手紙
【灰谷 蘭 様】
【灰谷 竜胆 様】
それぞれ宛名の記された二通の封筒には、どちらにも、安い包装紙よりもぺらぺらの地図と、便箋が、各々一枚ずつ入っていた。
便箋は表面が若干ざらついた硬い紙で、飾り気はない。青みがかった色の罫線を目安に、ボールペンで、やや右斜めに傾いた文字が綴られていた。
「竜胆ォ、フクブから手紙来たか?」
「来てた来てた、親の顔より見たよこの字」
「やっぱ来てんだ? 俺の見間違いじゃねえのな」
「なんか変? あいつ頭おかしいから普通に手紙出しそ……ハ? いやなんであいつの手紙届くワケ?」
「ようやくかよ」
「ここ
「兄ちゃんもさすがに知らねえな〜」
手紙
【
灰谷 蘭 様
純丘榎です。本題に入る前に軽い自己紹介をしておきます。君も君の兄弟も、俺の名前を覚えている可能性は0に等しいので。
俺は、新入生の君たちが「楽そうだから」と入った軽音部で、副部長を務めていた者です。
具体的には火曜日と金曜日の昼休みに君たちがどれだけ暴れても何が何でも多目的室へ引きずっていく役目を負っていた者です。
君たちとセットにされるどころか、君たちの兄と間違って覚えられていることすら多く、中学時代の先生方にはほとほと困り果てた記憶があります。交番の警官方にも。
思い出したかどうかはこちらからは感知しようもありませんが、関係性が薄すぎて思い出話が早々にネタ切れしましたので本題を始めます。
まず、君たちの進学について。
成績9教科すべて最低もはやオール0をキメているので、高校受験の内申点補正はないどころか足枷と見てください。
もし進学を考えるなら、地頭で踏ん張るか通信教育か高卒認定を目指すと良いでしょう。
そして、君たちの親御さんから君たち用の部屋が用意されています。
〒104‐■■■■
東京都港区■■■■■■■■■■
添付した別紙地図内、該当箇所に赤で印をつけました。
本題はこの2件で以上になります。
なお連名にしなかった理由は、どちらかのみが把握できない事態を考えてのことです。竜胆くんへの手紙にも宛名以外全く同じ内容を記してありますので、見比べてもあまり意味はありません。
追伸
いつか院にぶち込まれそうだなとは思っていましたが、想定していたより大きな罪状で放り込まれましたね。驚きました。
母校を通して、君たちの親御さんから連絡があったときも驚きました。要件を託されたことには更に驚きました。予め話が通っているにしても、ほぼ他人が送信するのは検閲的に問題ないのでしょうか。仮にも代理なので良いのでしょうか。
なんにせよ、検閲を通ることを願います。
中学も中学で、さすがに校内で話を留めておけよ卒業生かつ未成年の情報流出するなよこの中学本当にコンプラザルだなと思った俺は間違っていないでしょう。
ともあれ退院前に君たちに届けば僥倖です。高校入学を期にひとり暮らしを始めたため、連絡が必要であればケータイにお願いします。
純丘 榎
】
【
敬語クソ似合わねえ副部長サン様へ
退院予定 △△/△△
灰谷
】
安アパートの郵便受けは留め具部分が壊滅的に錆びて、歪んでいる。そこにささくれだらけの指が伸びて、赤茶に煤けた留め金をほとんど力任せに——ガチン!——はめ直した。
あとは慣れた手付きの流れ作業。半円状の金属に南京錠を引っ掛ける。三桁の番号を指の腹でじゃらりと回す。
手紙と同じ側の腕には、ポリフィルムに包まれたダイレクトメールが複数抱えられている。
乱雑に畳んで封筒に押し込まれていた紙は、便箋とすら呼び難い。手で破ったノートにでも書いたのか、紙のうち一辺だけ、下手くそな亀甲模様のように歪んでいる。
封筒の宛名表記は便箋に斜めに走る字と比較して、やけに綺麗な字で記されている。
純丘は首に手を当てて、こきと関節を鳴らした。
そしてつぶやいた。
「一言多いんだよな」
錆の色がついた指の腹同士を擦り合わせる。無意識に。
親の顔より
:いちおう言葉の綾というか言い回しの綾。
ただ真偽については置いておく。
ほぼ他人が送信
:原則、三親等内の親族しか送れない。
例外として認められる場合もあるが、とてもまれ。