血塗られた地獄日記   作:アウグスティン

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2話 明後日の方向に進み始めた日

『──泣きそうな日』

 

 いきなり後悔するな。

 お茶を吹きそうになったでしょうが。

 微妙に字が崩れ気味な辺りに精神的な動揺が見て取れる。マジで困ってたんだなって。

 

『アドレナリンだかなんだかが引いて冷静になった。ああもうやっちまった。こっからまた距離を置く方向で行くか? いやいやどう考えても悪化する未来しか見えない。

 終わった。もうほんとどうしよう。アレンたちが全部なんとかしてくれることを期待して、人生エンジョイしてやろうか』

 

 これはクラリスの方に聞いた話なのだけれど、虐められている所にアイクが乱入して助けてくれた、なんてことがあったらしい。

 恐らく日記の時系列辺りの出来事なんでしょうが、まあそれした後で突き放したりしたらダメージ大きいでしょうね。

 

『──ばなな(変な絵が描かれている)

 きょうはクラリスちゃんとおままごとをしました。とてもたのしかったです。

 クラリスちゃんにはパパとママがいないから、クラリスちゃんがおばさん、ぼくがクラリスちゃんをやりました。わざとなんどもこけてたらおこられました』

 

『夜のベッドでこれを書いている。一日馬鹿をやってみたが、ちっとも気は楽にならなかった。依然として未来が恐ろしいままだ。

 クラリスと一緒にいた時はいくらかマシだったのだが、一人になるとこうだ。頼ってしまっているのだろう。クラリスならできると期待している。

 

 原作知識を抜きにしてみれば、多少おかしな部分はあれど彼女は普通の人間だ。ただの子供だ。

 こんな風に重い期待をかけるべきではないのだろう』

 

『──検証

(黒く塗り潰されている)

 馬鹿なことに時間を費やしてしまった。汗を流すためと、頭を冷やすために湖に浸かった。その際、クラリスに背中の痣を指摘された。俺からは見えないのだが、どうも人の顔のような痣らしい。

 この身体はそれなりに優秀だったが、ひょっとすると色欲の悪魔の力なのかもしれない。だからなんだと言うのか。

 これの最終形態とも呼べる庭師は、ぶっちゃけこの世界上位の存在に太刀打ちできるほどじゃない。つまりこんなものは無意味ということだ』

 

 色欲の悪魔。

 アイクが1ページ目に書いていた戦争にも深く関わってくる大罪悪魔が一体だ。

 

 共通効果であるそれぞれが冠した大罪の感情を増幅させる効果と不死性。

 そして大罪悪魔それぞれに固有の能力を契約者は得ることができた。

 

 色欲の場合は、異性に対するほぼ絶対的な洗脳能力。

 一人につき一度限りの顔を変える能力。

 そして、子孫が代を重ねるごとに強くなるという能力。

 

 なんとかヴェノマニアなる人物由来だと、前世でアイクが話していたことを覚えている。

 人面痣もその契約者のせいだとかなんとか。

 そんなことを語っていたのを覚えている。

 

『──晴れてて愉快な日

 子供ってよく分からないな。俺も昔はこんなんだったんだろうが、あちこち走り回って、賑やかに騒ぎ続けたかと思うと、電池が切れたみたいに眠る。いや、電池式のおもちゃだって、切れかければ動きが鈍るだろうから、スイッチを切ったようにと書くべきか。

 

 意味の分からない遊びに付き合わされ、振り回される。でもこれが楽しいし、楽だ。

 原作前半の重苦しい雰囲気はどこへやら。屈託なく笑っているクラリスを見ていると、俺の行動は全てがマイナスではなかったのだと思える。

 

 原作でも救われた? それが? 俺のほうが早い』

 

『──雨の日

 昨日の快晴はどこへやら。音に起こされて外を見れば土砂降りである。今日は遊べなさそうだ。残念』

 

『昼くらい。

 まだ雨は続いている。元々雨は嫌いじゃなかったが、今は嫌いになってしまいそうだ。

 クラリスに会いたいと感じている。ロリコンになっちゃったかな。まだ一桁のはずだし、ペドフィリアのほうが正しいか。

 

 依存しているのだろう。

 一緒にいる間は俺も余計なことを考えずにすむ。全部棚にあげられる。

 本当に何もしたくないのなら、悪ノシリーズと気づいた時にさっさと死ねばよかったんだ。とか、そんなことを考えてしまう。

 子供が死ぬのは珍しくはない。身内は悲しむだろうが、クラリスへの影響は少ないだろう。

 

 死んだほうがよかった理由は思い至るが、死ななくてよかった理由はほとんどない。クラリスが十年そこら、早く救われた。その程度だ。

 ……救えた、と言えるのだろうか。今はよくても結末は? 

 

 悪いのはバッドエンドへ向かわせた奴らだ。俺は悪くない。なんて、誰か言ってくれないものかな。自問自答しても飲み込めそうにない。

 これ以上はやめておこう。ろくなことにならなさそうだ』

 

 ものすごい勢いで病んでいってるな、アイク。

 日付欄に日付を書いてないから、この間どれくらい経っているのかは定かじゃないけれど、それでもそう長くないだろう。

 打たれ強いイメージだったが、あるいはこれを乗り越えたからこその精神力ということか。

 

 ……もしもこの時私がそこにいて、アイクが望む言葉をかけてあげられたなら。

 いやー。ないな、ないない。

 確かに昔はアイクが好きだった。同じ日本からの転生者として、気を許していたし、なにより顔が良かった。うん。

 

 神が造ったからか、物語の世界だったからか。あの世界では基本みんな美男美女だった。地球のモデルみたいなのがデフォルトってくらいの世界だった。ろくな美容品もなかったというのに。

 その中でもアイクや、友人のミカエラのように美男美女と扱われるような人たちは目を疑う程に整った顔立ちをしていた。

 人形のような、とでも言うのだろう。人間じゃないと思ってしまうくらい美しかった。実際ミカエラは人間じゃなかったし。

 

 ただまあ、ありもしない運命を感じて一目惚れしたのも昔の話。

 長い付き合いの中でアイクの人となりを知ってからは熱も冷めた。

 平和に暮らしていた元日本人の感性としては、ちょっとアイクは愛が重たすぎる。古典に出てくる『愛する人と結ばれないなら死んでやる!』みたいなレベルの激重感情なんて向けられても困る。

 

『(びっしりと文字が敷き詰められていて読み辛いが、悪魔や魔術についての考察のようだ)』

 

『だから無理だって』

 

『──三日月の日

 とうとうクラリスから顔色が悪いと指摘されるようになった。

 そりゃそうだ。どうしようもないことで悩んでいる。悩み続けている。

 悩みを書き出してみれば、意外と解決されるものだとどこかで見たことがあるが、日記を書き続けているのにちっとも効果がない。

 むしろ状況を整理するたびに自らの軽率さに苦しくなるばかり。

 クラリスに事情を説明することなんて出来ないから、体調が悪いことにした。実際いいわけじゃないし。

 頭を撫でられた。子供か、俺は。子供だったわ』

 

『──新月の日

 体が子供になったからか、それともそんなこととは関係なく限界だったのか、泣いてしまった。

 クラリスは悪くない。何も悪くないんだ。自分じゃどうしようもできないことに直面して、都合よくなんとかしてくれそうな人がいたから縋っただけだ。

 彼女にとってはそれが迫害で、俺にとっては終末。お互いにお互いが解決策だった。

 だからこうやって意味もわからないだろうに、泣いた俺に付き添ってくれる。俺に嫌われるわけにはいかないのだろう。

 

 たぶん、今日しかない。

 このまま夜を越えてしまったら、俺はきっと、二度と戦おうなんて思えない。バッドエンドを回避するための行動を取るなら今日が最後のチャンスだ。

 思うところはある。

 前に幾らか考えたあれらの手段は有効なのだろうか。そもそも実現可能なのか。成し遂げたとして、それを原因とした原作にない惨事が湧いて出てくる可能性は。

 

 考えれば考えるほどに難解だ。本当に厳しい世界である。

 

 よし。

 やるか。

 やってもやらなくても、バッドエンドに達すれば俺は後悔するだろう。だがその時、なんとかするため頑張った、という記憶はきっと俺を助けてくれる。

 そうでなくてもこのままじゃクラリスといるだけで精神が死にそうだ。

 

もしもあの時

 違うな、俺が決意表明を記すなら選ぶべき言葉はこっちじゃない。

 

 さあ、世界を救いに行こう!』

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