血塗られた地獄日記   作:アウグスティン

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1話 最初の一歩を盛大に踏み外した日

 何をするにも既視感がついて回る。

 あれもこれも、初めて見るもののはずなのに、既にどこかで見たもののような気がしてしまう。

 我ながら重症だが、仕方がないだろう。なにせこれで転生は二回目、既に数百年を生きている。まあ、そのうちの大半は死後の世界をダラダラ彷徨っていた時間なのだけれど。

 

 それでも多くのものを見てきた。だからだろう、毎日がすごく退屈だ。

 こんなのだから学校でお婆ちゃんなんてあだ名をつけられてしまう。

 それで全く傷つかのが尚の事問題だ。

 

 ため息も出ないくらいに平坦な日常、自室のベッドに座って窓から空を眺める。あ〜、雲がゆっくり流れてるなぁ。いい天気だ。

 ……貴重な休日に何してるんだろうか、私は。

 かと言って何をやるんだっていうと、何もないわけなんだけど。

 しばらくぼうっと外の様子を眺めていると喉が乾いてきた。私はのそのそとベッドから立ち上がり、のろのろと部屋を出ようとする。

 

 と。そんな折に。

 不意に勉強机に立てかけた一冊の本が目についた。

 ボロいそれは、前の世界において修道会が後生大事に抱えていたものだ。

 誰にも読めない文字で書かれた魔導書かなにか。そんな風に扱われていたその本は、実際のところただの日記帳である。

 

 私の友人。

 私の怨敵。

 私の初恋の人。

 そして私と同じ転生者であるアイクの残した品だ。

 

 誰にも読めない文字というのも、単なる日本語である。

 ひらがなカタカナ漢字入り混じり、読みも滅茶苦茶な日本語を、あの世界の人間は解読出来なかったというだけだ。

 

 神のいたずらか、悪魔の罠か。

 どこぞの誰かから私宛に送りつけられたのである。

 最初の一ページだけを見て、勝手に見ちゃいけないかなと即行で閉じたのだが……。

 

 気づけば私は、日記に手を伸ばしていた。

 退屈は人を殺せるよ。うん、アイクもきっとわかってくれる。暇だったんだなって。

 そういうところには理解を示してくれる。

 

 それに。

 正直なところ、すごく興味はあったのだ。

 意味不明で支離滅裂。結局私には彼の意図を理解することはなかった。

 アイクは善人だったのか、悪人だったのか。それすら判断できないくらいに。

 

 これを読めば少しは理解できるのだろう。

 少し、悩んでから、私は日記を開いた。

 懐かしい母国語の文面だ。やたらと達筆なのは流石といったところか。

 ふと、自分の選んだ表現にくすりと笑ってしまう。

 

 母国語、母国語か。今でも私は日本語を母国語だと思っているらしい。

 私の人生の中で、最初の生は本当に短い期間だ。

 地球の日本で過ごしていた時間は二十年にも満たない。それでも私は自分を日本人だと認識しているらしい。

 

 日記の内容とは関係のないところで妙な感動を覚えつつ、私は文章に目を通した。

 

『──涼しい日』

 

 いつだそれは。

 ヤツキ村はだいたいいつも涼しかったわ。

 雑が過ぎる始まりに、これまともに書かれてるんだろうかと不安を覚える。

 

『今日から日記をつけることにする。とか、日記形式のネット小説なら始めるのかな? 転生とかいう愉快な状況だ、日記ぽくはないが、日記形式のように書くことにしよう。やることない、というか何もしないのが最善だと思うからな。

 

 状況ははっきり言って悪い。だが最悪ではない。

 悪ノシリーズはクソみたいな世界観だが、時系列で言えば傲慢時代。まだマシなほうだ。生まれた場所がエルフェゴートってのだけが懸念点だが、戦争は適当にやり過ごせると信じよう。土下座したら見逃してくんないかな。

 

 とにかく何もしないことだ。余計なことはしない。絶対にだ。死後の世界が存在する以上、死んだ後のことなんて知らねー、でやらかしたらマジで地獄が待ってるからな。バッドエンド直行は御免被る』

 

 なんだろう、これは。

 ノリが思ったより軽い。

 昔のアイクってこんな感じだったんだ。詳しくいつなのかはわからないけれど。

 

 それにしても悪ノシリーズ、ってのはなんの話だろうか。

 傲慢時代、という表現はわかる。これはあれだろう。

 ルシフェニアの王女、リリアンヌ=ルシフェン=ドートゥリシュのことだ。

 彼女は傲慢の悪魔に取り憑かれていた。それを指しているのだろう。

 

『──ちょっと不機嫌な日

 お前ふざけんなよ! 俺、原作に関わりたくないわぁ、とか言いながらガンガン首突っ込むアホと違って、俺はマジで関わり合いになりたくないんだよ。なんでそっちから突っ込んでくるんだ。

 

 わかってる。そうだ、何もしないことを気にしすぎた。何もしなかったからだ。

 原作でもクラリスは自分をいじめてる奴を食事に誘うような頭のおかしい行動力を持った女。仲良くなれるかも、とか思われてるのかもしれないが、こちらにその気はない。

 

 俺もクラリスを迫害するのが一番丸く収まる行動だとは思うのだが、子供いじめるのはちょっとな。

 幸い俺の家は村の外れにある。距離を置いておけばなんとかなるんじゃないだろうか』

 

『──晴れの日(心は曇り)

 家まで来んなよ。まあまあ遠いんだぞ』

 

『──快晴の日(心はどんより)

 今日もなんかいた。無視してりゃ諦めて帰るだろうと思っていたが、親が追い返すまで居座っていた』

 

『──曇ってて寒い日

 俺の言葉でクラリスを追い返した。あんな縋るような目で見られても困る。しばらく目に焼きついてしまいそうだ。

 気分は良くないが、これでよかったんだ。当初の計画通り、余計なことはしない。辛いだろうが頑張ってくれ。俺は世界がどうとか、そんなレベルの話には関わり合いになりたくないんだ』

 

『──暇な日

 今日はクラリスが来なかった。バンザイ世界は救われた。か、どうかは今後の俺次第だが、とりあえず山は超えたことだろう。何もしなけりゃハッピーエンドを迎えられるんだ、綱渡りを邪魔する必要はない。

 親も上機嫌だ。顔がムカつく』

 

『(淡々とその日の出来事が書かれている)』

 

『(淡々とその日の出来事が書かれている)』

 

『(淡々とその日の出来事が書かれている)』

 

『──

 明日は数日ぶりに村の方に顔を出す。買い出しの手伝いだ』

 

『──スッキリした日やらかした日

 子供のやることだからってんなら俺のも許してもらおうか』

 

 ■◆■

 

 私は日記を閉じた。一度頭を整理する時間が欲しかったからだ。

 衝撃の一言である。

 どこから突っ込めばいいのだろう。違う意味でまともじゃない内容過ぎた。

 

「物語の世界だった……ってこと、なのかな」

 

 あの世界には紫の夢と呼ばれる予知の力が存在していた。

 彼はその力を持っていると言い、実際その能力で得たと思しき出所不明の知識を語ることがあった。

 そういう実績があるわけだから、実際私も彼には予知能力があるのだと思っていた。

 しかし原作、というワードから察するに、要は転生する前からアイクはあの世界のことを知っていたということなのだろう。

 

 しかもなんだ、バッドエンドって。

 確かに世紀末みたいな世界ではあった。あったがそこまでヤバい感じだったなんて。

 私めちゃくちゃアイクに反発してたんだけど。

 道理であいつ、本気でブチ切れてたわけだ。

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