冬越しの間、喫茶リコリコは多忙を極めた。
年末はDAからの依頼が多く、その規模も大きなものばかり。
年を明けてから依頼の数は落ち着いたのだが、それまで喫茶店を休業する事が多かった分、お得意様へと挨拶回りに行ったり新メニューを考案したりボードゲーム大会等のイベントを開催したりと、忙しなかった。
それも春が陽気が訪れる頃には落ち着き、喫茶リコリコにのんびりとした平和な空気が戻った、そんなある日だった。
店長曰く、どうやら喫茶リコリコにDAから転属してリコリスが一人来るらしい。
だからと言って、俺達の仕事内容は変わらない為、今日も千束と二人で買い出しへと出掛けていた。
「ねぇ、紫苑〜。どんな子が来るのかな〜?」
「嬉しそうだな、千束」
「あ、分かる〜? だってさ、その子私の相棒になるんだよ〜?」
「相棒……。俺は違うのか?」
「紫苑は友達だって〜。リコリスの仕事も手伝ってはくれてるけど、他のリコリスが居る時はなかなか来れないじゃん?」
「まあ、そうだな」
「なになに、もしかして嫉妬してる?」
「単純な疑問だ。嫉妬では無い」
「うーん。紫苑は今日も平常運転だねぇ」
鼻歌まじりの軽い足取りで買い物を済ませる千束。
彼女と出会って、もう半年が過ぎる。
いつのまにか軽口を交えられる様にもなり、俺自身も随分と気を許していると実感する。
「そう思うと、紫苑も先輩になるのかぁ。千束さんは心配です」
「む、何がだ?」
「紫苑の言葉は良くも悪くもストレートだからね〜」
「……ふむ、確かに。俺は口下手だ」
「食べモグの口コミでもちょっと話しかけにくい、ってあったし。あ、けどあれは良い意味でもあったような……?」
「客足に影響するのであれば問題だな……。客観的意見は貴重だ。今後の参考にしよう」
店長から支給されたスマホを操作し、食べモグなるサイトを調べる。
そこには確かに喫茶リコリコのメニューや店内の雰囲気など、細かな情報が記載されていた。口コミも何件か送られており、その一番上には__、
「__ホールスタッフが可愛い、とあるぞ」
「えっ、見せて! ……本当だ〜! 新しい口コミ来てるー!」
読み上げれば、千束が顔を寄せてきたのでスマホを手渡して離れる。
「先生にも教えてあげよ〜!」
「走らないでくれ。荷物が崩れる」
「おっとっと、そうだった」
彼女は俺と違って話し上手でもあり客人気は高い。
偶にこうして感情に素直過ぎる行動をとるのも愛嬌として概ね良い印象である。ただし異性に対しても距離が近いのは困り物だ。
これだけは未だに慣れない。
「__ただいま戻りました」
「先生大変! 食べモグの口コミでこの店、ホールスタッフが可愛いって、これ私の事だよね!」
「私の事だよ!」
「……冗談は顔だけにしろよ酔っぱらい」
店に到着すると、ミズキさんがまた昼から酒を煽っていた。
それを千束が冷たくあしらうと、カウンター前に青いリコリス制服を着た少女が佇んでいる事に気付く。
左頬に傷があるのか、顔の目立つ位置に絆創膏が貼ってあった。
「__ん? あら、リコリス。てかどうしたの? その顔……」
「例のリコリスだ。話たろう、千束」
「えっ!」
「今日からお互い相棒だ、仲良くしろ」
「この人が__」
「この子が〜っ! よろしく相棒! 千束でぇす!」
「井ノ上たきなです、よろしく__」
「たきなぁ! 初めましてよねっ」
「あぁ、はい、去年京都から転属になったばかりなので__」
「おお〜。転属組、優秀なのね。年は?」
「十六です」
「私が一つお姉ちゃんか〜。けどさんは要らないからね。ちさとで、オッケ〜!」
「はぁ……」
井ノ上たきなと名乗った少女に千束が詰め寄り、その手を取ると至近距離かつ高速で会話が始まった。
「なんか今日、すっごい既視感……」
それを近くで見たミズキさんが呆れ顔で言う。
俺もこんな千束達の様子を見て、丁度あの日、俺が此処で働き始めた日の事を思い返していた。
「この前のあれ、凄かったね〜。その顔は名誉の負傷?」
「……、いえ」
千束が手を離し、銃を腰に据える様な動作を見せると、たきなは顔を逸らす。
疑問を持った様子の千束が問い詰めると、彼女は困った様にこちらに目をやった。
「……この人は?」
「そいつもDAの関係者だ。訳あって此処で働いてる。紫苑、挨拶しておけ」
「阿世比《あせび》 紫苑だ。紫苑で構わない。DAのリリベル所属だが、……あまり気にしないで欲しい。よろしく」
「……、よろしくお願いします。……では__」
そうして、彼女は千束に向かって先日あった任務の話を始めた。
内容は銃取引現場の制圧。
その際に味方の一人が人質となってしまい、敵と均衡状態となってしまった事。
そしてそれを自己判断による機関銃掃射にて状況打開した結果、命令違反であった為に指揮を務めたファーストクラスのリコリスを怒らせてしまった事。
「__フキかぁ! あんにゃろぉ、私ちょっと文句言ってくる!」
それを聞いて千束は思う所があった様で、カウンター裏の電話機へと向かっていった。
DAを通じて件の本人に繋げて貰うと口煩く文句を垂れ始める。
「想像と違ったか?」
「いえ、そんな事は……」
店長はたきなをカウンター席に座らせると、手製のコーヒーを差し出した。
「__よし、早速仕事に行こう! たきな!」
「はいっ」
「あ、先生のコーヒー飲んでからで良いよ〜。凄く、美味しいから。私着替えてくるね。ごゆっくり〜」
電話を終えた千束がたきなの名を呼ぶと、彼女は上官に従う兵士のように席を立ち、返事した。
千束がカウンターから離れ見えなくなると、座り直す。
「__ああ! たきな!」
「はいっ」
「リコリコへようこそ〜」
また名前を呼ばれて立ち上がる。
千束がもう一度顔を覗かせ歓迎をわざわざ言葉で表すと、今度こそキッチンから離れていった。
「どうぞ」
「あ、はい」
早速、千束に振り回されているたきな見て、店長は笑みを浮かべた。
千束が居なくなると急に店内は静かになった。
たきながコーヒーカップを置く音と、テレビのニュース番組の音だけが木霊する。
「店長、俺はどうしますか?」
「ああ、そうだな……、先に洗い物済ませておいてくれるか。私はたきなの到着をDAに連絡しよう」
「承知しました」
「__それじゃあ、配達行ってきまーす! 紫苑も、店番よろしくね〜」
「ああ。任せてくれ」
着替えを終えた千束がたきなを連れて店を出て行く。
たきなの飲み干したコーヒーカップを下げている所だったからか、彼女は少し申し訳なさそうにこちらに目礼してから出ていった。
随分と礼儀正しく育てられている様だ。
「__銃が消えた? 量は?」
店長の電話を盗み聞きしないよう、シンクで水を出し、素早くカップやソーサーを洗っていく。
それが終わればコーヒーを入れる為に使ったフィルターを交換し、いつ客が来ても問題無い様、準備を整えていく。
「店長。終わりました。」
「ああ、ご苦労」
「で、楠木は何て?」
「あの日、千丁の銃が消えたそうだ。商人は全員死に、以降の情報は無い」
「うっわ、たきな、そりゃやっちゃったわ……。紫苑君は何か聞いてないの?」
「いえ、リリベルからは何も。俺は任務の経過報告以外で連絡を取っていませんので……。聞いてみましょうか?」
「止めろ。余計ややこしくなる」
リリベルへの連絡は規定の日時に行なっているだけである。
千束はもう随分と警戒心を無くしている様に見える為、上には虚偽の報告をしている。
組織の千束を暗殺する計画を引き伸ばす為である。実際、俺には現状維持が伝えられ、その試みは上手くいっていた。
「ねえ、紫苑はたきなの事どう思った?」
「どう……、随分と規律を重んじる、礼儀正しい子、と言った感じでしょうか」
「そうじゃなくてぇ、見た目が好みとか、結婚したいとかあるでしょうよ」
「いえ、話した事もまだ無いので、特には」
「千束には一目惚れした癖に?」
「いえ、それも一目惚れでは無くてですね……。あの、何を期待されているのですか?」
「そりゃ、痴情のもつれ、でしょ! もういい加減、目の前でイチャイチャされるのには嫌気が差していたのよっ」
「イチャイチャ、等していません。あれは千束の距離感がおかしいだけでは?」
「あんたが平然と口説くから、千束もおかしくなってんのよ」
「口説いていません」
良く分からない理論で突っかかってきたミズキさんに淡々と返す。
確かに、千束は使命に関わる人物なので特別である。しかしそれが恋であるかと問われれば否だ。
こうして問答を繰り返すのは何度目か。
ミズキさんの結婚願望は相変わらずの様で、男女の客が来てもこうして裏で文句を垂れる事がある。
つまり、いつも通りだ。
そうしてのんびりと時間は経ち、数人の客を相手し終え、夜となった。
すると、配達に行った筈の千束だけが店へと駆け込んできた。
彼女が言うに、刑事さんの所で追加の依頼を受け、ストーカー被害を受けた女性の護衛をする事になった様だ。
これもまたタイムリーな事に、どうにも件の銃取引関係者に狙われているらしい。
彼女は押し入れからお泊まりセットなる物を引っ張り出すと慌ただしく店を出ていった。
翌日の朝、ミズキさんが改めて事情を詳しく聞くと、どうやらSNSに上げた画像に運悪く取引の現場が映り込んでいたらしい。
その証拠を消す為に襲撃に遭い、千束とたきなが撃退したと。
「何処だ……?」
「んー? ここ、ここ」
「あの日か」
「三時間前だって。楠木さん、偽の取引時間掴まされたんじゃない?」
「その女襲った奴らはどうしたのよ」
「クリーナーが持ってった」
「あんたっ、またクリーナー使ったの!? 高いのよぉ!?」
「DAに渡したら殺されちゃうでしょー」
「DAもこいつら追ってんでしょ? 私たちが先に見つければ、たきなの復帰も叶うんじゃない? ……そう思わない? たきな!」
「__やります!」
聞くにたきなはDAへと復帰したいらしい。そしてそんなたきなの為に、千束はこの件を追いかける事にした様だ。
新たな仲間を一番楽しみにしていたのは千束だった筈だが、そういった事情を表に出さずに「誰かの為」を成せるのは彼女の美徳だ。
そうとも知らないたきなが、意気込んだ様子で店内へと現れた。
彼女はこの店の制服に着替えており、そのさらりとした黒髪を二つに括っていて__
「__手毬《てまり》……?」
__妹に見えた。
「……ん?」
「おっほぅ、可愛い〜っ!」
思わず出てしまった今世の妹の名前にミズキさんが反応した事で気を持ち直し、口を閉じる。
彼女は妹では無い。妹とは死別したでは無いか。
それに妹を見たのはもう十一年前が最後。何をもって似ているとするのか。勝手に想像された、俺の幻想でしかない。
「ほら、先生もミズキももっと寄ってっ。何してるの紫苑、早く早くっ」
言われるがまま、彼女のスマホで写真を撮る。
身長故に店長と後列へと並んだのだが、そこで写った俺の顔はいつにも増して酷い仏頂面をしていた。
それを気遣ってか、それとも偶然か、千束がSNSに上げた画像では俺と店長の顔は見切れていた。
「ねぇあんた、さっきまた別の女の名前を__」
「あっ、お客さん! さ、たきな。練習通り__」
「いらっしゃいませっ!」
「いらっしゃいませっ」
こんな朝早くに訪れた客はこの半年では見ていない顔であり、所謂新規客の様だった。
綺麗なスーツを着込んだ長身の男性が、店長に微笑んだ。
「__やあ、ミカ」
妹の名前
阿世比《あせび》 手毬《てまり》
手毬花の花言葉は「約束 」「私は誓います」「約束を守って」 「天国」