アラン機関とは、世界的に展開する謎の支援機関で、貧困等の問題を抱えたあらゆる分野の天才を探し出し、無償の支援を行っている。
彼らに支援された人間は、一律して梟を模したアクセサリーを送られる事も特徴。
実際、俺や千束が持っている物であり、今、目の前にいるスーツの男が、襟元に着けているそれも同じである。
吉松と名乗った彼は、一ヶ月前から来店する様になった比較的新しい顔ぶれの客で、店長とは旧知の仲らしい。
彼もアランチルドレンなのか、それともアラン機関側の人間なのか。誰も訪ねる事はせず、それを暗黙の了解としている節もある。
今日で二度目の来店を果たした彼だったが、俺は既に苦手意識を持ってしまっていた。
「君は随分とスタミナがあるらしいね。ミカが褒めていたよ」
「はい。体力には自信があります」
「それは千束ちゃんよりも、かい?」
「……競い合った事が無いので、判断しかねます」
「はっはっは、それもそうか。だったら周りの友達と比べて、だったらどうだい?」
「同年代の男子とでしたら、劣っていた事はありません」
「良いねぇ。君は中々に優秀そうだ」
彼はこうして矢鱈と質問を投げかけてくるのだ。
それも、こちらが答えられない事の線引きを分かっているかの様な絶妙な問いばかり。
俺はコミュニケーション能力に不安があるので、いつボロが出るか内心冷や汗ものである。
「お待たせぇ、千束が来ましたー! __お〜、吉さんいらっしゃ〜い」
扉のベルを鳴らし、そしてそれよりも大きな声で自己主張する彼女が来た事で、吉松の視線がそちらに向く。
それを良い事に俺はカウンター裏へと駆け込んだ。
すると丁度、更衣室からたきなが出てくる所だった様で、目が合う。
「紫苑さん、更衣室空きました」
「了解。俺も着替えてこよう」
入れ替わりで更衣室へ入ると、自分に充てられたロッカーを開き、着替えようとして、悩む。
どちらの服を着るべきか。
今日はとある個人からの依頼で、俺達は遠出する必要がある。
リリベルにいた頃、俺に回される仕事といえば随分と無茶難題な物が多く、現場も街中以外での戦闘が多かった。
故に防弾ベストを制服に縫い付けても問題は無かったのだが、今回の様な街中での護衛依頼は初であり、服装に困っていた。
「……防弾ベストのランクを下げれば学ランの中にも違和感無く着込めるか」
悩んだ末、学ランを選んだ。
鉄板の挿入されていない防弾ベストを中に着込み、その軽さに心保たなさを覚える。
……まあ、これはこれで機動力は上がっている為、今回の依頼には最適である、と思い直す。
店に戻ると、既に準備を終えた様子の千束とたきなが待っていた。
「それじゃあ、行こう! ところで、お腹空いてるだけど__」
店を出ると駅に向かい、三人揃って特急電車に乗り込んだ。
座席は千束とたきなが向かい合う様に座り、俺は通路を挟んで反対側の席である。
平日故か周りの人気がないのを良い事に、遅れてきた千束の為にたきなが作戦と決められた経路を説明する。
「__羽田のゲートを潜った所でミズキさんに交代……って、聞いていますか?」
「うん。依頼主、凄腕ハッカーでしょ。どんな人かなぁ? やっぱり、眼鏡で痩せた小柄な男かな?」
「……映画の見過ぎですね」
駅弁に舌打ちながら、身振り手振りでハッカーを表現する千束だったが、たきなはそれを冷たくあしらった。
「たきな、何それ?」
「ゼリー飲料です」
カバンからゼリー飲料を取り出して咥えたたきなは、それで手早く昼食を済ませる様だ。
それに千束が文句を垂らす。
「__特急だよ? 駅弁食べようよ。……ちょっと食べる?」
「結構です」
「まあまあまあ、そう言わないで、煮卵美味しいよ? はい、あーん」
「……あむ」
「…………美味しい?」
「美味しいです……」
「はい美味しい〜!」
彼女達の会話を聞きつつ、俺も昼食を取り出す。
黙々と食を進めていると、横顔にじっとりとした視線を感じた。
「……、紫苑のそれも?」
「俺はカロリーフレンドだ」
「紫苑さんはそちら派でしたか」
「ああ。こういう時の為に持ち歩いていた」
ゼリー飲料は半年程度しか保存できないが、これは数年持つのだ。家にストックしておくのに最適である。
もちろん、当日に準備する必要があればゼリー飲料の方も素早くカロリーを摂取できるという利点がある。
つまり、どちらも携帯食として優秀だ。
「ええ〜? 紫苑も食べる? ほら、肉団子も美味しいよ?」
「いや、遠慮する」
彼女は先程と同様に具材を一つ箸で摘んで見せてきたので、きちんと断りを入れておく。
「…………、あーん」
しかし、あろう事か彼女はこちらに箸を差し出してきた。
その目には慈善心よりも、好奇心の色が強い様に思える。
「……本当に、要らないから、それは千束が食べてくれ。それかたきなに__」
「あーーーん」
「…………。」
「…………。」
助けを求めてたきなに視線を向けるが、彼女はその行く末を横目で見るばかりで口出しをしないと決め込んだ様子だった。
少しずつ近付いてくる肉団子に視線を向け、悩みながらも少し口を開き__、
目的の駅に到着した事を伝える車内アナウンスが流れた。
「__降りるぞ」
「ええっ!?」
「十分足らずで乗り換えなので、携帯食を選んだだけです」
「そんなぁ〜」
乗り換えた電車には他の乗客がいた事もあり、彼女はそれ以上駅弁を食べさせようとする事はなかった。
電車移動が終わると、店長が指定した駐車場まで徒歩で移動する。
その間、話を聞いていなかった様子の千束が、またたきなから冷たい目を向けられていた。
今の所、たきなの千束に対する印象は悪化する一方の様であるが、良いのであろうか?
相棒、と言うからには信頼関係は大事であると思うのだが……。とはいえ、これが千束の素の表情である為、それをたきなが受け入れられないのなら仕方がないか、とも思う。
「__あの駐車場ですね」
「スーパーカーじゃん!」
「目立ちますね……」
「本当にあれか? たきな、確認を__」
その駐車場に停められていた赤いスーパーカーに、乙女らしから言動で燥ぐ千束であったが、エンジンの音を響かせて俺達の目の前へと態々飛び出してきたのはまた別の車であった。
『__ウォール!』
「__ナット」
『早く乗れ。追手が来るぞ』
その車を運転する着ぐるみがこちらを勢いよく見て、言う。
それにたきなが素早く答えた。
つまり、この着ぐるみが件の依頼主であるハッカー、ウォールナットである事が確定した。
そいつは機械的な処理を通した妙な声で急かす。
「なんで守られる側が颯爽と車で現れるのよ。普通逆でしょ。ああ、スーパーカー……」
「目立つしこちらの方が良いですよ」
「あまり動かないでくれ、千束。ただでさえ後部席に三人は狭いんだ」
「はいはい……」
後部席での並びは運転席側に俺、真ん中に千束、助手席側にたきなである。
車内は何故か演歌が流れており、雑談も交えて追手から逃亡中とは思ぬほど和やかな雰囲気だった。
このまま次の車へと乗り変える予定地点に到着するのか、とも思った時だった。
「__あれ、高速乗るのでは?」
『どうした……?』
「いや、それはこっちの台詞だけど……」
『……、車を乗っ取られたか』
「ええ〜!? ちょっとちょっとちょっと!」
「千束。身を乗り出すな。危険だ」
車が急加速した事で、前の様子を覗いた千束が吹っ飛ばされて来る。
それを腕で受け止めつつ、考える。
聞くに、この進路はこのまま海に突っ込むつもりらしい。
かなり危機的状況だ。
『制御を取り戻してもすぐにロボ太に上書きされるだろう。……こちらの作業完了と同時に、ネットを物理的に切れればいいのだが』
「……、二人とも、あれを」
ウォールナットが示した条件から活路を考えていると、たきなが何かに気付いた様で囁く。
その視線の先にあるバックミラーにはこちらを追尾するドローンが一機映っている。
「いやー、ありゃ自信ないよ。そっちはたきなに」
「俺が窓を破る。千束はたきなの体制を補助してやってくれ」
『それじゃあ、制御を取り戻すぞ__』
ウォールナットのカウント。
それに合わせて俺がたきな側の窓を破壊し、直ぐ様たきなが身を乗り出す。
車が道を飛び出し、不安定な視点であったも関わらず、彼女は見事にドローン打ち抜いた。
制御を取り戻し、急ハンドル、急ブレーキをもってしてなんとか海に落ちる直前で留まる。
車輪が片方脱落している為か揺れる車内から慎重に脱出すると、近くの高台に怪しい連中を発見した。
それを受けて場所を近くにあった廃スーパーへと移す事にする。
ここであれば入り組んだ地形を活かして一時的な防衛戦線を張る事が出来そうだ。
店長へ報告するも同じ判断であった為、各個撃破し脱出する手筈となった。
「対象を確認……、数は五。二手に分かれた。挟み込む気だ」
「オッケー。着いてきてください」
千束が先陣を切って情報取りに向かう。
俺がウォールナットの横に着き、たきなが殿を務める。
しかし、動き出したと同時に敵がこちらを捕捉した。
この入り組んだ地形で、余りにも早すぎる接敵。先程同様、敵ハッカーの支援があると見て良い。
そのまま銃撃戦へと縺れ込む。
殿だったたきなが取り残され、唯一の遮蔽であるウォールナットのスーツケースを器用に使い、敵を迎撃する。
『ス、ス、ス、スーツケースを盾に使うのは無しだっ。大事な物だって言っただろー!』
「たきな! それ、なんかダメらしいよ!」
「無理言わないでください!」
「俺が援護する! たきな、引いて来れるか?」
「っ、はい!」
俺が物陰から撃ち合う事でたきなへの斜線を分散する。
千束の非殺傷弾が当たって動きが鈍くなった相手に数発打ち込み、もう一人いた敵はたきなが上手く撃退した。
ウォールナットを連れて千束の進んだ道を辿る。
今日も彼女は孤軍奮闘しており、追いついた頃には敵の使った手榴弾を利用して一人ダウンさせた所であった。
しかし、彼女の背後に現れたもう一人の敵がアサルトライフルを構えたのを見て、急ぎたきなとウォールナットを物陰へと押し込む。
千束は敵が連射した弾を軽い足取りで避けながら、非殺傷弾の射程までゆっくりと前進すると、打ち倒す。
そして素早くリロードを済ませ、物陰から襲撃を狙っていた手負の敵も行動不能にする。
そんな千束の活躍ぶりをを覗き見ていたたきなが驚愕の表情を浮かべていた。
ああ、分かるぞ。その気持ち。
そして千束はいつも通り、致命傷を負ってしまった敵を手当てする。
「__敵の増援が来る前に脱出しましょう」
『脱出ルートはまだ敵にマークされていない。今ならまだ行ける』
「先に行っててー。私も直ぐ追いつくから!」
「放っておいていい。俺達は先に出口の確認をしよう」
「……、はい。行きましょう」
不満を顔に浮かべたたきなであったが、とりあえずは先を急ぐ事を優先した様だ。
念の為、脱出口までの道を二人で細かくクリアリングしながら進む。
そうしてたどり着いた出口のドアは鍵もされておらず、問題なく使用できる事を確認すると、後は千束を待つだけとなった。
「……千束さんは、いつもああなのですか?」
「そうだな」
「非合理的です」
「ああ。俺もそう思う」
「……では何故貴方は従うのです? 貴方はリコリスでも無いのでしょう?」
「ふむ……」
手持ち無沙汰になった時間でたきなが疑問を口にする。
リコリスとしての世界しか知らないであろう彼女からすれば尤もな疑問であった。
「リコリスだとか、リリベルだとか、そういった枠組みよりも優先すべきと思った持論、使命がある。……そこに至った経緯を一言で説明するのは難しい」
「…………。」
「気になるのであれば、千束本人に聞いてみると良い。たきなにであれば教えてくれるだろう」
その疑問を今ここで解消する事は難しいと伝えれば、彼女は押し黙って思考する節を見せた。
そうして話していた事で時間も経ち、千束も追いついてきた様で、彼女の走る足音が聞こえてきた。
そんな矢先__
「__えっ、ちょっとっ」
「__たきなっ、出ないで!」
これまで俺達の後ろでタブレットを操作し押し黙っていたウォールナットが唐突に歩き出したかと思えば、不用心にも扉を開けた。
そして銃声が響く。
彼はこの扉の外はマークされていない、と言っていた。しかし実際には複数の銃声が鳴り続け、彼は無惨にも血を散らして撃ち抜かれていく。
つまり、この扉の外は待ち伏せされていたのだ。
「__っ、ウォールナット!」
「待てたきな! 顔を出すな。……まずは店長へ連絡を」
「……はい」
店長から待機の指示があり、到着した緊急車両へと乗り込む。
車内は血の匂いと共に重苦しい雰囲気が漂い、特に千束は酷く取り乱し、涙をも見せた。
千束が落ち着きを見せてからも暫く沈黙が続く。
「__すみません」
「たきなのせい所為じゃない!」
「……すまない」
「紫苑の所為でも__」
『__もう良い頃合いなんじゃないかな』
聞いたことのある声に、俺達は顔を上げた。
「っゔぇはぁー! 暑い! ビールちょうだい〜」
「ミ、ミズキ!? え、何で!?」
リスの着ぐるみの中身はなんとミズキさんだった。
着ぐるみは防弾だったらしく、血は仕込んであった物らしい。
緊急車両の運転手として変装していた店長も顔を出し、種明かしが始まった。
「あの、ウォールナットさん本人は?」
『ここだ。追手から逃げ切る一番の手段は、死んだと思わせる事。そうすればそれ以上捜索されない』
当のウォールナット本人はスーツケース内に隠れていた様で、彼女はそこに収まりきれる程小柄な女児の様な見た目をしていた。
「想定外の事態にきちんと対処して、見事だった」
「ちょ、ちょっと待って! 色々聞きたい事あるけど、つまり、予定通りで、誰も死んで無いって事…?」
「そうよ〜」
「良かったぁ、皆んな無事で…」
「この子、めっちゃ金払い良いから、命賭けちゃったぁ」
つまり、俺達は店長の手の平の上で踊る、役者だった訳だ。
半年も人の死ぬ姿から離れていた所為か、随分と俺も動揺してしまった。
これが心臓に悪い、と言うやつか。
その後は和気藹々と話しながらも俺達は喫茶リコリスへと帰り、その夜。
夜間営業は欠かさずとも、別段客足が増える事は無いので、俺達は店内で思い思いの時間を過ごしていた。
「__やっぱり、命大事にって方針、無理がありませんか」
「ん?」
「あの時、きちんと三人で動けば今回の様な結果にはならなかった筈です」
「けど、そうされたら私が困ったんだよねぇ」
「目の前で人が死ぬ所は無視できないでしょう?」
「私達リコリスは殺人が許可されています! 敵の心配なんて……」
やはりたきなは今回の件で納得いかない部分があったのか、その不満を口にした。
普段はどんな時でも澄ました顔の彼女が、珍しく不満という形で表情を露わにし、声を荒らげる。
「あの人達も、今回は敵だっただけだよ。誰も死ななかったのは、良かった良かった」
「そういう事じゃ、無いと思います」
「……千束に殺されなかった敵と、こうして共に働くこともある。そう固く考えすぎない方が良い」
「ああ、そういえば紫苑なんて、元々千束の命を狙ってた敵だったもんね」
「っ! それは、すみません。軽率な事を言ってしまい……」
「いや、気にするな。謝罪が欲しい訳では無い。ただ、そうだな、……少なくとも俺は、千束に見逃され、この店で働ける様になり、良かった、と思っている」
「えへへ……。紫苑にこう言ってもらえて私も嬉しいし、ほら二人とも幸せ! 私が言いたかったのはこういう事だよ」
「…………。」
「今、無理に理解しようとする必要は無い。時間をかけて、たきなが納得できる答えを探すべきだ。その結果、千束と相反する事となっても、それはそれで間違いではない」
「あんた、今日はやけに饒舌ね。どうしたの?」
「む、そうか?」
「__ほらもう止めろ。私達も騙すような作戦をして悪かった」
「あー! 先生甘い物で買収するつもり〜?」
店長はそう言ってこの話を終える様に促すと、店の商品でもある団子セットを差し出した。
「たきな、座敷に座布団出しに行こう」
「はい」
「相変わらず切替の早い二人ね〜」
ここの甘味はどれも美味であり、座ってゆっくりと味わいたい。
今日一日働いた自分への褒美でもあるのだ。
「__ん?」
「ん!? なんかいたよ! 今!」
「うちで暫く匿ってくれってぇ。あんまり散らかすんじゃ無いよ〜」
座布団を出していると千束がやってきて押し入れを開けろと騒ぐ。
扉が固くなった押し入れを無理やり開ければ、そこにはウォールナットがいた。
彼女は名を改めてクルミと名乗り、ここに居候して仕事を手伝う事にしたと話す。
話の途中、たきながヘアゴムを千束へ向けて放つという不思議行動があった。もちろんそれが千束に当たるはずもなく、千束が避けた為にクルミのデコに直撃するアクシデントがあったが、昼間の銃撃戦と比べれば些細な出来事である。
こうして喫茶リコリコの仲間がまた一人増えたのだった。
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