リコリス錦木千束宅襲撃と、その失敗から三日。
俺は今、喫茶リコリコを訪れていた。
事の顛末は件の任務失敗からだ。
あの日、錦木千束に見逃されDAリリベル棟へと帰った俺は、司令に結果報告をした後、間も無く新たな任務が下された。
それは、
『錦木千束の暗殺』
その詳細としては、錦木千束に接触しその周囲で潜伏。時間をかけて錦木千束の警戒度を下げた後、別途指令が届き次第抹殺。という事らしい。
まあ何とも、タイミングの良い事だ。
俺としても、この身に課せられた使命の為、彼女の側にいる必要があった。
暗殺実行までの猶予がどのくらいかは分からないが、その時までに錦木千束の心臓が期限を迎えれば__、俺の使命は全うされる。
俺はDAに「現状での暗殺は不可。経過観察を続ける」とでも報告し続ければ、期限まで任務を引き伸ばせる可能性もある。
つまり、この任務は俺にとっても余りに都合がいい。
そう思考を纏めると、俺は早々と荷物を纏め、DAリリベル棟を去ったのだ。
「__で、名前は?」
「阿世比《あせび》 紫苑《しおん》です。リリベル階級ではファーストを務めていました。貴殿の噂はかねがね聞いております。お会い出来て光栄に思います」
まだオープン前で薄暗い店内。
カウンター席を跨いで対面しているのはミカという男性。
その昔、傭兵として数々の功績を上げ、その実力からDAの訓練教官として招集されたと聞く。
そんな彼がこの喫茶リコリコ支部の責任者をしていた。
「リリベルぅ? あんた性懲りもなく、というかこんな朝っぱらから堂々と。一体何しにきたのよ?」
カウンター席の端に腰掛けているのは中原ミズキという女性。
事前情報によると、元DAの情報員で、ここでは店員兼、本業のサポート役であるらしい。
俺は今、二人と相対して面談、いや、面接を受けている。
そうこれはアルバイトの採用面接なのだ。
「DAから連絡があった。今後、店にリリベルを寄越さない代わりに、こいつをここへ置いてくれとさ」
「何それぇ。じゃあ、ここで働くって事?」
「__宜しくお願いします。この現場では店長の命に従い、粉骨砕身の思いで働かせて頂きます」
やはり、今回の件に関してはDAを通じてリコリスとリリベル間で何やら取引が行われた様だ。
不満が滲む二人に対し、誠心誠意をもって頭を下げる。
「リリベルの目的は千束の命か?」
「はい」
「あら、随分正直に答えるじゃない」
リリベルという組織としての目的を尋ねられた為、それを肯定すると、店長は目頭を抑え、呆れた様子で溜息をついた。
さて、こちらの本心と、複雑な事情。これを説明し、信じてもらう事は難しい。
俺は今まで半敵対していた組織の人間である。それも階級が最上位。もちろん良い印象は持たれていない。
俺が切れるカードに、錦木千束の人工心臓の事は含まれない。
あの日、勢い任せで口にした、誰にも話さない、という約束。
これを違えると、彼女との今後の信頼関係において不利となるやもしれない。
となると、俺に課せられた使命については詳しく話せない事になる。
ならば、この問題の解決方法は__
「__錦木千束と、話をさせて下さい」
「……今日の所は、帰りなさい」
やんわりと、店を追い出された。
後日。
さてどうしたものか、と頭を抱え、特に解決策も思い浮かばないまま、外をふらつく。
結局行く宛など無く、気がつけば喫茶リコリコの前に辿り着いていた。
俺の服装はDAにいた頃に支給された私服であり、こうして店前に出されたの看板をじっと眺めておけば、さも入店を悩んでいる一般人である。
そこでまた悩む。
磨りガラスの窓を睨みつけ、見えもしない店内を覗き見ようとして__、
唐突に開かれた扉から、見覚えのある赤い瞳がこちらを見た。
「あっ」
「__あ」
見つかってしまった。
まずい、これでは客ではなく不審者である。
しかし、ここで逃げてしまっても、それはそれでやましい事をしていたと思われるのではないか?
だとしたら、俺は今どうする事が__
「__何してるの?」
少し閉じられた扉からブロンドの頭が覗く。
彼女は怪訝な表情を隠す事もなく、警戒心が見てとれた。
何と言うべきか、言葉を選ぶ。
選ぶ、と言っても、頭の中に言葉は浮かんでいない。上手く浮かばない。
沈黙が続き、痺れを切らした彼女が、扉の奥へ引っ込んでしまおうとした。
その姿を追う様に、言葉が飛び出る。
「__ア、ルバイトを、しに来た」
「アルバイトぉ?」
閉じられそうになっていた扉がまた開かれる。
彼女が言葉をオウム返しにした事で、会話が続いたと判断して、続く言葉を投げ掛ける。
「店長にはDAから話が行っている。が、俺の事情を上手く話せず……、その、困っている」
内容を簡潔に伝え、胸元から梟のペンダントを取り出し掲げて見せる。
これで察してはくれないか?
「…………。ちょっと待ってて」
そう言って、彼女は店の奥へと引っ込んでいった。
路上で立ちすくみ、さらに気まずさを覚える。
上手く伝わっただろうか。
そもそも、もっと良い言葉があったのではないか。
そんな後悔が思考の何処かから湧いて出てきた頃に、また扉が開かれた。
「__入っていいってさー」
良かった、伝わっていた様だ。
しかし、どうする。
何も考えて来ていない。
となると、結果は昨日と同じではないのか?
何か、店長を納得させる言葉を、思いつかなければならない。
思考を巡らす為に、店内を見渡す。
先客は見て取れず、昨日との違いは店内に明かりが灯っており、明るい雰囲気がある事と、カウンター席で中原ミズキが酒を煽っている事くらいか。
ふむ。
「で、また来たのか」
「……はい」
「なに、あんたここに来たことあんの?」
「この子、昨日も来たんだけど『千束と話をさせて下さい』の一点張りで、このおっさんに追い出されたのよぉ」
「ほぉ〜」
「千束の知り合いか?」
「あ〜、ちょっとだけ? この前セーフハウスに来て、追い返したんだよねぇ」
まるで何事も無かったかの様に、軽く話した。
それを聞いた店長の目が鋭くなる。
その視線に身が縮こまる思いであったが、しかしそれは事実であり、言い訳も出来ない。
「ただ、その時に知ったんだけど、この人私と同じでアラン機関の支援を受けてたみたい。それでちょこーっとお話しもしたんだよね。まあ、その結果、泣かしちゃったといいますか」
「え、あんた泣いたの? 千束の前で? 服装はともかく……、こんな出来る男、みたいな雰囲気出してるのに?」
「はい。事実です」
概ね前者が合っていることを肯首すると、中原ミズキは腹を抱えて笑った。そしてまた酒を煽り、店長から一喝が入って縮こまった。
店長が一つ咳払いをし、また視線が俺に向く。
「何故千束に拘る」
何故。
それを答えるには、少なからず彼女の心臓について話す事になる。
とは言え、此処にいるのは彼女の上司と、仲間。
心臓の事についても知っていると見て良い筈。しかし、その確証はまでは無い。
話しても良いか、と視線で錦木千束に問う。
「…………。」
「……?」
「え、何、あんた達見つめ合っちゃって。もしかしてあんた、千束に惚れたりでもした?」
「いえ、違います」
「……むっ」
そういう事ではない。
流石に視線だけでは伝わらないか。やはり言葉にしなければ。
ならば、彼女の事は暈し、まずは俺自身の事で可能な限りを伝える事にする。
視線を店長に戻し、その探るような目を見返して、口を開く。
「俺の、使命に関わる事です。俺はリリベルですが、それは使命を果たす為に立場を利用していただけに過ぎません」
「……お前の使命は」
「詳細は言えません。ですが……、誰かの役に立つ事。そして、
「__えっ」
「ええっ!? あんたやっぱ惚れてるじゃない!?」
「惚れてません」
どうして千束ばっかりにぃ、私にも良い男と出会わせなさいよ! と、喚き出した中原ミズキ。
そんな彼女の様子を無視して、店長は目を伏せ、考える素振りを見せた。
「__、千束の心臓か」
「はい」
「__私の、為……? 心臓……? なにそれ……!?」
核心を問われたので肯定すると、彼は妙に納得した様子を見せた。
良かった、これで俺の口からは彼女の心臓の事を話さずに済みそうだ。
と安堵する間も無く、今度は錦木千束が掴みかかって来た。
痛い。
そこはお前に撃たれた後、アザになっているのだ。
歯を食いしばって痛みを耐え、やんわりと手を振り解く。
「それって__!」
そして彼女が俺に何かを言おうと時、店の扉が開いた事で、それは遮られた。
見るからに一般人らしき女性がこちらに向かって挨拶する。
「千束。客だ」
「__えっ、あっ、はーい。……いらっしゃいませー」
「来なさい。制服を渡す」
「はい」
客の対応を錦木千束に任せると、店長は俺を店の裏方へ呼ぶ。
制服、というのはこの店の、という事だろうか。
__つまり。
「……採用ですか?」
「ああ」
主人公の設定
名前は阿世比 紫苑
黒髪黒目
髪型は天パじゃない真島
身長177cm
運動は大得意になったがコミュニケーション能力に難あり。
アランに認められた才能は______である為。
紫苑の花言葉は「追憶」「君を忘れない」