鬼は自分のやりたいことしかしない
リ・エスティーゼ王国 城塞都市エ・ランテル
物流の要であり、街の関所付近では朝早くから人も物も忙しく行き交っている。
とある店の女主人は店を開ける準備をしていた。
看板を出したところで、小さな少女が通りを歩いているのが見えた。
「あら、おはよう。朝から一人でお散歩かい? 気を付けなよー」
頭から角を生やしていたり、変な腕輪を着けていたりと妙な格好をした少女だったが、どうせ小さい子供特有の冒険者やモンスターへの憧れか何かだろうとあまり気にしなかった。
声を掛けられた少女は物珍しそうにこちらを見ながら近付いてくる。
「ああ、おはよう。朝から忙しそうだな」
「そうさねぇ。今日も商売繁盛だと良いね。お嬢ちゃんはお休みかい? 良いねぇ」
「いやいや、これでもやることやってるんだ。そうだ、えーっと……『どんなあいてむでも使えるたれんと』っていうのを持ってる人間を知らないか?」
「『どんなアイテムでも』ねぇ……ああ、ンフィーレア君かな。この辺じゃ有名だよ。バレアレ商店ってとこでお婆さんとお店やってるはずさ」
「おお、ありがとう。じゃあ私は行くよ」
「あら、もうかい。おばさんの話に付き合ってはくれないのかい?」
「はは、準備があるんだろう? それに私に比べたらアンタはまだまだ若い」
「なんだい。世辞は上手じゃないか。ほら、これ持って行きな!」
ポケットに入れていた小袋を投げ渡すと、少女は受け取ってしげしげと眺める。
「菓子だ。本当はアタシが後で食べようと思っていたんだけどね。アンタは可愛いから特別だ」
「ありがとな。じゃ、今度こそ私は行く」
がんばれよー、と間伸びした声で別れの挨拶をしながら少女は去っていった。
「……変な子だけど、しっかりしてたねぇ。さて! 準備準備!」
余談だが、このお店はここから3日ほど大いに繁盛したという。
訪れる客は皆一様に『何故かはわからないがこの店に来ないと行けない気がした』とよく分からない理由を話したが、店が儲かって女主人はホクホクであった。
「しまったな……看板の文字が読めん」
手掛かりこそバッチリ手に入れたが、肝心の場所がわからなかった。萃香は路地裏に入り、仕方なしに能力を発動する。
萃香の体が徐々に透き通っていき、人の形をした霧状になる。それがさらに薄まっていき肉眼では判別できないほど薄まったところで一気に範囲を広げた。
薄い霧となり街どころか王都まで覆い尽くした萃香は耳を澄ませる。
『いらっしゃい!! 今日は安いよ!!』
違う。
『母ちゃん! 俺冒険者になりたい!』
『何言ってんだいこの子は!! 早く支度しな!!
違う。
『ーーーー悪いわね、ラナー』
『良いの、ラキュース。貴女は私のかけがえの無い友人だもの』
「ちっ……こんなに胸糞悪い声は初めてだ」
声の主の元へ集中し、うっすらと目を開けてみれば立派な城の窓を介して金髪の女が見える。ツラは良い。だがその口から出る言葉の何と欺瞞に満ちたことか。
せっかく美味い菓子をもらって良い気分だったというのに。だが今の目的はそこではないため、萃香は引き続き耳を澄ませ続けた。
次。次。次ーーーー
『ンフィーレア君、おはよう。今日も早いねぇ。ちゃんと寝てるのかい?」
『おはようございます。あんまり寝てないですね……研究が捗ってしまって、つい』
「見つけた」
萃香は声の主の元へ意識を集中させる。通りにある店の前で、壮年の男性と金髪の少年が会話していた。
女主人の口ぶりからかなり若い人間だと思っていたが、それよりも随分若い。そのまま萃香は金髪の少年の上に霧のまま漂っている。
「さてさて、寝ぐらはどこかな?」
男性と別れた少年は真っ直ぐに通りを歩いて行き、やがて一つの店に入って行った。
萃香は霧化を解除し、店の前に降り立つ。街の入口付近とは違い、まだまだ人通りが少なかったこともあって誰にも見られることは無かった。
「ふーん。これで『ばれあれ商店』って読むのか。読めねーけど覚えた」
呟きながら店の扉を開く。カランカランと音が鳴り、そのままずんずんと中に入って店内を見渡す。誰もいない。
「あっ! すみませんお客様。まだ開けてないんですよ! でももう少しで準備できるので良かったらそのまま待っててください」
店の奥から少年の声とバタバタとした音が聞こえる。
少し待つと目が隠れるほどの長さの金髪の少年が出てきた。
「お待たせしました! バレアレ商店へようこそ! ってあれ? 帰っちゃったかな」
「私はここにいるよ。棚を少し見せてもらってた」
「あ、すみません。どうぞそのままごゆっくり見られてください」
「ん、そうする」
少女は陳列された商品に興味があるようで棚の前を移動しながらふんふんと頷いている。ンフィーレアから顔は見えなかったが、背丈や声のトーンから判断するとどう考えても子供だった。
「(見た目だけだと小さい冒険者の方もいらっしゃるし……)あの、冒険者の方ですか? 回復ポーションならあちらにあります」
「お、ありがとう。なんかいっぱいあるけど全部同じなのか?」
「効果は薄いですけど値段の安いポーションが左で、バッチリ効くけど高いのが右ですね」
「ふーん……やっぱりこれが無いとすぐ死ぬのか?」
「え、あの……そうですね。やっぱりポーションを節約する方は……その、帰って来られない方が多いですね」
「だよなぁ。なあ、右のやつ1つくれ」
「あ、わかりました。魔法製なので劣化はしにくいですけど、あまり長い間しまっておくのは良くないのでそこだけ気を付けてください」
「おお、わざわざありがとよ」
ンフィーレアが梱包の準備をしていると、少女が真横に来ていた。
「ンフィーレア」
「はい……あ、あれ? お客様初めてですよね。僕の名前……ご存じでしたか」
「いや、今初めて知ったよ。一つ聞いて良いかい?」
「は、はい。どうぞ」
「"どんなあいてむでも使えるたれんと"を持っているってのは本当かい?」
「……はい、確かに僕はそのタレントを持っています。でも、大したことは無いですよ。冒険者の方は結構アイテムを持って来られますけど……皆さん大体は期待外れって感じで帰られます」
「ふーん。お、できたな。じゃあそれ貰って行くわ」
釣りは要らないよー、と間伸びした声で別れの挨拶をしながら少女は店を出て行った。
「変な子だったな……あ、お金数えなきゃ! 全部金貨で……20枚!? 流石に貰い過ぎだよね……? あの!! あ、もういない……」
しばらく通りを眺めていたンフィーレアだったが、諦めて店の中に戻って行った。
再び霧となって街の上空を漂う萃香は考えていた。
「いたなぁ、たれんと持ちってやつ」
萃香は嘘が分かる。金髪の少年は間違いなく『自分はそのタレントを持っている』と本心で思っていた。
「さーてどうしようかねぇ……悪い奴じゃ無かったしなぁ。金は好きそうじゃなかったし」
宣言通り、タレント持ちが嫌な奴だった場合はボコボコにして拉致するつもりだったがそうはいかないようだ。
むしろ好ましいくらい真っ直ぐな人間であり、萃香は扱いに困っていた。
そもそもパンドラズ・アクターに任せておけば大体は上手くいっただろうが、気の短い鬼に『2週間何もするな』は苦行であり、萃香は嫌なことを我慢するような性分では無かった。
「パンドラズアクターに投げちまうか? でもあいつ忙しそうだしな……しょうがない、ひと肌脱いでやるか!」
萃香はンフィーレアの監視を始めた。が、すぐに飽きた。
「こいつ……若いのに一日中店にこもって薬売ってるか作ってるばっかじゃねーか。趣味は無いのか? 女とかいないのか?」
言いながら気付いた。もしこの枯れ木のような少年に想い人がいるのであれば、そいつと結んでやろう。それを対価に"たれんと"とやらを貰う。完璧である。
「さて、女と言えば……文だろ」
萃香は能力を発動した。
『想い人に手紙を出したくなる』
その日エ・ランテルや王都を含め、リ・エスティーゼ王国では空前の恋文ブームが巻き起こった。人々は理由はわからないが『恋人や好きな人に手紙を出したい』という思いに駆られ、手紙を買いに走った。
当然ンフィーレアも想い人に対して文を出し、萃香は待ってましたと言わんばかりにその手紙を追いかけた。
こっそり手紙を盗んで萃香自身が届けてやれば早かったが、やはり文字が読めず、地名も全くわからなかったため断念した。
ンフィーレアの想い人の住む場所はハッキリ言って田舎だったため定期的な手紙の配送の機会は無かったが、幸運なことにたまたま村に物資を運ぶ配達員がいたためンフィーレアの手紙は僅か4日で届けられた。
配達員は後に語る。
『長年この仕事をやっていますが、あの時ほど不気味な旅路はありませんでした。何せ、街道沿いには不自然なほど獣やモンスターの気配が無く、夜営の際も虫の声すら聞こえませんでした。何か良からぬものを運んでいるのかと思いましたが……結局何も無かったですね』
真相は、手紙が獣に破られて台無しになってしまうことを嫌った萃香が鬼のプレッシャーを馬車の半径5メートル外に放ちまくっていた結果だった。
そうしてとある姉妹の住む家に文が届くのを見届けた萃香はニヤリと笑った。
「間違いなくあの娘っ子たちのどっちかだな……小さい方か? いや流石にそれはねーかな」
ンフィーレアは危うくロリコン判定されるところであった。
そして丁度よく姉妹の大きい方が村を出た。どうやら森の方に向かうようなので萃香はこれ幸いと後ろについて行った。
その日、エンリ・エモットは薬草摘みに出ていた。森には危険が多いがここでしか採れない薬草もある。
注意深く周りを警戒しながら薬草を摘んでいると、いきなり声を掛けられた。
「なあなあ。ンフィーレアって知ってるかい?」
「きゃっ!! あら……こんなところに女の子がいるなんて。どうしたの? 危ないからこっちに来て。お姉さんと一緒に居ようね」
つい妹にするように声を掛けてしまったが、よく見ると少女は奇妙な格好をしていた。冒険者かな? と思ったがそれにしては小さ過ぎる。身長は妹よりは大きいが、エンリの胸くらいまでしか無い。
「まあまあ、良いから答えなよ。ンフィーレアって男を知ってるかい?」
ちょっと強引な態度に引っかかったが、まだ小さな妹はもっとワガママだし小さい子はこんなものか、とエンリは自分を納得させた。
「ええ、ンフィーレアは私の友達よ。街で薬師をやっているけど……知り合いなの?」
「そうだな。店に行って薬も買ったし、知り合いだ。それよりさ、あんたあいつと番いになってやれよ」
「つ、つがい……? 最近の子って随分ませてるんだ……も、もう! ンフィーレアはそりゃかっこ悪くはないけどそういうのじゃありません!」
顔を真っ赤にしたエンリを見て、小さな少女は納得したように頷いた。
「こりゃあ当たりだ。なあ、手紙が届いただろう? 早く返事書いてやってくれよ」
「え? 届いたけど……あなた、何者?」
流石に気味が悪かった。警戒していつでも走り出せるように身構えようとした時に、少女の小さな手がその行動を静止した。
「なあ。この村は鎧を着て踊る祭りがあるのか? それも結構大きなやつ」
「え……な、ないけど」
いきなり雰囲気の変わった少女に少し怯えるエンリ。それを無視して小さな少女は呟いた。
「血の匂いがするな……しょうがないねぇ。乗り掛かった船だ。嬢ちゃん! ついてきな!! 守ってやるよ」
「は、はい……」
ただの村娘は鬼の迫力に頷くしかなく黙ってずんずんと進む背中を見ながら歩いて行った。
村は襲われていた。
エンリは今すぐ駆け出して家族の元へ行きたかったが、それは許されなかった。何よりも前を進む小さな少女が恐ろしかった。
「鎧を着た人が空を飛ぶって……あなた、一体なんなの?」
「鬼」
一言だけ答えた少女が再び拳を振るう。金属のひしゃげる音と共に人の姿が消え、少しして嫌な音と共に落下した。
エンリはなるべくそちらを見ないようにしながら家族の無事を祈っていた。鬼と少女は村の中心部に到達し、そこに沢山の村人が集められているのを見た。
「とりあえず1番人がいるとこに来たぞ。おい!! そこのジジイ!! 一応聞いとくが……そいつらは知り合いか!!」
「い、いいえ! 敵です!! 帝国の兵士です!! お嬢さん! エンリ! 逃げなさい!!」
老人を黙らせるために剣を振りかぶった兵士が、大きな音と共に消えてーーーーぐしゃり、と嫌な響きの音が続いた。
先ほどまで遠くにいた少女がそれをやったと気が付いた時、鎧の兵士たちは一歩後ずさった。
「逃げても無駄だ。鬼がいる場所から人間が逃げられるとは思うなよ?」
それは兵士たちへの死刑宣告だった。
ネムは生きてるよ
原作モモンガ:3日で帝国を属国化
パンドラズアクター:2週間で出来るだけ影響範囲少なめで決める(予定)
萃香:1日で王国の経済を活性化させる←NEW!!
※なんかラナーが城塞都市にいることになってたことに気がついたので書き直しました。萃香の能力がパワーUPしましたが……ま、鬼だしどんだけ盛ってもええやろ!