も入っていない墓の前で黒の喪服を着ている萃香の元へパンドラズアクターがやってくる。
「萃香殿……」
「パンドラズアクター。お前はすごいよ。最初はただの人形だったのに……今じゃ家庭まで持ってさ。悟の背中はまだ超えちゃあいないが、アイツも喜んでいるだろうぜ」
萃香のいつも通りの声に、パンドラズアクターは哀れに思った。
自らも敬愛する父上を亡くし心を痛めているが、目の前の鬼の少女はそれ以上に傷を負っているはずだ。
「私さ、魂くらいならこの手で掴めるんだ。でも悟のはダメだった。わーるどあいてむってやつはすごいんだな」
萃香の小さい手が伸ばされ、何かを掴むような仕草をする。そこには何も握られていない。
世界級アイテム『ロンギヌス』で完膚なきまでに破壊された鈴木悟の魂は戻って来なかった。本来ならば鈴木悟の胸に紅く輝く世界級アイテムの守りでロンギヌスは効果を発揮することは無い筈だった。
卑劣な罠にかかり、その日鈴木悟は装備していなかった。そしてその瞬間を狙われた。それだけだった。
「パンドラズアクター」
「はい」
「私は、ダメだ。わかっちゃあいるんだ。悟はそんなことを望まない。"ここ"で生きている人たちの意志を踏み躙るなって。俺のことなんか忘れて前を向けって。アイツはそう言う。私にだってこっちで仲良くなった奴らもいる。だが……だが!!!!」
感情の爆発的な発露。伊吹萃香は怒っていた。
「許せるか!? 断じて許せない!!!! 私の伴侶は殺された!! 誰でもない、この世界のクソみたいな運命に……!」
この時ばかりはパンドラズアクターは父上から賜った能力を恨んだ。
分かり過ぎてしまうのだ。萃香の怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになったその感情が、読心のスキルで嫌というほどに。
そして次に萃香が言おうとしていることすらも。パンドラズアクターはそれを止めることはできなかった。
「すまん、パンドラズアクター。私は……私はこんなクソみたいな世界は要らない。壊すぞ。全部」
「……」
「……私は大陸を東から攻める。残りの時間の過ごし方、考えとけ」
萃香の姿は掻き消えた。鈴木悟の墓の前にはパンドラズアクターが一人残された。
本当に大陸の東から来るのだろう。世の全てを恨む悪鬼が全てを殺し、全てを均して。
「どうしたら……良いのでしょうね……」
パンドラズアクターには分からなかった。
父上から与えられし優秀な頭脳も、この世界で育てた情緒も。答えてはくれなかった。
1ヶ月後
かつてスレイン法国という名の国があった場所でこの世界の強者が集合していた。
人間の勇者、ゴブリン王、ナイトリッチ、エルフのハーフ、その他様々な種族。そして竜王。もはや喪われてしまった種族を除き、全てがここに懸けていた。
「あの小娘……ワシとの約束を破りおって。一発殴ってやらねば」
「ワタクシも彼女に奪われた角の借りを返していません。捕まえて隠し場所を吐かせてみせましょう」
口々に文句を言う彼らは、しかし鬼に対して親しみを持っていた。
鬼は確かにこの世界の者たちに愛されていたのだ。それはかつての鈴木悟と同じように。
「萃香さま……私が必ず止めてみせます」
「本来ならばキミの存在は協定違反なんだが……そうも言ってられない。倒すぞ。伊吹萃香を」
ウォーサイスを担いだ女と、白金の竜王が短く言葉を交わす。そして眼前に巨大な何かが現れ、見張りがすぐに合図を出した。
「来たぞ! 巨大化している!! 皆、放て!!!」
魔法やスキル、矢や大砲が一斉に発射される。衝撃と爆炎を撒き散らすそれは、しかし有効打を与えているとは考えにくい。
「小さいのも来るぞ!! 数は……計測不能!! 少なくとも10万!!!」
「こんなの……どうすりゃ良いんだよ!!!」
「知るか!! 撃て!! 撃つしかないんだ!!!」
ここに集まるは間違いなく世界を相手取ることのできる強者たち。しかしそれでも大海嘯を止めることはできない。悪鬼の怒りは世界を壊し尽くすまで止まらない。
「やむを得ない……吹き飛ばすぞ!! ワイルド・マジック!!」
白金の竜王が己の魂さえ削って秘奥を放つ。瞬間、音が消えーーーー大爆発が起こった。
あまりの威力に大気が鳴動する。もくもくと上がる雲はキノコのようであった。
無数に存在した分身はこれで消し飛ばせたはず。そう思った瞬間、白金の竜王の腹部に強い衝撃が走った。
「ツアー、お前。弱くなったんじゃないか? ずいぶん腹が柔らかいぞ」
「ぐっ……そういうキミこそ、魂が削れているぞ。馬鹿みたいに分身を出し過ぎたな。無理せず休んだらどうだい?」
萃香の小さい拳がツアーの腹を貫いている。ツアーは火炎を吐き出し萃香から強引に距離を取った。
長い時を超え、再び対峙した二人は互いに互いを睨み付けていた。
ツアーの脳裏にある光景が蘇る。
『ツアーさん。俺がもし……もし死んだら。萃香さんのこと頼みますね』
『なぜ僕に頼むんだか……ま、いいよ。腹に風穴空けてでも止めてやるさ』
『ははは……なんかツアーさん、鬼みたいなこと言うようになりましたね』
『嫌だなぁ……鬼はキミたち二人で十分だよ』
白金の竜王は血反吐を吐きながら絶叫した。
「伊吹萃香……キミは、キミは間違っている!!! 僕が止める!!!」
「止めてみせろ!!! この世界の調停者、ツァインドルクス=ヴァイシオン!!!」
鬼もまた絶叫した。
目からは血の涙を流し、自慢だった角も片方折れている。それでも止まらない。いや、止まれないのだ。
強者たちの死力を尽くした戦いは三日三晩続いた。
とある大陸の西端にて。ボロボロになった一人の少女が立っていた。
「これで……全部終わりだ。本気で全部、全部壊した……はぁ、疲れた」
何もない荒野にぺたんと座り込んだ。その身体はひび割れている。限界を超えた能力の行使。そして度重なる強者との戦闘を経て、萃香の身体はもう限界だった。
「ごめんな、悟。お前の大事だったもの……全部壊しちまった。謝るからさ、また……一緒に酒飲もうぜ」
ーーーー仕方ないですね。萃香さんは俺がいないとダメなんですから。
萃香の耳には確かにその声が聞こえた。
透明な涙が一筋頬を流れた。そのまま地面に倒れ込み、風と共に静かに身体が散っていった。
その後、転移してこの大陸に訪れた者たちは驚くこととなる。
草も木も、山すら無く。生物の気配のしない荒野が延々と続くこの死した大陸の姿に。
鬼を危険視したツアーは間違っちゃいないよっていうアンサー
やっぱ鬼って世界の安寧を乱すわ。今のうちに追放しとかない?(強すぎてできない)