※某英雄王と関係はありません
その日、バハルス帝国の皇城には異例の数の帝国騎士が集められていた。
時期から察するに例年通りの王国との戦争の決起集会であることは確かだが、それであれば各軍の将軍及び地位の高い者が集められ、その後将軍から各軍に内容が伝えられるという形になるはずだ。
しかし皇城の中庭には鮨詰めになるほどの人間が集められている。
防衛のためにどうしても出席できなかったものを除き、第一軍から第八軍までの将軍以下身分の高い者は全て召集され、その他の騎士たちも可能な限り集められていた。
今までとは何か違う。その場の騎士たちは皆一様に緊張しており、皇帝の登場を今か今かと待っていた。
<<転移門>>
突如、中庭の中央に漆黒の円が現れる。動揺する騎士たちを他所に中から皇帝ジルクニフが優雅な足取りでその姿を現した。
「皇帝陛下に敬礼!!」
すぐさま第一軍の将軍が号令をかけ、騎士たちは一糸乱れぬ動きで見事な敬礼を見せる。この練度の高さが帝国が繁栄を謳歌している理由の一つである。
「よい。下げろ」
「全員、なおれ!!」
合図と共に騎士たちは直立する。支持率こそ抜群に高いジルクニフであるが、同時にその苛烈さもよく知られている。規律を乱せばどうなるか、騎士たちはその身をもってよく知っていた。
「今日はよく集まってくれた。お前たちの考える通り、近く我が帝国は王国との戦争を行う。しかし今回は例年のような小競り合いではない。正真正銘の戦争だ。国王の首を獲りにいくぞ」
おお……と感嘆の声が騎士たちから漏れる。ついにやってきたのだ。忌々しくも麻薬などを流してくるような王国を屈服させる時が。
騎士たちは来たる時に思いを馳せ、気力を十分にたぎらせた。
「しかし、鍛えられた我が軍であっても、数で勝る王国軍に正面からぶつかれば損害は必至。私はそんなことは望まない。諸君らは帝国の大事な民であり、そして力を持たぬ民たちを守る盾である」
ジルクニフの言葉に場の熱が高まる。皇帝への忠誠心の高まりは留まることを知らない。
「幸運なことに、そんな我らにある者たちが協力を申し出てくれた。我らが理念に共感し、力を貸してくれる。そしてそんな彼らは私の友でもある。今日はお前たちに我が友を紹介しよう」
なんと、皇帝にそのような友がいたとは。騎士たちは驚きながらも納得する。これほどに他国に名を轟かせている名君である。諸外国から優秀な者が集まってきても不思議ではない。
しかし、友とは。騎士たちは苛烈な皇帝の友の人物像に思いを馳せた。
巌のような逞しい男だろうか。いや、可憐な見た目をした魔法詠唱者かもしれない。先ほどの皇帝の登場の際に使われた見たこともない魔法もその女性によるものだろう。
そんな騎士たちの勝手な期待の目を受けて皇帝は笑った。そして高らかに宣言する。
「では登場いただこう。我が友に対し拍手を以て迎えよ!!」
<<転移門>>
再び開いた穴に対し、騎士たちは万雷の拍手で以て迎えた。そうして出てきた者たちは3人。鳴り止まぬ拍手は、しかし徐々にまばらになった。
一人は女。しかし角を生やした小柄な女だ。
一人はヒョロ長い男だ。しかしその顔はハニワのようであり、どう見ても人間ではない。
最後の一人が現れた時、騎士たちは完全に拍手を止めてしまった。
「……アンデッドだ……アンデッドがいるぞ!!!」
その叫びを起点に騎士たちの間に強い動揺が広がる。
王国領と帝国領に跨るカッツェ平野にはアンデッドが蔓延っている。そして定期的に間引きを行う帝国騎士たちはアンデッドを忌避している。
同僚を殺された者も多く、帝都にアンデッドの侵入を許した事実に、騎士たちの動揺は計り知れない。
剣を抜く者も現れる。皇帝の側近たる帝国四騎士もその武装を構えていつでも飛び出せる準備をし、やがてざわめきがピークに達する瞬間ーーーー
「静まれぇい!!!!」
大魔道士フールーダ・パラダインの大喝で広場の時が止まったように静寂に包まれた。
「皇帝陛下の御前である。無用な騒ぎは控えろ」
先程とは打って変わって小さな声だったが、力の込められたそれは騎士たちの腹にずしんと響いた。
皇帝が話しだす。強い決意と意志を持った目をしていた。
「確かに悟殿はアンデッドだ。だが彼には理性があり、人という種への理解がある。その証拠に私は彼と酒を酌み交わし、寝食を共にした」
ひぇ、という悲鳴が聞こえる。
アンデッドと同じ部屋に? 皇帝陛下はついにご乱心になったかと、ほぼ全ての騎士たちの脳裏にその考えがよぎった。
だが目の前の皇帝の瞳には未だかつてないほどの力が溢れており、中でも日頃から皇帝に親しい態度を取る帝国四騎士の一人、雷光のバジウッドは『もしかして本当に良いアンデッドなのかも』とも思った。
「俺は……信じるぜ。ジルクニフの旦那。アンタのそんなキラキラした目を見るのは初めてだ」
力ある四騎士の言葉を受け、騎士たちは改めてアンデッドの姿を見た。眼窩には赤い光が浮かび、今にもケタケタと動き出しそうな骸骨の顔は恐ろしい。
だが、しかし。この場の全ての人間の視線を一身に浴びて少し居心地悪そうにしているその姿は確かに人間的であった。
何よりもこれだけ多くの数の生者が目の前にいるにも拘らず、そのアンデッドは何もしていなかった。
生者を見れば殺意を顕にするのがアンデッドの特性であるというのに、それはまさしく目の前のアンデッドが異質であることの証明だった。
「本当に皇帝陛下のおっしゃる通りか……?」
「いやしかし、高度に知能の発達したアンデッドが演技をしているのかもしれん。精神を支配する類の魔法を使う者もいると聞いたことが……」
騎士たちの反応が半信半疑となったあたりでジルクニフが畳み掛けた。
「我が友に刃を向けるということは、即ち皇帝たる私に刃を向けることと同義と知れ!!!」
その言葉の重さに騎士たちは口をつぐむ。
そんな騎士たちを尻目に、ジルクニフは鈴木悟に向けてすまなかったと目で謝る。当の本人は予想していた反応だったので多少傷付いたとはいえ、密かにグーサインを出すくらいの余裕はあった。
信じているのだ。骸骨の姿をした友は。この私のことを。ジルクニフは一層の気力を蓄えて騎士たちを見渡した。
「鈴木悟殿! 鬼の四天王殿! そしてパンドラズアクター殿! この3名を我が帝国の同盟相手とする!!」
静かになった帝国騎士たちの間で、再び疑問の声が沸き立つ。
恐怖はある程度抑えられたが困惑が広がっている。同盟ということはアレと共に戦うというのか。そして何と戦うというのか。王国民を皆殺しにでもするつもりか。
皇帝の威厳と人間を目の前にしても大人しいアンデッドという異様な光景のおかげで辛うじて場が保たれているが、このまま放置すれば逃げ出す者がいてもおかしくない。
ジルクニフは敢えてそれらを無視した。フールーダが言葉を引き継ぐ。それは有無を言わさぬ迫力に満ちた言葉であった。
「これからこの中庭にて演習を行う。皆のもの場所を開けよ」
10分後。入り切らなかった騎士たちは中庭が見える高所に移動した。十分なスペースが確保できたところで、鈴木悟は魔法を発動させる。
<<要塞創造>>
「おおおおおおおおおおおお!?」
騎士たちから驚愕の声が上がる。
皇城に勝るとも劣らない高さの塔を持つ荘厳な建物が突如中庭に出現した。それは漆黒の外壁に包まれ、見るものにその頑強さを伝えてくる。よく見れば細かい意匠まで凝っており、見事な建造物であった。
高所にいる者たちすら見上げるほどの建物の下で、アンデッドが旗を振る。
「私が案内します。皆さん、遠慮なく中に入って構いませんよ」
そう言われても中々一歩目が出ない騎士たちであったが、皇帝が率先して中に入ろうとするのを見て慌てて駆け出した。
帝国四騎士の内、雷光を除く3人は他の騎士たちの見張りも兼ねて外に残された。騎士たちも少しは慣れてきたようだが、まだ動揺は続いている。
そして一部、鈴木悟に向けて熱狂的な視線を向けている者もいた。
「これだけの魔法を使える魔法詠唱者……わたくしの顔の呪いも解けるかも……!」
帝国四騎士が一人、重爆は今すぐにでもあのアンデッドの元に直談判しに行きたかったが、皇帝から直々に『お前は外で待機』と言われてしまったために悔しそうにその場に立っていた。
一方中では鈴木悟によるガイドが始まっていた。
「この建物の全ては私の魔力で構成されていますが、触っても何かダメージを受けるということはありません。重さは見た目通りあるので足に落として怪我しないように注意してくださいね」
「ご丁寧に痛み入るぞ、悟殿。皆のもの、彼もこう言っていることだし遠慮はするな。ただし帝国騎士としての規範は守れ」
騎士たちは思い思いに行動した。一際大きな扉を開けて中の部屋の凄まじく高価な調度品に目を白黒させたり、テーブルに置いてある食器の精巧な細工に目を奪われたりした。
「しかし……想像以上だな」
即興で作ったにも拘らず、ジルクニフですら感嘆するほどの設備を備えている。改めて鈴木悟の持つ力の頼もしさを実感した。
その後も鈴木悟の丁寧なガイドは続き、その物腰の柔らかさもあって騎士たちの中には質問をする者も現れた。
「こ、これは本物の金なのか?」
「そうですよ。重いので気をつけてくださいね。あ、盗っちゃだめですよ。爆発しますからね」
「ば、爆発!?」
「嘘ですよ。でも本当に盗っちゃダメですからね」
二重の意味でビクビクしている騎士は純金の置物を手にし、その重さと精巧な作りに対し興奮して声を上げていた。
「ははは、アレは冗談なんだろうが……顔が怖すぎるぜ」
その様子を見て雷光のバジウッドが笑う。
部下たちはだいぶ打ち解けてきたようである。かくいう本人も見事な調度品とそれに比べてアンバランスな、まるで客を前にした商人のような物腰の柔らかさを持つアンデッドに対し好意的な思いを抱き始めていた。
一通り見終わったところで騎士たちを全員外に出し、パンドラズ・アクターの出番となった。
「皆様、少し離れてくださいますようお願いいたします」
ハニワ顔の男が手をかざすと、要塞の周りにガラスのような結界が張られた。ジルクニフは得心がいき、自らの部下の中で攻撃力に優れる者へと指示を出す。
「重爆。本気でやれ」
「わかりました……はぁっ!!!」
食らえば体がバラバラになるような一撃が叩き込まれたが、結界は微塵も揺らがなかった。その後も各騎士たちによる攻撃が許可され、思い思いに腕を振るったが結果は変わらなかった。
「素晴らしい盾だ。さすがは悟殿の息子といったところか」
「感謝いたします」
骸骨に息子が、という衝撃的なエピソードにまたも騎士たちは目を白黒させたが、その後父親に成果を報告する微笑ましい息子の姿というほんわかした光景が見られたため、騎士たちの態度の軟化に一役買った。
「最後は私か。よーし、いっちょやるか」
ここまで来れば騎士たちにも流石にわかる。一見か弱いこの少女もとんでもない実力の持ち主なのだろうことを。
しかしそれがどういった形で実現されるのかは見当がつかなかった。こちらの少女も魔法を使うのだろうか。幼いが顔立ちは整っているし、やはり可憐な魔法詠唱者は実在するーーーー?
グルグルと肩を回す萃香は、一足に結界の頂点まで飛び上がった。その身体能力に騎士たちが驚く間も無く、萃香はその腕を振り下ろした。
「せーの……どっせい!!」
爆発音と共に一瞬で結界ごと中の要塞が粉砕された。
瓦割りじゃないんだから、と鈴木悟の呆れたような声が漏れる。
パンドラズ・アクターはこの破壊規模を予見していたため、すぐさま新しい結界を張り、衝撃波や破片が騎士たちに降り注ぐことを防いだ。
「……いやはや、実際に目で見ると違うものだな。なんと心強いことよ」
今や騎士たちは3人に対して当初のような嫌悪感を持っていない。恐れが強いが、それでも一目置かせることには成功していた。
ジルクニフはそれに満足したが、浮かれてばかりではいられなかった。これほどの戦力が自分に力を貸すという。対等でいよう、と言う。
つまり期待されているのだ。本気で人類を救済する指導者として。
そのプレッシャーを確かに感じながら、ジルクニフは前を向いた。
未だ興奮冷めやらぬ中、悟が拡声の魔法をかける。ジルクニフは頷く。
「聞け!! 帝国騎士たちよ!! 見た通り、我が帝国は非常に強力な3人と同盟を結んだ!! だが勘違いをするな!!! この力は、我々の力はただ帝国のためにあるのではない!!」
浮かれていた騎士たちの表情が引き締まる。皇帝の言葉を一つ足りとも逃さぬように全身全霊で耳を傾けた。
「王国を見ろ!! 無能な王政と腐った貴族たちの蔓延るあの醜い国を!! だが、そのような国でも民草は懸命に生きている。明日を信じて生きている者たちがいる!!!」
ジルクニフは拳を振り上げた。その声は皇城に響き渡り、ジルクニフの考えを浸透させていく。
「救済を!! 王国から膿を出し切り、すべての民が笑って暮らせる国を作る!! 我々にはそれができる!! 否、我々にしかできないのだ!!!」
おおお、と声が上がり始める。騎士たちは興奮していた。皇帝の見せる夢に。その先の輝かしい未来に。
「私はこれより"人類王"を名乗る。これは一つの国だけではなく全ての国を統治し、すべての民を救済するという私の覚悟の表れである」
ごくり、と誰かの喉が鳴った。今我々は歴史の始まりを目撃している。人類の偉大なる指導者の誕生を目にしていると、実感した。
「人類王の名において宣言する。ひと月後、我々は王国へと進軍し国家を牛耳る無能どもを排除する。そして王国を併合し、新たな理想郷を作るのだ!!」
歓声が爆発した。
皇帝陛下、万歳。人類王、万歳。新しい国、万歳。
その声は皇城を出て帝都の街中まで響き続けた。
翌日、帝国から周辺諸国へ正式な文書にて通達された。
『王国へ宣戦布告を行う。人類王は帝国軍全軍および強大なる友の力を持ってしてこれを打ち破り、必ずや世界に安寧をもたらすだろう』
諸外国の反応は様々だったが、取り分け異様だったのはスレイン法国のものであった。
ーーーー法国は人類王に正当性があると判断する。そしてこの戦争には関与しない
簡潔なその書面に王国貴族たちは憤慨し、口汚く罵った。
王国を差し置いて"人類種すべての上に立つ者"などと名乗る不届き者を必ずや滅さんと、作物の収穫期にも拘らずこれまでで最大規模の徴兵を行い25万もの兵士の動員を可能にした。
対する帝国は宣言通り第一から第八軍の全軍をカッツェ平野に布陣。
帝都や各都市の最低限の治安維持要員を除いた全てだ。万一に備え後方に盟友の一人であるパンドラズ・アクターと大魔道士フールーダ・パラダインを残し、文字通り総力をもって王国を打ち破ろうとしていた。
王国軍と帝国軍はカッツェ平野にて睨み合っていたが、両者の士気には圧倒的な隔たりが存在した。
特に王国軍は指揮官クラスでさえ、帝国最高戦力のフールーダが戦場にいないことを聞くや"全面戦争とはやはり口だけ"で今年もあっけなく終わるのではないかと気を抜く者すらいた。
一部の勘の良い者は"強大なる友"がフールーダすら上回る可能性を危惧し、出兵する数を誤魔化して微妙に少なくし自らの私兵の被害を減らそうとしていた。
様々な思惑が渦巻く中、睨み合う両者の間に突如映像が映し出される。
「なんだぁ、あれ。魔法ってのはあんなこともできるのか?」
「あっ……俺の村だ!!」
「俺の村も見えるぞ……!」
映し出されたそれは王国の平和な光景だった。特に強制的に駆り出された王国軍の兵士たちにとっては喉から手が出るほど欲しい平和な景色だった。
視線が集中する中、それが変貌していく。
煌びやかな王城と通りが映ったと思えば、通りを外れればすぐに現れるスラム街を映し出す。富と貧。歪さの存在する王都をまざまざと見せつける。
続けて映し出されるのは貴族たちによる目も背けたくなるような悪行。嘲笑されながら拷問される男。泣いて許しを乞う女。それを容赦無く蹴り飛ばす身綺麗な者。抵抗虚しく殺される両親と連れ去られる娘子。
「おれたち……なんでこんなところにいるんだろうな」
「来なかったら殺されてたんだ。仕方ねえだろう。まあ、今から帝国に殺されるんだが……うわああああああ!!」
王国兵の中には耐え切れず叫び出す者もいる。
ただでさえ低かった王国兵の士気は最底辺に。
正義の炎に燃える帝国騎士の士気は鰻登りになった。
そしてトドメだ。
映像を消し、拡声の魔法を受けたジルクニフが叫ぶ。
「我らは決して許さぬ! 貴様らの極悪非道をこの世界の誰が許すものか!! 滅べよ王国!! そして民の怒りを知れ!!!」
途端、ジルクニフの側に控えていた闇色のローブを着た魔法詠唱者の背後に巨大な魔法陣が現れる。
耐えず形を変え、青白く発光する巨大な魔法陣に王国兵のみならず帝国兵すら目を奪われた。
王国兵はその綺麗な光景に純粋に目を奪われ、帝国兵はこれから行われる行為から目を逸らさないために注目した。
王国側で遠視のスキルや魔法を持つ幾人の者たちが鈴木悟の顔を見て「帝国の魔法詠唱者はアンデッドだ!!!」と叫んだが誰も気にしなかった。それほどに非現実的な光景だった。
そうして最後まで邪魔をするような者は現れず、鈴木悟の魔法は発動した。
「超位魔法、ザ・クリエイション!!」
目を開けていられないほどの光が迸った。
「……うあ、あ……? 何も起こらない……?」
光が収まり、目を開けた王国兵たちは自分達の体をペタペタと触って何も異常がないことを確認する。そして再び帝国軍の方向を見て、驚愕した。
「地面が……地面が無い!!!!」
カッツェ平野はその姿を劇的に変貌させていた。
王国軍の足元は彼らが立っていられるだけの面積を残し、他には巨大な溝が形成されていた。各隊それぞれは孤立し、溝の底は見えないほどに深かったため兵士たちが飛び越えで合流することは不可能であった。
そして気付く。自分達の陣の最奥、国王の座する場所まで一本の道が伸びていることに。そしてその陣の向こう側が果てしなく高い壁で囲まれていることに。
「逃げ場が無い……! アレと真正面から戦えと言うのか!!」
皮肉なことに帝国軍の真正面に王国国王は布陣していたため、騎士たちは真っ直ぐ進むだけでその陣地に辿り着くことができるようになっていた。
国王を含む王国軍の賢しい者たちは恐怖し、帝国軍はみな歓喜した。正義のために多大なる犠牲をやむなく覚悟していたが、これならば罪なき者たちの血を流さず、真っ直ぐに駆ければ良いだけだ。
総大将の指示こそまだ出ていないため動かないが、帝国騎士たちは全身に力をみなぎらせ、今か今かと突撃の瞬間を待っていた。
「こ、こりゃあ……むりだ」
神の御業を見た王国兵たちはその場にへたり込んだ。
そしてジルクニフは叫ぶ。鈴木悟への感謝を胸に、これからの人類の輝かしい未来を約束する希望を胸に。
「帝国全軍! 進軍せよ!! 孤立した王国兵には構うな!! すべては国王の元へ!!!」
そうしてこの戦争は国王の拿捕という形でつつがなく終結した。
一部気骨のある王国貴族の私兵が矢を射掛けるくらいでロクな抵抗は無く、唯一まともな足場の上で抵抗できた国王の親衛隊も質・量共に上回る帝国騎士団に対して手も足も出なかった。
結果、帝国は近年の戦争と比べて驚異的に少ない犠牲で最高の戦果を上げたのであった。今後は捕虜となった国王の身を人質に、王国を緩やかに切り取っていけばそれで終わりだ。
なお、カッツェ平野は鈴木悟のリキャスト後に再度超位魔法によって地形が再形成され、残された王国軍が撤退できるだけの道を作った。
王国の民兵たちは殺されなかったことに対し口々に感謝を述べながら自分達の村へ帰った。
王国貴族の多くは呆然としているところを拿捕され、確認された罪状の重い者はその場で処刑された。
3日後
ジルクニフは戦争の後始末に追われていた。
戦争は帝国の完勝で終わったこと。犠牲者の数は最小であったこと。今後は領土割譲について正式に対話を行い、最終的には王国を併合することを諸外国に通達した。
また、以下の書状をしたためて王国に送った。
・当主を失った王国貴族の領地の管理のため、跡取りは厳正な審査を受けた上で誠実な管理を求める。なお、審査基準は帝国のものに準拠すること。
・万一血縁に基準を満たす者がいなかった場合は王国直轄とした上で同様に管理すること。
・捕虜となった現国王であるランポッサⅢ世より『自分が病気等により死んだ場合は王位継承権第二位のザナックに王位を譲る』宣言があったこと
ジルクニフ以下文官は類い稀なる処理能力で即日それらを送ったが、王国からの返答はまだ来ていない。いつものことだが、しかし虐げられる民草を思えばあまり悠長にはしていられないと帝国側はやきもきした。
だが、国王捕縛から5日後。帝国に信じられない文が届く。
『前国王ランポッサⅢ世は此度の戦場にて戦死なされた。王国議会は新たな王としてバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフを指名し、既に戴冠式を済ませた』
「信じられない馬鹿どもだな。なぜこういう時だけ動きが早いんだ?」
ジルクニフは呆れ返ってしまった。王国貴族共は力の差を理解できていないのだろうか。王国に潜り込ませた諜報員からの内容はこうだ。
『第二王子は小間使いのように扱われ、第三王女は部屋に軟禁、事実上の幽閉』
帝国としては困ったことになった。
また鈴木悟の力を借りて今度は王城を芸術的なアートに変えた上で帝国軍の手で王侯貴族を皆殺しにしてやっても良いが、流石に相手も死に物狂いで抵抗してくるだろう。
王都には住民も多数存在している。今回のような奇跡的な勝利は望めない。しかし帝国騎士たちは半ばジルクニフとその友を神格化しており、必ずや無血開城を可能にすると信じている。
何か妙案が無いか議論が紛糾する中、萃香が立ち上がった。
「私に良い考えがある」
萃香のその声に、絶対にロクでもない考えだと誰もが思った。
翌日
「本当にこれで行くのか……老体には酷だが、しかし余の息子と余が野放しにした貴族たちのせいで世界が混乱している。致し方あるまいか」
ランポッサⅢ世は白銀の輝きを放つ巨大かつ無骨な玉座に腰掛けた状態で決心した。なお座面にはしっかりと柔らかいクッションが設置されているため、腰を痛めることは無い。
ちなみに玉座はどの方向から見ても王国語で『ランポッサⅢ世が乗っています』と読めるように特殊な細工がされている。
パンドラズ・アクターがデザインを考え、鈴木悟が魔法で創造し、萃香がそれを背負ってランポッサⅢ世の生存を王国民に宣伝しながら王都エ・ランテルまで運ぶ。
頭のネジが何本か外れていないと思い付かないが、意外にもジルクニフは肯定的だった。
「王国の民は以前から王政府に対し不満を燻らせていた。そして今回の戦争とその後の行動により、元よりゼロだった信頼は負の方向に振り切りもはや帝国併合を望む声すら公然と上がっている。その中でアレが目の前を通れば、石を投げるどころか両手を挙げて歓迎するさ」
かくして萃香は偉大なるマラソンに繰り出したが、開始数十秒でランポッサⅢ世があまりの乗り心地の悪さに嘔吐したため、急遽萃香が椅子ごと飛行して運ぶことになった。
また、体調管理役としてパンドラズ・アクターが選ばれた。細やかな気が利くこともそうだが、道中の萃香が変なことをしないように監視する役目も含まれている。
「じゃあ改めて……行ってらっしゃーい」
鈴木悟の声と共に背後から歓声が上がる。
その愛くるしいルックスと豪快なキャラクターから帝国騎士の一部から熱狂的な支持を受ける萃香は、無駄に声の大きい騎士たちの大きな声援を受けて飛行を開始した。
「さて、俺はあの男の人の世話でもするかな。そろそろ目を覚ますかもしれないし」
鈴木悟は、用があればすぐに呼び出してくれとジルクニフに頼み、隠れ家へと戻って行った。
2日後
リ・エスティーゼ王国 王都リ・エスティーゼ
王城にこもる新たなる国王バルブロは困惑していた。
父親たる国王が捕縛された後一目散に戦場から逃げ出し、這々の体で王城へと辿り着いたあとは外部との接触の一切を絶っていた。
しかし懇意にしていた五大貴族の内一つの当主から『ランポッサⅢ世は死んだことにして貴方が王位を引き継ぐ。後はこちらで全てうまく運んでおくから貴方は玉座に座っておけば良い』と言われ、突如転がり込んできた玉座に文字通り踏ん反り返っていた。
そこに信じられない一報が飛び込んできたのだ。
死亡したはずのランポッサⅢ世が巨大な玉座に乗ったまま王都に向かって一目散に飛んできている。
信じられなかった。その時は一蹴したが続々と各地から同様の報告が届くにつれて、本当に父親は死に、見殺しにされた恨みのあまり化けて出てきたのだろうかと思い始めた。
そして遂に、王城の前にそれはやってきた。バルブロは忌々しそうに王城のテラスから城下の玉座を見下ろしている。
「バルブロ……息子よ。もはや王国は、我が国は負けたのだ。お前が一目散に逃げる姿も見えた。見ろこの玉座を……帝国の協力者はこれをことも無げに作った。私を運んでくれた方の力もそうだ。勝てるわけがない。これ以上民の犠牲を無駄に増やすことも無い。私から皇帝にお前の助命を懇願する。だから投降するのだ」
「父上……おい。お前」
バルブロは白銀の玉座に座する父親から目を離さないようにしたまま、側に控えた者に話しかける。
「アレは亡霊だ。王国を売らんとする売国奴だ。殺さねばならん。矢を放て」
「し、しかし……国王陛下の父親ですよ!?」
「二度は言わん。矢を放てるものはお前以外にも居る」
「ああ、神よ……」
命令を受けた男は諦めて移動し、死角から矢をつがえる。音もなく放たれ、風切り音を上げてランポッサⅢ世に迫るソレはーーーー
クリスタルのような輝きを放つ剣によって打ち払われた。
ランポッサⅢ世にとって奇跡が起きていた。
「お、おお……ガゼフ・ストロノーフ。余は、余はお前が死んだものだと……!」
「遅れてしまい申し訳ありません。我が王よ。しかし安心なされよ。私は王の剣。これより何人足りとも王に手出しはさせません」
王家の宝物を全て装備し、力強い眼差しで自分を見つめるガゼフを見てランポッサⅢ世は静かに涙を流した。
その後、突撃するガゼフとその後ろを玉座を背負った状態で追う萃香は不自然なほど警備が手薄な王城を走破し、瞬く間に玉座の間へと到達。
後顧の憂いを断ったガゼフは、そのまま玉座にしがみつきながら醜く喚くバルブロの首を刎ね飛ばし、宣言した。
「リ・エスティーゼ王国国王はランポッサⅢ世の他にあらず!! 逆賊は王の剣によって葬られた!!!」
その後、王位は王都の住民の目の前で正式に第二王子のザナックへと引き継がれ、ザナックは即刻帝国との会談に応じた。
帝国と王国の長きに渡る戦は幕を閉じた。
八本指「戦後の混乱に乗じて帝国領まで勢力伸ばしたろ!」
パンドラズアクター「やあ」
バルブロ動かすの難しすぎるので1話で退場いただきました。早くシリアス終わらせてのんびりした3人書きてぇ。