喫茶リコリコで働き始め、早一週間。
そんなある日の朝に、俺は店の地下にある射撃場で銃の実力を披露していた。
人型の的へ向かってリズム良く撃ち続け、一マガジンを人体の急所である頭部に集約させる。
「おお〜、上手いねぇ〜。銃の扱いなら私よりも全然上手いかも」
「そうなのか?」
「うん。それに私はこの弾だから、もっと当たん無いよ」
「非殺傷弾か」
「ね、試しにこっちも撃ってみてよ」
そう言われて彼女の銃を受け取り、先程よりもより正確に狙いを定めて撃つ。そして数発撃った所で的に当てる事を諦めた。
この弾はその材質故か軌道がブレる。そしてそこに癖はなく、安定もしない。
「これは酷いな……」
「でしょっ。だから当てる為には相当近づかないといけないんだよね」
「……だとしたら俺は扱えないな」
俺も身体能力に自信がある方だが、彼女の様に銃弾を避けて敵に至近距離まで接近するなんて芸当は出来ない。
彼女が見せた才能は誰と比べても異常の域であり、その戦い方はとても誰かが真似できるものではないだろう。
「まあけど、それだけ上手いなら実弾でも急所を外せるでしょ? それで良いじゃん。無理して使うこともないない」
「……、つまり、これからは俺も非殺傷という事か?」
「うん、出来ればそうして欲しい。これから一緒に行動する訳だから、もし紫苑が殺しちゃったら私が見過ごしたみたいで、なんか嫌じゃん?」
「……有事の際でもか?」
「有事の際って、どんな時よ……?」
「具体的に言うのであれば、誰かを殺さなければ君や俺が死ぬ可能性がある時だ」
「うーん……」
問うと彼女は眉間に皺を寄せて黙り込む。
念の為に確認しただけだったのだが、まさか悩まれるとは思っておらず、俺は困惑した。
まさか彼女
「……そんな時が来たら考える、とかじゃダメ? そんな事、今までに無かったし、これからもそうそう無い筈だから、さっ。それまでは気楽に行こうよ」
「……、了解した」
彼女がそう言うのであれば、俺は従う他無い。
こうして俺たちは、改めて各々の実力と出来る事、出来ない事の範囲を確認していった。
今日の午後に控えた、DAからの依頼に備える為に。
そう。今日俺は千束の本業、つまりリコリスの仕事を手伝うのだ。
午後になると、俺達はミズキさんの運転する車に揺られ、目的地へと向かっていた。
俺は久々に着る改造リリベル制服の感触を確認しながら、電話越しの店長から任務を聞く。
曰く、海岸沿いの廃倉庫で行われる違法薬物の取引を阻止する。敵対勢力には銃の所持が確認されている為、注意されたし、との事。
「紫苑も居るし、今日は楽出来そうだねー」
「あまり気を抜かないでくれ。無いとは思うが、君に死なれると俺が困る」
「そんな事ならないから、安心して? それを言うならそっちこそ、私にあんな簡単に負けるんだから心配だな〜?」
「……それもそうか。何なら、今回は任せて貰って構わない。実戦をもってリリベルファーストクラスの実力を証明しよう」
「本当〜? だったらカッコいい所、見せてもらおっかな〜」
車内の空気は明るく、千束も俺も緊張は見て取れない。
それもその筈で、今回の任務内容はリリベルとして俺が一人で熟してきた物と大差ないのだ。
つまり、俺達二人というのは本来過剰戦力なのである。
「店長! なんか後ろの二人イチャイチャしてるんですけど!?」
『早く終わったら明日はオフだ。何処か出掛けてきても良いぞ』
「オフ!? やったぁ! じゃあさ、明日は買い物行こうよ! 秋冬物の服、もう出てると思うからさ〜」
「ああ、この前の約束だな。了解した」
「キィー! 若者の青春を見せつけやがって……! 何だか気分悪くなってきた……!」
「ミズキ大丈夫? 車酔い?」
「んな訳あるかぁ! このまま事故って明日出掛けられない様にしてやろうかっ!」
『おいおい止めてくれ。車の修理だってタダじゃあないんだ』
何気ない会話の中で、俺は店長の手腕に感心した。
帰った後の予定を立てさせる。それは任務に対する士気を上げ、過度な緊張を和らげる良い手段だ。
店長は俺達と同じく戦う側の人間だと思っていたのだが、指揮を取る事にも長けているとは。流石だ。
こうして和気藹々とした会話をしていれば、それほど時間を感じずに目的地へと辿り着いた。
「__よし、行こう! 何度も言うけど、命大事に。だからね!」
「ああ。了解した」
車から飛び出した俺達は、その後特に問題も無く対象を制圧し、言葉通り、死人を出さずに任務を成功させた。
翌日の朝。
俺は約束通りに東京の繁華街へと繰り出し、千束に指定された駅前で待ち合わせをしていた。
世間は平日であるにも関わらず人通りは多く、同じ様に待ち合わせをしている人も多々見て取れる。
そんな中でも、ブロンド色の髪を靡かせ見慣れない私服で駆けてくる彼女は幾つかの人目を集めており、簡単に見つけられた。
「__お待たせ〜! いや〜、人が多くて見つけられないかと思ったぁ!」
「この服装は街中での潜伏に適している。目立たなかっただろう」
「あはは……。……まあ、今日は男物の服を売ってるお店を調べてきたから、千束さんが着飾る楽しさを教えてあげる!」
「着飾る……、つまり、今の千束みたいに衣装めいた服を着るという事か?」
「衣装じゃないわ!」
「ああ、いや、悪く言ったつもりは無かったんだ。つまり、ファッションモデルの様に華やかな服装、という意味でだな……」
「…………、それって褒めてる?」
「ああ。気を悪くしたのなら謝ろう」
もし俺に前世の記憶が無かったなら。ファッションやお洒落といった概念は理解できなかっただろう。リリベルとして生きる上で触れる事の無い感性だからだ。
しかし、前世の記憶の俺も都会からは離れていた暮らしていた為、流行には疎かった。彼女が着飾っている事は分かっても、それ以上を上手く言葉にする事が出来なかった。
「……まあ、いっか。 褒められてるなら気分もいいし〜。 ほら、時間は有限なんだから、早速一件目見に行こ〜!」
「了解だ」
それから俺達は駅周辺の服屋を数軒回り、数十着という服を試着させられ、彼女のお眼鏡に適った選りすぐりの数着を購入する事となった。
その途中で俺が着る服は購入した物と交換され、今では街行く人から千束だけで無く俺も値踏みされる様に見られる事が増えた。
「……成程」
「どうしたの?」
「着飾る、とはこういう事なのかと実感していた」
「……どうよ。楽しい?」
都会の街中は若者にとってファッションショーの会場でもあるのだと勝手に解釈する。
彼らは自分の服装を見せるだけで無く、他人の服を評価し、また自分の感性を高めているのだ。そこに楽しさを見出す事は理解出来た。
「ああ」
「それなら良かった!」
あっという間に昼時となり、昼食はとあるカフェへと入った。
パスタでも食べるのかと思いきや、彼女はパンケーキを注文する様だ。
「このお店のパンケーキが美味しそうでさ〜。写真見た感じ大っきいからお昼にちょうど良いと思ったんだ〜。どっちにしようかな〜。あ、紫苑は好きなの頼んで良いからね」
「ではパスタを__、いや。俺もパンケーキにしよう」
「じゃあじゃあっ、紫苑が良かったらこれとこれにして、半分こしない!?」
「ああ、構わない」
「やったっ」
彼女がメニューを選びかねていたのを見て、俺はこうするべきだと感じた。
俺の知識が、何処かで同じ様な光景を覚えていた。
「__お〜、来た来たっ。美味しそ〜! 頂きま〜す! ……ん〜美味しぃ〜! 紫苑のはどうどう?」
「ああ、美味しいぞ」
「半分残しといてね! 私も食べるから!」
彼女がコロコロと表情を変えて良く話すからか、ふと前世の姉の事を思い出した。
そういえば、姉に連れられて外出した時も、こんな感じだった様な気がする。
妙な懐かしさの正体はこれか。
十分に幸せだった筈の、前世の記憶。
「__フッ」
「……っ! 紫苑今笑った! 私、紫苑がちゃんと笑ってるとこ初めて見た!」
「……何?」
「あっ、戻っちゃった」
「……そうか、俺は笑っていたか」
「うん。写真でも撮っとけばよかった〜」
幸せだった筈の記憶と重なるのであれば、俺は今、幸せである、という事だ。
嗚呼__、
ありがとう。これを教えてくれた前世の姉よ。
ありがとう。俺を生かした今世の妹よ。
そして__
「ありがとう。千束」
「……! どういたしまして」
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